「勉強嫌いの息子の中学受験は、完全に親のエゴでした。でも最後に『中学受験をしてよかった』という息子の言葉を聞いてホッとしています」
こう語るのは、森将人さん。慶應大学を卒業した元大手証券ディーラーだ。
子どもの数は減少しても、特に首都圏では中学受験をする割合は増加している今、中学受験とどのように向き合うのか。大切なのは「ほかの人と同じようにすること」ではなく、自分の子どもにとって何が幸せになるのかを考え、子どもがどのように生きていきたいかを大切にすることだろう。
中学受験の実体験は、リアルに「自分たちはどうか」を考えるきっかけになるはずだ。
実例のひとつとして森さんが自身の体験を率直につづる連載第1回の前編では、サッカーが好きな息子が「なんとなく」大手進学塾の日能研に入るも、4年生からサッカーを続けられないほどの勉強漬けとなり、疑問を抱いて退塾したことを伝えた。
しかし森さん自身が「中学受験のない生活」ことが不安になってしまい、サッカーをやめさせて中学受験をすることに決めたのだという。
後編では、塾で森さんが気づかされたショックなエピソードをお伝えする。
転塾してすぐに実施された、保護者面談のことはよく憶えている。志望校を訊く塾長の口調が気さくそうで、油断して本音が出てしまった。
「早慶あたりでいいんですが……」
「お父さんの母校ですか?」
「私が慶応の出身です」
「なるほど。それはいい選択です。慶応に行くなら、中学受験が一番入りやすいでしょう。ただし、慶応はでいいといえるような学校ではありません。しっかり準備すれば狙えると思います」
この道20年超のキャリアを持つという塾長は、近年競争はどんどん厳しくなるが、狙いを明確に持っていることは有利だといった。しかも中学受験は英語がないので、同じ学歴でも、手に入れるための労力が高校、大学受験と大きく異なる。
学歴はお守りのようなものだ。有名大学の卒業証書で生きていけるわけではないが、世間を渡り歩くための自信にはなる。仲間意識の強い社会で、同じ学校出身のつながりは重要だ。大学を出て大手金融機関を就職先に選んだぼくも、同窓のありがたみは感じていた。
孝多が将来どんな道を進んでいくかわからないが、何をするにしても学歴は支えになるだろう。人生の選択肢を持たせてあげることが親の責務に違いないと思っていただけに、親のエゴに過ぎないという塾長の指摘が意外だった。
「子どもが行きたい学校が、必ずしも親が行かせたい学校と一致するわけではありません。たくさんある選択肢のなかで学校を絞るのは重要ですが、その学校が子どもにふさわしいかどうかはべつの問題です。学校もどんどん変わってますから」
塾長は偏差値別の受験校一覧表を取り出すと、上位から指で示した。ぼくが高校受験をした30年以上前には、聞いたことのない学校がずらりと並んでいる。もしかしたら早慶という呼び方すら、今の受験生には馴染みがないのかもしれない。中学受験というマーケットは、大きく変貌していた。
「それから中学受験は、子どもだけがするものだと思わないでください」
塾長の話で、もっとも印象に残ったのはこの言葉だった。勉強を教えるのは塾の役割で、勉強するのは受験生だ。大事なのは子どもたちが勉強に集中できるようにする親の存在で、それは環境を作るだけではないという。
「多くの優秀なお子さんが、戦わずして脱落していく姿を見てきました。まだ子どもですから、気持ちが続かないんです。能力を引き出してあげられるのは家族だけです。本番までは、自分が役者だと思ってください」
「役者ですか?」
「お父さんもお母さんも、主役を引き立てる名脇役です。どんなわがままにも文句にも耐えて、主役の演技を引き出す重要な役割を演じて欲しいんです」
ぼくはうなずきながらも、塾長の言葉をすんなり飲み込むことができなかった。なぜサポートするだけでなく、自分も舞台のうえに立たなければならないのか。最後は子どもが自分で立ち上がるしかないのではないか。
受験を直前に控えてわかったのは、自走できる子どもばかりではないということだ。自分がなぜこの舞台に立っているのかもわからずに競争させられている子どもの存在を、ぼくは理解していなかった。自分の子であるにもかかわらずだ。
転塾して一年。5年生の2月から、受験生としての一年がはじまった。週3回の塾は、電車で10分ほどかけて通う。学校が終わってランドセルを置いてすぐに向かい、帰って来るのは9時半過ぎだ。週末も模試や志望校別の対策授業が入るので、たいてい予定は埋まっている。
視力は急激に悪化した。黒板の字が見えないというのでメガネを作ったが、半年もたたずに度が合わないという。体重は10キロ以上増えた。運動不足のうえに食事やおやつをたくさん食べるので、風呂上がりの貫禄ある腹は力士のようだ。
メガネをかけた少し太った子どもが、スマホを片手に大きなリュックを背負っている姿を見ると、みんな受験生に見えてくるから不思議だ。模試の会場へと向かう道は、親と並んで歩く二人組が列をなす。塾長の話を聞いて以来、それぞれの家庭の主役と脇役が戦いに向かう姿が、どうしても敵に思えなくなった。
誰よりもお調子者で集中力のないわが家の主役は、勉強をしていると無性に身体を動かしたくなるときがある。受験前でタブレットやゲームの時間を制限されているからか、よく息抜きにカラーボールを蹴って遊んでいる。
ある日のことだった。バスケットのゴールに見立てて壁にスーパーの袋を貼り、ダンクシュートのまねごとをしていた。リバウンドしたボールが、仕事から遅く帰って一人食事をしている妻のコップをひっくり返してしまった。
妻はイベント会社に勤務しており、帰りが遅いときがある。音大出身で受験勉強はぼくに任せきりだが、生活態度や礼儀についてはうるさい。受験前という理由でぼくなら見過ごしていることも、妻には耐えられなかったのだろう。何度注意してもやめない孝多に妻が切れると、孝多もボールを投げて応戦。怒鳴り合いがはじまった。
夜10時。6年生にもなると、塾帰りの30分は重要だ。その日に勉強した内容を少しでも復習しておきたかったが、そんな雰囲気ではない。孝多は二階にある自分の部屋に逃げ込んで、ボールとバットで遊んでさらに妻を怒らせる。
こうなると意地の張り合いだ。そこまで部屋でボール遊びがしたいわけでもないだろうに、怒られるのが気に入らない。立派な反抗期だ。もう親の援助はいらないだの、朝も起こさなくていいだのと騒ぎ出す。妻はよほど腹が立ったらしく、風呂から出ては説教し、翌朝も孝多を怒っていた。
毎日身の回りの世話をして、食事を作って、勉強の相手をして、それでもボールをぶつけられる。役者になるということは、自分の感情を消し殺し、子どもをおだてる優しい親を演じろということだろうか。わかっていても耐えられないときがある。
最近、朝玄関を出ると、挨拶するときの近所の目が冷たい。わが家の怒鳴り合いは、いったいどこまで近所の耳に届いているのだろう。挨拶をしようとすると、向かいに住むおばさんに視線を反らされた。わが家でもっとも長い1年間のはじまりだった。
勉強嫌いの中学受験、サッカー好きな息子の「4年生で塾漬け」を見た親の行動