「スタッドレス履いてないけど大丈夫かな?」…“積雪パニック”に揺れる首都圏ドライバーの“恐るべき実情”

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2月5日、関東甲信地方では昼ごろから雪が降りはじめ、気象庁は今後予想される「警報級の雪」に対して注意を呼びかけている。SNS上でも降雪の画像が多く投稿されるなど、今夜からあす朝にかけての積雪に向け警戒ムードが高まっている。
【グラフ】降雪地帯と首都圏の「スタッドレスタイヤ装着率」には大きな開きが…!
首都圏に雪が積もった際、懸念されるのが交通への影響である。公共交通機関の遅延や運休、歩行者の転倒に加えて、とりわけ危険性が高いのが自動車による事故や立ち往生だ。
ノーマルタイヤのまま走る一部の車によって、大規模な混乱が引き起こされる……毎年のように繰り返されるニュースに、「なぜ東京の人間はスタッドレスタイヤを履かないのか」と批判的な声も聞かれる。
実際のところ、「年に数日しか雪が降らないエリア」ではスタッドレスタイヤを装着すべきなのだろうか。冬の道路をノーマルタイヤで走る危険性をふまえ、検証してみたい。
AFLO
雪があまり降らない地域のなかでも、東京はきわめて雪に弱い街であり、わずか数センチの積雪で日常的な移動がままならなくなるケースも多い。たとえば2022年2月10日、東京都心で観測された積雪は最大2cmであったが、23区に大雪注意報が発令されていたこともあり、首都高速で予防的な通行止めが行われるなど道路交通に大きな影響が見られた。
この予防措置は、同年1月6日の大雪により首都圏の道路が甚大な混乱に見舞われたことを受けての対処である。東京都心で10cmの積雪が観測された同日は、都内でスリップ事故が相次ぎ、JX通信社のリスク情報サービス「FASTALERT(ファストアラート)」によれば、都内の交通事故観測数は前日比30倍に上ったという。
また国土交通省の発表するところでは、その日は首都高速の至るところでスタッドレスタイヤ非装着車による立ち往生が発生し、最大13路線、約100kmにわたる通行止めを余儀なくされるばかりか、その解消に14時間を要した。
雪国では「日常レベル」の積雪であっても、普段雪の降らない地域では上のような「異常事態」を引き起こす。ドライバーが雪道に慣れていないことも要因だろうが、何時間も立ち往生が続くほどの機能不全は、一部の「ノーマルタイヤのまま走ってしまう車」に起因するケースが多いものと見られる。
そもそも東京都やその周辺県において、スタッドレスタイヤの装着率はどの程度あるのだろうか。NEXCO東日本が毎年12月と1月に実施している調査を見ると、やはり降雪地帯と首都圏との装着率には顕著な差が生じている。
2022年12月中旬の調査では、まだタイヤ交換を終えていない車も多いのか、一般的な乗用車(*1)の装着率は降雪地帯のSA・PAで73.7%、首都圏においては30.2%に留まる。
*1 この調査では「小型車」「大型車」というSA・PA上の駐車枠による区分がなされており、乗用車は小型車に分類される
おおむね多くのドライバーが交換作業を済ませたと思われる2023年1月中旬の調査では、降雪地帯では96.1%、首都圏は52.1%という数字だった。これはあくまで遠方に移動中の車両も多い高速道路上での調査結果であるため、関東南部などを主な行動圏とする車両の装着率はさらに低いと推察される。
もちろんこの装着率の低さは、積雪の頻度が低いことによるものだ。一般的な経済感覚として、「積もるのはせいぜい年に1、2回なのだから、わざわざタイヤを交換するのはもったいない」という考えは頷けるし、「もし雪が積もってしまったら、運転を控えればよい」という判断も、責められるべきものではないだろう。
しかし残念なことに、いざ雪が積もったとき、運転を自重できるドライバーばかりではないことも事実である。降雪日にSNSを覗くと、「スタッドレス履いてないけど大丈夫かな?」「雪だけどノーマルタイヤで乗り切った」といった投稿が目に入ってくる。現実に雪を前にしてもなお、「乗ってしまえばどうにかなるだろう」と、リスクを顧みず行動してしまうドライバーも少なからずいるのである。
おそらくこうした判断の甘さは、雪道や凍結路の危険性について現実に体感していないことに由来している面も大きいだろう。ノーマルタイヤのままではどれだけコントロールがきかないか、制御を失った車がどれだけ危険かという感覚は、身をもって経験しなければ実感しにくいところがある。
実際のところ、平坦な道であれば、ノーマルタイヤのままでも雪のなか発進できてしまうケースはあるだろう。そうして、「意外と進めるじゃん」と車を発進させたあと、交差点にさしかかり、ブレーキもハンドルもまったく言うことを聞かないことに気づく……雪道の恐ろしさを実感したときにはもう、手遅れになっているわけである。
JAFが圧雪路の制動距離をタイヤ種別ごとに比較した調査では、時速40kmからのブレーキングにおいて、スタッドレスタイヤの制動距離が「17.3m」だったのに対し、ノーマルタイヤは停止まで「29.9m」を要している。その差12.6mは、コンパクトカーが3台連なった長さに相当する。
一般に、信号待ちにおける標準的な車間距離は乗用車1台分とされているが、雪道でこれを目安にブレーキングをしようものなら、そのまま前走車に突っ込んでしまうことになる。
さらに、圧雪路で半径20mの旋回コースをパイロンに沿って走るJAFの実験においても、スタッドレスタイヤ装着の有無によって顕著な違いが見られた。スタッドレスタイヤ装着車両が時速40kmでも安定したラインを描いたのに対して、ノーマルタイヤ装着車両の走行ラインは時速30kmで大きく外側に膨らんでしまった。
その逸れ幅は優に1台分の車幅を超えており、仮にこれが片側1車線の山道であれば、対向車線にはみ出すどころか、そのまま反対側のガードレールに衝突しかねないレベルである。
ノーマルタイヤの車は雪道で止まれないし、曲がれない。言葉のうえでは特段恐ろしさを感じないが、実際に運転席に座った状態で、ブレーキを踏んでいるのに車があらぬ方向へとすっ飛んでいく絶望と恐怖は、想像をはるかに超えるものだろう。
「雪が降ったら車に乗らないので、スタッドレスは履かない」というスタンスは、自身の自制心を信頼したうえで成り立つものだ。しかしいざ雪が降ったとき、どんな状況でも「車に乗らない」と判断できる人がどれほどいるだろうか。この判断が各人に委ねられているかぎり、間違いを起こしてしまう者は後を絶たないように思われる。
そもそも「東京でスタッドレスタイヤが必要になる日はほとんどない」という前提じたい、無条件に肯定できるようなものではない。気象庁の過去30年のデータ(1991年~2020年)を見ると、東京で最深積雪1cm以上を記録した日数は年間平均2.8日、5cm以上でも1.2日ある。

さらに、雪やみぞれ、細氷などの気象現象が観測された「雪日数」は年間平均8.5日。降雪や気温低下にともなう路面凍結のリスクまで考慮に入れれば、「ノーマルタイヤで走るべきではない日」は思いのほか多いのではないか。結果的に雪が積もらなくとも、「車で出発しても大丈夫か」と気を揉まなければならない状況がシーズンに何度も訪れることになる。
東京のようにあまり雪が降らないエリアでは、スタッドレスタイヤが必要となるのは「イレギュラーな状況」だと考えられているために、「履かなくても問題ない」という判断が多数を占める。しかし、「年に数度車が使えなくなる」というだけでなく、「天気予報や雲行きが怪しくなるたび適切に判断を下さなければならない」というのは、日常的に運転している者にとって相応のストレスになりうる。何度も判断を重ねているうちに、「大丈夫だろう」のラインが緩くなっていくことも十分に考えられる。
以上のことから考えると、たとえ東京都心部を主な行動範囲としている場合であっても、毎冬スタッドレスタイヤへの交換を済ませておくことが望ましいだろう。できればあらかじめ、車を購入する段階から、スタッドレスタイヤの購入費やシーズンごとの交換費用を維持費として計算に入れておきたいところである。
そうでない場合には、必ずタイヤチェーンなどを購入し、冬期は車に常備しておくことが求められる。現在では布製チェーンをはじめ、装着が簡単でスペースを取らない製品も登場している。もちろんどの製品を選ぶにしても、自車への適合を確認したうえで、いざという時にスムーズに装着できるよう、購入から間を置かずに装着テストをしておくことが大切だ。
ただし、チェーンやスタッドレスタイヤを装着していたとしても過信は禁物である。圧雪路における衝突被害軽減ブレーキの実効性を調査するJAFのテストにおいては、スタッドレスタイヤ装着車両であっても、時速30kmからのブレーキが間に合わず、障害物に衝突してしまった例が報告されている。スタッドレスタイヤを履いていようが、通常路面に比べて制動距離が伸びてしまうことに変わりはないのである。
雪道においては、スタッドレスタイヤやチェーンによって対策を講じることを前提に、急アクセル・急ブレーキ・急ハンドルを避け、車間距離を大きく取りながら運転することが求められる。そもそも外出を避けられるのであれば、そうするに越したことはない。
雪道をノーマルタイヤで走ることは、法規に背く行為であるとともに、ドライバーとしての安全配慮義務を軽んじる行為である。一度走り出してしまえば、その車両は「制御不能の巨大な鉄塊」と化し、周囲を危険に巻き込んでしまう……そう肝に銘じる必要がある。
とはいえやはり、「状況に応じた自己判断」はどうしてもエラーを起こすことがある。社会的な意識づけの面でも、「首都圏でもスタッドレスタイヤは必要」という価値観を浸透させていかないと、「積雪パニック」はいつまでも変わらないのかもしれない。
(鹿間 羊市)

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