「お姉さまの背中を追われているように見える」 佳子さまのお気持ちを象徴する「スピーチでのご発言」とは?

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ニッポンから見れば地球の裏側にあたる南米ペルーをご訪問された、秋篠宮家の次女・佳子さま(28)。飛行機トラブルもあった上、現地での率直なご発言は賛否両論となるが、常にほほ笑みを欠かさない。そこには胸に秘めたる過去との“決別”が見え隠れしていて……。
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【写真を見る】「もはや家じゃなくて館!」 夫妻が引っ越すとされる2億円豪邸 御簾の向こうでお過ごしになる皇族が、われわれと同じ“等身大”のお言葉を発せられれば、それだけで世間にはさざ波が立つ。

「すごく壮大な景色で、写真では拝見したことがあったのですが、この場に立って見てみると、オーッという感じがすごくします。何か素敵な空気を感じます」 そう仰る佳子さまの眼下には、世界遺産マチュピチュの遺跡群が広がっていた。“日本の顔”として 今月1日から10日までの日程で南米ペルーを公式にご訪問された佳子さまにとって、4日に足を運ばれたインカ帝国時代の遺跡ご訪問は日程前半のハイライト。冒頭のご発言は、報道陣の問いかけに応じられた際のものだった。「自然体で率直な発言をなさる皇族が現れたことへの驚きと申しますか、新鮮な印象を受けました」 とは、ベテランの皇室ジャーナリストだ。「佳子さまのご感想は、優等生的で無味乾燥なものではないため、同世代の人々にも共感を得られやすいと思います。注目すべきは宮内庁が取材設定をした公の場で発言されたということでしょう。通常、カメラが回っている場面で、記者が事前の了解なく皇族の方々に声をおかけすることはできません。佳子さまも報道陣から質問が出ることを事前にお分かりになった上で、用意されたご回答だったことになりますね」笑みを絶やさず疲れの色も見せず「宮内庁が事前に打ち合わせるべき」 一方、このご発言を報じたウェブニュースのコメント欄をみると、〈ただの観光ならばそのくらいの感想でも良いんですが〉〈バラエティ番組のロケかと思った〉などと、冷ややかな意見も多い。ご発言を無批判に報じるマスコミに対しても“放送事故”だと言わんばかりの厳しい声が聞かれるが、先のジャーナリストは、「例えば、佳子さまが壮大な景色について『オーッという感じ』と率直な表現をお使いになりましたが、本来は『圧倒されました』などと口にされた方がよかったかもしれません。語彙力を含め、上皇后さまなどが身近だった年配の世代は、違和感を覚えているのだと思います」 こんな一幕もあったと明かすのは社会部デスクだ。「多くのマスコミが並ぶ前で、撮影の際の立ち位置が分からず戸惑われる佳子さまが、『ごめんなさい。どうしたら……』と報道陣に仰る場面もありました。本来はご発言の内容も含めて宮内庁がしっかり佳子さまと事前に打ち合わせるべきところ、サポートが十分になされていない印象を受けました」「ほほ笑みの王女」 実際、今回の南米ご訪問は開始早々から宮内庁のマネジメント能力が問われるトラブルが続出している。 今年は日本とペルーの国交樹立150年の節目で、ペルー政府から佳子さまが招待を受けられて現地の記念式典に出席なさるのが主な目的。ところが佳子さまは、羽田からペルーへの中継地点であるアメリカのヒューストンで、2度も機材トラブルに見舞われてしまう。 宮内庁やアテンドする外務省は急きょ、ペルー政府などに対し関連行事を当初の予定より1日遅れで行うべく調整。ようやくペルーの首都リマに到着されたのは現地時間の3日未明で、その午前中に記念式典へ着物姿で出席なさった佳子さまは、翌日にはリマから空路でインカ帝国の都だったクスコへと移動され、鉄道と車を乗り継がれてマチュピチュにお出ましになったのだ。 かの地はアンデス山脈の高地で海抜2400メートルの位置にあるため、過密スケジュールで寝不足となられて疲労がたまれば、高山病を発症なさるリスクも高まる。 そんな不安を抱かせないほど佳子さまは元気ハツラツ。周囲に笑顔をお見せになり、現地メディアから「ほほ笑みの王女」と称された。宮内庁も胸をなで下ろしていることだろうが、果たして現地報道を額面通り受け取っていいものだろうか。招待状が届かなかった?「佳子さまにあいさつできました! クスコの市役所に入られる際、遠くからですが“こんにちは”とお声をかけたら、こちらに笑顔で手を振ってくださったんです」 とは、ペルー在住の日系2世・野内(のうち)マリナさん。マチュピチュの観光地化に尽力した初代村長にして1969年に亡くなった野内与吉氏の末娘にあたる彼女は、こう振り返る。「4年前の眞子さんご訪問では日本大使館からクスコの日系人協会に招待状が送られてきたのですが、今回は届かなかったので何時ごろに佳子さまがお見えになるか分からず、会えるまでペルーと日本の国旗を手にしながら2時間ほど待ちました。市役所から帰られる際もお待ちしていたんですが、別のドアから出られたのかお会いできず残念でした」 同行した日本メディアも佳子さまがマチュピチュ村の現村長と面会なさり、日系移民が観光産業の礎を作った歴史の説明を受けられたことは報じたが、当時を知る日系人たちとのご交流はかなえられていなかったわけだ。 現地の日系人社会に詳しい関係者に聞くと、「眞子さんご訪問の際に面会したクスコの日系人協会会長らにも、今回は招待状が届きませんでした。佳子さまとの交流を楽しみにしていた日系人たちは、現地の役所に面会の申請書類を出したんですが、返事はなかったと嘆いていました」落胆の声も ブラジル、アメリカに次いで日系人が多いペルーでは、皇族が折に触れて日系人を気遣われ、交流を重ねられてきた。 今回の佳子さまも最初のご訪問地リマにある日系人協会主催の式典や、日系1世である新垣カマドさん(104)と言葉を交わされる機会はあったとはいえ、一部では面会がかなわない日系人とのスレ違いが起こっていたのだ。 こうした落胆の声は、佳子さまご本人ではなく、日程を仕切る役所に向けられるべきだが、当の宮内庁報道室に尋ねると、「歓迎式典の主催者であるクスコ市から日系人協会に招待状を送付したが、出席されていなかったようである」 と、食い違う言い分でどこか他人行儀なのだ。秋の園遊会に影響 宮内庁関係者が明かす。「今後は日程について、予備日を設けるなど対策が急務だとの声が内部で出ています。折も折、秋の園遊会に水を差す結果になってしまいましたので……」 11月2日に開催された秋の園遊会は、実に5年ぶりとあって、雅子妃も出席され、順調な回復ぶりを国民にアピールなさる絶好の機会だった。だが、佳子さまの機材トラブルと開催日が奇しくも重なり、皇室報道が分散して園遊会の印象が薄まってしまった感は否めない。「佳子さまの園遊会ご出席はペルー行きと重なるため無理でしたが、SNSなどでは“国民との交流より海外訪問を優先するのか”との批判が起きた上、どのみち機材トラブルで遅れたなら“園遊会に出てからでも間に合ったのでは”という無理筋な声まで出た。いずれにせよ、国民から不信の目を向けられるリスクを宮内庁は考慮すべきで、過去には10月中旬に園遊会を行った例もある。先月は国体関連のご公務もあり調整が難しく、結果的に11月2日になりましたが、どうにかできたのではと疑問が生じます」(同)「お姉さまの背中を追われているように見える」 ペルーへおたちになる前から何かと騒がしかったわけだが、2度目の海外ご訪問にたたれる佳子さまの胸元には、姉の眞子さんから譲られたとされるブローチが輝いており注目を集めた。 さる皇室ウォッチャーが指摘するには、「件のブローチは眞子さんがペルー訪問の際に着用していたものと同じデザインでした。クスコの寺院見学でも佳子さまは眞子さんから譲り受けられたエメラルドグリーンの洋服をお召しになり、お姉さまの思いを受け継ぐ強いご意志を感じました。ここ最近の佳子さまのご様子は、ひと足先に皇室を出て民間人となったお姉さまの背中を追われているように見えるところがあるのです」「ご両親への当てこすりに聞こえてしまう」 象徴的な出来事が先月下旬に都内で開かれた「ガールズメッセ2023」であった。会場に集ったガールスカウトたちを前に、佳子さまは真剣な面持ちで、「社会の中では、大人から子どもへ、無意識なものも含め、偏った思い込みが伝わっていることが多々あると感じます」 と話された上で、ジェンダー平等が実現して「誰もがより幅広い選択肢を持てる社会」になることを願うと明言なさったのである。「若い女性たちへのエールが目的だったとはいえ、佳子さまの口から発せられると、現状の皇室への問題提起、また佳子さまとの不仲が伝えられるご両親への当てこすりに聞こえてしまいます」(先の皇室ウォッチャー) 日程後半で、ペルー初の女性大統領となったディナ・ボルアルテ氏(61)と面会された佳子さまは、遠い世界で活躍する女性を前にご自身の将来へ思いをはせられたのではないか。トラブル続きで国民から厳しい視線を注がれてきた秋篠宮家と“決別”し、姉と同じく羽ばたく。そう誓われる旅になったとしてもおかしくはないのだ。「週刊新潮」2023年11月16日号 掲載
御簾の向こうでお過ごしになる皇族が、われわれと同じ“等身大”のお言葉を発せられれば、それだけで世間にはさざ波が立つ。
「すごく壮大な景色で、写真では拝見したことがあったのですが、この場に立って見てみると、オーッという感じがすごくします。何か素敵な空気を感じます」
そう仰る佳子さまの眼下には、世界遺産マチュピチュの遺跡群が広がっていた。
今月1日から10日までの日程で南米ペルーを公式にご訪問された佳子さまにとって、4日に足を運ばれたインカ帝国時代の遺跡ご訪問は日程前半のハイライト。冒頭のご発言は、報道陣の問いかけに応じられた際のものだった。
「自然体で率直な発言をなさる皇族が現れたことへの驚きと申しますか、新鮮な印象を受けました」
とは、ベテランの皇室ジャーナリストだ。
「佳子さまのご感想は、優等生的で無味乾燥なものではないため、同世代の人々にも共感を得られやすいと思います。注目すべきは宮内庁が取材設定をした公の場で発言されたということでしょう。通常、カメラが回っている場面で、記者が事前の了解なく皇族の方々に声をおかけすることはできません。佳子さまも報道陣から質問が出ることを事前にお分かりになった上で、用意されたご回答だったことになりますね」
一方、このご発言を報じたウェブニュースのコメント欄をみると、〈ただの観光ならばそのくらいの感想でも良いんですが〉〈バラエティ番組のロケかと思った〉などと、冷ややかな意見も多い。ご発言を無批判に報じるマスコミに対しても“放送事故”だと言わんばかりの厳しい声が聞かれるが、先のジャーナリストは、
「例えば、佳子さまが壮大な景色について『オーッという感じ』と率直な表現をお使いになりましたが、本来は『圧倒されました』などと口にされた方がよかったかもしれません。語彙力を含め、上皇后さまなどが身近だった年配の世代は、違和感を覚えているのだと思います」
こんな一幕もあったと明かすのは社会部デスクだ。
「多くのマスコミが並ぶ前で、撮影の際の立ち位置が分からず戸惑われる佳子さまが、『ごめんなさい。どうしたら……』と報道陣に仰る場面もありました。本来はご発言の内容も含めて宮内庁がしっかり佳子さまと事前に打ち合わせるべきところ、サポートが十分になされていない印象を受けました」
実際、今回の南米ご訪問は開始早々から宮内庁のマネジメント能力が問われるトラブルが続出している。
今年は日本とペルーの国交樹立150年の節目で、ペルー政府から佳子さまが招待を受けられて現地の記念式典に出席なさるのが主な目的。ところが佳子さまは、羽田からペルーへの中継地点であるアメリカのヒューストンで、2度も機材トラブルに見舞われてしまう。
宮内庁やアテンドする外務省は急きょ、ペルー政府などに対し関連行事を当初の予定より1日遅れで行うべく調整。ようやくペルーの首都リマに到着されたのは現地時間の3日未明で、その午前中に記念式典へ着物姿で出席なさった佳子さまは、翌日にはリマから空路でインカ帝国の都だったクスコへと移動され、鉄道と車を乗り継がれてマチュピチュにお出ましになったのだ。
かの地はアンデス山脈の高地で海抜2400メートルの位置にあるため、過密スケジュールで寝不足となられて疲労がたまれば、高山病を発症なさるリスクも高まる。
そんな不安を抱かせないほど佳子さまは元気ハツラツ。周囲に笑顔をお見せになり、現地メディアから「ほほ笑みの王女」と称された。宮内庁も胸をなで下ろしていることだろうが、果たして現地報道を額面通り受け取っていいものだろうか。
「佳子さまにあいさつできました! クスコの市役所に入られる際、遠くからですが“こんにちは”とお声をかけたら、こちらに笑顔で手を振ってくださったんです」
とは、ペルー在住の日系2世・野内(のうち)マリナさん。マチュピチュの観光地化に尽力した初代村長にして1969年に亡くなった野内与吉氏の末娘にあたる彼女は、こう振り返る。
「4年前の眞子さんご訪問では日本大使館からクスコの日系人協会に招待状が送られてきたのですが、今回は届かなかったので何時ごろに佳子さまがお見えになるか分からず、会えるまでペルーと日本の国旗を手にしながら2時間ほど待ちました。市役所から帰られる際もお待ちしていたんですが、別のドアから出られたのかお会いできず残念でした」
同行した日本メディアも佳子さまがマチュピチュ村の現村長と面会なさり、日系移民が観光産業の礎を作った歴史の説明を受けられたことは報じたが、当時を知る日系人たちとのご交流はかなえられていなかったわけだ。
現地の日系人社会に詳しい関係者に聞くと、
「眞子さんご訪問の際に面会したクスコの日系人協会会長らにも、今回は招待状が届きませんでした。佳子さまとの交流を楽しみにしていた日系人たちは、現地の役所に面会の申請書類を出したんですが、返事はなかったと嘆いていました」
ブラジル、アメリカに次いで日系人が多いペルーでは、皇族が折に触れて日系人を気遣われ、交流を重ねられてきた。
今回の佳子さまも最初のご訪問地リマにある日系人協会主催の式典や、日系1世である新垣カマドさん(104)と言葉を交わされる機会はあったとはいえ、一部では面会がかなわない日系人とのスレ違いが起こっていたのだ。
こうした落胆の声は、佳子さまご本人ではなく、日程を仕切る役所に向けられるべきだが、当の宮内庁報道室に尋ねると、
「歓迎式典の主催者であるクスコ市から日系人協会に招待状を送付したが、出席されていなかったようである」
と、食い違う言い分でどこか他人行儀なのだ。
宮内庁関係者が明かす。
「今後は日程について、予備日を設けるなど対策が急務だとの声が内部で出ています。折も折、秋の園遊会に水を差す結果になってしまいましたので……」
11月2日に開催された秋の園遊会は、実に5年ぶりとあって、雅子妃も出席され、順調な回復ぶりを国民にアピールなさる絶好の機会だった。だが、佳子さまの機材トラブルと開催日が奇しくも重なり、皇室報道が分散して園遊会の印象が薄まってしまった感は否めない。
「佳子さまの園遊会ご出席はペルー行きと重なるため無理でしたが、SNSなどでは“国民との交流より海外訪問を優先するのか”との批判が起きた上、どのみち機材トラブルで遅れたなら“園遊会に出てからでも間に合ったのでは”という無理筋な声まで出た。いずれにせよ、国民から不信の目を向けられるリスクを宮内庁は考慮すべきで、過去には10月中旬に園遊会を行った例もある。先月は国体関連のご公務もあり調整が難しく、結果的に11月2日になりましたが、どうにかできたのではと疑問が生じます」(同)
ペルーへおたちになる前から何かと騒がしかったわけだが、2度目の海外ご訪問にたたれる佳子さまの胸元には、姉の眞子さんから譲られたとされるブローチが輝いており注目を集めた。
さる皇室ウォッチャーが指摘するには、
「件のブローチは眞子さんがペルー訪問の際に着用していたものと同じデザインでした。クスコの寺院見学でも佳子さまは眞子さんから譲り受けられたエメラルドグリーンの洋服をお召しになり、お姉さまの思いを受け継ぐ強いご意志を感じました。ここ最近の佳子さまのご様子は、ひと足先に皇室を出て民間人となったお姉さまの背中を追われているように見えるところがあるのです」
象徴的な出来事が先月下旬に都内で開かれた「ガールズメッセ2023」であった。会場に集ったガールスカウトたちを前に、佳子さまは真剣な面持ちで、
「社会の中では、大人から子どもへ、無意識なものも含め、偏った思い込みが伝わっていることが多々あると感じます」
と話された上で、ジェンダー平等が実現して「誰もがより幅広い選択肢を持てる社会」になることを願うと明言なさったのである。
「若い女性たちへのエールが目的だったとはいえ、佳子さまの口から発せられると、現状の皇室への問題提起、また佳子さまとの不仲が伝えられるご両親への当てこすりに聞こえてしまいます」(先の皇室ウォッチャー)
日程後半で、ペルー初の女性大統領となったディナ・ボルアルテ氏(61)と面会された佳子さまは、遠い世界で活躍する女性を前にご自身の将来へ思いをはせられたのではないか。トラブル続きで国民から厳しい視線を注がれてきた秋篠宮家と“決別”し、姉と同じく羽ばたく。そう誓われる旅になったとしてもおかしくはないのだ。
「週刊新潮」2023年11月16日号 掲載

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