全国のDV相談件数は、配偶者暴力相談支援センターに寄せられたものだけで2014年度に10万件を超えて以降、増加し続けてきた。コロナ禍の2020年度に12万件を突破、2022年度まで3年間連続して12万件以上である。妻からのDVも増加しているが、相談については9割が夫に悩まされている女性たちからだ。
DVは物理的な暴力のみならず、もちろん精神的な嫌がらせやネグレクトもDVに含まれる。そしてゴールデンウィークのような連休時、家族での時間が増えると、初めて、あるいは改めて問題点に気づくことが多い。
そんなに嫌なら離婚すればいい。他人は簡単にそう思いがちだが、そもそも経済的な理由で離婚するのはむずかしい。離婚後の養育費が保証されているわけではなく、しかもそもそも子どもを連れて生活していくことさえ困難な女性が多いのだ。
シングルマザーの年収は272万、一方、シングルファーザーは518万円だという。この格差がシングルマザーをつらくさせている。簡単に離婚したら生活ができないのだ。だから離婚を踏みとどまり、夫からのDVに耐える女性が増えてしまう。
「私だって本当だったら即刻、離婚したいところです」
前々からモヤモヤしていたことが、この連休中に一気につながり、自分は夫からモラハラをされていると気づいたばかりだと、アサミさん(44歳・仮名、以下同)は言った。
13年前、職場恋愛で結婚した。会社に規定はなかったが、6歳年上の夫は「きみが社内にいると気になって仕事がしづらい」と言った。それを照れだと受け取ったアサミさんは退職した。転職する間もなく妊娠がわかり、32歳で娘が、5年後に息子が産まれた。
「もともと彼は仕事上で先輩だったし、3年ほど同じ部署で働いていたので、社会人として尊敬していました。だから夫の言うことならすんなり聞ける。『いつまでたってもそそっかしいなあ』『相変わらずバカだな』と言われても冗談として受け流していたんです。
ところが私も母になり、しかもふたりの子を守っていかなければならない立場になってみると、夫の言うことに首を傾げることが増えていった」
夫は第二子が産まれた直後、「僕は外で稼いでくる。そのお金できみと子どもたちが生活できるわけだから、家の中のこと、子どもたちのことはきみが一切、責任をもってやってくれないと困るからね」と噛んで含めるようにアサミさんに言った。
「息子のときは難産で、こっちは疲れ果てている状態。そんなときに耳元でそうやってささやかれたら、ただのプレッシャーでしかない。
どうしてこんなことを言うのかなとぼんやり考えていたら、『わかってる? 子どもの将来はすべてきみの育て方にかかってるんだよ』と呪いの言葉が吹き込まれた。私はずいぶん、あの言葉に支配されてきたんだと思います」
そう思うようになったのは、この連休中での数々のできごとがきっかけだった。本来は小学生のふたりの子を連れて、夫の実家にみんなで行く予定だった。ところが連休直前、夫が仕事のトラブルを抱えてしまい、行けなくなってしまったのだ。夫はひどく不機嫌になった。
「それも今思えばおかしいですよね。夫は、自分の部下のせいでトラブル処理に追われたんですが、それは私たち家族のせいではない。むしろ予定を変更したことを私たちに謝るべきでしょう。それなのに思い切り不機嫌になっていた。
私が『私たちは大丈夫だから、あなたは仕事を優先させて。いつもごくろうさま』と言って初めて、『おう』と。おう、じゃないですよ、ごめんねと言うべきは夫だったんです。でも私は夫の不機嫌が怖いので、ついつい慰めたり励ましたり持ち上げたりするのが習性になっていた」
夫が実家を気にしているのかと推察して、「私たち3人で、あなたの実家に行ってこようか」とうかがうと、夫はまた不機嫌になった。「自分たちだけ遊びに行くつもりなのか」というわけだ。
「そんなつもりはないと言ったら、『じゃあ、前半はいつも通りに過ごそう。連休後半にオレが子どもたちをどこかに連れていくから』ということでおさまったんです」
連休後半の初日、夫は子どもたちと遊園地に行くと約束していた。久々にドライブもできると7歳の息子は特に楽しみにしていた。だが夫は起きなかった。
「何度も起こしたんですよ。でも起きない。昼過ぎに起きてきて、何で起こさないんだと怒るから、起こしたけどと言って、また不機嫌。むくれていた息子には、『ごめんな。ママが起こしてくれないからさ』と言い訳。
娘は呆れていましたが、何か言うと10倍くらい文句が返ってくるので、娘には何も言うなと目で諭しました。娘は全部わかっていますが、息子はまだパパ恋しいという年齢なので」
翌日こそと思っていたが、夫はどうやら前日、遅くまで自室でゲームをしていたらしく、やはり起きてはこない。このままどこにも連れていってやれないのはかわいそうだと思っていると、近所のママ友から連絡があった。
「どこも似たようなものなんでしょうか。そのママ友も、家族で出かけるはずが夫に急な仕事が入ってしまった、一緒にどこかに行かないかという誘いでした。子どもたちにその話をすると乗り気だったので、じゃあ、一緒に電車で1時間ほどかかる大きな公園に行ってみようということになったんです」
そこでは子ども向けのイベントがおこなわれていて、さまざまな体験ができるらしい。息子は工作が大好きで、そこでの木工作業に興味を惹かれたようだ。娘はアスレチック体験をしたいと目を輝かせた。
「夫にはメモを残し、昼食にはおにぎりやサラダを作って冷蔵庫に入れておきました。これで文句を言われることはないはずだったんですが」
ママ友のところは息子と同い年の男の子がひとり。ふたりは仲良しだったから、すぐに一緒に遊び始めた。アサミさんの娘はもともと積極的な子で、現地で知り合った子たちとアスレチックに夢中だった。
「私はそのママ友と、お互いに夫の愚痴で盛り上がり、けっこうストレス発散になりました。お昼は持ってきたおにぎりやサンドイッチをみんなで食べ、子どもたちはブースでアイスやらお菓子やらを買って。開放的な場所で楽しかった」
ふと気づくと夫から電話が入っていたが、楽しかったためアサミさんはつい無視してしまった。ママ友は「私なんて、今日は電源切ってるわよ」と笑った。
夕方まで遊んでの帰り道。ママ友が「ねえ、ファミレスでごはん食べていかない?」と言いだした。確かに帰宅してから子どもたちに夕飯の準備をするのはめんどうだし、帰りの電車が混んでいたため、子どもたちもすっかり疲れている。最寄り駅前のファミレスに寄ることにした。
「お宅のダンナさんも呼んだらどう、とママ友に言われたんですが、せっかく夫抜きの楽しい場に呼ぶ気にはならなくて。今日は母子パーティにしよう、と私も調子に乗ってしまいました。夫にはLINEでファミレスで食事を済ませるから、何か食べててと連絡したんですが、返事はありませんでした」
楽しかった1日を過ごし、アサミさんは子どもたちと帰宅した。
遊びすぎて疲れた子どもたちが、入浴後、ぐっすり眠っているのを見届けてアサミさんがリビングに戻ると、それまで姿を現さなかった夫が仁王立ちしていた。
「説明してもらおうか、と夫はいきなり恫喝するような口調で言うんです。ママ友親子と一緒に遊びに行っただけだけど、と言ったら、『あのさ、オレは毎日、きみたちのためにどれだけ嫌な思いをして働いているか知ってる?』と言い始めた。
『でも、子どもたちをどこにも連れていかないのはかわいそうでしょ』と思わず言うと、『ふうん、オレに口答えできるような立場になったんだ』って。そのとき、長い結婚生活で初めて、『私、この人のこう言う口調、こういう話の持って行き方が嫌でたまらなかったんだ』と認識したんです」
なぜそう思ったのかはわからない。今までだったら、夫のそういう口調が始まった瞬間、「ごめんなさい、私が悪かったの」とひれ伏すように謝っていたはずだった。
だが今回は、ママ友親子と過ごした時間があまりに楽しかったせいか、子どもたちの笑顔が弾けていたせいか、なぜか「この人のこういう言い方はおかしい」と強く感じたのだという。
人は人間関係の中で、突然、何かに開眼したり悟ったりすることがあるのかもしれない。こういう一方的な関係はおかしいのだと。そして、今までおかしいと思っていても言えなかったことが、何の気負いもなくすらりと反発してしまうことがあるのではないだろうか。
それはおそらく、その人の心の中がすでに限界点を突破しているからだ。そのときのアサミさんもそうだったのだろう。
「夫は『オレ、きみに言ったよね。オレは稼いでくるから、家の中のことは任せるよって。オレの夕飯も無視して、ファミレスで食べてくるってどういうことなわけ?』と嫌味が止まらない。
私、思わず『あなたも大人なんだから、一食くらい自分で何とかできると思ったんだけど』と言ってしまいました。すると夫は『これ、会社だったら職場放棄だよね』って。大げさすぎると思ったけど、だんだんめんどうになってきて黙ってしまいました」
結局、夫はネチネチと2時間以上、文句を言い続けた。彼女はリビングの床に正座させられていた。子どもたちと一緒になって走り回ったアサミさんは眠くてたまらない。つい目を閉じかけると、夫は彼女の足を蹴った。
「オレが真剣に話しているのに聞けないのかって。申し訳ないけど明日、ゆっくり聞くからと言うと、オレは今話したいのと言い張る。
ようやく解き放たれて、眠いけどお風呂に入りたいと思って入っていたら、突然、お湯が出なくなった。シャンプーの途中で出てきてみたら、夫が給湯器のスイッチを切ったみたい。底意地が悪いというか、こんなことまでするのかとびっくりしました」
それまでも夫の説教が止まらなくなったことはあった。だが、こんな嫌がらせをする人だとは思わなかった。あまりに幼稚だとアサミさんはがっかりした。会社の中で颯爽と仕事をしていた独身時代の夫を思い返すと、この結婚生活は何だったのかとさえ感じたという。
* * *
本来なら楽しく過ごすはずだった連休に、夫のモラハラ気質とあきれてしまうような幼稚さに気づいたアサミさん。家族で過ごす時間が増えたからこそ、「夫の本性」を目にする機会が増えたということなのだろう。
この長時間の説教を機に、夫との関係はさらに悪化するばかりで……。彼女の気になる「その後」については後編記事〈「これはモラハラだ…」エスカレートする「夫の嫌がらせ」に44歳専業主婦が下した決断〉でお伝えする。
「これはモラハラだ…」エスカレートする「夫の嫌がらせ」に44歳専業主婦が下した決断