衛生管理のジレンマとリスクマネジメントの重要性が浮かび上がってきます(撮影:佃陸夫、写真の店舗は異物混入騒動と関係ありません)
ファミリーレストラン「ガスト」の一部店舗で提供されたポテトフライに虫の足が混入していたとツイッターに写真が投稿され、騒動になった。
運営会社の「すかいらーくホールディングス」は東洋経済オンラインの取材に対して「現物がないので特定はできないものの異物混入があったのは事実であり、あってはならないこと。衛生管理を徹底して参ります」(すかいらーくホールディングス広報室)と説明している。
近年、食品や飲食店の異物混入がニュースになることが多いが、その大半はSNS起点で情報が発信され、拡散したものだ。
異物混入をゼロにすることは実質的には困難である。一方で、SNSでの投稿を抑制することも難しいというのも実態であり、異物混入は「排除できないリスク」として、食品、飲食業界の事業者は対策を講じなければならない。
大手の飲食チェーンの中には、随時SNS上の話題をモニタリングして、リスクを早期に発見し、対策を講じている企業もある。しかしながら、いくらデジタル時代になったところで、飲食店の主要な業務はあくまでも対面でのサービス提供にある。大手企業でも、オンライン上のリスク対策に十分なリソースを割いていないし、割くことも難しいという実態がある。
新型コロナウイルスの影響で飲食店は経営面で多大なダメージを受けてきた。コロナが収束してきたかと思うと、原材料の高騰で、収益性が悪化するという事態に見舞われている。競争も激しいうえに、「低価格、高品質」が消費者にとって当たり前になっている日本においては、簡単に値上げもできないという状況である。
やや同情的な意見となってしまうが、それに加えて極めて厳しく衛生管理の問題が取り沙汰されることも、飲食店にとっては本当に悩ましい状況であると思う。
筆者の実家は長く飲食店を経営してきたが、衛生管理の問題は常に付きまとってきた。いくら清掃や殺虫を行っても、「害虫」を完全に排除することは難しいし、薬剤の使用にあたっては、人体を害する可能性にも配慮しなければならない。
SNSで大きく拡散したり、ニュースとして取り上げられたりするのは、概して大手の飲食チェーンだが、家庭や個人経営の店舗と比べると、大手企業の衛生管理は徹底しており、異物混入が発生する確率も小さい。店舗数が多く、知名度も高いため、発生確率は低くても、異物混入が取り沙汰され、話題が拡散しやすくなる――という構造がある。
個人経営の飲食店で食べるほうが異物混入のリスクは高いし、自宅で料理をしたところで、異物混入が起こる可能性は十分にある。
極論すると、食べ物に生き物が集まってくるのは当たり前のことだ。人間以外の生き物しか寄ってこないような飲食店、人間以外が食べないような料理が、本当に安全、安心なのか? 本当に魅力的なのか? というのは、根本的な疑問としてある。
いずれにしても、異物混入は避けられないし、それが拡散して企業イメージを毀損してしまうリスクも避けられない時代になっている。
異物混入はどうしても避けられないとしても、発生リスクを下げることは可能であるし、事後に誠実な対応をすることで、炎上リスク、ネガティブな報道をされるリスクを下げることも可能になる。ポイントは主に次の4点だ。
1. オンライン、オフラインで顧客の声を「傾聴」すること2. 顧客のクレームには誠実に対応すること3. 迅速に、適切な方法で情報発信を行うこと4. 事後対応を徹底して行うこと
1については、異物混入に限らず、顧客の声を聴くことで、さまざまなヒントを得ることができる。店舗やお客様相談窓口に上がってくる顧客の声は、顕在化した意見、極端な意見が多い。ネット上にも、クレームめいた意見も多々あるものの、潜在的なニーズや、一般的な顧客の声もたくさん上がってきている。常時、リスクをモニタリングすることは難しいかもしれないが、適宜、自分から顧客の声を傾聴してみることが重要である。
2について、1999年に「東芝クレーマー問題」以降、顧客対応の不備がネットでさらされ、バッシングされるということは継続的に起こっている。
一方で、お客が企業に理不尽な要求をする「カスハラ(カスタマーハラスメント)」も社会問題として取り沙汰されるようになっており、不当なクレームに屈しない態度は重要だ。しかしながら、正当なクレームに不適切な対応を行った場合は、そのこと自体が炎上リスクになることもある。
顧客対応は、人為的に対応することができる領域であり、スタッフの教育やマネジメントの強化によって改善を図ることも可能である。
3に関して、異物混入に限らず、リスクマネジメントにおいては、適切なタイミングで、適切媒体を活用して、適切な情報を発信することが重要になる。隠蔽を図ることは論外だが、必要以上に広く情報を発信してしまうことで、知らない人にまで問題を知らしめてしまうリスクもある。
早い段階で、現状でわかっている情報を明示しつつ、取るべき対策もセットで伝達しておくことで、メディアの批判や炎上を抑制することが可能になる。
4の事後対応は、当該問題の沈静化だけでなく、企業の信頼感を醸成するうえでも重要となる。
2014年に、まるか食品のカップ焼きそば「ペヤング」に虫が混入しているというSNSの投稿がなされ、大きく炎上した事件があった。
まるか食品側は、当該顧客と直接会って対応はしたが、投稿の削除依頼を行ったこと、製造工程での異物混入を否定するコメントを発表したことで、批判を浴びた。
つまり、上記の2、3における初動においては、適切な対応を行ったとは言えなかった。しかしながら、その直後、まるか食品は全商品の自主回収と、販売中止を行い、工場の設備改善、小売店のお詫び行脚等、徹底した事後対応を行った。
発売中止期間は半年間にわたったが、発売が再開されると、中止前以上の好調な売り上げを実現するに至っている。
徹底した事後対応により、まるか食品は異物混入問題をチャンスに変えることができたのである。
実は、飲食店を利用する顧客側にとっても、SNSで異物混入について投稿することが思わぬ波紋を呼ぶことがある。飲食店側を批判する声が集まる一方で、投稿者について「営業妨害だ」「不快な投稿をした」「当事者同士で解決せよ」などといった趣旨の批判が投げかけられ、結局は賛否両論になることも多いからだ。
異物混入を発見した場合は、その場で直接店員に報告して対応してもらうのが第一である。お店の対応に不満が残るのであれば、最寄りの保健所に連絡すればよい。
このたびガストの件に話を戻すと、運営会社の「すかいらーくホールディングス」は、1~4について、適切な対応を取ったと言えるだろう。
その成果もあってか、SNSには情報はアップされたものの、当該顧客とは紛争にはなっていないし、本件に関するSNSやメディアのバッシングは限定的なものになっている。
(西山 守 : マーケティングコンサルタント、桜美林大学ビジネスマネジメント学群准教授)