思い出の実家も失い……父の遺産をすべて持っていった姉と絶縁して

お金のちょっとしたすれ違いは、ときには人を悩ませ、ときには縁の切れ目にも……。男女の人間関係に関する著書も多いフリーライター、亀山早苗さんが、お金にまつわる複雑な人間模様のお話をお届けします。
お金のトラブルというと思いつくのが「相続争い」。お金持ちだけがこういったトラブルに遭うのだろうと捉えられがちですが、実際はそうでもありません。家庭裁判所によると令和元年度の遺産分割事件のうち、認容・調停成立件数は7224件。そのうち5545件が遺産の価額5000万円以下で起きています(参照:令和元年度司法統計年報・家事事件編)。もちろん、法廷に舞台を移さないケースもあることでしょう。今回はそんな相続にまつわるお話――。
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争いたくなかったのにきょうだいは他人の始まりとよくいうが、実際、親の遺産を巡ってきょうだいがドロ沼の争いを繰り広げるケースは少なくない。
「小さいときから仲のいい姉妹だったんです。私は争うつもりは一切なかった。姉がどうしても遺産がほしいなら、それでもいいと思っていました。でも騙されるのはたまらなくいやだった」
アキエさん(43歳)は暗い表情でそう言った。3歳年上の姉・ヨウコさんと絶縁状態になって3年がたつ。
「母は私が中学生のときに亡くなりました。それ以来、父が男手ひとつで姉と私を育ててくれたのですが、実質的に姉が私の母代わりでしたね。姉には何でも話したし何でも相談していました」
姉は高校を卒業して専門学校へ、そしてアキエさんは大学へと進んだ。進路は違っても姉妹は仲がよく、洋服を交換したり休日には一緒に出かけたりした。
「私が大学を出て就職したころだったかな、姉が結婚したんです。でもうまくいかなくて3年ほどで離婚し、実家に戻ってきました。逆に私は家を出て一人暮らしを始めたんです。実家から会社まで遠かったので。姉とはこのころから、以前に比べればギクシャクしてきたような気もします」
アキエさんは30歳で、学生時代から知っている彼と結婚。何でも言い合える親友のような関係だったが、実はいちばん大事な人と気づいたのだ。32歳で長女を、3年後に次女が生まれた。一方、姉のヨウコさんはアルバイトをしながら父と二人で暮らしていた。とはいえ、父は定年後も元気に働いていたので、実質的には主婦代わりとなっていたのだろう。
「6年前、父が脳卒中で倒れたんです。半身麻痺になり、認知症も発症してしまったので、半年後には施設へ入れるしかないという話になって……。私はまだ小さい子が2人いて共働きをしていたので忙しくて、姉に任せきりでした。でも父が入る予定の施設には見学に行きましたよ。姉は家を売って入れるしかないと浮かない顔をしていました。私は実家は借地だと聞いていたし、家そのものももう古いので資産価値はないだろうと……。姉にお金が必要なら少し出すからと言って300万円ほど預けました。うちだって大変なんですけど、姉は『おとうさんが病気になってから調べたら、とにかくお金がない。貯金も200万円くらいだし、他に資産もない』と聞いていたし、父のことは姉任せにしていた負い目もあって」
姉の言いなりにお金を出してしまったのだ。
衝撃……父は施設に入っていなかったその後、姉から「父は一緒に見学に行った施設に入った」と報告があった。父に会いに行くと言うと、今は入ったばかりで落ち着かないから行かないほうがいいと言われる。
「今後のことをどうするか相談しようと言われて姉と待ち合わせたんです。そうしたら姉と一緒に現れたのが一人の男性でした。『彼と結婚するから』と姉はうれしそうでしたが、私、ふと彼の左の薬指に指輪の跡があるのに気づいてしまったんです。それになんだか感じのよくない人だった。あとから姉に『彼、結婚してるの?』と聞いたら『私と一緒、バツイチよ』と。でも指輪の跡はまだはっきり残っていたんですよね」
そのとき、父には資産がないだけではなくて借金もあった。「だから遺産相続放棄をしたほうがいいと思う」と書類を出され、信じて疑わなかったアキエさんはサインをした。
それから1カ月ほどたったころ、アキエさんのもとに1本の電話があった。とある施設からだった。
「お父様が亡くなりましたって。父が入っているはずの施設とは違う名前なんです。何がなんだかわからなかった。よく聞いてみると、結局、父は私が見に行ったきれいな施設ではなく、小規模なグループホームにいたという。あわてて飛んでいきました。そこは父が最期を迎えるにはみすぼらしくて、びっくりして涙も出ませんでした」
姉と連絡がとれなくなっていた。父の友人知人に連絡をとろうと実家に戻ってみると、実家はすでになくなっていた。
「私も自分の生活に必死で、実家まで手が回らなかったんですが、姉はどうやら家を勝手に売ったみたいです。その後、調べたら実家は借地ではなかった。父が買っていたんですね」
知り合いの弁護士に相談していろいろ調べてもらったら、家は土地込みで4000万円近くで売れたらしい。他に父は1000万円ほどの貯金や有価証券をもっていた。
それから数カ月後、姉が泣きながら電話をかけてきた。
「結局、姉は私に会わせた婚約者の男に貢いでいたんですね。そして逃げられた。5000万円近く手に入ってそれをすべてあげてしまった、と。しかもそこで言ったんですよ。『お金貸してくれない?』って。あまりのことに電話を叩き切りました」
数日後、姉はげっそり痩せた姿でアキエさんの自宅にやってきた。家に上げてさらに詳しく話を聞くと、姉が以前言っていたことはすべて嘘で、例の婚約者が描いたシナリオだったのだという。施設の件も、最初からきれいな施設に入れる気などなかったのだ。アキエさんが渡した300万円も彼に流れていったきり。
「詐欺が成立するかどうかわからないと姉は言っていましたね。とにかくわかったからもう帰ってと言うと、帰るところがないって。私は姉に1万円渡して、これでホテルにでも泊まって、そして二度と私の前に現れないでと叩き出しました。自分でも冷たいとは思ったけれど、救う気にはなれなかった。姉は父母のものがすべて詰まった実家を、そのまま売ってしまったんです。父母の写真もない、母の位牌もない、お金のことは百歩譲って許すとしても、両親の思い出をすべて家とともに壊してしまったことだけは許せなかった」
姉は婚約者だと言った男の言いなりだったようだ。そしてアキエさんが見越したとおり、彼は離婚していなかったことがわかった。
「それきり姉は連絡してこないし、私も連絡先を知りません。どこでどうしているのかわかりませんが、私の心の中では封印したままです」
10歳と7歳になった2人の娘たちを見ながらも、アキエさんは姉のことは思い出すまいとしている。
「娘たちには一生、仲良くしてほしい。お金で仲違いしてほしくない。つくづくそう思っています」
教えてくれたのは……亀山 早苗さん