【渋澤 和世】特養に入った老妻が「薬の変更」で変わり果てた姿に…悪いのは施設か、家族か。在宅介護のエキスパートはこう考える

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東京都板橋区在住の秋田さん御夫婦は、高齢の二人暮らし。夫の文男さん(84歳:自立)が週に3回ほどデイサービスを利用しつつ、妻の千代子さん(82歳:要介護3)の生活を支えていました。ところが妻の認知症が進行し、夫の文男さんも身体を患い、思うように介護できる生活ではなくなってしまいました。希望者の多い特養に優先的に入れたのはよかったものの、千代子さんは状況が飲み込めず、病状は徐々に深刻になっていきます。
詳細はこちら〈認知症の80代老妻が「特養」に「優先入所」したところ、異変が…「老老介護」のやりきれない現実〉
ある朝、千代子さんが独り言をずっと繰り返し、目がうつろだったため、看護師に報告し、屯用薬として処方された統合失調症に効果のある薬を使いました。しかし午後には呂律がまわらなくなり、頭を前後に振る行動まで現れ始めました。
更に数日後には、自傷行為も出はじめます。今度は看護師も躊躇ったようで屯用薬は使わず、医療センター(精神科医)の往診の際に状況を説明し、統合失調症の薬は中止、メマリーは10mg継続と、新たに抗うつ病の薬が処方されることになりました。
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文男さんは言います。
「私のところに施設から妻の異変について連絡が来たとき、既に妻は唾液を垂れ流している変わり果てた姿でした。そこで初めて知ったのは、最初医療センターの往診を受けて以降、何回も薬の処方が増えていたのです。妻にうつ症状がでたときは屯用薬として統合失調症に効果のある薬が処方されていました。
元々私は薬に頼ることが嫌いなので、内服薬は少なめにしてほしいと思っているのですが、そういう意向を聞くこともなければ相談一つありません。そもそも介護職員の言動に左右されて薬の変更と増量されていくことに問題はないのでしょうか」
先の往診の後も、激しい頭の振りは収まりませんでした。このため、他の統合失調症の薬も処方されていったようです。こうした薬の変更はひと月ほど続き、なんとか頭を振るなどの行動は落ち着いてきたものの、ADL(日常生活動作)がどんどん低下していきました。さらにひと月後には食事も全介助に近い状態となり、更には嚥下に障害がでて食事の摂取量も減っていきました。
「施設は妻の症状が変わるごとに、その問題行動を医師に伝えてくれたこと自体を攻めるつもりはありません。ですが、妻がどんな状況なのか、どんな治療や薬を飲んでいるのかについては報告しないことが許せません。
食事も上手く食べられないからゼリー食の方が安心だと言われたのですが、施設の方が家よりも手厚い介護が受けられると思ってお金も払って任せていたのにあんまりです。これなら、充分な介護が出来なくても、在宅にいたままの方が良かったのではないかと思ってしまいますよ」(文男さん)
今では、この施設にしようと決めた自分が悪かったではないか、そもそも自分が病気にならなかったら妻の面倒が看られたのに……と夜も寝られないほど葛藤する日々が続いていると言います。
もちろん、施設も千代子さんに対し手を抜いていたわけではないでしょう。薬の副作用などにより千代子さんの容態が変わりすぎることに苦慮していたと思われます。
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担当の介護職員も、自分の説明が不十分だったのではないかと感じたのか、千代子さんが騒いだり、怒ったり、物を投げる様子をスマホで撮影して、医師に見せてはどうか、と文男さんに提案してきたそうです。
ただ、この提案は文男さん自身が断りました。自分の妻のそんな姿を、医者や介護の関係者とは言え、他人に共有されることは耐えられないと感じたからです。
しかし、こうしたやりとりの後、施設と文男さんとのコミュニケーションは徐々に改善していきました。
栄養の確保を最優先にゼリー状態でも口から食べ物をとることからスタート、家族の意向として薬は複数ではなくなるべく量と数を減らしてほしいことを医師にも徹底。薬ばかりに頼るのではなく本人の食べたい、話したい、外気に触れたいなどの希望を聞きつつ過ごせるような支援をしてくれることになったと言います。
最近の千代子さんは、入所したばかりの状態には戻り切れていませんが、顔に表情が出てきました。夫も時間のある時は面会に訪れ、一緒に車いすで散歩にでかけるようにもなりました。
しかし、ここにたどり着くまでに払った犠牲は少なくありません。
薬の調整によって、わずか数ヵ月で千代子さんの体調が急激に悪化したことは事実です。
「面会で妻が『なんで、私は生きているの?帰りたい、なんで家に戻れないの?』と何度も妻に問いかけられました。もし、自分が同じ立場だったら、同じことを考えたでしょう。
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そう思うと、涙が止まりません。ただ、他に選択肢があるかと言えば、ないんですよね。担当職員も限界だったことを考えると、担当職員に強く当たってしまったことを今となっては申し訳ないとも思います」(文男さん)
家族、施設側も千代子さんの幸せを願っての行動でしたが、結果として、食の楽しみを奪う、生き甲斐をなくすなど本人には負担となってしまいました。
もちろん千代子さん本人も、環境の変化にとまどっていたはずです。長年連れ添った夫が隣にいないことで、千代子さんのペースで話をしてくれる人もいなく、環境の変化にとまどい、認知症の進行やトラウマからの被害妄想が強く出てしまったのかもしれません。しかし、それを受け止めてベストな対応をするのが、専門家である施設の役目だと私は思います。
そして、家族も施設に任せきりにして、何か起こったら文句を言う、施設も本人の問題行動ばかりに焦点を当てずにできない。良い所ももっと気にかけて、家族の意向も定期的に確認するなどができていなかったことも反省として挙げられると思います。家族も施設もお互いにもっと寄り添うべきだったかもしれません。

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