4月に入って、スギ花粉の飛散量は減ったが、ヒノキや他の花粉の影響で、花粉症に悩む人は少なくない。飛散量が「非常に多い」時期はもうしばらく続く。
そして、驚くことに、花粉症きっかけで、意外な食べ物のアレルギーを発症するケースも増えているという。通常、食物アレルギーというと、蕎麦や小麦など、アレルギーを起こす食品(物質)を直接食べたことで起こると思いがちだが、そればかりではない。特に大人が発症する場合、体調を崩す原因になった食べ物と、それを引き起こした誘因が別物の場合もあり、食べ物でないこともあるので、医師でも診断や治療が難しいという。これが、「大人の食物アレルギー」の厄介な点だ。
前編で触れたように、日々、調理の過程で食材に触れる食材が原因物質になっていたり、毎日するメイクでアレルゲンが皮膚経由で感作するなど、大人の女性ならではの食物アレルギーも少なくない。
独立行政法人国立病院機構・相模原病院などでアレルギー臨床・研究を多く経験したアレルギー専門医で現在、中村橋いとう内科クリニック院長の伊藤潤医師に前編に引き続き、お話を伺う。
スイス旅行でお土産にマカロンを購入し、帰国後に食べたら直後に下痢や嘔吐、蕁麻疹などのアナフィラキシーの症状が出て救急搬送された女性がいた。詳しく調べてみると、マカロンに入っていたコチニール色素(赤系の色味)のアレルギーだったことが判明。「コチニール色素は、スイーツやソーセージ、ハム、そして口紅、チークなどのメイク用品に使われていることもある」と伊藤医師。
「この女性は、以前からフランス製の口紅とチークを愛用していて、これらにコチニール色素が入っていることがわかりました。つまり毎日のメイクで無意識のうちに皮膚からアレルゲンが入り込み、ピンク色のかわいいマカロンを口にしたことで、免疫反応が暴走してしまったというケースです」(伊藤医師)
※「コチニール色素は日本では規制されているので使用されていない」と記載しましたが、この表現は間違っておりました。2012年に消費者庁(※1)から、アレルギー発生の注意喚起などがあり、現状日本では、コニチール色素に含まれるたんぱく質含有量を減らした「低アレルギーのコチニール色素」を化粧品(商品よりも摂取量が増える可能性があるため)などでは選択することもあり、発症をおきにくくする安全性への配慮も取られているケースも少なくありません。海外の製品ではコチニール色素の含有量が高い場合もあります。記事では、コチニール色素でのアレルギーケースを紹介していますが、コチニール色素で必ずアレルギーが発生するというわけではありません。
※1:https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r9852000002i78m-att/2r9852000002i7hi.pdf
まさか、あのマカロンでアナフィラキシーが起こるとは、女性本人も驚いたことだろう。しかも、毎日していたメイクが食物アレルギーを引き起こす原因になっていたなんて……、想定外すぎる。
「海外で購入したメイク用品や食品には、日本では制限されている物質が入っていることがあり、それがアレルギーを誘発する可能性もあります。経皮感作する(皮膚を通してアレルゲンが繰り返し体内に入り込む)可能性が大きいものとしてはアロマオイルやボディクリームも、食物アレルギーを引き起こすことがあります。アロマオイル=ダメというわけではないのでそこは過剰に反応して欲しくはないのですが、ただアロマオイルは植物の成分を濃縮した物です。使用頻度が高まれば、それだけアレルギーを起こす可能性は高まることも考えられます」(伊藤医師)
果物や野菜など、自然なもの、ナチュラルな物は安全という認識の人は多いけれど、実はアレルギーの原因物資の多くは自然のもの。天然素材由来のナチュラルな化粧品やケア用品も「ナチュラルだから安全」と過信しすぎない方がよさそうだ。
もちろんアレルギーは誰もがすべての物に発症し、症状が出るわけではない。しかし、食べ物だけでなく、皮膚に触れるもの、呼吸と一緒に体内に取り込んでしまうものも、食物アレルギーを起こす誘因になるとは、驚きだ。
そして、大人の食物アレルギーで、注意してほしいのが「花粉症の人」と、伊藤医師。
異なるアレルゲンであっても、似た形をした部位があると、特定のIgE抗体(アレルギーを起こす抗体)と結合してアレルギー反応を引き起こすことがあり、これを専門用語で「交差反応」という。もともと花粉症の人がその後、花粉のアレルゲンと交差反応する食物を摂取すると、くちびるや舌、喉などがイガイガしたり、かゆみを感じたり、腫れが起こるといった症状が出ることがあるというのだ。このような症状を「花粉食物アレルギー症候群(PFAS)」、「口腔アレルギー症候群(OAS)」などという。
春先に花粉が飛ぶハンノキ、シラカンバがアレルゲンになっている人は、リンゴやモモ、豆乳などの大豆製品を摂取したとき、食物アレルギーが起こる場合がある。夏に飛散するオオアワガエリ、カモガヤ花粉アレルギーならメロンやスイカ、秋のヨモギ花粉アレルギーの人はセロリやニンジン、ブタクサ花粉ならメロンやスイカに「交差反応」を起こすことがあるという。
「特定の(とくに生の状態の)果物や野菜を食べて口や喉などに異状を感じたり、下痢が起こるときは、食物アレルギーの可能性を考えてみるべきです。アレルギー反応が何度も出てしまうと、徐々に症状が重くなる場合が多く、最悪の場合は命に関わるアナフィラキシーショックを引き起こすこともあるので『なんか口がかゆいけど、すぐ症状はおさまるし、好物だから』と軽視しないでください」(伊藤医師)
こういったことからも、自己判断で「どの花粉に反応しているかわからないけど、花粉症」といった大きな枠でアバウトにくくり、「私はきっと花粉症」と決めつけずに、症状がある場合は、スギやヒノキなのか、またそれ以外の花粉や物質なのか、検査で確認しておくことも大事だ。また、大人になって花粉症を発症して、最近、特定の食べ物で口の中がかゆくなったり、くちびるが腫れたりという人は、一度アレルギー専門医を受診してほしい。
未成熟な消化器管が原因で起こる子どもに多い小麦や卵、乳製品などの食物アレルギーは、特定の食べ物を摂ることで、そのままアレルギー反応を引き起こすため比較的原因が特定しやすいが、他のものに関わったことで食物アレルギーが起きてしまう「交差反応」のケースが多い大人のアレルギーは、原因が非常に特定しにくい。
最近、よく知られるようになった「サーファーに納豆アレルギーの人が多い」という例も、サーファーが海の中で繰り返しクラゲに刺されるが原因で起きる。納豆のネバネバに含まれるポリガンマグルタミン酸(PGA)はクラゲの刺胞細胞にも含まれている成分でもあり、繰り返し刺されることでアレルゲンとなる、この関係性は、綿密に調べないとわからなかった。
似た例としては、ペットを飼っている人の牛肉・豚肉アレルギーの原因がペットについたマダニだったというケース。これはマダニの唾液に含まれるα-galを牛肉や豚肉などの獣肉も豊富に含んでいる事から起きるアレルギーだ。また、医療従事者に起きやすいバナナやアボカドなどのアレルギーが、診察や手術などに使用されていた天然ゴムの手袋に含まれるラテックスが経皮感作したものだったということもわかっている。
素人どころか医師でも推定しにくい原因が、研究によって少しずつ判明しているというのが実際のところだ。
また、症状が出て病院にかかるとき、口がかゆくなったりくちびるが腫れたら皮膚科へ、下痢をしたら内科へ行きがちなのも、アナフィラキシーで救急搬送されても救急対応だけで帰宅させてしまうことなども原因が特定しにくくなる要因のひとつだという。
「皮膚科医や内科医の中にはアレルギー専門医を持っている人もいますが、アレルギーの知識がない場合は、対処療法だけで終わってしまうケースがあります。またアレルギー全般を広く診るアレルギー専門医は小児科医などにはたくさんいるのですが、食物アレルギーに特化した最新の知見を持つ食物アレルギーの専門医は、まだまだ少数。中でも大人の食物アレルギーは非常に複雑なので、専門的に診ることができる医師は本当に少数です。
また、大人の食物アレルギーと遅延型アレルギーを混同している方がいます。SNSでも遅延型アレルギー検査を薦めるような記載を見ることがありますが、米国や欧州のアレルギー学会、日本アレルギー学会および日本小児アレルギー学会は、遅延型アレルギー検査の有効性を公式に否定しています。遅延型アレルギー検査で、大人のアレルギーは判断することはできません。そういった意味からも、エビデンスがある治療を選んでほしいと思います。
日本アレルギー学会のサイトには、専門医・指導医一覧が掲載されているので、これらを参考に相談してみるのもよいでしょう」(伊藤医師)
一般財団法人「日本アレルギー学会」専門医・指導医一覧(一般)
人生の楽しみのひとつである食事で体調を崩すのは、なんとも残念なことだ。もしも食べて、不調を感じることがある場合は、大人の食物アレルギーである可能性も視野に、上手に避けて快適に過ごすことも日々の生活の質を上げる大切なコツだと感じた。
「水菜」アレルギーのライターが「大人の食物アレルギー」専門医に原因を直撃