本マグロより安くておいしいのに一般人は知らない…魚のプロが絶賛する「隠れた極上マグロ」の名前

寿司ネタなどで人気のマグロ。大トロ、中トロ、赤身だけでなく、最近は「中落ち」や「ホホ肉」「脳天」といった希少部位まで、おいしく食べさせてくれる店もある。
なかでも最高級とされるのは本マグロ(クロマグロ)だ。青森県大間産などの国産・天然マグロは圧倒的な知名度と人気を誇り、まさに「日本一」として君臨する。
では、二番目に高級なのは何マグロか、ご存じだろうか。これにスッと答えられるのはよほどの魚好きだろう。正解はミナミマグロ(別名インドマグロ)だ。二番手でありながら一般的な知名度が低いこの魚種名について、「改名が必要なのではないか」という議論が今持ち上がっている。
ミナミマグロの国内流通量は本マグロよりも多い。
世界一のマグロ消費国といわれる日本には、国産、輸入、天然、養殖のクロマグロやミナミマグロ、メバチマグロ、キハダマグロ、ビンナガマグロなど多種類のマグロが流通する。
小船で1本1本釣り上げる大間のマグロをはじめ、近海~沖合で漁獲されたマグロ類は漁港に運ばれて陸揚げ・取引され、生のまま流通する。一方、遠洋漁場では操業が長期間になるため、漁獲されたマグロは漁船上で凍結され、冷凍物として陸揚げされる。
日本に流通するすべてのマグロ類のうち、冷凍されずに生のまま流通するマグロは比率が低い。実数は把握できないが、遠洋マグロはえ縄漁業者らで組織する日本かつお・まぐろ漁業協同組合(日かつ漁協)の幹部によれば「7割以上が漁獲直後に凍結された冷凍物ではないか」とのこと。たしかに、スーパーなどで販売されるマグロの大半は冷凍物を解凍してパックしたものだ。
さらにそのうち「国産」「天然」の冷凍物に限定すれば、近年の流通量は「クロマグロが約3200トンなのに対し、ミナミマグロは約5500トンと大きく上回っている」と日かつ漁協の香川謙二組合長は言う(※)。
※えらと内臓を取り除いた「GG」(Gilled and Gutted)換算
量だけではない。味についても、魚のプロの間では高く評価されている。
築地場外市場で握り寿司を店頭販売する「築地まぐろ みやこ」のオーナー・杉山良夫氏は、「クロマグロよりもおいしいから」という理由から、マグロではミナミマグロだけを扱っている。
豊洲市場のベテランの競り人も「甘みがあって握りに合う。俺は昔からインドのほうがおいしいと思っているよ」と語った。さらに「その日の入荷状況によっては、インドのほうが高いことだって珍しくない」という。
しかし世間では「高級マグロ」の代名詞といえば本マグロ。場所柄、「築地まぐろ みやこ」には日本人観光客のみならずインバウンドの旅行者も多く訪れる。店頭に並ぶ握りを指して「これは本マグロですか?」と問われることは少なくないそうだ。そこで杉山氏が「ミナミマグロです」と答えると、怪訝な顔で「なぜ築地なのに本マグロを握らないのか」といった疑問を投げかけられるという。
プロからは評価されながらも、知名度の低さゆえに、ミナミマグロは名前を打ち出すことが“売り”につながりにくい。寿司店などで提供される際に「クロマグロの高級なイメージに比べて印象が薄いため、店で魚名を前面に出さない傾向がある」と漁業関係者は打ち明ける。魚市場を一歩出ると単なる「脂の乗ったいいマグロ」として握り寿司や海鮮丼のネタになっているのだ。
なぜ、ミナミマグロの認知度はそれほど低いのか。諸説あるが、代表的な要因は以下の3つとされている。
(1)豊洲の「初競りいちばんマグロ」となる大間産をはじめ、クロマグロの人気が群を抜いている
(2)大半が冷凍物で、陸揚げ地は静岡県の焼津港と清水港、神奈川県三崎港に限られるため、大漁などの話題になりにくい
(3)「ミナミ」「インド」という魚名が、温暖な気候を連想させ、小売り段階で伏せられる傾向がある
さらにいえば、クロマグロ顔負けのうまさなのに、おおむね高級店でしかお目にかかれない点もメジャーになれない要因であろう。
プロが認める高級マグロだけに、メバチマグロやキハダマグロなどを含めたマグロ類全体で見れば流通価格は高く、スーパーや回転寿司でレギュラー販売される魚ではない。クロマグロの場合、比較的流通価格が安い「巻き網物」や、「メジ」などと呼ばれる小型魚もスーパーで販売されているため、魚名を目にする機会は多い。
漁業者側からみれば、プロの目利きに応じてクロマグロ以上か、せめてクロマグロ並みの価格を維持したいという声が多い。
クロマグロとはかけ離れた認知度であるがゆえに割を食っている現実を示すのが、陸揚げされる焼津港での取引価格である。焼津港における今年9月までのミナミマグロの平均価格は、1キロ当たり1700円台。クロマグロ(同2300円台)と比べて3割ほど安い。しかも3年前の2022年は同2500円近かったため、相場水準は低調に推移している。
実力はあってもネームバリューがないため、漁港でどさっと陸揚げされて関係業者に引き取られた場合、全体の平均価格はクロマグロと大きな差が出てしまうというのが現状である。
ミナミマグロを漁獲する遠洋マグロはえ縄漁においては、燃料や物資の高騰、若者を中心とした乗組員不足など、漁業を維持することが困難になりつつあり、採算割れから漁船を手放した船主もいるという。多くの食品の値上がりが止まらない近年、「高級マグロ漁に相応の稼ぎを」といった思いがマグロ漁業関係者の間に広がっている。
日かつ漁協ではミナミマグロをPRするチラシを制作し、ホームページのほか、水産庁をはじめ漁業・流通関係組織などに送付し、一般へ広く周知させることにしている。散りばめられているのは「俺も有名になりたい……」「黒が王様? 南だって主役だ」「どうせまた、クロマグロを選ぶんだろ? 通は俺を選ぶ。」といったネガティブなセリフの数々。あえてこうした言葉を押し出して、関心を持ってもらうのが狙いだ。
さらに11月24日には、ミナミマグロの認知度向上とイメージアップに向けて東京・有楽町駅前広場で大々的なイベントを開催する。そこではミナミマグロの試食やトークショーのほか、来場者にミナミマグロの別名に関するアンケートを実施予定だ。
ミナミマグロの漁場は南緯30度~45度、海面水温10度ほどの冷たい海域。マグロ類の中では最も南極に近い海域で獲れることから、別名候補には「南極マグロ」が挙がっている。あるいは赤身が鮮やかなことから「紅マグロ」、さらには甘みがあるため「スイートマグロ」といった魚名も候補だ。
日かつ漁協が考案したこれらに加え、一般からも新たなネーミングの候補を募る。その上で、漁業者や漁港・魚市場など関係業者らの意見を聞きながら、別名を決定する方針だ。
なお、消費者庁によると、魚名については「標準和名あるいは、より広く一般に使用されている名称を表示することができる」(食品表示課)ため、別名が決まっても浸透するまでは「ミナミマグロ」あるいは「インドマグロ」と併記する必要がある。
同組合の香川謙二組合長は、「ミナミマグロは漁業者が遠い冷たい海域で漁獲し、超低温で凍結させた国産・天然の高級マグロだということを、多くの人に知ってもらいたい」と訴えており、PRイベントを来年以降も継続して行っていくという。
ミナミマグロが隠れた二番手に甘んじ続けることなく、もっと世間に広く知られた高級マグロの代名詞となることをマグロ関係者は期待している。認知度が高まり、需要が底上げされることになれば値上がりする可能性もあるが、遠洋マグロ漁師が減り続けることは防げるであろう。クロマグロと食べ比べてみようという人も出てくるかもしれない。その折にはぜひ、味の違いを楽しんでほしい。
———-川本 大吾(かわもと・だいご)時事通信社水産部長1967年、東京都生まれ。専修大学経済学部を卒業後、1991年に時事通信社に入社。水産部に配属後、東京・築地市場で市況情報などを配信。水産庁や東京都の市場当局、水産関係団体などを担当。2006~07年には『水産週報』編集長。2010~11年、水産庁の漁業多角化検討会委員。2014年7月に水産部長に就任した。著書に『ルポ ザ・築地』(時事通信社)、『美味しいサンマはなぜ消えたのか?』(文春新書)など。———-
(時事通信社水産部長 川本 大吾)