19年前に福岡市東区の海の中道大橋での飲酒運転事故で犠牲になった幼児3人の母、大上かおりさん(48)が飲酒運転撲滅へ本格的に活動を始めた。
11日、同区の私立博多高で臨んだ初めての講演。事故後、鬱(うつ)病に苦しみ「生かされた意味」を問い続けた大上さんは、「飲酒運転のない世の中を。こんなことで、尊い命が、未来が奪われてはいけない」と強調した。(岡林嵩介、森陸)
「3人の子どもたちが受けた苦しみと恐怖はどれほどのものだったでしょう」。壇上のスクリーンに亡くなった長男・紘彬(ひろあき)ちゃん(当時4歳)、次男・倫彬(ともあき)ちゃん(同3歳)、長女・紗彬(さあや)ちゃん(同1歳)の笑顔の写真が投影される中、大上さんは生徒ら計約1200人に語りかけた。
2006年8月25日、家族で車に乗ってカブトムシを捕りに出かけた帰り、海の中道大橋にさしかかった。車の中で子どもたち3人はぐっすり眠っていた。
車に追突され、約15メートル下の海に転落した。「助けなきゃ」。車の中に一気に水が入ってきた。割れたフロントガラスから水面に出て、橋から落ちたことを理解した。「見上げると頭上に橋が……。高さは5階建てぐらいです」
辺りは真っ暗で、すでに車は海の底に向かっていた。海に潜り、割れた窓から紗彬ちゃん、倫彬ちゃんを助け出した。あとは紘彬ちゃん。潜ったが見つからない。もう一度潜ったが見つからない。
そんな中、倫彬ちゃん、紗彬ちゃんを抱えた夫の哲央さん(52)が沈んでいくのが見えた。「紘君を助けに3人を諦めるか、紗彬ちゃん、倫君を助け、紘君を諦めるか」――。「恐ろしい決断」を迫られた。紗彬ちゃん、倫彬ちゃんらを助けることを選んだが、きょうだい3人とも息を引き取った。
紘彬ちゃんは翌月の誕生日にカブトムシのケーキを作るのを楽しみにしていた。倫彬ちゃんは七夕の願い事は「おかあちゃんといっぱい、いっしょにいたい」。紗彬ちゃんはよちよち歩きでまだ「ママ」と言ったことがなかった――。
「残ったのは、深い哀(かな)しみと苦しみです」。大上さんの声が重く響く中、目頭を押さえる生徒もいた。
事故後、心的外傷後ストレス障害(PTSD)で重度の鬱病と診断され、助かった罪悪感にさいなまれながらも「生かされている意味」を問い続けてきたという。我が子が命に代えて残したメッセージとして「飲酒運転は自ら選んだ犯罪。飲酒運転のない世の中を」と訴えた。
今回の講演は福岡県警が企画した。背景にあるのは風化への危機感だ。県警が昨年11月~今年1月に実施したアンケートで3児死亡事故は40歳代以上の全世代で認知度が9割を超えたが、20歳代は7割、10歳代は5割にとどまった。
一方、警察庁によると、飲酒運転による死亡事故は、東名高速道路で飲酒運転のトラックが車に追突し、女児2人が死亡した事故があった1999年に1257件発生していたが、2023年は112件に減少。だが、24年は140件と増え、16年以来の増加となった。
講演を前に、事故後に授かった次女・愛子さん(17)から生徒と同年代の目線として、「お母さんがいつも言っている『生まれてきた意味』を考える内容だと身近に感じるのでは」と助言を受けていたという大上さん。講演を終え、報道陣に「事故を思い出すと今も眠れないが、悲しみと一緒に生きていく。この苦しみを伝えることで、生徒たちに何か伝われば」と話した。
講演が開かれた同校は、11年の同県粕屋町での飲酒運転事故で亡くなった男子生徒2人が通っており、撲滅を目指すフォーラムに参加するなど啓発活動に力を入れている。同校2年の生徒(16)は「胸が締め付けられた。飲酒運転はなくせる犯罪。つらく悲しい事故を同世代や次世代に伝え、撲滅につなげたい」と話した。