観光バス横転事故 渦中の「三ツ星」観光の元運転手が指摘「ツアー詰込みすぎ」

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10月13日午前11時50分ごろ、静岡県小山町(おやまちょう)の県道で起きた、観光バスが横転し、ツアー参加者の女性1人が死亡、35人が重軽傷を負うという大事故。18日からは車体の検証作業も始まった。自動車運転処罰法違反(過失傷害)の疑いで御殿場署に逮捕されたのは、美杉観光バスに勤務する運転手・野口祐太容疑者(26)だ。埼玉県西部を出発し、富士山五合目まで行く日帰りのツアーでの出来事だった。
【写真】滋賀で「おっさん暴走族」が大暴れ! 警察は「フェード現象」が起こった可能性があると見て捜査を進めているという。フェード現象とは、フットブレーキを多用することでブレーキパッドの摩擦力が減り、ブレーキの効きが悪くなる現象のこと。もっとも、下りの坂道で起こりやすいフェード現象を避けるために、エンジンブレーキと排気ブレーキを使うというのはバスの運転手なら常識である。野口容疑者の運転手としての未熟さを指摘する声が上がっているが、所属の美杉観光バスの監督責任も問われている。現場から運び出される観光バス(13日午後) 野口容疑者は、同社に入社して1年3カ月ほどで、その前はトラック運送会社に勤務していた経歴の持ち主だという。吉田典弘社長は記者会見で「富士山に限らず山坂ある道路は結構あるので、ちゃんと指導の下、研修等をして運行している乗務員でございます」と説明していた。しかし、今回取材に応じた同社の元運転手A氏は、「本当に美杉観光が野口容疑者に、きちんとした峠道の研修を実施していたかどうかは疑問に思います。私自身、美杉観光に勤務する時に受けたときの研修は、2日程度、峠道を走るバスに同乗するというものでした。研修で実際に運転はしていません。野口容疑者も若くて経験ありでの採用だから、似たような扱いだったと思いますよ」 と証言する。「美杉観光は経験の浅い運転手でも現場に送り込むという傾向がありました。会社としては、仕事を回したいから、免許があって運転できれば、それで良しとする考えのようでした。入社したとき、私がそこに驚いていたら、ベテランの運転手から『うちはこういう会社なんだよ』と言われました。そういう体質の会社だから、起こるべくして起こった事故という感はぬぐえません」 美杉観光が日本バス協会の『貸切バス事業者安全性評価認定制度』で最高等級の『三ツ星』を獲得した事業者だったことも報じられているが、それは従業員の間ではあまり知られていなかったらしい。A氏は「バス協会はどういう基準で認定しているのか疑問に思います」と言う。「無茶」なルート ただし、A氏は企画した旅行会社の責任についても言及する。 今回のツアーを企画したのはクラブツーリズム社で、美杉観光は運行を請け負う契約形態となっていた。クラブツーリズムは、近畿日本ツーリストグループ系の大手旅行会社だが、A氏は次のように指摘する。「ツアーに内容を盛り込みすぎることがあるんです。全部が全部とはいいませんが、無茶なスケジュールを組んでいるから、普通に走っていたら絶対に間に合わないということが時々あります。添乗員から急かされて、運転手が慌ててしまって事故につながるということもあるでしょう」 その「無茶」はルートにも見て取れるといい、「事故が起きたのは富士山須走口五合目と麓を結ぶ『ふじあざみライン』という道で、私も何度も走ったことがあります。道幅は狭いし、勾配はきついし、ベテランの運転手でも『嫌な道だな』と思うほどです。野口容疑者が事故ルートを走るのは初めてだったそうですが、それなりの経験がなければ、事故は起こさなくても危ない運転にならざるをえない。富士山五合目に行くなら、道幅が広くて安全な『富士スバルライン』を選ぶべきだったと思います」 なぜクラブツーリズムは、ふじあざみラインを選んでしまったのか。「スバルラインは有料道路で、あざみラインは一般道。もちろん無料です。ですから、コストを切り詰めようとしたら、あざみラインという選択肢になります。また、あのツアーでは、沼津で昼食をとり、それから三津浜(みとはま)で船に乗り、駿河湾クルージングという予定になっていましたので、その行程を考えると、あざみラインを使ったほうが近道ということになります。 報道では、事故が起きたのは11時50分ごろでしたが、それから昼食をとる沼津まで1時間はかかりますから、運転手もプレッシャーを感じていたのかもしれません。そういう具合に行程にいろいろ詰め込もうとする体質が、今回の事故の原因になってしまっている面もあるのではないでしょうか。今回の事件を機に乗客の安全を優先して行程を改善してほしいと言いたいです」 全国旅行支援と水際対策の緩和が始まってから、初めての週末に起こった大惨事である。秋の行楽シーズンで各観光地は賑わっているが、コロナ明けで、旅行の受け入れ側が不慣れで安全がおろそかになっていたなんてことはあってはならない。一刻も早い原因の究明が待たれる。星野陽平(ほしの・ようへい)フリーライター。1976年生まれ。東京都出身。2001年、早稲田大学商学部卒業。2017年には『芸能人はなぜ干されるのか?』(鹿砦社)の著者として、公正取引委員会で講演を行った。近著に『CIA陰謀論の真相』(同)。デイリー新潮編集部
警察は「フェード現象」が起こった可能性があると見て捜査を進めているという。フェード現象とは、フットブレーキを多用することでブレーキパッドの摩擦力が減り、ブレーキの効きが悪くなる現象のこと。もっとも、下りの坂道で起こりやすいフェード現象を避けるために、エンジンブレーキと排気ブレーキを使うというのはバスの運転手なら常識である。野口容疑者の運転手としての未熟さを指摘する声が上がっているが、所属の美杉観光バスの監督責任も問われている。
野口容疑者は、同社に入社して1年3カ月ほどで、その前はトラック運送会社に勤務していた経歴の持ち主だという。吉田典弘社長は記者会見で「富士山に限らず山坂ある道路は結構あるので、ちゃんと指導の下、研修等をして運行している乗務員でございます」と説明していた。しかし、今回取材に応じた同社の元運転手A氏は、
「本当に美杉観光が野口容疑者に、きちんとした峠道の研修を実施していたかどうかは疑問に思います。私自身、美杉観光に勤務する時に受けたときの研修は、2日程度、峠道を走るバスに同乗するというものでした。研修で実際に運転はしていません。野口容疑者も若くて経験ありでの採用だから、似たような扱いだったと思いますよ」
と証言する。
「美杉観光は経験の浅い運転手でも現場に送り込むという傾向がありました。会社としては、仕事を回したいから、免許があって運転できれば、それで良しとする考えのようでした。入社したとき、私がそこに驚いていたら、ベテランの運転手から『うちはこういう会社なんだよ』と言われました。そういう体質の会社だから、起こるべくして起こった事故という感はぬぐえません」
美杉観光が日本バス協会の『貸切バス事業者安全性評価認定制度』で最高等級の『三ツ星』を獲得した事業者だったことも報じられているが、それは従業員の間ではあまり知られていなかったらしい。A氏は「バス協会はどういう基準で認定しているのか疑問に思います」と言う。
ただし、A氏は企画した旅行会社の責任についても言及する。
今回のツアーを企画したのはクラブツーリズム社で、美杉観光は運行を請け負う契約形態となっていた。クラブツーリズムは、近畿日本ツーリストグループ系の大手旅行会社だが、A氏は次のように指摘する。
「ツアーに内容を盛り込みすぎることがあるんです。全部が全部とはいいませんが、無茶なスケジュールを組んでいるから、普通に走っていたら絶対に間に合わないということが時々あります。添乗員から急かされて、運転手が慌ててしまって事故につながるということもあるでしょう」
その「無茶」はルートにも見て取れるといい、
「事故が起きたのは富士山須走口五合目と麓を結ぶ『ふじあざみライン』という道で、私も何度も走ったことがあります。道幅は狭いし、勾配はきついし、ベテランの運転手でも『嫌な道だな』と思うほどです。野口容疑者が事故ルートを走るのは初めてだったそうですが、それなりの経験がなければ、事故は起こさなくても危ない運転にならざるをえない。富士山五合目に行くなら、道幅が広くて安全な『富士スバルライン』を選ぶべきだったと思います」
なぜクラブツーリズムは、ふじあざみラインを選んでしまったのか。
「スバルラインは有料道路で、あざみラインは一般道。もちろん無料です。ですから、コストを切り詰めようとしたら、あざみラインという選択肢になります。また、あのツアーでは、沼津で昼食をとり、それから三津浜(みとはま)で船に乗り、駿河湾クルージングという予定になっていましたので、その行程を考えると、あざみラインを使ったほうが近道ということになります。
報道では、事故が起きたのは11時50分ごろでしたが、それから昼食をとる沼津まで1時間はかかりますから、運転手もプレッシャーを感じていたのかもしれません。そういう具合に行程にいろいろ詰め込もうとする体質が、今回の事故の原因になってしまっている面もあるのではないでしょうか。今回の事件を機に乗客の安全を優先して行程を改善してほしいと言いたいです」
全国旅行支援と水際対策の緩和が始まってから、初めての週末に起こった大惨事である。秋の行楽シーズンで各観光地は賑わっているが、コロナ明けで、旅行の受け入れ側が不慣れで安全がおろそかになっていたなんてことはあってはならない。一刻も早い原因の究明が待たれる。
星野陽平(ほしの・ようへい)フリーライター。1976年生まれ。東京都出身。2001年、早稲田大学商学部卒業。2017年には『芸能人はなぜ干されるのか?』(鹿砦社)の著者として、公正取引委員会で講演を行った。近著に『CIA陰謀論の真相』(同)。
デイリー新潮編集部

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