賛否両論の麻布台ヒルス…「森ビルの考える“街”の姿に日本人の影が薄い」ワケ

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

11月に満を持してオープンした森ビルの「麻布台ヒルズ」。12月には巨大クリスマスツリーなどを楽しむ人々でにぎわいを見せ、さまざまな話題を呼んでいる。「地域価値を上げる開発」とは何か、不動産コンサルタントの牧野知弘氏が考察する。
【写真】この記事の写真を見る(3枚)◆ ◆ ◆ 新宿からJR中央線特別快速電車に乗って25分のところに立川駅がある。多摩エリアの中核都市として発展する人口18万人の街だ。この立川駅の北口に出て、多摩モノレールの高架下にあるサンサンロードという遊歩道を10分ほど北に向かって歩いていくと、「GREEN SPRINGS」という街がある。

コロナ禍にオープンした「GREEN SPRINGS」 コロナ禍の2020年4月にこの街はオープンした。開発を行ったのは地元を本拠とする立飛ホールディングスだ。馴染みのない名前の会社と思われる方が多いかもしれないが、立川飛行機と聞けば古い世代の方ならわかるかもしれない。 立川飛行機は戦前において、中島飛行機、日立飛行機、三菱航空機と並び、軍用機を製造する会社としてその名を馳せた企業である。赤とんぼの愛称で親しまれた九五式一型練習機など多くの航空機の製造をこの立川の地で行った。 戦後立川基地は米軍の支配下に置かれ、1976年の横田基地への移転に伴い、国や立川飛行機に土地が返還された。今ではそのうちの一部が自衛隊立川駐屯地および国営昭和記念公園として整備され、立川飛行機はその後の幾多の変遷を伴いながら、2012年のMBO実施によって現在の立飛ホールディングスに生まれ変わっている。 もともと立川飛行場があったことから立飛ホールディングスは広大な土地を保有し、所有面積は東京ドーム21個分に相当する98万屐⇔川市全体の25分の1にも及ぶ。 立飛ホールディングスは、飛行機製造から不動産業に転身。敷地内に数多くの倉庫を運営するほか、海のない立川でビーチリゾートが楽しめる「タチヒビーチ」、バスケットBリーグや各種スポーツが楽しめる「アリーナ立川立飛」、「ドーム立川立飛」、店舗面積約6万屐240店舗が集う「ららぽーと立川立飛」など日々の生活をサポート、エンジョイできる施設を次々と展開している。 その立飛ホールディングスが新たに開発したのが「GREEN SPRINGS」だ。この土地は南北400m、東西100mにも及ぶ広大な国有地だったが2015年に入札が行われ、立飛ホールディングスが落札した。立川駅徒歩圏の広大な敷地は、開発用地を探すデベロッパーなどの垂涎の土地に見えたが、開発用途で住宅が認められなかったことから、有力なデベロッパーが参加を見送り、地元の雄、立飛ホールディングスが手に入れたのだ。ストーリー性にあふれた開発 この地の開発は当初からストーリー性にあふれたものだった。4万屬發旅大な土地は国有地だったこともあり広大な草地だった。開発プランを練る間、放っておくと草は伸び放題。草刈りに手間取っているのを助けたのが、タレントの清水国明さんが瀬戸内海の島で飼育していたヤギだった。社員たちは総出で島までヤギを借り受けに行き、放牧された数十頭を捕獲して、立川に運んで放し飼いにしたという。効果はてきめん。地元ではしばらくの間、立川駅近にヤギがいる珍風景となっていたのだった。 同社は単なるオフィスや商業施設といったハコモノ開発を選択せずに、ウェルビーイング(Well Being)な街づくりを掲げて全く新たな街を創り上げている。 特徴的なのは敷地全体に人工地盤を新たに敷設、車は地上部分に駐車場を設けて集約し、人工地盤上の中央部分に1万屬傍擇峭大な広場を設置。広場の周囲には地上4階建て程度の9つの施設を設えた。この土地の容積率は500%なのだが、そのうちの150%しか建物面積に利用せず、350%を「空積率」と称して空と大地を確保するという、従来のデベロッパーやゼネコンでは思いもつかぬ発想で開発を行っている。人が中心で空の広い街、立川 実際にこの街を歩くと人が中心であることを実感する。建物は広場や街路に向かって閉ざされるのではなく、「縁側」というコンセプトのもと、テラスやギャラリーを設け、開口部には横引きの折り戸や引き違い窓を多用。歩行者との間で違和感を覚えることなく建物内部と外部をつなげている。 また街路全体に多摩地区で自生する樹木や草花を配置し、ビオトープを設けてベンチに腰掛けて多摩の豊かな自然を体感できるようにしている。 広場を眺めながらのカフェやレストラン、またこの街で働くためのオフィスもその存在を消すかのようにひっそりと佇んでいる。この街ではとにかく空が広いのだ。 このほか客室数81室の滞在型ラグジュアリーホテル「SORANO HOTEL」や音楽他の多目的ホール「TACHIKAWA STAGE GARDEN」を開設。エリアを楽しみ、エンターテインメントやカルチャーを自由に発信できる施設を設けている点も特筆される。まさに人生をどう楽しく生きるかというライフスタイルの提言が敷地内の随所に垣間見えるのだ。 中央にある広場には立飛ホールディングスの歴史を汲んだ滑走路を模した遊歩道がクロスに伸び、その先が緩い階段となって音楽ホールの屋上に届く。それはまるで滑走路を飛び立つ飛行機をイメージしているかのようだ。階段と並行してカスケードがあり、水の音を聞きながら屋上に足を運ぶ。屋上はデッキになっていて昭和記念公園を見晴るかすことができる。一方、森ビルの「麻布台ヒルズ」は? 2023年11月、森ビルが約35年の月日をかけて開発した麻布台ヒルズがお目見えした。森ビルが発表した開発コンセプトは「緑に包まれ、人と人をつなぐ広場のような街」だ。 敷地面積は6万3900屐K禀杪罎箸いβ翆呂鯆催世謀豕メトロ神谷町駅のある桜田通りまでの傾斜地を使った大規模開発だ。ここに地上64階建ての森JPタワー、最上階の住戸が1戸2億ドル(280億円)と噂される地上54階建てのレジデンスA棟、地上64階建てのレジデンスB棟。レジデンス戸数は両棟合計で1400戸。A棟はアマン系列の超高級ホテルジャヌ東京がオープン。高級ブランドがひしめく3棟の商業施設、ギャラリー、ミュージアム、インターナショナルスクール、慶応大学予防医療センターなど延床面積86万1700屬砲盖擇峙霏腓併楡澤欧、立ち上がっている。大型複合施設「麻布台ヒルス」の「森JPタワー」 時事通信社 森ビルによればこの敷地の中央には6000屬涼羆広場が設けられ、緑地面積は2万4000岾諒櫃気譴討い襪箸いΑまた森JPタワーの建設にあたって国際的環境認証プログラムの最高グレードにあたるプラチナ認証を獲得し、脱炭素社会の実現を図っているとのことだ。多くの客でごった返しているが… 筆者が実際に現地に足を運んでみると、開業直後ということもあってか、多くの客でごった返していた。商業施設の多くはテナント入居前で、やや寂しい印象はあるものの、六本木ヒルズや虎ノ門ヒルズの大規模開発で培った森ビルらしさを随所に感じ取れる開発であった。だが、一方でいつもの森ビルの「これでもか」といったてんこ盛りのコンセプトにやや食傷気味の自分がいることに気づかされる。 たしかに中央広場があって芝生の庭が設えられ、せせらぎがあるのだが、これがどうにもとってつけたような、言葉を変えるとあたかも“免罪符”のように存在していると感じられた。森ビルの宣伝動画では豊かな陽光を浴びた広場で外国人ファミリーがピクニックしているのだが、この広場に立つと、激しいビル風の洗礼を浴びる。掲げたスマートフォンが危うく吹き飛ばされるほどの風だ。とても広場で日光浴をする気にはなれない。 まるで広場を威圧するかのようにガラスカーテンウォールの壁面をむき出しにした巨大なビルが見下ろし、「人の営みがシームレスにつながる」というガーデンプラザもだらだらした上り坂。ガウディを彷彿とさせるようなデザインの石畳の街路と妙に互いが離れた店舗の裏道は夜間には少し怖いのではと連想させる。 環境認証にしても、移動にはエスカレーターが縦横無尽に張り巡らされ、エレベーターで地上330mまで引き上げ、これだけ鉄とコンクリート、ガラスの塊を集め、建物間に強烈なビル風を巻き起こす空間が「Green &Wellness」を標榜する開発コンセプトとあわせて面映ゆさを感じるのだ。森ビルが考える“街”の姿に、日本人の影は薄い 森ビルは今回の開発を「都市の中の都市=コンパクトシティ」と謳っているが、オフィスに入居するアンカーテナントはインドのタタグループ。1戸2億ドルのレジデンスを購入するのは中国、香港、台湾の超富裕層かもしれない。商業施設で高級ブランドを身に着け、5スターホテルで食事し、子息はインターナショナルスクール通い。森ビルの考える“街”の姿に、日本人の影は薄い。 一方、立川「GREEN SPRINGS」の夕闇は素敵だった。音楽ホールの屋上デッキから昭和記念公園の向こう、富士山をバックに陽が沈む。そこには学校帰りの女子高校生、仕事帰りのカップル、ウォーキングがてら立ち寄ったシニアの夫婦など、街に生きる多くの人たちの姿が見える光景だった。ビオトープの前ではベンチに座り、せせらぎに耳を傾ける女性、カスケード内のベンチに腰掛けてはしゃぐ中学生。これが本当の街の息吹なのではないだろうか。 容積率、投資効果、収益を追うことは資本主義の宿命だ。立川の開発について、あるデベロッパー首脳は「あんなものは道楽だ」と言い放った。もちろんほかに多くの用地を持つ立飛ホールディングスだからこそできた開発だということもできようが、道楽という表現はあてはまらない。 なぜならGREEN SPRINGSは確実に立川エリア全体の地域価値を上げているからだ。エリア内の多くの人が訪れ、楽しみ、寛ぐことができる街を実現している地域価値は、目先の利益ではない、未来に向けての大きな果実を実現するものなのだ。筆者としては、この両社の開発の将来を楽しみに見ていくことにしよう。(牧野 知弘)
◆ ◆ ◆
新宿からJR中央線特別快速電車に乗って25分のところに立川駅がある。多摩エリアの中核都市として発展する人口18万人の街だ。この立川駅の北口に出て、多摩モノレールの高架下にあるサンサンロードという遊歩道を10分ほど北に向かって歩いていくと、「GREEN SPRINGS」という街がある。
コロナ禍の2020年4月にこの街はオープンした。開発を行ったのは地元を本拠とする立飛ホールディングスだ。馴染みのない名前の会社と思われる方が多いかもしれないが、立川飛行機と聞けば古い世代の方ならわかるかもしれない。 立川飛行機は戦前において、中島飛行機、日立飛行機、三菱航空機と並び、軍用機を製造する会社としてその名を馳せた企業である。赤とんぼの愛称で親しまれた九五式一型練習機など多くの航空機の製造をこの立川の地で行った。 戦後立川基地は米軍の支配下に置かれ、1976年の横田基地への移転に伴い、国や立川飛行機に土地が返還された。今ではそのうちの一部が自衛隊立川駐屯地および国営昭和記念公園として整備され、立川飛行機はその後の幾多の変遷を伴いながら、2012年のMBO実施によって現在の立飛ホールディングスに生まれ変わっている。 もともと立川飛行場があったことから立飛ホールディングスは広大な土地を保有し、所有面積は東京ドーム21個分に相当する98万屐⇔川市全体の25分の1にも及ぶ。 立飛ホールディングスは、飛行機製造から不動産業に転身。敷地内に数多くの倉庫を運営するほか、海のない立川でビーチリゾートが楽しめる「タチヒビーチ」、バスケットBリーグや各種スポーツが楽しめる「アリーナ立川立飛」、「ドーム立川立飛」、店舗面積約6万屐240店舗が集う「ららぽーと立川立飛」など日々の生活をサポート、エンジョイできる施設を次々と展開している。 その立飛ホールディングスが新たに開発したのが「GREEN SPRINGS」だ。この土地は南北400m、東西100mにも及ぶ広大な国有地だったが2015年に入札が行われ、立飛ホールディングスが落札した。立川駅徒歩圏の広大な敷地は、開発用地を探すデベロッパーなどの垂涎の土地に見えたが、開発用途で住宅が認められなかったことから、有力なデベロッパーが参加を見送り、地元の雄、立飛ホールディングスが手に入れたのだ。ストーリー性にあふれた開発 この地の開発は当初からストーリー性にあふれたものだった。4万屬發旅大な土地は国有地だったこともあり広大な草地だった。開発プランを練る間、放っておくと草は伸び放題。草刈りに手間取っているのを助けたのが、タレントの清水国明さんが瀬戸内海の島で飼育していたヤギだった。社員たちは総出で島までヤギを借り受けに行き、放牧された数十頭を捕獲して、立川に運んで放し飼いにしたという。効果はてきめん。地元ではしばらくの間、立川駅近にヤギがいる珍風景となっていたのだった。 同社は単なるオフィスや商業施設といったハコモノ開発を選択せずに、ウェルビーイング(Well Being)な街づくりを掲げて全く新たな街を創り上げている。 特徴的なのは敷地全体に人工地盤を新たに敷設、車は地上部分に駐車場を設けて集約し、人工地盤上の中央部分に1万屬傍擇峭大な広場を設置。広場の周囲には地上4階建て程度の9つの施設を設えた。この土地の容積率は500%なのだが、そのうちの150%しか建物面積に利用せず、350%を「空積率」と称して空と大地を確保するという、従来のデベロッパーやゼネコンでは思いもつかぬ発想で開発を行っている。人が中心で空の広い街、立川 実際にこの街を歩くと人が中心であることを実感する。建物は広場や街路に向かって閉ざされるのではなく、「縁側」というコンセプトのもと、テラスやギャラリーを設け、開口部には横引きの折り戸や引き違い窓を多用。歩行者との間で違和感を覚えることなく建物内部と外部をつなげている。 また街路全体に多摩地区で自生する樹木や草花を配置し、ビオトープを設けてベンチに腰掛けて多摩の豊かな自然を体感できるようにしている。 広場を眺めながらのカフェやレストラン、またこの街で働くためのオフィスもその存在を消すかのようにひっそりと佇んでいる。この街ではとにかく空が広いのだ。 このほか客室数81室の滞在型ラグジュアリーホテル「SORANO HOTEL」や音楽他の多目的ホール「TACHIKAWA STAGE GARDEN」を開設。エリアを楽しみ、エンターテインメントやカルチャーを自由に発信できる施設を設けている点も特筆される。まさに人生をどう楽しく生きるかというライフスタイルの提言が敷地内の随所に垣間見えるのだ。 中央にある広場には立飛ホールディングスの歴史を汲んだ滑走路を模した遊歩道がクロスに伸び、その先が緩い階段となって音楽ホールの屋上に届く。それはまるで滑走路を飛び立つ飛行機をイメージしているかのようだ。階段と並行してカスケードがあり、水の音を聞きながら屋上に足を運ぶ。屋上はデッキになっていて昭和記念公園を見晴るかすことができる。一方、森ビルの「麻布台ヒルズ」は? 2023年11月、森ビルが約35年の月日をかけて開発した麻布台ヒルズがお目見えした。森ビルが発表した開発コンセプトは「緑に包まれ、人と人をつなぐ広場のような街」だ。 敷地面積は6万3900屐K禀杪罎箸いβ翆呂鯆催世謀豕メトロ神谷町駅のある桜田通りまでの傾斜地を使った大規模開発だ。ここに地上64階建ての森JPタワー、最上階の住戸が1戸2億ドル(280億円)と噂される地上54階建てのレジデンスA棟、地上64階建てのレジデンスB棟。レジデンス戸数は両棟合計で1400戸。A棟はアマン系列の超高級ホテルジャヌ東京がオープン。高級ブランドがひしめく3棟の商業施設、ギャラリー、ミュージアム、インターナショナルスクール、慶応大学予防医療センターなど延床面積86万1700屬砲盖擇峙霏腓併楡澤欧、立ち上がっている。大型複合施設「麻布台ヒルス」の「森JPタワー」 時事通信社 森ビルによればこの敷地の中央には6000屬涼羆広場が設けられ、緑地面積は2万4000岾諒櫃気譴討い襪箸いΑまた森JPタワーの建設にあたって国際的環境認証プログラムの最高グレードにあたるプラチナ認証を獲得し、脱炭素社会の実現を図っているとのことだ。多くの客でごった返しているが… 筆者が実際に現地に足を運んでみると、開業直後ということもあってか、多くの客でごった返していた。商業施設の多くはテナント入居前で、やや寂しい印象はあるものの、六本木ヒルズや虎ノ門ヒルズの大規模開発で培った森ビルらしさを随所に感じ取れる開発であった。だが、一方でいつもの森ビルの「これでもか」といったてんこ盛りのコンセプトにやや食傷気味の自分がいることに気づかされる。 たしかに中央広場があって芝生の庭が設えられ、せせらぎがあるのだが、これがどうにもとってつけたような、言葉を変えるとあたかも“免罪符”のように存在していると感じられた。森ビルの宣伝動画では豊かな陽光を浴びた広場で外国人ファミリーがピクニックしているのだが、この広場に立つと、激しいビル風の洗礼を浴びる。掲げたスマートフォンが危うく吹き飛ばされるほどの風だ。とても広場で日光浴をする気にはなれない。 まるで広場を威圧するかのようにガラスカーテンウォールの壁面をむき出しにした巨大なビルが見下ろし、「人の営みがシームレスにつながる」というガーデンプラザもだらだらした上り坂。ガウディを彷彿とさせるようなデザインの石畳の街路と妙に互いが離れた店舗の裏道は夜間には少し怖いのではと連想させる。 環境認証にしても、移動にはエスカレーターが縦横無尽に張り巡らされ、エレベーターで地上330mまで引き上げ、これだけ鉄とコンクリート、ガラスの塊を集め、建物間に強烈なビル風を巻き起こす空間が「Green &Wellness」を標榜する開発コンセプトとあわせて面映ゆさを感じるのだ。森ビルが考える“街”の姿に、日本人の影は薄い 森ビルは今回の開発を「都市の中の都市=コンパクトシティ」と謳っているが、オフィスに入居するアンカーテナントはインドのタタグループ。1戸2億ドルのレジデンスを購入するのは中国、香港、台湾の超富裕層かもしれない。商業施設で高級ブランドを身に着け、5スターホテルで食事し、子息はインターナショナルスクール通い。森ビルの考える“街”の姿に、日本人の影は薄い。 一方、立川「GREEN SPRINGS」の夕闇は素敵だった。音楽ホールの屋上デッキから昭和記念公園の向こう、富士山をバックに陽が沈む。そこには学校帰りの女子高校生、仕事帰りのカップル、ウォーキングがてら立ち寄ったシニアの夫婦など、街に生きる多くの人たちの姿が見える光景だった。ビオトープの前ではベンチに座り、せせらぎに耳を傾ける女性、カスケード内のベンチに腰掛けてはしゃぐ中学生。これが本当の街の息吹なのではないだろうか。 容積率、投資効果、収益を追うことは資本主義の宿命だ。立川の開発について、あるデベロッパー首脳は「あんなものは道楽だ」と言い放った。もちろんほかに多くの用地を持つ立飛ホールディングスだからこそできた開発だということもできようが、道楽という表現はあてはまらない。 なぜならGREEN SPRINGSは確実に立川エリア全体の地域価値を上げているからだ。エリア内の多くの人が訪れ、楽しみ、寛ぐことができる街を実現している地域価値は、目先の利益ではない、未来に向けての大きな果実を実現するものなのだ。筆者としては、この両社の開発の将来を楽しみに見ていくことにしよう。(牧野 知弘)
コロナ禍の2020年4月にこの街はオープンした。開発を行ったのは地元を本拠とする立飛ホールディングスだ。馴染みのない名前の会社と思われる方が多いかもしれないが、立川飛行機と聞けば古い世代の方ならわかるかもしれない。
立川飛行機は戦前において、中島飛行機、日立飛行機、三菱航空機と並び、軍用機を製造する会社としてその名を馳せた企業である。赤とんぼの愛称で親しまれた九五式一型練習機など多くの航空機の製造をこの立川の地で行った。
戦後立川基地は米軍の支配下に置かれ、1976年の横田基地への移転に伴い、国や立川飛行機に土地が返還された。今ではそのうちの一部が自衛隊立川駐屯地および国営昭和記念公園として整備され、立川飛行機はその後の幾多の変遷を伴いながら、2012年のMBO実施によって現在の立飛ホールディングスに生まれ変わっている。
もともと立川飛行場があったことから立飛ホールディングスは広大な土地を保有し、所有面積は東京ドーム21個分に相当する98万屐⇔川市全体の25分の1にも及ぶ。
立飛ホールディングスは、飛行機製造から不動産業に転身。敷地内に数多くの倉庫を運営するほか、海のない立川でビーチリゾートが楽しめる「タチヒビーチ」、バスケットBリーグや各種スポーツが楽しめる「アリーナ立川立飛」、「ドーム立川立飛」、店舗面積約6万屐240店舗が集う「ららぽーと立川立飛」など日々の生活をサポート、エンジョイできる施設を次々と展開している。
その立飛ホールディングスが新たに開発したのが「GREEN SPRINGS」だ。この土地は南北400m、東西100mにも及ぶ広大な国有地だったが2015年に入札が行われ、立飛ホールディングスが落札した。立川駅徒歩圏の広大な敷地は、開発用地を探すデベロッパーなどの垂涎の土地に見えたが、開発用途で住宅が認められなかったことから、有力なデベロッパーが参加を見送り、地元の雄、立飛ホールディングスが手に入れたのだ。
この地の開発は当初からストーリー性にあふれたものだった。4万屬發旅大な土地は国有地だったこともあり広大な草地だった。開発プランを練る間、放っておくと草は伸び放題。草刈りに手間取っているのを助けたのが、タレントの清水国明さんが瀬戸内海の島で飼育していたヤギだった。社員たちは総出で島までヤギを借り受けに行き、放牧された数十頭を捕獲して、立川に運んで放し飼いにしたという。効果はてきめん。地元ではしばらくの間、立川駅近にヤギがいる珍風景となっていたのだった。
同社は単なるオフィスや商業施設といったハコモノ開発を選択せずに、ウェルビーイング(Well Being)な街づくりを掲げて全く新たな街を創り上げている。
特徴的なのは敷地全体に人工地盤を新たに敷設、車は地上部分に駐車場を設けて集約し、人工地盤上の中央部分に1万屬傍擇峭大な広場を設置。広場の周囲には地上4階建て程度の9つの施設を設えた。この土地の容積率は500%なのだが、そのうちの150%しか建物面積に利用せず、350%を「空積率」と称して空と大地を確保するという、従来のデベロッパーやゼネコンでは思いもつかぬ発想で開発を行っている。
実際にこの街を歩くと人が中心であることを実感する。建物は広場や街路に向かって閉ざされるのではなく、「縁側」というコンセプトのもと、テラスやギャラリーを設け、開口部には横引きの折り戸や引き違い窓を多用。歩行者との間で違和感を覚えることなく建物内部と外部をつなげている。
また街路全体に多摩地区で自生する樹木や草花を配置し、ビオトープを設けてベンチに腰掛けて多摩の豊かな自然を体感できるようにしている。
広場を眺めながらのカフェやレストラン、またこの街で働くためのオフィスもその存在を消すかのようにひっそりと佇んでいる。この街ではとにかく空が広いのだ。
このほか客室数81室の滞在型ラグジュアリーホテル「SORANO HOTEL」や音楽他の多目的ホール「TACHIKAWA STAGE GARDEN」を開設。エリアを楽しみ、エンターテインメントやカルチャーを自由に発信できる施設を設けている点も特筆される。まさに人生をどう楽しく生きるかというライフスタイルの提言が敷地内の随所に垣間見えるのだ。
中央にある広場には立飛ホールディングスの歴史を汲んだ滑走路を模した遊歩道がクロスに伸び、その先が緩い階段となって音楽ホールの屋上に届く。それはまるで滑走路を飛び立つ飛行機をイメージしているかのようだ。階段と並行してカスケードがあり、水の音を聞きながら屋上に足を運ぶ。屋上はデッキになっていて昭和記念公園を見晴るかすことができる。
2023年11月、森ビルが約35年の月日をかけて開発した麻布台ヒルズがお目見えした。森ビルが発表した開発コンセプトは「緑に包まれ、人と人をつなぐ広場のような街」だ。
敷地面積は6万3900屐K禀杪罎箸いβ翆呂鯆催世謀豕メトロ神谷町駅のある桜田通りまでの傾斜地を使った大規模開発だ。ここに地上64階建ての森JPタワー、最上階の住戸が1戸2億ドル(280億円)と噂される地上54階建てのレジデンスA棟、地上64階建てのレジデンスB棟。レジデンス戸数は両棟合計で1400戸。A棟はアマン系列の超高級ホテルジャヌ東京がオープン。高級ブランドがひしめく3棟の商業施設、ギャラリー、ミュージアム、インターナショナルスクール、慶応大学予防医療センターなど延床面積86万1700屬砲盖擇峙霏腓併楡澤欧、立ち上がっている。
大型複合施設「麻布台ヒルス」の「森JPタワー」 時事通信社
森ビルによればこの敷地の中央には6000屬涼羆広場が設けられ、緑地面積は2万4000岾諒櫃気譴討い襪箸いΑまた森JPタワーの建設にあたって国際的環境認証プログラムの最高グレードにあたるプラチナ認証を獲得し、脱炭素社会の実現を図っているとのことだ。
筆者が実際に現地に足を運んでみると、開業直後ということもあってか、多くの客でごった返していた。商業施設の多くはテナント入居前で、やや寂しい印象はあるものの、六本木ヒルズや虎ノ門ヒルズの大規模開発で培った森ビルらしさを随所に感じ取れる開発であった。だが、一方でいつもの森ビルの「これでもか」といったてんこ盛りのコンセプトにやや食傷気味の自分がいることに気づかされる。
たしかに中央広場があって芝生の庭が設えられ、せせらぎがあるのだが、これがどうにもとってつけたような、言葉を変えるとあたかも“免罪符”のように存在していると感じられた。森ビルの宣伝動画では豊かな陽光を浴びた広場で外国人ファミリーがピクニックしているのだが、この広場に立つと、激しいビル風の洗礼を浴びる。掲げたスマートフォンが危うく吹き飛ばされるほどの風だ。とても広場で日光浴をする気にはなれない。
まるで広場を威圧するかのようにガラスカーテンウォールの壁面をむき出しにした巨大なビルが見下ろし、「人の営みがシームレスにつながる」というガーデンプラザもだらだらした上り坂。ガウディを彷彿とさせるようなデザインの石畳の街路と妙に互いが離れた店舗の裏道は夜間には少し怖いのではと連想させる。
環境認証にしても、移動にはエスカレーターが縦横無尽に張り巡らされ、エレベーターで地上330mまで引き上げ、これだけ鉄とコンクリート、ガラスの塊を集め、建物間に強烈なビル風を巻き起こす空間が「Green &Wellness」を標榜する開発コンセプトとあわせて面映ゆさを感じるのだ。
森ビルは今回の開発を「都市の中の都市=コンパクトシティ」と謳っているが、オフィスに入居するアンカーテナントはインドのタタグループ。1戸2億ドルのレジデンスを購入するのは中国、香港、台湾の超富裕層かもしれない。商業施設で高級ブランドを身に着け、5スターホテルで食事し、子息はインターナショナルスクール通い。森ビルの考える“街”の姿に、日本人の影は薄い。
一方、立川「GREEN SPRINGS」の夕闇は素敵だった。音楽ホールの屋上デッキから昭和記念公園の向こう、富士山をバックに陽が沈む。そこには学校帰りの女子高校生、仕事帰りのカップル、ウォーキングがてら立ち寄ったシニアの夫婦など、街に生きる多くの人たちの姿が見える光景だった。ビオトープの前ではベンチに座り、せせらぎに耳を傾ける女性、カスケード内のベンチに腰掛けてはしゃぐ中学生。これが本当の街の息吹なのではないだろうか。
容積率、投資効果、収益を追うことは資本主義の宿命だ。立川の開発について、あるデベロッパー首脳は「あんなものは道楽だ」と言い放った。もちろんほかに多くの用地を持つ立飛ホールディングスだからこそできた開発だということもできようが、道楽という表現はあてはまらない。 なぜならGREEN SPRINGSは確実に立川エリア全体の地域価値を上げているからだ。エリア内の多くの人が訪れ、楽しみ、寛ぐことができる街を実現している地域価値は、目先の利益ではない、未来に向けての大きな果実を実現するものなのだ。筆者としては、この両社の開発の将来を楽しみに見ていくことにしよう。(牧野 知弘)
容積率、投資効果、収益を追うことは資本主義の宿命だ。立川の開発について、あるデベロッパー首脳は「あんなものは道楽だ」と言い放った。もちろんほかに多くの用地を持つ立飛ホールディングスだからこそできた開発だということもできようが、道楽という表現はあてはまらない。
なぜならGREEN SPRINGSは確実に立川エリア全体の地域価値を上げているからだ。エリア内の多くの人が訪れ、楽しみ、寛ぐことができる街を実現している地域価値は、目先の利益ではない、未来に向けての大きな果実を実現するものなのだ。筆者としては、この両社の開発の将来を楽しみに見ていくことにしよう。
(牧野 知弘)

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

SNSでもご購読できます。