「18時間勤務も」9人死傷の名古屋高速バス炎上事故 同僚運転手らが「超過労運転」を告発!

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1件の重大事故の裏には、29件の軽微な事故と300件のけがにならない事故が起きている。労働災害で教訓とされるハインリッヒの法則だが、この惨事でもそれが当てはまりそうだ。亡くなった同僚の無念を晴らすため、現役運転手たちが告発する事件の真相。
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【写真を見る】以前から地元では悪評が立っていた「あおい交通」「彼はあの日、本当は事故を起こしたバスに乗務する予定ではなかったのに、人手が足りずハンドルを握ることになってしまった。こういう死に方は、会社に殺されたようなものですよ」

そう話すのは、「あおい交通」(愛知県小牧市)に勤める現役バス運転手だ。この会社の名に聞き覚えがなくても、8月22日に名古屋高速で起きた名古屋空港行きバス事故については、ご記憶の方も多いのではないか。記者会見で陳謝するバス運行会社・あおい交通の松浦秀則代表取締役ら事故1週間前に「目がかすむ」 事故は「あおい交通」のバスに乗務していた大橋義彦運転手(享年55)と、64歳の男性乗客の2名が亡くなり、7名が負傷する惨事となった。事故発生から1カ月が経ったが、愛知県警や国の事故調査委員会による原因究明はまだ道半ばで、長い時間を要する見込みだという。 県警担当記者によれば、「事故当日、名古屋空港に向かっていたバスは、左右にふらつきながら走行し、高速出口付近の分離帯に衝突しましたが、目立ったブレーキ痕がありませんでした。運転手の体に何らかの異変が起きた可能性もありますが、横転後にバスが炎上したため検視は困難を極め、また車内のドライブレコーダーも焼失したと見られ、捜査が難航しているのです」松浦社長が社内に掲示した抱負 なぜ悲劇は起きたのか。手がかりとなるのが、冒頭で勤務先への憤りを語った現役バス運転手、亡き大橋運転手の「同僚」の証言だ。 再びこの運転手が言う。「亡くなった大橋さんは、長時間勤務も断らず過酷な勤務を繰り返していました。すでに体は限界だったみたいで、8月初旬にはフラフラ歩くようになり、事故が起こる1週間前には、“目がかすむ”と言っていました。心配した他のドライバーが声をかけたんですが、極度の疲労からか聞き流すようにして歩いて行った。体調不良については、営業所の上司も把握していたようです」乗客からも苦情が 実際、事故前には幾つかの“前兆”があった。「乗務中にバスのミラーを擦ったり、乗用車と接触するなどのトラブルが起こり、ちょうど体調不良を訴えていた頃には、彼のバスに乗った乗客から運転や接客についての苦情が営業所に上がった。さすがに会社も高速バスの担当から外すことを決めて、他の路線を担当することになった。愛車を運転できなくなるので、相当落ち込んでいるように見えましたね」(同) もともと大橋運転手は、県内にある別会社で約5年間バスの運転手として働き、2019年1月に「あおい交通」に転職してきた。生真面目なタイプで、根っからの仕事好きでもあり、大型バスの運転を希望。入社早々に高速バスの乗務を命じられたという。「自宅のローンもあるから稼ぎたい」 彼が胸を躍らせたのは、会社から購入したての「351」というナンバーが振られた大型バスをあてがわれたこと。このピカピカの新車は、今回事故で黒焦げになってしまった。「本人は『あおい交通』に移って間を空けずに新車を担当できてたいそう喜び、『351』に執着するようになっていった。本来なら、同じバスでも午前と午後の勤務で運転手は交代する場合もあるのに、彼は愛車のハンドルを他の人間に触らせたくないからか、朝から晩までの長い勤務を率先して引き受けていた。お母さんと妹さん2人の4人暮らしで、“自宅のローンもあるから稼ぎたい”と話していました」(同)「長い時には18時間勤務」 彼のひたむきな仕事への情熱を知った上で、会社は無理を強いていたと指摘するのは、別の同僚である。「大橋さんは普段から1日11時間勤務、長い時には18時間勤務なんてこともあった。事故前の直近1週間だけみても、8月16日と翌17日の両方で午前5時半頃から18時間を超える長時間勤務に就いたと聞いてね。また、前のシフトが終わるとバスを一度車庫に戻さなくてはいけないのに、彼は空港付近など出先で休憩を取って車庫に戻らない。乗客を降ろした後、大橋さん本人から“体調が悪いから休憩してから帰る”なんて連絡が両日とも入っていたようだ」 厚労省が示す労働基準によれば、運転手の勤務は基本的に1日16時間を限度とすると定められている。さらに、次回勤務までの間には、休息期間として最低8時間の間隔を設けなくてはならない。 これらを踏まえれば、運行会社は大橋運転手に対し、不当に過酷な勤務を日常的に課していた疑いがある。「ウソばっかり」 先の同僚はこうも言う。「18時間勤務なんて違法もいいところ。会社側も人手不足で月に何度も大橋さんに無理な勤務をさせ、彼は体調を悪化させていった。それで高速バスの担当から外れたのに、代わりの人員が確保できず、再び空港行きのバスに乗務させられたのが事故に至る経緯です。会社はもっと大橋さんを休ませるべきだった。事故後、会社から従業員に対し詳細な説明は一切なく、紙切れ1枚掲示しただけで具体的な対策もないまま、“日本一、安心安全なバス、タクシー会社を目指す”などと言うばかり。テレビで会社が開いた記者会見を観たけど、死人に口なしでウソばっかりついていると思ったよ」 振り返れば、事故後に「あおい交通」が開いた会見では、松浦秀則代表取締役(65)ら幹部が居並び、大橋運転手の睡眠や休息時間について「問題なかった」と説明しているのだ。本当にそう言い切れるのか。「正確な回答ができない」 改めて「あおい交通」に質すと、「大橋氏の勤務が、18時間以上の勤務があるとの指摘については、資料等は警察に提出中で、正確な回答ができません。また、今年の7月の愛知運輸支局の立ち入り監査では『違反無し』との評価をいただいています。大橋氏による体調不良の報告は、目と腰の点についてありましたので病院へ行くことを指示し、後日、異常無しとの報告を受けました。県警も病院への調査済みです」 最後に、大橋運転手の遺族に尋ねてみたところ、「すみませんが、家族としては、お亡くなりになった方、おけがされた方もいらっしゃいますから、何もお答えすることはできないんですよ……」 このような悲劇が繰り返されてはならない。「週刊新潮」2022年10月6日号 掲載
「彼はあの日、本当は事故を起こしたバスに乗務する予定ではなかったのに、人手が足りずハンドルを握ることになってしまった。こういう死に方は、会社に殺されたようなものですよ」
そう話すのは、「あおい交通」(愛知県小牧市)に勤める現役バス運転手だ。この会社の名に聞き覚えがなくても、8月22日に名古屋高速で起きた名古屋空港行きバス事故については、ご記憶の方も多いのではないか。
事故は「あおい交通」のバスに乗務していた大橋義彦運転手(享年55)と、64歳の男性乗客の2名が亡くなり、7名が負傷する惨事となった。事故発生から1カ月が経ったが、愛知県警や国の事故調査委員会による原因究明はまだ道半ばで、長い時間を要する見込みだという。
県警担当記者によれば、
「事故当日、名古屋空港に向かっていたバスは、左右にふらつきながら走行し、高速出口付近の分離帯に衝突しましたが、目立ったブレーキ痕がありませんでした。運転手の体に何らかの異変が起きた可能性もありますが、横転後にバスが炎上したため検視は困難を極め、また車内のドライブレコーダーも焼失したと見られ、捜査が難航しているのです」
なぜ悲劇は起きたのか。手がかりとなるのが、冒頭で勤務先への憤りを語った現役バス運転手、亡き大橋運転手の「同僚」の証言だ。
再びこの運転手が言う。
「亡くなった大橋さんは、長時間勤務も断らず過酷な勤務を繰り返していました。すでに体は限界だったみたいで、8月初旬にはフラフラ歩くようになり、事故が起こる1週間前には、“目がかすむ”と言っていました。心配した他のドライバーが声をかけたんですが、極度の疲労からか聞き流すようにして歩いて行った。体調不良については、営業所の上司も把握していたようです」
実際、事故前には幾つかの“前兆”があった。
「乗務中にバスのミラーを擦ったり、乗用車と接触するなどのトラブルが起こり、ちょうど体調不良を訴えていた頃には、彼のバスに乗った乗客から運転や接客についての苦情が営業所に上がった。さすがに会社も高速バスの担当から外すことを決めて、他の路線を担当することになった。愛車を運転できなくなるので、相当落ち込んでいるように見えましたね」(同)
もともと大橋運転手は、県内にある別会社で約5年間バスの運転手として働き、2019年1月に「あおい交通」に転職してきた。生真面目なタイプで、根っからの仕事好きでもあり、大型バスの運転を希望。入社早々に高速バスの乗務を命じられたという。
彼が胸を躍らせたのは、会社から購入したての「351」というナンバーが振られた大型バスをあてがわれたこと。このピカピカの新車は、今回事故で黒焦げになってしまった。
「本人は『あおい交通』に移って間を空けずに新車を担当できてたいそう喜び、『351』に執着するようになっていった。本来なら、同じバスでも午前と午後の勤務で運転手は交代する場合もあるのに、彼は愛車のハンドルを他の人間に触らせたくないからか、朝から晩までの長い勤務を率先して引き受けていた。お母さんと妹さん2人の4人暮らしで、“自宅のローンもあるから稼ぎたい”と話していました」(同)
彼のひたむきな仕事への情熱を知った上で、会社は無理を強いていたと指摘するのは、別の同僚である。
「大橋さんは普段から1日11時間勤務、長い時には18時間勤務なんてこともあった。事故前の直近1週間だけみても、8月16日と翌17日の両方で午前5時半頃から18時間を超える長時間勤務に就いたと聞いてね。また、前のシフトが終わるとバスを一度車庫に戻さなくてはいけないのに、彼は空港付近など出先で休憩を取って車庫に戻らない。乗客を降ろした後、大橋さん本人から“体調が悪いから休憩してから帰る”なんて連絡が両日とも入っていたようだ」
厚労省が示す労働基準によれば、運転手の勤務は基本的に1日16時間を限度とすると定められている。さらに、次回勤務までの間には、休息期間として最低8時間の間隔を設けなくてはならない。
これらを踏まえれば、運行会社は大橋運転手に対し、不当に過酷な勤務を日常的に課していた疑いがある。
先の同僚はこうも言う。
「18時間勤務なんて違法もいいところ。会社側も人手不足で月に何度も大橋さんに無理な勤務をさせ、彼は体調を悪化させていった。それで高速バスの担当から外れたのに、代わりの人員が確保できず、再び空港行きのバスに乗務させられたのが事故に至る経緯です。会社はもっと大橋さんを休ませるべきだった。事故後、会社から従業員に対し詳細な説明は一切なく、紙切れ1枚掲示しただけで具体的な対策もないまま、“日本一、安心安全なバス、タクシー会社を目指す”などと言うばかり。テレビで会社が開いた記者会見を観たけど、死人に口なしでウソばっかりついていると思ったよ」
振り返れば、事故後に「あおい交通」が開いた会見では、松浦秀則代表取締役(65)ら幹部が居並び、大橋運転手の睡眠や休息時間について「問題なかった」と説明しているのだ。本当にそう言い切れるのか。
改めて「あおい交通」に質すと、
「大橋氏の勤務が、18時間以上の勤務があるとの指摘については、資料等は警察に提出中で、正確な回答ができません。また、今年の7月の愛知運輸支局の立ち入り監査では『違反無し』との評価をいただいています。大橋氏による体調不良の報告は、目と腰の点についてありましたので病院へ行くことを指示し、後日、異常無しとの報告を受けました。県警も病院への調査済みです」
最後に、大橋運転手の遺族に尋ねてみたところ、
「すみませんが、家族としては、お亡くなりになった方、おけがされた方もいらっしゃいますから、何もお答えすることはできないんですよ……」
このような悲劇が繰り返されてはならない。
「週刊新潮」2022年10月6日号 掲載

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