《市街地でのクマ出没が増加》「街には魅力的な餌がある」「人間は危害を加えない」と学習か 今秋は“どんぐりの大凶作”が予想され、これまで以上に出没する懸念も

市街地で相次いでいるクマの出没と人身被害が、9月以降、さらに増加する可能性がある。警戒心が強いとされるクマが、なぜ人前に現れるのか。クマの生態から見えてきた最新事情と、襲撃から身を守る対処法とは──。
【図解で見る】「クマの出没件数」と「クマによる人身被害者数」’25年は過去最多を更新する可能性も
「駆除されたクマは地名にちなんで、“岩尾別の母さん”として知られていた雌のヒグマです。おとなしいクマとして地元でも有名で、“岩尾別の母さんがまた顔を出していた”という住民同士の会話も珍しくはなかった。人間を襲うなんて誰も想像していなかったと思います」(地元住民)
8月14日、日本百名山のひとつ、北海道・知床の羅臼岳(標高1661m)で悲鳴があがった。午前11時頃、下山中だった26才の男性がクマに襲われ、翌日に遺体で発見された。現場周辺にいたヒグマと子グマ2頭が駆除され、その後のDNA鑑定で体長約1.4m、体重117kgの“岩尾別の母さん”が男性を襲った個体であることが判明した。
「現場付近は狭い登山道で、ヒグマの餌となるアリの巣が集中しているエリアでした。現場にはクマ出没の注意喚起の看板が立っており、通過時に強い獣臭を感じる登山者も少なくない場所です。ふだんはおとなしい母グマが、足早に下山してきた被害男性に驚き、子グマを守るために襲撃したとみられています」(捜査関係者)
クマの被害は登山者に限った話ではない。近年、市街地に出没する「アーバンベア」が一般の人々を襲うケースが増えている。
7月4日、岩手県北上市で81才の女性が、自宅の居間に上がり込んできたクマに襲われて死亡。同月12日には北海道福島町で、新聞配達員の男性(52才)がヒグマに襲われて亡くなった。草むらに隠されるように倒れていた被害者の体には、腹部を中心に噛まれた痕跡が多数あったという。7月31日には、秋田県北秋田市で73才の女性がクマに襲われ、後日、死亡が確認された。
首都・東京も例外ではない。8月12日には西多摩郡日の出町で、20日には青梅市の市街地で子グマが目撃された。23日には奥多摩町で渓流釣りをしていた50代の男性がクマに襲われ、顔を爪でひっかかれたという。
別掲のグラフは、環境省による全国のクマの「出没件数」と「人身被害者数」の現状をまとめたものだ。2023年度の「出没件数」は2万4348件で、過去最高を記録。同年度はクマの餌となるどんぐりが凶作だったため、飢えたクマが街に出たと考えられていた。しかし、どんぐりが豊作となった翌年度も出没件数は2万件を超えた。
東京農工大学教授でクマの生態に詳しい小池伸介さんが解説する。
「少子高齢化や大都市への人口集中で地方の人口が減り、柿や栗が実っても、そのまま放置される地域が増えています。クマは学習能力が非常に高く、どんぐりの凶作をきっかけに山を下りたクマが柿や栗の味を覚え、“街にはどんぐりよりも魅力的な餌がある”と学習した。“人間が危害を加えない”ことも学んで、どんぐりの出来に関係なく、人前に現れるようになった可能性があります。
また子グマは1年ほど母グマと過ごしますが、2023年度に母グマと街で餌を得た“成功体験”のある子グマが、親離れ後に山を下りているとも考えられます」
すでに大きな被害と恐怖心を作り出している“クマ被害”は、この先も注意を要する。
今秋は再びどんぐりの「大凶作」が予想されている。冬眠を前にした飽食期に入る9月以降、クマは通常時の約3倍の餌を必要とするとされており、専門家の間では出没件数が凶作年の2023年度を大きく上回るのではないかとの懸念もある。さらには餌を求めたクマが生息域を広げ、予想だにしない場所に出没する危険性も指摘されている。
万が一クマを前にしたらどう対処すればいいのか。小池さんは「個体差があり“絶対”はない」と前置きした上でこう話す。
「大事なのは、クマを興奮させないこと。そのためには人間側がパニックに陥らないよう努める必要があります。大きな声を出したり、背を向けて走って逃げるのは絶対にNG。クマは動くものに反応する習性があり、時速50kmで追いかけてきます。クマの動きを見ながら、ゆっくりと後ずさりして距離を置くようにしてください」(小池さん・以下同)
では、出会った時点で距離が近く、いきなり襲われた場合はどうしたらいいのか。
「骨格的にクマは、振り上げた腕を真下にしか下ろせません。二本足で立ったクマに腕を振り下ろされて、頭に大けがをする人が多いのはこのためです。
クマ事故での死因は失血死が多く、太い血管を守ることが重要と考えられます。そのためにクマが攻撃してきたら抵抗せずにうつ伏せになり、両手を首の後ろで組んで首回りの動脈を守る。その間、強烈な攻撃を受けたり噛まれたりするかもしれませんが、クマが立ち去るまでがまんするしかありません」
一方で、市街地に出没したクマは駆除されるケースもある。冒頭の事件もそうだが、クマの駆除には非難の声も聞こえる。
「クマ対策で難しいのは、人々のクマに対する印象が“怖い”と“かわいい”に分かれるところにあります。ただ、住宅街に現れたクマを檻で捕らえて山に返してしまうと、クマは“人間に捕まっても帰ってこられる”と学習し、すぐにまた人前に現れてしまう。一度でも人前に現れたり人間を襲ったクマは、安全のために駆除するしかないのが実情です」
駆除されたクマはどうなるのか。2019~2023年に北海道で乳牛など66頭を襲い32頭を殺したと推定されるヒグマ(通称・OSO18)は、2023年7月に駆除され、食肉処理されて都内を含む数店舗のジビエ料理店で熊肉として提供された。
「食肉として流通するのは、ほんのわずかな個体です。ほとんどの場合、クマの肉は食用にならず、地中に埋めて処理されるのが一般的です」
クマが人間の生活圏に侵入することが増えたことで、今年9月から「緊急銃猟ガイドライン」がスタートする。これまでは市街地にクマが出没しても、都道府県と警察官の許可がなければ猟銃の使用が認められなかった。だが今後は、市町村長の判断と指示で、委託を受けたハンターが猟銃を用いて素早く駆除できるようになる。
法改正が必要なほど、クマの脅威はすぐそばに迫っているのだ。
※女性セブン2025年9月11日号