前編【フジ月9『君が心をくれたから』での「赤信号を見落として事故に遭う」はありえない…ドラマに描かれた「色覚障害」の真実】では、少数派の色覚の特徴を検証した。じつはこの特徴は多くの日本人が持っている可能性があるという。
さて、ここからは、色覚をめぐる最近の科学的な議論についてお話しします。
このたび、子ども向けに色覚進化をめぐる絵本、『いろ・いろ 色覚と進化のひみつ』(作/川端裕人 絵/中垣ゆたか 講談社)を上梓することになりました。この十年、二十年のうちに確立した、色覚をめぐる新しい理解が、とてもスリリングなものなのでぜひ絵本にしたいと考え、実現したものです。
まず、これまでの常識に反することを一つお知らせします。
日本では、「先天色覚異常」とされる人は、男性の5パーセント、女性の0・2パーセントと、よく言われます。そのうち、先に触れた2色覚の人やそれに近い人は、3分の1から半分くらいまでです。残りは「中間」の特徴を持ちます。
男性の5パーセントは、「20人に一人」とよく表現されますよね。学校の一学級に一人くらいの計算になるので、かなりの頻度です。
ところが、です。色覚検査で「正常」となる人も、なんと3割から4割が、従来の検査では見つからないだけで、「先天色覚異常」の特徴を持っていることがわかってきました。
例えば、「微妙な赤と緑をどれだけ区別するか」という尺度で見ると、従来「正常」とされてきた人にも大きな分布があります。そして、検査で見つかる当事者との間まで、切れ間なく連続的につながるどころか、大きく重なっていることもわかりました(検査で見つかる人よりも、「赤と緑の識別が曖昧な人」が、『正常』のなかにも混ざっている、ということです)。
こういう状況は、まさに「多様性」というのにふさわしく、日本遺伝学会は、2016年、”color vision variation”(日本語では、色覚多様性)という用語を提案しました。
なぜ、このようになったのか。21世紀になってから、進化生物学の研究で興味深いことがわかってきています。
端的に言いますと、現在、「色覚障害」「色覚異常」「色弱」など、様々な言葉で語られる存在は、ヒトが進化の歴史の中で、新しい環境に適応する中で生み出され、定着してきたものだということです。
専門的な言葉でいうと、「進化型(派生型)」の色覚だということになります。その流れを、できるだけ簡潔に素描してみます。
まず、ヒトの祖先にあたる哺乳類は、恐竜が闊歩する中生代を通じて、夜行性の生活を営んでいた時期が長くありました。その頃の哺乳類は、色の識別や視力を控えめにするかわりに、夜によく見える感度優先の視覚を持っていました。その特徴が今の多くの哺乳類に受け継がれています。
例えば、犬や猫、牛や豚、ライオンやゾウなど、だいたいの哺乳類は、「赤と緑」の感覚を持ちません。また、視力も、犬は0・1から0・3くらい、猫もそれに近いという話を聞いたことがある方も多いと思います。牛や豚は、0・1以下だそうです。
現生の哺乳類は幅広く同様な視覚のようなのですが、際立った例外が、ヒトを含む霊長類です。
恐竜の絶滅後、昼間の森で活動し始めた霊長類の祖先は、夜に役立つ高感度の目を捨てて、多くの色を見る能力を得ました。特に森の中で、葉を背景にしたとき、熟した果実がぱっと色の違いでわかる能力は大いに役立ったようです。そのとき手に入れた色の感覚が、「赤と緑」の起源です。
進化の物語はさらに続きます。
ヒトは、「森を出たサル」です。他の多くの霊長類や、ゴリラやチンパンジーなどの類人猿との祖先と違い、森を出て草原に進出しました。
草原での狩猟採集生活の中では、「森で果実を探す」のに便利な色覚が、あまり有利にならない場合もたくさんあります。そんな中で、あえて「赤と緑」をそれほど識別しない色覚が登場しました。
祖先の霊長類と同じタイプの色覚を「祖先型」、新しく生まれた色覚のことを「進化型(派生型)」と呼びます。現在、ヒトの集団は、世界のどこに行っても、祖先型の色覚が多数派で、ごく一部、数パーセント程度を進化型が占めるようになっています(もっとも、前述の通り、最近の研究では、数十パーセントが「隠れ進化型」です)。
進化型の色覚は、「赤と緑」をそれほど識別しないかわりに、祖先型が見にくい色のカムフラージュを見破りやすいですし、物の輪郭や濃淡に敏感だと言われています。
ヒトが「赤と緑」を識別する回路は、輪郭や濃淡を見る神経回路を流用しているので、そこがトレードオフになるのです。また、進化型の方がやや視力がよいとする研究も、次第に報告されつつあります。
そんな進化型の色覚を持ったヒトが、一定数、交ざることは、草原での狩りをはじめとする新しい環境での生活に有利だっただろうというのが、現在の理解です。
いずれにしても、ヒトは、様々な色覚を持った個々人が集団をつくる、珍しい生きものになりました。
なお、ヒトの進化型の色覚を、祖先の哺乳類への「先祖返りでは」と疑問を持った方がいるかもしれません。しかし、視覚全体として見ると、まったく違います。祖先の哺乳類の視覚は、夜の暗い環境に適したものでした。高感度である半面、視力はそれほどよくなかったでしょう。
一方、ヒトの進化型の場合は、昼の明るい環境でこそ役立つ、解像度が高い視覚です。色覚だけに着目すると似ている部分もあるのですが、視覚システムを総合的にみると、まったく別物です。脊椎動物の進化の中でも、かなり新奇性の高いユニークなものだとも言えます。
今、進化型の色覚の特徴を持った人が人口の3割から4割いるとして、そのほとんどは日々の生活に不都合を感じることなく暮らしています。
しかし、特に顕著な特徴を持った人は、色がかかわる局面で「弱者」になることがあります。この状況が、際立ち始めたのは、比較的「最近」のことだと思われます。
19世紀以降、高度に産業化された社会では、色を情報伝達に使うことが多くなりました。交通信号などは最たる例です。その際、当時は色覚にまつわる知識が十分ではなかったため、多数派の「祖先型」に合わせた信号の体系が確立しました。祖先型も進化型もわかりやすいやり方が採用されればよかったのですが、それを実現する技術も、動機づけもありませんでした。
それどころか、顕著な進化型の色覚の持ち主は、「様々なことができない」という過剰な憶測の対象になりました。そして、日本の場合、ほとんどの職業から排除されるなど、なんらかの制限が生じるような極端な時代が長く続きました。進化型の色覚の持ち主を(より正確には、その中で、色覚検査で検出される人たちを)徹底的に排斥してきたことは、わたしたちの社会の「黒歴史」です。
さいわい、今では、そういった状況は、十全とはいえずとも、かなり改善されています。
今後、一人ひとり固有の色覚の差異が、わたしたちの集団の中にある当然の多様性の一つとして捉えられ、様々な局面で理解、対応が進むことを願っています。
このたび上梓する前述の絵本『いろ・いろ 色覚と進化のひみつ』では、そのための基礎となる、色覚をめぐる科学的な知識に端を発する「受け止め」を伝えようと試みました。これからの時代を生きる、お子さんに読んでいただきたいと願っています。
また、お子さんと保護者、周囲の大人が読み合わせていただけるような仕掛けも施しておりますので、幅広い方々に、ぜひ手に取っていただけましたらと思います。
フジ月9『君が心をくれたから』での「赤信号を見落として事故に遭う」はありえない…ドラマに描かれた「色覚障害」の真実