少子化の現代で9人の子育て、37歳の女性はなぜ子だくさんママになったのか

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2023年の出生数が過去最少の75万人台となる中、福岡県に住む37歳の女性は9人の子育て中だ。
周囲から「ゴッドマザー」の愛称で呼ばれている。第1子、第2子が生まれた頃は「子育ては『出口のないトンネル』だ」と苦悩したが、今は「子どもが増えるにつれ、親としての幸せも増す」と実感している。
初めての出産は、20歳のときだった。中学時代に出会った同じ年の夫と結婚したばかり。妊娠は予期しないものだった。両親は若い自分の妊娠や出産を喜んではくれず、同年代の友人たちに「ママ」はいない。夫も家を不在にしがちで、頼れる人が近くにいない「ワンオペ」で子育てがスタートした。
首の座らない我が子を抱っこし、ようやく寝かしつけたと思ったのもつかのま。寝床に下ろすと目を覚ましてしまう。何度もそれを繰り返し、寝不足が続いた。夫や友人が遊んでいるときにも、家には赤ちゃんと自分だけ。外出もままならず、話し相手もいない孤独感に襲われた。そんな生活から11か月後、第2子となる長女が産声を上げた。
「子どもが子どもを産んだと思われたくない。しっかりしなくては」という気持ちが、自分へのプレッシャーになった。
慣れない育児と家事も完璧にしようとする余り、「早くご飯を食べなさい」「早く寝なさい」と、子どもたちを急かすのが日常になっていた。子どもがイヤイヤ期になると、服の脱ぎ着や靴をはくのを手伝おうにも「自分でやりたい」と泣く。その声もストレスになり、思わず手をあげそうになったのも一度や二度ではない。
ニュースで子どもを虐待した親が逮捕されるのを見聞きすれば、「次は私の番かも」と頭をよぎった。かわいい盛りのはずの子どもたち。だが、「自由を奪う憎い存在」とさえ思うようになった。
家庭内の状況が変わり始めたのは、第3子である次男が生まれてからだ。ワンオペに限界が来ていると気付いた夫が、少しずつ外出を控え、家事や育児を担い始めた。
協力相手ができたことで、肩の力が抜けた。それだけで、赤ちゃんの存在が全く違うものに見え始めた。生まれたばかりの次男はオムツを替えると、安心したように「きゃっきゃっ」と笑う。抱き上げると、自分に身を委ねてくる。むくな様子に、初めて我が子のかわいさを実感できた。それまでは「子どもに愛情を注ぐのは親の役割」と考えていたが、「愛情を注がれているのは親の方だ。子どもから、無条件の愛を受け取っている」と知った。
初めての子育てにもがいた時期があったからこそ、ようやく見えてきた光だった。それからは、子どもが生まれる度ににぎやかさが増し、楽しさも積み重なった。
同じ境遇の母親らとの出会いも支えになった。
SNSで知り合った母親らと会うと、「子育ての悩みや不安を抱えるのは自分だけではない」と心が落ち着いた。地元の母親らが集う会にも飛び込み、先輩のママたちとも交流。「子どもは成長し、できなかったことが自然とできるようになる。怒らなくて大丈夫」。ママ友の助言で、感情にまかせて怒らないよう意識すると、子どもたちの成長に徐々に気付けるようになった。
見守る姿勢を大事に育てた子どもたちは今、上の子が下の子の世話をしたり、きょうだいで料理を作ったり、自然と協力しあっている。
17歳になった長男は「僕が小さい頃のお母さんは怒ってばっかりで、自由にさせてくれず、嫌いだった。だけど今は、子どもの意思を尊重して見守ってくれる。将来は両親のような家庭を築きたい」と話す。
女性は今、SNSなどを通じて、育児中の母親らの相談に応じている。「夫が育児に協力してくれないのがつらい」。昔の自分と重なる声ばかりだ。だからこそ、「頑張らなくちゃと思わないで、周りに助けを求めていい」と語りかける。
長男は年齢的にそう遠くない未来、親元を離れていくだろう。その後も順々に、子どもは巣立っていくはずだ。かつては「子育て=出口のないトンネル」だと思っていたが、一緒にいられる時間には限りがある。年内には10人目の出産を控える。育児の幸せを、もうしばらくかみしめたいと願っている。(聞き手・南佳子)

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