今春の東京都杉並区議選に向けて区が準備を進めていた「ボートマッチ」が、総務省からの待ったを受けて急きょ中止される事態となった。
「先駆的な取り組み」(区選挙管理委員会)として、低迷が続く投票率を向上させる切り札となるはずだった「官製」ボートマッチは、なぜ撤回に追い込まれたのか。背後には、昨年誕生した岸本聡子区長(48)と区議会との根深い対立構造も垣間見える。(浜田萌)
■「従来の啓発限界」
「考えが至らず反省している。多くの方に協力してもらったにもかかわらず、大変申し訳ない」。15日の区選管定例会で中止が決まると、区選管の江川雅志事務局長は陳謝し、岸本区長も「投票率向上の起爆剤として期待していた。大変残念」とコメントした。
区選管が前例のないボートマッチに踏み出したのは、若者を中心とする投票率の低下に深刻な危機感を抱いたためだ。同区議選では近年、投票率が40%前後にとどまり、中でも20歳代は20%台まで落ち込んでいた。
「従来型の啓発活動だけでは限界がある」と考えた区選管は、まず候補者全員が参加する公開討論会のインターネット配信を検討。だが80人ほどが見込まれる候補者全員の参加が難しいことや、高額な費用面から断念した。代替案として浮上したのが、100万円ほどの低予算で実現できるというボートマッチだった。
区が計画したのは、区民が特設サイト上で区政に関する20問に「賛成」「やや賛成」「中立」「やや反対」「反対」のいずれかを回答すると、立場が近い候補5人が表示される仕組みだ。
■区長と野党対立
質問案は区の施策をまとめた「実行計画」を基につくられ、公募に応じた区民らも携わった。区は19日の候補者説明会で、出席者に回答を依頼する予定だった。
これに猛反発したのが野党の自民区議を中心とする区議会だった。国際NGO出身の岸本区長は昨年、自民などの支援を受けた現職を僅差で破って初当選したため、今も区議会との緊張関係が続く。自民区議らは区のボートマッチを「岸本区政に対する踏み絵を迫るものだ」と批判を強めた。区長に近い共産区議からも、「質問を区が決めることや、候補者に序列をつけて並べる手法は、中立性の面から課題がある」という声が上がっていた。
■「調整不足」指摘も
都選管や総務省との調整不足を指摘する声も根強い。関係者によると、都が区から正式な相談を受けたのは、今月に入ってからだったという。都選管は「総務省が懸念を示している」と伝え、法的な課題を確認するよう助言したが、区選管は「公職選挙法には抵触しない」と主張し、議論は平行線をたどったとされる。
業を煮やした自民は、政権与党として「総務省に対応を求めていた」(党関係者)という。総務省が14日、NPO法人などの民間主体ではなく、選管によるボートマッチは「(選管職員ら公務員の選挙活動を禁じる)公職選挙法に抵触する恐れがある」とする見解を都道府県選管に伝えると、外堀を埋められた形の区選管には、もはや中止の選択肢以外は残されていなかった。
地方選挙や主権者教育に詳しい静岡大の井柳美紀教授は「若者の関心を高めようと試行錯誤した取り組みは評価したい」とし、「低投票率が続けば地方議会は存在意義を問われかねない。有権者の判断材料を増やすため、『デジタル時代』に即した情報発信のあり方を検討すべきだ」と指摘する。
◆ボートマッチ…英語の「vote(投票)」と「match(一致)」を組み合わせたもので、1980年代にオランダで生まれたとされる。事前に政党や候補者に政策への立場を尋ねて分析。インターネット上で有権者が同様に賛否を選ぶと、自身の考えに最も近い投票先がわかる。