パパから交際相手へ発展、パパ活女子を魅了「好きP」と呼ばれる“おじ”の納得の共通点とは

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’23年夏。男性から恋愛感情を利用して現金をだまし取った疑いで“頂き女子りりちゃん”と呼ばれた、いわゆるパパ活を行っていた女性が逮捕された。
“頂き女子”とは、パパ活をさらに悪質にしたもの。男性の恋愛感情を利用し、現金を“頂く”。パパ活女子と大差ないように思えるが、頂き女子の場合はその中に多くの“ウソ”が入る。
それでもなぜ、頂き女子にだまされてしまうのか。それは、仮にウソだとわかっていても、好意を寄せられると信じて疑わないからだ。
「今日は好きPとデートだから全然つらくない」
パパ活女子が好意を寄せる男性(パパ)のことを、「好きピ(若い女性が意中の男性を表す言葉)」ならぬ「好きP」と呼ぶ。私が出会ったパパ活女子は、複数の男性とパパ活をしていたが、その扱いは両者に天と地の差があった。
話を聞いていくと、そもそも「好きP」と呼ばれる存在を作る多くのパパ活女子たちは、パパ活を副業としていて、すべての時間をパパ活にフルベットしていない。つまり、パパ活初心者ではないものの、決して“プロ”ではない、中核層の存在だということに気が付いた。
「好きPとは外で手もつなぐし、自分からスキンシップだってとる。年上との疑似恋愛を楽しんでいる感じ。クソおじとは一緒に歩くのもイヤだから、絶対に手なんてつながない」
「好きP」は別格であり、きちんと“お手当(パパ活をする女性への対価)”を継続してくれるなら、本当に付き合ってもいいとさえ話す彼女。
しかし、パパ活女子の多くが嫌う、身体の関係を強要したり、交際や旅行を打診したりする「クソおじ」については、いかに金を引っぱれるか、自分に依存させるかだけを考え、そしてそんな彼らはATMでしかないと、嫌悪感たっぷりに話す。
彼女たちが“パパ”に許すボーダーラインは等しくない。それは当然のことである。
パパ活で出会って付き合う。まさに、パパにとって理想の最終着地点のように思うが、彼女らが心を許す「好きP」とは一体どんな存在なのか。
「好きP」をよりうまく説明するには「好きP」とは対照的な「クソおじ」について解説する方がわかりやすい。
『北風と太陽』というイソップ童話のひとつをご存じだろうか? 北風と太陽が、旅人の上着を脱がす勝負をする。 北風が強く吹けば吹くほど、旅人は上着を飛ばされまいと必死になる。次に太陽が照らすと、旅人は自ら上着を脱ぎだす。
この童話の解釈はさまざまだが、私はこの物語から“ムキになってもかえって逆効果”“臨機応変な判断能力がないやつは負ける”という教訓が学べると思っている。パパ活女子にとっての男性もそうだ。
「クソおじ」や「地雷P」と呼ばれる男性は、パパ活女子と深い関係になりたいが故に、私利私欲優先のアプローチを真正面から平気で行う。
例えば「好きになった」と自分の気持ちを伝えたり、「お手当なしで会える関係になりたい」「いつHできるの?」などと強要したりする行為は、パパ活女子からすれば嫌悪感しか抱かないもの。「クソおじ」は北風のように風を強く強く吹き、“パパ活”という関係性を取っ払おうとするのだ。
そうなると、パパ活女子はその関係性を強く意識させるよう、絶対に“パパ活”という関係を崩させまいとするどころか、好意は離れ警戒心は高まり、罪悪感をも抱かず金を搾取する対象として認定する。
追われれば全力で逃げたくなるのと同じであろう。
若い女性にお金を払って食事以上の関係を持つことができていない時点で、彼女たちの「好きP」になって無料で遊ぼうなんて道理は、簡単に通るわけがないのだ。
つまり、かみ砕くと、必死にならず自分ができることだけに徹することで、彼女たちは自ら上着を脱ぐのだ。
清潔感もないような男性の場合は、相手に不快感しか与えず論外なので、まずは身なりを整える。そして、女性に渡すお手当は減らさない。(お金ありきの関係なのだから、そもそも金をくれる人間の方が好印象になるのは当然のことである。)次に、だらだらと時間を引き伸ばさず、短い時間でサッと会う。集合・解散時間は守る。
以前、パパ活女子に「イケメンだったら、好きPになることはある?」と聞いたことがあるが、彼女は「ない。風俗の客がイケメンだったら喜ぶと思っているのが男性側だけなのと一緒。それは幻想。イケメンでも害を与えてくるなら、それは地雷。お金を継続的にくれないなら顔なんて関係ない」とのことだった。
そもそも顔がいいとか、お金を持っているとか、車を持っているとか、社会的地位があるなどは「良P」であって、はじめて有効になる手札なのである。
パパ活はあくまで虎視眈々とお手当を目当てに行う“仕事”。なのであれば、こちらはまずは“優良なカスタマー”になる他ない。好きになってもらおうなんておこがましい感情は捨て、「会っているときは楽しい時間を過ごせる人」になることだけを意識するべきなのだろう。
文:瑞姫

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