【小林 一哉】川勝知事「山梨県内の調査ボーリングをやめろ」…他県のリニア工事妨害に批判の嵐、“四面楚歌”の状態で決断迫られる

静岡県の川勝平太知事の「山梨県内の調査ボーリングをやめろ」の言いがかりに、批判の嵐が巻き起こっている。
山梨県のリニア工事を妨害する法的根拠を示さないデタラメぶりに山梨県の長崎幸太郎知事は怒り、元副知事で側近だった難波喬司・静岡市長は「県の主張に何らの正当性もない」とする特別会見を開き、川勝知事が最も頼りとする静岡県リニア専門部会の委員たちまで調査ボーリングを「やるべき」という始末である。
とうとう、川勝知事を全面的に擁護してきた静岡新聞でさえ、山梨県の行政権を侵すという長崎知事の反発が静岡県の「悪者論」に直結するとして、調査ボーリングを容認した。
つまり、川勝知事は孤立無援、“四面楚歌”の状態に陥ってしまった。
他県のリニア工事を妨害することで孤立無援の川勝知事(東京都内、筆者撮影)
ところが、川勝知事は「山梨県内の調査ボーリングをやめろ」の主張を撤回する気配は全くない。もう「引き時」はとうの昔に過ぎてしまい、今さら引くに引けない状況である。
山梨県のリニア工事に、静岡県が突然、難くせをつけたのは昨年10月13日だった。
山梨県内のリニアトンネル掘削で、距離的に離れていても、高圧の力が掛かり、静岡県内の地下水を引っ張る恐れがあるとして、「静岡県境へ向けた山梨県内の工事をどの場所で止めるのか」を決定する必要があるとした文書をJR東海に送りつけた。
10月31日の県リニア専門部会で、掘削による周辺の高圧地下水がトンネルに引っ張られるのかどうかが議論となった。JR東海が「理論上はありうる」と回答すると、今後、県リニア専門部会で、山梨県の工事で静岡県の水が引っ張られる懸念を議論していくことを強引に決めてしまった。
12月に入ると、トンネル掘削だけでなく、調査ボーリングまで問題にして、「水抜きがあり得る高速長尺先進ボーリングが“静岡県の地下水圏”に近づくことは同意できない」という意見書をJR東海に送った。
これに合わせて、川勝知事は「調査の名を借りた水抜き工事だ」と糾弾、山梨県内の調査ボーリングを続ければ、JR東海が静岡県と約束した「湧水の全量戻し」は“実質破綻”すると脅した。
実際には、全量戻しで合意しているのは、静岡県境付近の10ヵ月間の工事期間中の最大約5百万トンの湧水流出に対してであり、山梨県内で行われている調査ボーリングなど全く関係ない。
そもそも調査ボーリングで水抜きがあるのは事実だが、水抜きはトンネル掘削に比べればはるかに微量である。それなのに、調査ボーリング初期に出る大量の湧水の計算式にあてはめて、先進坑の60%もの水抜きにつながると静岡県は大騒ぎした。
大量の水抜きにはつながらないとJR東海がいくら説明しても、静岡県は一切、聞く耳を持たなかった。それなのに、「山梨県内の工事で出る水を静岡県の水だ」と主張する根拠は示されず、静岡県の水が引っ張られる懸念があるから「やめろ」の一点張りだった。
どう考えても、地下水は動的な水で、地下水脈がどのように流れているのか不明であり、所有権を主張する「静岡県の地下水圏」など存在しない。
何よりも、山梨県の調査、工事を止める指導権限など静岡県にはない。
それでも、森貴志副知事は5月11日、「静岡県が合意するまでは、リスク管理の観点から県境側へ約3百メートルまでの区間を調査ボーリングによる削孔(さっこう)をしないことを要請する」などの意見書をJR東海に送った。
つまり、静岡県は、県境約3百メートルの断層帯付近で「山梨県の調査ボーリングをやめろ」を求めたのだ。
このような状況をにらみ、もう一方の当事者である長崎知事は「山梨県の工事で出る水はすべて100%山梨県内の水だ」と断言した上で、「山梨県内のボーリング調査は進めてもらう。山梨県の問題は山梨県が責任をもって行う」などと静岡県を批判した。
5月31日のリニア沿線期成同盟会に続いて、自民党リニア特別委員会でも長崎知事は「企業の正当な活動を行政が恣意的に止めることはできない。調査ボーリングは作業員の安全を守り、科学的事実を把握するために不可欠だ」などと山梨県の立場を尊重するよう川勝知事に求めた。
ところが、6月に入っても、静岡県は調査ボーリングの停止要請を撤回しなかった。
このため、長崎知事は6月9日の臨時会見で、「どこそこの水という法的根拠は何か、そもそも静岡の水とは何か明らかにしてもらう必要がある。長野県、山梨県が源流となる富士川の水の(静岡県の)利用に対して我々も何かいうことはできるのか」などと法律上の議論を求める姿勢を示した。
山梨県のリニア工事を止めようとする静岡県の姿勢に対して、ついに長崎知事は切れてしまい、強い怒りを露わにしたのだ。
山梨県の立場を尊重するよう求めた長崎知事(東京都内、筆者撮影)
新たに、この問題に参入したのが、副知事時代、静岡県のリニア問題責任者だった難波市長である。
5月24日の定例会見で「調査ボーリングの穴は小さい。これが3百メートル先まで水を引っ張るなんて考えられない」など個人的な見解を述べたのに続いて、6月6日には、静岡市長としてではなく、静岡理工科大学大学院客員教授(工学博士)の立場で、「山梨県の調査ボーリング」に特化した異例の会見を開いた。
難波市長の計算では、調査ボーリングによる湧水量は、先進坑掘削に比較して、1・8%程度としかないと推定、「県の推定は過大評価である」との見解を示し、「ボーリング調査は進めるべきだ」と県と真っ向から対立する姿勢を明らかにした。
難波市長会見の翌日、7日に開かれた県リニア専門部会で、「県境3百メートル付近で山梨県の調査ボーリングをやめろ」と主張した委員は誰ひとりとしていなかった。
それどころか、大石哲委員(水工学)は「JR東海の言う通り、調査ボーリングで大量湧水に至ることはなく、コントロールできる」と判断した。
「山梨県の調査ボーリングの湧水が静岡県の地下水である根拠を科学的に示す方法」を提案した丸井敦尚委員(地下水学)は「県境3百メートル付近で止めるということではなく、実際に掘り進め、県境を越えて静岡県内を含めて試料を取って化学分析しなければ科学的には正確な結論は得られない」などと最低でも県境までのボーリング調査を進めることを求めた。
他の森下祐一部会長(地球環境科学)、塩坂邦雄委員(地質)は県境3百メートル付近の断層帯で、高圧水が出る可能性について言及した。
高圧水の可能性について、大石委員は「コントロール可能」とし、丸井委員は「10年掛かってほんのわずかな水が出る程度でリニア工事のリスクにならない」と大量湧水を否定している。
となると、県リニア専門部会は山梨県の調査ボーリングを科学的工学的に容認したことになる。
6月7日の県リニア専門部会でも山梨県の調査ボーリングを容認した(静岡県庁、筆者撮影)
これまで、川勝知事は、丸井委員の「山梨県に出る水が静岡県の水である根拠を科学的に示す方法」を検証しなければ、「山梨県の調査ボーリングをやめろ」という主張を変えない姿勢を見せていた。
ところが、丸井委員は、静岡県内の調査ボーリングまで実地にやらなければ、どちらの水か確実に推定できない、と県専門部会後の囲み取材で明らかにした。そういう検証方法を丸井委員は提案したのだ。
県リニア会議後の囲み取材で調査ボーリングをやるべきと話す丸井敦尚委員(静岡県庁、筆者撮影)
となると、丸井委員の検証方法を是認してきた静岡県は、山梨県内の調査ボーリングを認めなければならなくなる。
ところが、会議後の囲み取材で森副知事は「静岡県の水が引っ張られる可能性は否定できない」などと、従来の県境付近まで約3百メートルの地点で山梨県の調査ボーリングをやめろ、という姿勢を崩さなかった。
これに対して、筆者が「長崎知事の言う通り、企業の正当な活動を行政が恣意的に止めることにならないのか」とただすと、森副知事は「恣意的に当たらない」と回答した。実際に、恣意的でないのかどうかは、いずれ山梨県の法的な追及で明らかになるだろう。
2023年6月7日付静岡新聞社説は、過去の愛知県の大村秀章知事、神奈川県の黒岩祐治知事への川勝知事の攻撃的な姿勢に触れ、今回の長崎知事の反発を招いたことで、『川勝知事の不用意な言動が本県の「悪者論」に直結する』ことを危惧して、山梨県内の調査ボーリングを容認すべきとしていた。
さあ、外堀はすべて埋められた。あとは、本丸にいる川勝知事が決断するしかない。