【上村 理絵】「親思いの娘」と同居してから、83歳女性の老化が進んだ「残念な理由」

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親が年をとったら同居して、自分が面倒をみる。仲のいい家族ほど、そう考えるものだろう。しかし、著書に『こうして、人は老いていく』がある理学療法士の上村理絵氏によれば、同居によって老化が進んでしまう高齢者は多いという。実際にあったケースを紹介しながら、老化を防ぐ心がまえを上村氏に教えていただいた。
「人が環境をつくり、環境が人をつくる」とよくいわれていますが、それをあらためて実感した出来事がありました。
「今度、娘と同居することになったのよ」
松崎さん(仮名)がうれしそうに私に話しかけてくれたのは、長かった残暑がようやく落ち着いた初秋のころだったように記憶しています。
83歳になる松崎さんは、数年前に病気を患ってから、足腰がおぼつかなくなってきて、私たちのリハビリ施設に通うようになったのです。
足腰が弱っているので、テキパキとはいきませんが、家事もこなすことができていたので、旦那さんが亡くなられた後も1人で暮らしていました。
少し前に病気で体調を崩してしまった松崎さんを心配した娘さんが、熱心に「同居したい」と持ち掛けてくれたそうです。
娘さんとは仲がよいそうで、彼女自身も同居を心待ちにしているようでした。
冬の訪れを感じ始めたころ、それまでと同じようにリハビリを続けていたのですが、彼女の身体機能があまり改善しなくなりました。
もしやと思い、「最近どのように過ごされていますか?」と質問したところ、「娘が身の回りのことを、すべてやってくれているんです」という答えが返ってきました。
松崎さんの身体機能の改善が見られない原因は予想していた通りでした。
その原因とは、娘さんの深すぎる愛情です。
これまで育ててくれた感謝の気持ちが強いからか、「体が弱っているのなら、私が助けてあげる」という思いで、身の回りの世話を焼きすぎたのです。
家事は、「無意識のリハビリ」です。
たとえば、洗濯物を干すと、腕を上に伸ばす動作や、洗濯物を掛ける際のバランスを保つことで、上腕二頭筋・三頭筋、広背筋といった腕や背中の筋肉が鍛えられます。
掃除機をかければ、歩く動作や掃除機を前後に動かすことで、大腿四頭筋、ハムストリングス、腹筋群、背筋、体幹筋群などが鍛えられるのです。
家事をしなくなるということは、そういった筋肉を鍛える機会を奪うことになり、その分、筋力は衰えてしまいます。
体が衰えてきている人ほど、体を動かさなくては危険です。
「時間がかかってもいいから、身の回りのことは自分でするようにしないと、体が弱っていきますよ」と松崎さんにお伝えして、家事の分担を娘さんとしっかり話し合うようにお願いしました。
「仲のいい、家族の同居、要注意」
うまいこと五、七、五でまとまっていますが、これはスタッフのなかでも共通認識としてあり、松崎さんのようなケースは少なくありません。
まだ肉体が衰えていない若い人たちから見ると、時間がかかって危なっかしく、つらそうでもあり、ついつい手を貸したくなる気持ちもよくわかります。
本人も、「家族にやってもらったほうがラク」と思うかもしれません。
しかし、できているのであれば、自分の力でこなしたほうが、確実に老化の予防・改善につながります。
今はラクでも、体を動かす機会を減らしてしまうと、後々老化が進んだときに、もっとつらい現実に向き合わなければならない可能性が高くなるのです。
できることを奪われない環境づくり。
これが、高齢者にとって、肉体的・精神的な老化を予防・改善するためのリハビリとともに、とても大切なことです。
では、どういう環境をつくっていけばいいのか。
それは、介護の3原則がヒントになります。
介護の3原則とは、人が、自分の力で自分らしく過ごすためには、「生活の継続性」「自己決定の原則」「残存機能の活用」が必要であるとうたったものです。
簡単にいえば、それまでの生活をできるだけ維持させる、生き方や暮らし方を自分で決める、自分でできることはやり、現状持っている身体機能をフル活用するということです。
松崎さんの場合は、同居することで、生活が持続できずに、自分ではなく、娘さん主導の生活を送り、自分でできることまで手助けしてもらったため、身体機能をフル活用できない、能力低下を招く環境になってしまったのです。
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