決して安全とは言い難いが、SNSで精子の購入を望む女性は後を絶たない。無法地帯ではびこる精子提供はどのように行われるのか。前編記事『優秀な精子ほど高値が…30歳女性がSNSで1万円の精子を買ってから、出産するまでの「一部始終」』に引き続き紹介する。
都内在住のカオリさん(仮名・47歳)もSNSで精子提供を受け、’21年に男児を出産した。彼女は選択的シングルマザーだ。
「実は2年前まで夫がいましたが、彼は無精子症で子供を作ることはできませんでした。養子縁組やAID(非配偶者間人工授精)で子供を授かろうと思ったのですが、夫は自分が無精子症だという事実を受け入れられなかったのです。子供の話をしようとしても、取りあってくれず、夫婦仲は冷え切っていきました」
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結局、カオリさん夫婦は離婚。けれど、子供を持つという夢は諦めきれず、選択的シングルマザーの道を歩むことにした。フリーランスのデザイナーをしていた彼女は貯金に余裕があり、海外の精子バンクを利用しようとしたが、思わぬ壁にぶち当たることになる。
「私自身、40代半ばで、仮に妊娠できたとしても、生まれてくる子供をいつまで面倒見れるかも分からない。だから、外国人でも構わないので、経済的に自立できるだけの知性を約束された大卒者の精子を提供してもらいたかったんです。
けれど、いま大卒者の精子は世界中のバンクで枯渇していると告げられました。提供を受けられるまでに2~3年かかると言われたのです。肉体的にも到底待てませんでした」
カオリさんは同じ境遇の選択的シングルマザーにヒントをもらおうと、ツイッターの検索窓に「選択的シングルマザー」と打ち込んだ。見つかったのは、精子を提供する男性のアカウントだった。
「もうこれしかないと思いました。高身長、高学歴、高収入の男性を探し、経歴や性病検査の結果を証明できる人を条件にしました。そのためにはいくら払ってもいいと思っていましたね。結局、条件に一致する40代の男性を見つけました」面談を重ね、前金で3万円を渡すという条件で提供をしてもらうことになったカオリさんだったが、提供当日にトラブルが起きる。「相手から指定された池袋の商業施設の屋上で落ち合い、おカネを渡しました。すると、彼は『やっぱりシリンジ法ではなく、タイミング法じゃないと精子は提供できない』と言ってきたんです。おカネを渡しているし、そんなの聞いていないと言っても、聞く耳は持たず、口論になると彼はいきなり走り出し、逃げていきました。SNSで精子提供詐欺に遭ったなんて恥ずかしくて、誰にも相談できるはずがない。おカネと自尊心だけを失うハメになりました」その後、提供者を探し、これまでSNS上の提供で35人の子供が生まれたという関西在住の50代男性と出会ったという。「彼はこれまでの依頼者から出産報告や成長報告を多数受けていて、その文面もSNSで発信していたので信用できる気がしました。結局、6回も関西に出向き、彼に精子を提供してもらい、無事、妊娠・出産できました」SNSでの精子提供はリスクしかないこのように複雑な事情で精子提供を受けられない女性たちがSNSに救いを求め、結果的に子供を授かっている。しかし、日本に個人間での精子取引を規制する法律はなく、SNSはいま、無法地帯と化している。獨協医科大学特任教授で、日本初の民間精子バンク「みらい生命研究所」代表の岡田弘氏が語る。「グーグル、ヤフー、Gooで検索すると精子提供を行う140のグループと個人がありました。そのグループと個人ごとに契約書の有無、精子提供者の感染症・精液検査の有無、また授受の方法や費用など専門的見地で安全基準をチェックしたところ、クリアしたサイトはわずか5つ。これらのサイトのうち、個人は2つでしたが、代表者や電話番号は不明。一方、3つのグループのうち2つは海外に渡航して治療を受けるため、高額な費用を支払わなければならず、1つはドナーに日本人が含まれていませんでした。つまり、大半が安全とは言い難いという結論に至りました」そもそも精子提供は医療行為並みの厳格さが求められる。一般人が行えば、リスクが伴う。 「HIV、梅毒などの性病は数日から数ヵ月の潜伏期間があるため、射精したばかりの精子の取引は危険です。医療機関で提供する場合は、半年間凍結保存し、使用前に再度提供者の感染症検査を行います」(医療法人社団暁慶会はらメディカルクリニック院長の宮崎薫氏)SNSで精子提供が際限なく行われると、将来的に近親婚のリスクも高まる。「多くの国際的なガイドラインでは、近親婚を避けるために1人のドナーで出生する子供は10人までと規定しています」(前出・岡田氏)PHOTO by iStockもともと性交が目的だった男性に、提供場所としてホテルを指定され、強姦されるケースも後を絶たない。また、男性に「(精子提供のことを)家族に言うぞ」と脅され、金品を要求されるケースもあるという。前出のカオリさんのようにSNSで精子提供を受けることに後ろめたさを感じている女性が多いので、警察や家族には相談しづらい。男たちはその罪悪感につけこむのだ。精子提供で生まれた子供の将来生まれてきた子供の出自を知る権利を保障できないのも大きな問題だ。個人間で精子の取引をした場合、将来、提供者と子供の面会を行うかどうかや、そのために個人情報を開示するかの判断は当事者同士の判断となる。しかし、現実にSNSで行われる精子提供は、互いに個人情報を明かさない場合が多い。提供者は将来、子供に認知を迫られた際に法的トラブルが起きることを避けるため、情報の開示に後ろ向きなのだ。依頼者も提供者から親権を主張される可能性があるため、開示に積極的ではない。PHOTO by iStock出自を知る権利を巡る問題は精子ドナー数の減少にもつながっている。慶應義塾大学病院は長らく提供者の匿名性を守っていたが、’17年に方針を転換。男性は提供時に、AIDで生まれた子供によって、将来、自身の個人情報が開示されるリスクがあるということに同意しなければならなくなった。結果、リスクを恐れ、提供者は激減。慶應病院は新規患者の受け付け停止を余儀なくされた。個人間の精子提供で生まれた子供が将来、提供者と繋がる手立てはないに等しい。前編で紹介したミサキさんはこう語る。 「私たちはレズビアンなので、将来、いずれにしろ子供に精子提供で生まれたことは言わないといけない。ただ、SNSで精子提供を受けたことはさすがに言えないと思います。それはあまりに子供にとってショックすぎる。それを知っていながら、提供を受けたわけですが、娘が成人になるまでの間に責任を持って、どう真実を伝えるか考えようと思っています」増え続ける、SNSで精子を買う女と売る男。それは日本社会の歪みを表しているのか。「週刊現代」2022年8月27日号より
「もうこれしかないと思いました。高身長、高学歴、高収入の男性を探し、経歴や性病検査の結果を証明できる人を条件にしました。そのためにはいくら払ってもいいと思っていましたね。結局、条件に一致する40代の男性を見つけました」
面談を重ね、前金で3万円を渡すという条件で提供をしてもらうことになったカオリさんだったが、提供当日にトラブルが起きる。
「相手から指定された池袋の商業施設の屋上で落ち合い、おカネを渡しました。すると、彼は『やっぱりシリンジ法ではなく、タイミング法じゃないと精子は提供できない』と言ってきたんです。おカネを渡しているし、そんなの聞いていないと言っても、聞く耳は持たず、口論になると彼はいきなり走り出し、逃げていきました。
SNSで精子提供詐欺に遭ったなんて恥ずかしくて、誰にも相談できるはずがない。おカネと自尊心だけを失うハメになりました」
その後、提供者を探し、これまでSNS上の提供で35人の子供が生まれたという関西在住の50代男性と出会ったという。
「彼はこれまでの依頼者から出産報告や成長報告を多数受けていて、その文面もSNSで発信していたので信用できる気がしました。結局、6回も関西に出向き、彼に精子を提供してもらい、無事、妊娠・出産できました」
このように複雑な事情で精子提供を受けられない女性たちがSNSに救いを求め、結果的に子供を授かっている。しかし、日本に個人間での精子取引を規制する法律はなく、SNSはいま、無法地帯と化している。獨協医科大学特任教授で、日本初の民間精子バンク「みらい生命研究所」代表の岡田弘氏が語る。
「グーグル、ヤフー、Gooで検索すると精子提供を行う140のグループと個人がありました。そのグループと個人ごとに契約書の有無、精子提供者の感染症・精液検査の有無、また授受の方法や費用など専門的見地で安全基準をチェックしたところ、クリアしたサイトはわずか5つ。
これらのサイトのうち、個人は2つでしたが、代表者や電話番号は不明。一方、3つのグループのうち2つは海外に渡航して治療を受けるため、高額な費用を支払わなければならず、1つはドナーに日本人が含まれていませんでした。つまり、大半が安全とは言い難いという結論に至りました」
そもそも精子提供は医療行為並みの厳格さが求められる。一般人が行えば、リスクが伴う。
「HIV、梅毒などの性病は数日から数ヵ月の潜伏期間があるため、射精したばかりの精子の取引は危険です。医療機関で提供する場合は、半年間凍結保存し、使用前に再度提供者の感染症検査を行います」(医療法人社団暁慶会はらメディカルクリニック院長の宮崎薫氏)SNSで精子提供が際限なく行われると、将来的に近親婚のリスクも高まる。「多くの国際的なガイドラインでは、近親婚を避けるために1人のドナーで出生する子供は10人までと規定しています」(前出・岡田氏)PHOTO by iStockもともと性交が目的だった男性に、提供場所としてホテルを指定され、強姦されるケースも後を絶たない。また、男性に「(精子提供のことを)家族に言うぞ」と脅され、金品を要求されるケースもあるという。前出のカオリさんのようにSNSで精子提供を受けることに後ろめたさを感じている女性が多いので、警察や家族には相談しづらい。男たちはその罪悪感につけこむのだ。精子提供で生まれた子供の将来生まれてきた子供の出自を知る権利を保障できないのも大きな問題だ。個人間で精子の取引をした場合、将来、提供者と子供の面会を行うかどうかや、そのために個人情報を開示するかの判断は当事者同士の判断となる。しかし、現実にSNSで行われる精子提供は、互いに個人情報を明かさない場合が多い。提供者は将来、子供に認知を迫られた際に法的トラブルが起きることを避けるため、情報の開示に後ろ向きなのだ。依頼者も提供者から親権を主張される可能性があるため、開示に積極的ではない。PHOTO by iStock出自を知る権利を巡る問題は精子ドナー数の減少にもつながっている。慶應義塾大学病院は長らく提供者の匿名性を守っていたが、’17年に方針を転換。男性は提供時に、AIDで生まれた子供によって、将来、自身の個人情報が開示されるリスクがあるということに同意しなければならなくなった。結果、リスクを恐れ、提供者は激減。慶應病院は新規患者の受け付け停止を余儀なくされた。個人間の精子提供で生まれた子供が将来、提供者と繋がる手立てはないに等しい。前編で紹介したミサキさんはこう語る。 「私たちはレズビアンなので、将来、いずれにしろ子供に精子提供で生まれたことは言わないといけない。ただ、SNSで精子提供を受けたことはさすがに言えないと思います。それはあまりに子供にとってショックすぎる。それを知っていながら、提供を受けたわけですが、娘が成人になるまでの間に責任を持って、どう真実を伝えるか考えようと思っています」増え続ける、SNSで精子を買う女と売る男。それは日本社会の歪みを表しているのか。「週刊現代」2022年8月27日号より
「HIV、梅毒などの性病は数日から数ヵ月の潜伏期間があるため、射精したばかりの精子の取引は危険です。医療機関で提供する場合は、半年間凍結保存し、使用前に再度提供者の感染症検査を行います」(医療法人社団暁慶会はらメディカルクリニック院長の宮崎薫氏)
SNSで精子提供が際限なく行われると、将来的に近親婚のリスクも高まる。
「多くの国際的なガイドラインでは、近親婚を避けるために1人のドナーで出生する子供は10人までと規定しています」(前出・岡田氏)
PHOTO by iStockもともと性交が目的だった男性に、提供場所としてホテルを指定され、強姦されるケースも後を絶たない。また、男性に「(精子提供のことを)家族に言うぞ」と脅され、金品を要求されるケースもあるという。前出のカオリさんのようにSNSで精子提供を受けることに後ろめたさを感じている女性が多いので、警察や家族には相談しづらい。男たちはその罪悪感につけこむのだ。精子提供で生まれた子供の将来生まれてきた子供の出自を知る権利を保障できないのも大きな問題だ。個人間で精子の取引をした場合、将来、提供者と子供の面会を行うかどうかや、そのために個人情報を開示するかの判断は当事者同士の判断となる。しかし、現実にSNSで行われる精子提供は、互いに個人情報を明かさない場合が多い。提供者は将来、子供に認知を迫られた際に法的トラブルが起きることを避けるため、情報の開示に後ろ向きなのだ。依頼者も提供者から親権を主張される可能性があるため、開示に積極的ではない。PHOTO by iStock出自を知る権利を巡る問題は精子ドナー数の減少にもつながっている。慶應義塾大学病院は長らく提供者の匿名性を守っていたが、’17年に方針を転換。男性は提供時に、AIDで生まれた子供によって、将来、自身の個人情報が開示されるリスクがあるということに同意しなければならなくなった。結果、リスクを恐れ、提供者は激減。慶應病院は新規患者の受け付け停止を余儀なくされた。個人間の精子提供で生まれた子供が将来、提供者と繋がる手立てはないに等しい。前編で紹介したミサキさんはこう語る。 「私たちはレズビアンなので、将来、いずれにしろ子供に精子提供で生まれたことは言わないといけない。ただ、SNSで精子提供を受けたことはさすがに言えないと思います。それはあまりに子供にとってショックすぎる。それを知っていながら、提供を受けたわけですが、娘が成人になるまでの間に責任を持って、どう真実を伝えるか考えようと思っています」増え続ける、SNSで精子を買う女と売る男。それは日本社会の歪みを表しているのか。「週刊現代」2022年8月27日号より
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もともと性交が目的だった男性に、提供場所としてホテルを指定され、強姦されるケースも後を絶たない。また、男性に「(精子提供のことを)家族に言うぞ」と脅され、金品を要求されるケースもあるという。前出のカオリさんのようにSNSで精子提供を受けることに後ろめたさを感じている女性が多いので、警察や家族には相談しづらい。男たちはその罪悪感につけこむのだ。
生まれてきた子供の出自を知る権利を保障できないのも大きな問題だ。個人間で精子の取引をした場合、将来、提供者と子供の面会を行うかどうかや、そのために個人情報を開示するかの判断は当事者同士の判断となる。
しかし、現実にSNSで行われる精子提供は、互いに個人情報を明かさない場合が多い。提供者は将来、子供に認知を迫られた際に法的トラブルが起きることを避けるため、情報の開示に後ろ向きなのだ。依頼者も提供者から親権を主張される可能性があるため、開示に積極的ではない。
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出自を知る権利を巡る問題は精子ドナー数の減少にもつながっている。慶應義塾大学病院は長らく提供者の匿名性を守っていたが、’17年に方針を転換。男性は提供時に、AIDで生まれた子供によって、将来、自身の個人情報が開示されるリスクがあるということに同意しなければならなくなった。結果、リスクを恐れ、提供者は激減。慶應病院は新規患者の受け付け停止を余儀なくされた。
個人間の精子提供で生まれた子供が将来、提供者と繋がる手立てはないに等しい。前編で紹介したミサキさんはこう語る。
「私たちはレズビアンなので、将来、いずれにしろ子供に精子提供で生まれたことは言わないといけない。ただ、SNSで精子提供を受けたことはさすがに言えないと思います。それはあまりに子供にとってショックすぎる。それを知っていながら、提供を受けたわけですが、娘が成人になるまでの間に責任を持って、どう真実を伝えるか考えようと思っています」増え続ける、SNSで精子を買う女と売る男。それは日本社会の歪みを表しているのか。「週刊現代」2022年8月27日号より
「私たちはレズビアンなので、将来、いずれにしろ子供に精子提供で生まれたことは言わないといけない。ただ、SNSで精子提供を受けたことはさすがに言えないと思います。それはあまりに子供にとってショックすぎる。それを知っていながら、提供を受けたわけですが、娘が成人になるまでの間に責任を持って、どう真実を伝えるか考えようと思っています」
増え続ける、SNSで精子を買う女と売る男。それは日本社会の歪みを表しているのか。
「週刊現代」2022年8月27日号より