7月18日から公開され、17日間で動員が1255万人、興行収入が176億円を突破した『劇場版「鬼滅の刃」無限城編 第一章 猗窩座再来』。1日に40回も上映される映画館が登場するなど、空前絶後の大ブームを巻き起こしている。もはや『ドラえもん』や『サザエさん』に並ぶ国民的アニメと言っても差し支えない『鬼滅の刃』。
作画、ストーリー、主題歌など、いろいろな要素で最高得点を叩き出している『鬼滅の刃』ではあるものの、この期に及んで未視聴の人は少なくない。もちろん、視聴は個人の自由であり、趣味嗜好はさまざまである。ただ、ここまで社会現象化しているにもかかわらず「無関心」という選択をする背景には、なにか理由があるはずだ。今回は『鬼滅の刃』に興味を示さない人の特徴を考察したい。
◆“ブームに乗るのはダサい”という美学
「流行に流されることがダサい」と考える人は、いつの時代も存在する。鬼滅ブームに乗っからないことがカッコイイと思っている人は珍しくない。『鬼滅の刃』にハマる人を“メディアに踊らされた痛いやつ”と小馬鹿にし、自分自身を“深い人”という優越感に浸っているのだろう。「観ない」という選択が一種のブランディングになっている。
一昔前は、オリコンランキングの上位常連のアーティストを好む人を見下し、洋楽やインディーズバンドを推している人が一定数いた。ただ、最近はコンテンツが過剰供給されるため、国民全体が熱狂する作品やアーティストは減少傾向だ。「鬼滅を見ない」という逆張りムーブを見せる人が続出している現状を鑑みると、「それだけ『鬼滅の刃』が国民的な人気を掴んでいるのか」と感じずにはいられない。
◆アニメを観る大人は気持ち悪いのか
「アニメは子どもが観るもの」という固定観念に縛られ、『鬼滅の刃』を敬遠している人も一定数いる。アニメといえば『ドラえもん』や『ちびまる子ちゃん』を連想し、大人が観ていることに違和感を覚えているのだろう。また、アニメをオタクと安易に関連付け、脊髄反射的に「アニメ=気持ち悪い」というレッテル張りをしてしまうケースもあるのではないか。
とはいえ、アニメは今や日本の中心産業である。企業とアニメがコラボした商品はコンビニやスーパーに並び、街中でもアニメと関連した広告を見かけないほうが難しい。動画サブスクサービスが普及し、朝や昼間にやっている“健全なアニメ”と深夜アニメの境が曖昧になり、アニメは私たちの生活において身近なコンテンツとなった。アニメに対するイメージが古臭いため、時代に取り残されているのかもしれない。
◆鬼滅ハラスメント“キメハラ”という名の圧
個人的な特徴というよりは、むしろ鬼滅ファンが未視聴層を『鬼滅の刃』から遠ざけている可能性も否定できない。2020年に『劇場版「鬼滅の刃」 無限列車編』が上映された時、今回同様に『鬼滅の刃』が盛り上がりを見せていた。ただ、その際に「まだ観てないの!?」「人生損してるよ!」と言われる“キメハラ(『鬼滅の刃』ハラスメント)”に辟易した人も多かった。
そして、今回も例に漏れず、キメハラに苦しんでいる人は少なくない。キメハラを回避するために話題に気を付けても、コンビニに行けば『鬼滅の刃』のコラボ商品が並び、ショッピングモールに行けば『鬼滅の刃』のコラボイベントが実施されている。
社会全体が『鬼滅の刃』の視聴を前提にデザインされており、未視聴層からすればどこに行ってもキメハラの餌食になってしまう。日々、キメハラ被害に遭うことで「絶対見ない!」という反発心が肥大化してしまった結果、距離を置いている人もいるはずだ。
◆作品のトーンやキャラが耐えられずリタイア
『鬼滅の刃』は血しぶきが多く、“サイコロステーキ先輩”(油断して鬼に惨殺された鬼殺隊員の少年)よろしく、胴体がばらばらになるシーンも散見される。作品のトーン自体が暗く、心を休めて視聴できる内容ではない。「数話見たけど離脱した」と内容が合わずに見なくなった人も少なくない。