この家で孤独死していた男性は、生前、“先生”と呼ばれていた(画像:「イーブイ片付けチャンネル」より)
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関西地方の一軒家。玄関を入ってすぐにある「事務所兼応接間」は、ホコリひとつ落ちていないほどに整頓されている。しかし、その先にある空間は、生ゴミが散乱する「ゴミ屋敷」だった。そして2階の一室では、住人の男性が孤独死していた――。
本連載では、さまざまな事情を抱え「ゴミ屋敷」となってしまった家に暮らす人たちの“孤独”と、片付けの先に見いだした“希望”に焦点をあてる。
YouTube「イーブイ片付けチャンネル」で多くの事例を配信するゴミ屋敷・不用品回収の専門業者「イーブイ」(大阪府)代表の二見文直氏が、孤独死の現場に向き合う遺族の姿について語った。
動画:孤独死・ゴミ屋敷・遺品整理が重なった現場で起きていたこととは?【作業密着】
この一軒家に1人で住んでいた50~60代の男性は、周りから「先生」と呼ばれるような職業に就いていた。玄関を入ってすぐにある「事務所兼応接間」は、来客用のソファが置かれ、とても落ち着いた空間だ。
しかし、応接間を抜けてダイニング・キッチンへと進むと、その様相は一変する。キッチンには食べ終えた後の生ゴミが放置され、ダイニングテーブルの周りには、書類や紙の束、不用品などが積み上がっている。
山が崩れて足の踏み場を奪い、さらにその上にはゴミをまとめたビニール袋が無造作に転がっていた。
ダイニング・キッチンも足の踏み場のない状態だった(画像:「イーブイ片付けチャンネル」より)
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階段を上って2階へ入ると、さらに荒れ果てた光景が広がっていた。
1つの部屋は床一面がゴミで覆われ、歩くスペースもない。ゴミの大半を占めるのは、コンビニ弁当や惣菜の空容器、そして酒やジュースの空き缶、ペットボトルといった、「生ゴミ系」である。
いくつかはビニール袋にまとめられているものの、むき出しのまま床に転がっているものもあり、容器にわずかに残っていた液体が漏れ出している。その臭いに誘われた無数の小バエがゴミの間を歩き回っていた。
焼酎や日本酒のパックや空き缶が至るところに散らばり、小バエの数もおびただしい(画像:「イーブイ片付けチャンネル」より)
「お酒やジュースの飲み残しが多い部屋には、やっぱりコバエ発生しやすいです。逆に、弁当や惣菜などの食べカスにはそんなにコバエが発生するイメージはないですね」(二見氏、以下同)
生ゴミに埋もれるように茶色く変色した布団が敷かれている。はじめのうち男性はこの部屋で寝ていたようだ。
「こっちの部屋だけ生ゴミが散乱していて、(新しいほうの)寝室は散乱していないじゃないですか。このままじゃアカンと思って、綺麗な部屋のほうへ避難するように寝室を移したんじゃないかと思います」
きれいな部屋と生ゴミまみれの部屋とのギャップが激しかった(画像:「イーブイ片付けチャンネル」より)
依頼主は男性の兄弟2人だった。近隣の住民がしばらく姿を見かけないことを不審に思い通報。駆け付けた警察官によって、室内で亡くなっているのが発見された。死後、7~8日が経過していた。
男性が亡くなっていた布団の上には、大の字の形に体液のシミがついている。夜、眠りにつき、そのまま亡くなってしまったのだろうか。
最期に男性が倒れていたとみられる布団。一部、モザイク処理をしています(画像:「イーブイ片付けチャンネル」より)
寝室に残された遺品からは、男性の人物像が見て取れる。ハンガーラックには10着近いスーツが綺麗にかけられ、スラックスにはズボンプレッサーで折り目がつけられていた。脱衣所にはカミソリがストックされていて、身だしなみに気を使っていた様子がうかがえる。
「これだけスーツがあるってことは、きちっとした人なんやと思いますね。ちゃんと仕事していた人なんやと思います。来客もめちゃくちゃ多いやろうから」
クローゼットの中や部屋のパイプハンガーに、何着ものスーツがかけられていた(画像:「イーブイ片付けチャンネル」より)
二見氏が話すように、この男性がゴミ屋敷の住人であると思う人は周りにいなかったかもしれない。ゴミの上にスーツを置くような様子もないのだ。想像の範囲ではあるが、部屋の状況を誰にも相談できない、あるいは相談してはいけないという悩みがあったのかもしれない。
「生ゴミが散乱して、これだけお酒の量も多いと、やっぱり心の病気というか、心のSOSみたいなものがあったんじゃないかなと思います。よく“お酒が原因で”と言いますけど、お酒が第一の原因にはならないんですよ。何かほかの原因があって、お酒に依存してしまっているからこうなっているんです」
遺族も男性がどんな問題を抱えていたか、遺体を発見した後もなお、知ることはできなかった。
キッチンにも洗いものが残されていた(画像:「イーブイ片付けチャンネル」より)
現場に入ったスタッフは全部で6名。4時間で作業は完了する予定だ。
「孤独死と言っても死後7~8日なので、体液はそんなに出ていません。臭いも少ないほうです。10段階で分けるとすれば、レベル1~2といったところでしょうか。なので、一気に作業していきます」
ダイニングを片付けるスタッフ(画像:「イーブイ片付けチャンネル」より)
しかし、臭いがまったくないわけではない。普段スタッフはいくつかの現場を順に回っていくが、孤独死の現場に入った際は事務所へ直帰することになっている。次の現場に遺体の腐敗臭を持ち込んでしまうからだ。
散乱した弁当の空容器や空き缶を、ひたすらゴミ袋に詰めていく。孤独死の現場でよく見られるウジ虫や大型のハエはいないが、前述したように大量のコバエが飛び交っている。
「本来、孤独死の現場では体液が出た遺体にウジ虫が湧いて、孵化し、かなり大きなハエが部屋中飛び回るんですよ。こんな小さいハエではないんです。だから、この部屋にいるハエは遺体ではなく、生ゴミに湧いたハエだと思います」
体液の痕跡が残る布団は大きなビニール袋で何重にもして包む。布団の横には、消防が遺体を搬出する際に脱がせた靴下が、パリパリに乾いた状態で置かれていた。
汚れた布団はビニール袋で何重にも包む(画像:「イーブイ片付けチャンネル」より)
ゴミを仕分け続け、床が見えてきた2階の洋室(画像:「イーブイ片付けチャンネル」より)
今回の現場は「ゴミ屋敷清掃」「特殊清掃」に加えて「遺品整理」という要素もある。しかし、孤独死の現場では、遺族が持ち帰ることができる遺品は限られてしまうことが一般的だという。
「このへんの服は正直臭いを吸っているので、いくら臭いが少ないとはいえ貿易(海外への輸出)にも出せないですね。コンテナの中に一緒に入れちゃうと全部の荷物に臭いが移ってしまうので廃棄です。だから、遺族の方が『持ち帰りたい』とおっしゃったときは、私から止めてあげることもあるんです」
腐敗臭が染みついた遺品を自宅に持ち込むことは、遺族の生活に影響を及ぼしてしまうからだ。持ち帰った後で、臭いに困る。しかし、持ち帰った手前、捨てられない。そうして苦しむことになるのなら、専門業者である第三者が先に「捨てる」という判断を下してあげるのだ。
最後に洗面所の片付けに着手(画像:「イーブイ片付けチャンネル」より)
「遺品を何から何まで捨てると、もう1人の自分から『おまえ心なしだな』と言われているような心境になるんです。しかし、最優先すべきなのは遺族の生活です。第三者による『思い出まで捨てるわけじゃない』という言葉があれば、罪悪感を抱くことなく遺品を処分できると思うんです」
きれいに片付いた洗面所と浴室(画像:「イーブイ片付けチャンネル」より)
作業は予定通り4時間で完了。2階に散乱していた生ゴミもすべて撤去されたが、やはり腐敗臭はわずかに残る。
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「作業はあと掃き掃除くらいなんですが、ちょっとクリーニングまでしていこうかなと思っています」
二見氏はそう言い、洗剤を使ってキッチン、洗面台、風呂場、トイレなどを磨き上げていく。
「依頼者さんも本来すごく悲しくて、でも感傷に浸れる時間もなく、バタバタと片付けている。その中でほんのちょっとだけでも、気持ちが軽くなるお手伝いができたんじゃないかなと思います。お話ししていてもやっぱり、心の余裕が生まれていったような気がするんです」
男性が倒れていた部屋も浄化されたように生まれ変わった(画像:「イーブイ片付けチャンネル」より)
通常、孤独死の現場に遺族が立ち会うことは少ないという。罪悪感に苛まれ、現実を直視できないからだ。しかし、依頼主である兄弟は現場に立ち会い、自らキッチンの汚れを落とそうとしていた。
「住んでいた方との思い出に向き合っているような感じがして、いつも以上に気持ちが入った現場でした」
最後は依頼主と一緒に隅々まで掃除をし、作業は終了した。
ゴミで埋め尽くされていたダイニングもすっきり(画像:「イーブイ片付けチャンネル」より)
キッチンはシンクの汚れもすっかりきれいになった(画像:「イーブイ片付けチャンネル」より)
(國友 公司 : ルポライター)