「あと1年で死ぬ」何をしますか 余命宣告受けた元教諭 命の授業

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幸せとは自分で納得できる人生を送ることです――。病気のため半年前に「余命1年」を宣告された鳥取市福部町細川の元人権擁護委員、河原清夫さん(71)が今秋、兵庫県明石市の通信制・単位制高校「相生学院高校明石校」(尾池良一校長)の道徳教育講座に特別講師としてウェブ参加。人権問題や不登校児支援などのボランティア活動に身を投じてきた人生を振り返り、「人間はいつ死ぬか分からないから、いつも楽しく笑って生きてください」と生徒たちに笑顔で語りかけた。
【心臓病の小4の力作に“神様”のご褒美】 河原さんは1951年、鳥取県岩美町生まれ。国語教諭として兵庫県西宮市や鳥取市の中学で教壇に立ち、健康上の理由から56歳で退職。その後は人権擁護委員や民生児童委員などに就き、地域住民の生活向上に尽力してきた。他にも詩人や柳人、きのこ愛好家などさまざまな顔を持つ。近年は手作り紙芝居を用いてアイヌ文化を紹介する活動に熱心に取り組んでいた。 今年3月、血液のがん「骨髄異形成症候群」と診断され、医者から「余命は抗がん治療しなければ1年、治療すれば数年」と宣告された。河原さんは治療を選択。現在はつらい入院治療の合間を縫って、随筆や川柳作品などをまとめた小冊子を自費出版したり、思い出の地を再訪したりするなどの「終活」を続けている。 道徳講座は、かつて西宮市の中学で河原さんと同僚だった尾池校長のたっての希望で実現した。「命と生きること」をテーマとした講座は9月17日に開かれ、2、3年の生徒4人と教員、卒業生ら約15人が出席。自宅からウェブ参加した河原さんは約30分にわたり、余命宣告を受けた時の気持ちや「終活」の様子などを静かな口調で話した。 「あと1年で死ぬと言われたら、皆さんはどうしますか」。そう冒頭で生徒たちに問いかけた河原さん。地元の地方新聞に今夏掲載された自らの随筆「余命宣告されてよかった」を読み上げながら、「(終活で)ゆっくりと人生にお別れができます。感謝の日々です」と述べた。 また、大学時代に京都・丹後半島にバイク旅行をした際、たまたま雨宿りした家に1週間も居続けた思い出を紹介。「これまで多くの人にお世話になってきた」と振り返った。その上で、教員退職後に人権擁護委員などのボランティア活動を続けてきた理由を「恩返し」と説明。「困った人がいれば、自分が何かできないかと常に考えています。他人が喜んでくれることが私にとっての喜びなのです」と語った。最後に「今日も皆さんと楽しい時間を過ごせました。ありがとう」と生徒たちに感謝した。 講座について、尾池校長は「河原さんの生きざまを通して生きることの意味を考えてほしかった」と説明する。その狙い通り、生徒たちは死を目の前にしても明るく生きる河原さんの姿に衝撃を受けた様子だ。萩尾空(そら)さん(3年)は「後悔しないよう一秒一秒大切に生きていこうと思った」と語った。 講座後、河原さんは「『余命1年で何をしたいか』の答えこそが、自分が今一番やりたいこと。人生を後悔しないよう、好きなことを目いっぱいやってほしい」と語った。命がけの願いは生徒たちに伝わったはずだ。【望月靖祥】
河原さんは1951年、鳥取県岩美町生まれ。国語教諭として兵庫県西宮市や鳥取市の中学で教壇に立ち、健康上の理由から56歳で退職。その後は人権擁護委員や民生児童委員などに就き、地域住民の生活向上に尽力してきた。他にも詩人や柳人、きのこ愛好家などさまざまな顔を持つ。近年は手作り紙芝居を用いてアイヌ文化を紹介する活動に熱心に取り組んでいた。
今年3月、血液のがん「骨髄異形成症候群」と診断され、医者から「余命は抗がん治療しなければ1年、治療すれば数年」と宣告された。河原さんは治療を選択。現在はつらい入院治療の合間を縫って、随筆や川柳作品などをまとめた小冊子を自費出版したり、思い出の地を再訪したりするなどの「終活」を続けている。
道徳講座は、かつて西宮市の中学で河原さんと同僚だった尾池校長のたっての希望で実現した。「命と生きること」をテーマとした講座は9月17日に開かれ、2、3年の生徒4人と教員、卒業生ら約15人が出席。自宅からウェブ参加した河原さんは約30分にわたり、余命宣告を受けた時の気持ちや「終活」の様子などを静かな口調で話した。
「あと1年で死ぬと言われたら、皆さんはどうしますか」。そう冒頭で生徒たちに問いかけた河原さん。地元の地方新聞に今夏掲載された自らの随筆「余命宣告されてよかった」を読み上げながら、「(終活で)ゆっくりと人生にお別れができます。感謝の日々です」と述べた。
また、大学時代に京都・丹後半島にバイク旅行をした際、たまたま雨宿りした家に1週間も居続けた思い出を紹介。「これまで多くの人にお世話になってきた」と振り返った。その上で、教員退職後に人権擁護委員などのボランティア活動を続けてきた理由を「恩返し」と説明。「困った人がいれば、自分が何かできないかと常に考えています。他人が喜んでくれることが私にとっての喜びなのです」と語った。最後に「今日も皆さんと楽しい時間を過ごせました。ありがとう」と生徒たちに感謝した。
講座について、尾池校長は「河原さんの生きざまを通して生きることの意味を考えてほしかった」と説明する。その狙い通り、生徒たちは死を目の前にしても明るく生きる河原さんの姿に衝撃を受けた様子だ。萩尾空(そら)さん(3年)は「後悔しないよう一秒一秒大切に生きていこうと思った」と語った。
講座後、河原さんは「『余命1年で何をしたいか』の答えこそが、自分が今一番やりたいこと。人生を後悔しないよう、好きなことを目いっぱいやってほしい」と語った。命がけの願いは生徒たちに伝わったはずだ。【望月靖祥】

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