安倍晋三・元首相(当時67歳)が奈良市で選挙演説中に銃撃され死亡した事件は、8日で発生から3年となる。
殺人罪などで起訴された山上徹也被告(44)の裁判員裁判の初公判が10月28日に決まり、検察、弁護側双方の主張・立証内容が固まりつつある。複数の公判関係者によると、殺人罪の成立に争いはなく、量刑を巡っては、殺意の程度や、母親による世界平和統一家庭連合(旧統一教会)への多額献金の影響が焦点となる。
事件は2022年7月8日に発生。安倍氏は近鉄大和西大寺駅前の路上で、前回参院選の応援演説中に手製銃で撃たれ、山上被告が現行犯逮捕された。23年1、3月、殺人や武器等製造法違反(無許可製造)、銃刀法違反(所持、発射)など、五つの罪で起訴された。
23年10月以降、争点を絞り込む公判前整理手続き(非公開)が奈良地裁で7回開かれ、初公判の直前まで続く見通しだ。公判について、地裁は年内に結審する方向で調整している。
複数の公判関係者によると、検察側は「安倍氏に銃口を向けて撃っており、強固な殺意があった」と主張する方針。手製銃の試射を繰り返して性能を確認していた事件前の被告の行動や、殺傷能力を検証した捜査結果を基に立証するとみられる。弁護団は、殺意があったと認める一方、「検察が主張するほど強固なものではない」と訴えるという。
一方、山上被告は逮捕後、母親が総額約1億円を献金した教団について、「恨みがあり、教団とつながりがあると思って(安倍氏を)狙った」と供述した。
弁護団は、多額の献金で崩壊した家庭で育ったとして、情状酌量を求める。
銃刀法違反(発射)は、罪の成否が争われる。
昨年の法改正まで、発射罪に問われる銃は拳銃、小銃、機関銃、砲の4種類に限られていた。検察側は、山上被告の手製銃を砲と位置づけている。
砲にあたるかどうかの基準は法令上、「口径20ミリ以上」としか規定されていない。弁護団は「今回の手製銃は特殊で法の想定外」と考えており、発射罪の法定刑の上限が無期懲役と重いこともあり、法解釈について慎重に検討してきた。公判で、被告の手製銃は砲に該当しないと主張する方針だが、具体的な根拠は取材上わかっていない。
山上被告は公判前整理手続きに4回参加したが、意見を述べたことはない。大阪拘置所では、本や新聞を読んで過ごしているといい、弁護団と一部の親族の面会にしか応じていない。
弁護団は「裁判員に予断を与えたくない」として山上被告の発言を明らかにしていない。公判では、被告が事件や教団、安倍氏について、どのように語るのかも注目される。
「どんな理由があろうと、暴力で訴えることは絶対にあってはならない。映像が事件の教訓を伝える一助になれば」。そう話すのは、当時、聴衆の最前列付近で安倍氏の演説をビデオカメラで撮影し、事件の一部始終を記録した奈良県山添村議の大谷敏治さん(49)=写真=だ。
3年前の7月8日、参院選の投開票を2日後に控え、自民党候補の応援のために安倍氏が来県すると聞き、奈良市の近鉄大和西大寺駅前の演説会場に足を運んだ。ビデオカメラ撮影が趣味で、20メートルほど離れた歩道で約1時間前から演説開始を待った。
安倍氏が演台で話し始めた直後、「ドーン」という大きな破裂音が2回響いた。銃声とはわからなかったが、直後に安倍氏が倒れ、周囲にいる人たちが駆け寄るのが見えた。撮影を止めるべきか迷ったが、「この状況を記録することが自分の役目だ」と思い直した。安倍氏が救急車で搬送されるまでの間、応急処置の様子などを撮影し続けた。
映像の中には、安倍氏の後方で拍手をしながら様子をうかがうような山上徹也被告の姿があった。事件直前の決定的な場面などは各メディアに掲載され、世界に発信された。
その後も、岸田前首相やトランプ米大統領ら政治家が襲われる事件が相次ぎ、ニュースを目にする度に胸が痛む。当時と同じ参院選期間中の8日は奈良市の現場で手を合わせ、惨劇が二度と起きないことを願う。