「従業員をねじ伏せることで達成感」で…40代、50代の男性が「カスハラ」に走るワケ

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カスタマーハラスメント(カスハラ)が社会問題化している。先日も、自民党の長谷川岳参院議員が飛行機内で高圧的な態度をとったと歌手の吉幾三に客室乗務員へのカスハラを告発され、ネット上で非難を浴びたばかりだ。
カスハラはなぜ起きるのか。解決方法はあるのか。消費者の苦情行動と心理を研究する関西大学社会学部の池内裕美教授に話を聞いた。
以前は「悪質クレーム」などと呼ばれていた、客による従業員への理不尽な要求や過剰な嫌がらせ。それがカスタマーハラスメントと呼ばれ注目されるようになったきっかけについて、池内教授はこう話す。
「’10年代の前半から半ばあたりにメディアがまず、カスハラという用語を使い始めます。そして’18年、それまで迷惑行為や悪質クレームと表現していた厚生労働省が、調査報告書で初めてカスタマーハラスメントを用いました。さらに、時を同じくしてNHKの『クローズアップ現代』がカスハラを取り上げた。そのあたりから、カスハラという用語が浸透し始めたようです」
では、カスハラとはどのような行為を指すのだろう。
「産業別労働組合のUAゼンセンがアンケート調査を基に、カスハラと考えられる行為や態度を類型別に提示しています。たとえば土下座の強要や高額な賠償の請求、長時間の拘束、何度にもわたる電話での問い合わせ、暴言、暴力などです。自分がクレームをつけている場面を撮影してSNSで広く拡散するのも迷惑行為であり、カスハラにあたります」
これらのカスハラ行為は以前から指摘されていたが、ここ3~4年、増加傾向にあるという。
「コロナ禍の影響が大きいと思います。行動を制限されたことで多くの人がとてつもない閉塞感、日常生活を失った喪失感や焦燥感を抱え、いつ不満や怒りが爆発してもおかしくない状況に置かれていました。
そのような日々が続く中で自分の意図に反する場面に出くわすと、普段ならやり過ごせるような出来事でも誰かに怒りをぶつけたくなる。感情のコントロールが利きにくくなっている人が多かったことが、カスハラの増加につながったのではないでしょうか」
企業の危機管理を支援するエス・ピー・ネットワークが昨年、クレーム対応の経験がある会社員を対象にカスハラに関する実態調査を行った。その結果を見ると、カスハラをする相手についての回答で「男性から受けることが多かった」「40~60歳代が最も多かった」が共に8割を占めている。
「40代は働き盛りでストレスが溜まる年代です。ストレスがあると、上手に感情のコントロールができません。怒りの沸点が下がり、些細なことで怒ってしまうというパターンはありがちだと思います。
今は、50代を迎えた社員に対して、管理職から外したり早期退職を迫ったりする会社が少なくありません。そのため、50代の中には焦りや寂しさ、孤独感から、カスハラ行為で不満を発散する人もけっこういるんです」
一方で、高齢者によるカスハラも多いと池内教授は指摘する。
「背景には『2007年問題』があります。団塊の世代が定年を迎え始めたのが’07年ですが、その世代は今、70代半ば。まだまだ社会とつながっていたいし、社会に貢献したい年代です。『教えてあげよう、指導してあげよう』という気持ちから、『何々が悪い』『何々すればいい』と自分の考えを押し付けてしまう。本人は良かれと思っていたとしても、その行き過ぎた言動が、従業員からすると迷惑行為になるわけです。
割合としては40代から60代が多いかもしれませんが、団塊世代を中心とするシルバー層も問題を起こしていることは確かですね」
そして、社会的な地位が比較的高い中高年に多いのが、「筋論クレーマー」と呼ばれるタイプだという。
「要するに理詰めで相手を説き伏せるタイプのクレーマーです。あくまで自分の価値観が正しいと信じていて、絶対に曲げない。相手に納得させるまで、ずっと理詰めで責め続ける。承認欲求の強い人に多く、一番面倒なタイプと言われていて、最近は特に問題になっています」
理詰めで責めるタイプのクレーマーなどは特に、同じような条件と環境が整うとカスハラを繰り返しそうだが……。
「心理学で学習効果と言いますが、従業員をねじ伏せることで達成感を得たといったプラスの感情を学習すると、脳が喜んでまたカスハラに走る可能性はあるでしょうね。
ただ、たとえ常習犯のような人でも、カスハラをしたことで職を失ったとか離婚されたといった大きな痛手を負ったり、あるいは警備員や警察に通報されたりすれば、さすがに控えるのではないかと思います」
日本の企業、特にサービス業では「お客様は神様」の精神が浸透している。企業の顧客ファーストの姿勢はカスハラを増加させる一因でもあると、池内教授は分析する。
「1960年代の前半までは、消費者は圧倒的に弱者だったんです。それで1968年に消費者保護基本法が制定され、日本の消費者政策の基本理念が定められました。
その後、モノが溢れる時代の中で、企業は多くのお客に商品を買ってもらうためにお客様第一主義に徹します。その姿勢が、消費者の期待値を上げました。
消費者はもはや、保護する対象ではなくなっています。でも依然として保護するような法律があるので、お客の力がどんどん強くなっているのが現状でしょう」
企業でカスハラが深刻化していることから、東京都はカスハラの防止に向けた条例の制定を目指す方針のようだ。防止条例ができたとして、効果は期待できるのだろうか。
「カスハラが問題になっていることを社会に知らしめる上では、ある程度の効果はあると思います。あわせて、カスハラに該当する具体的な行為や態度がガイドラインとして示されると、企業側も対応しやすいのではないでしょうか。
ただ、条例ができたことによって即カスハラがなくなるかというと、やはり顧客第一主義が根強く浸透している日本社会では難しい気がします。消費者がもう少し相手の立場に立って考えることができれば、カスハラが起こりにくくはなるかもしれませんが」
しかし、今は全てがマニュアル化されているため、従業員も客の立場に立って考えることができなくなっている。
「家電量販店はクレーマーの温床と言われますが、説明がぞんざいだったり上から目線だったりという従業員の態度が、カスハラを招く原因になっている場合もあります。店員に上から目線で説明されると、お客だってプライドがあるので面白くない。そんなちょっとしたコミュニケーションのズレから、こじれる可能性もなくはないわけです」
販売、営業、サービス業が「人」相手の仕事である以上、カスハラがなくなることはなさそうだ。
「でも、未然に防ぐことはできると思います。カスハラに発展させないためには、このお客はどうしてこんなに怒っているのか、なぜ何度もクレームの電話をかけてくるのか、根底に何があるのか理解しようとする姿勢が必要。相手に寄り添ってコミュニケーションを取ることが大事です。
カスハラ防止条例をつくって罰則を設けても結局、外からの働きかけによる行動変容は長続きしません。やはり、社会全体で変えていこうという内発的動機付けを高めるほうが、継続性はあるような気がします」
池内裕美(いけうち・ひろみ)関西大学社会学部教授。関西学院大学大学院商学研究科、同大学院社会学研究科修了。博士(社会学)。日本学術振興会特別研究員などを経て、’11年より現職。専門は社会心理学、消費心理学。研究テーマは、過剰なクレームやモノのため込みなどの逸脱的消費者行動。主な著書に『消費者行動の心理学:消費者と企業のよりよい関係性』(北大路書房、共著)、『消費者心理学』(勁草書房、共編著)など。
取材・文:斉藤さゆり

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