野口健さん「テントの中で溺死してしまう」「修羅場」【命の危機】だったことを明かす 「肺からシュワシュワと音」「苦しみに恐怖」

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アルピニストの野口健さんが自身のインスタグラムを更新。ネパールのマナスル峰遠征中に呼吸困難状態に陥って下山し、治療のため入院している様子を報告しました。【写真を見る】野口健さん「テントの中で溺死してしまう」「修羅場」【命の危機】だったことを明かす 「肺からシュワシュワと音」「苦しみに恐怖」野口さんは、入院初日の姿として、マスクを付けた写真をアップし「キャンプ2の下山中から異変がドカンと現れ、ヘロヘロになりながら夕方にキャンプ1へ。もう疲れたからキャンプ1で寝ようかなと思いながら血中酸素濃度を測ったら50パーセント台。これはヤバいとヘッドランプをつけてベースキャンプへ。」と綴ると「真っ暗闇の中、あのクレバス地帯をふらつきながら降るのは大変でした。最後は這いつくばるような、もう、そんな感じでした。」と投稿。

そして「ベースキャンプについて数時間後、容態は更に悪化し、酸素ボンベをテントに持ち込む。毎分2~3リッターで酸素吸入するものの咳が止まらずその勢いで吐いてしまう。マスクの掃除が大変でした。『テントの中で溺死してしまう』のではないかという苦しみに恐怖。テント内は修羅場と化してました。」と、明かしました。続けて「シェルパ達が体をさすってくれたり。涙を流すシェルパもいて、もう、本当に申し訳なかった…。シェルパたちに本当に助けられました。」と、綴りました野口さんは「以前、敗血症の経験があるので、あの時の症状に似ているなと。横になると咳が酷くなるので朝方まで正座しながらの酸素吸入。呼吸をしている時に肺からシュワシュワと泡が溶けて行く時のような音が聞こえてくる。」と投稿。そして「医学的知識はゼロですが、前回の敗血症の時に感じたあの容赦なく迫ってくる生命の危機というのかな、同じものを感じ、これは一回「脱出せねば」とシェルパに伝えたのが午前5時半。」「ちょうど中国隊の荷物をサマ村に下ろすヘリが6時過ぎからか、何度もピストンしていたので、そこに乗せて頂きサマ村へ。」「しかし、容態は然程変わらず。サマ村にいたインド隊の医師に診察して頂き『肺から水の音がする。肺水腫だろう』と。」「サマからカトマンズまでのヘリの確保もままならず、ただ、エイシアントレッキング(登山隊やトレッキングを手配するエージェント)が素早く動いてくれて、なんとかひと席を確保。」「詳細はいずれ書きますが、何か一つでもダメだったならばあの日のレスキューは実現しなかった。あの日にレスキューされなければ、おそらくアウトだっただろう。」と、当時の壮絶な状況を明かしました。野口さんは「カトマンズの病院に直行。聴診器の診察ではやはり肺水腫。次にレントゲン、CTと検査が続き、両方の肺には水は確認できず。」「しかし、両サイドとも真っ白。つまり肺炎。血液検査の結果、炎症反応、白血球の数値が異常に高く『敗血症に近い状況ではないか』と。それから抗生剤の点滴を5日間、打つことに。」と、報告。続けて「そして昨日になり、炎症反応や白血球の異常だった数値が落ち始めました。『敗血症までには至らず』とそんな説明だったかと思います。」「担当医も『あなたは直ぐにヘリコプターに乗れてラッキーだった。直ぐにレスキューされなければ危なかった』と。」と、綴りました。野口さんは「峠は越えましたので、ただ、依然、両サイドの肺は肺炎。話すと咳が止まらなくなるので、寡黙なアルピニストは今日も寡黙に窓からカトマンズの空を眺めています。」「退院の目処がたっていませんので、帰国はいつの日になるか分かりませんが、もう、ジタバタしても仕方がありませんので、じっくりと体を休めます。」と、記しました。そして「あ~マナスル。8月からエベレスト山域で約3週間の高所トレーニングをして、足もいい感じに仕上がり、そしてあのマナスルが奇跡の晴天続き。『これはやれる。4度目の正直なるか』と思った矢先のアクシデント。マナスルは… もうマナスルはやめよう。たぶん、相性というものがあるのだと思う。もちろん、ぼくの力不足なのですが。もう、マナスルはやめにします。 」「まずは、体を治します。お騒がせ致しました。」「そして今日からアタック体制に入ったAG隊の皆様の登頂と無事を願っております。」と、その思いを明かしています。【担当:芸能情報ステーション】
アルピニストの野口健さんが自身のインスタグラムを更新。ネパールのマナスル峰遠征中に呼吸困難状態に陥って下山し、治療のため入院している様子を報告しました。
【写真を見る】野口健さん「テントの中で溺死してしまう」「修羅場」【命の危機】だったことを明かす 「肺からシュワシュワと音」「苦しみに恐怖」野口さんは、入院初日の姿として、マスクを付けた写真をアップし「キャンプ2の下山中から異変がドカンと現れ、ヘロヘロになりながら夕方にキャンプ1へ。もう疲れたからキャンプ1で寝ようかなと思いながら血中酸素濃度を測ったら50パーセント台。これはヤバいとヘッドランプをつけてベースキャンプへ。」と綴ると「真っ暗闇の中、あのクレバス地帯をふらつきながら降るのは大変でした。最後は這いつくばるような、もう、そんな感じでした。」と投稿。

そして「ベースキャンプについて数時間後、容態は更に悪化し、酸素ボンベをテントに持ち込む。毎分2~3リッターで酸素吸入するものの咳が止まらずその勢いで吐いてしまう。マスクの掃除が大変でした。『テントの中で溺死してしまう』のではないかという苦しみに恐怖。テント内は修羅場と化してました。」と、明かしました。続けて「シェルパ達が体をさすってくれたり。涙を流すシェルパもいて、もう、本当に申し訳なかった…。シェルパたちに本当に助けられました。」と、綴りました野口さんは「以前、敗血症の経験があるので、あの時の症状に似ているなと。横になると咳が酷くなるので朝方まで正座しながらの酸素吸入。呼吸をしている時に肺からシュワシュワと泡が溶けて行く時のような音が聞こえてくる。」と投稿。そして「医学的知識はゼロですが、前回の敗血症の時に感じたあの容赦なく迫ってくる生命の危機というのかな、同じものを感じ、これは一回「脱出せねば」とシェルパに伝えたのが午前5時半。」「ちょうど中国隊の荷物をサマ村に下ろすヘリが6時過ぎからか、何度もピストンしていたので、そこに乗せて頂きサマ村へ。」「しかし、容態は然程変わらず。サマ村にいたインド隊の医師に診察して頂き『肺から水の音がする。肺水腫だろう』と。」「サマからカトマンズまでのヘリの確保もままならず、ただ、エイシアントレッキング(登山隊やトレッキングを手配するエージェント)が素早く動いてくれて、なんとかひと席を確保。」「詳細はいずれ書きますが、何か一つでもダメだったならばあの日のレスキューは実現しなかった。あの日にレスキューされなければ、おそらくアウトだっただろう。」と、当時の壮絶な状況を明かしました。野口さんは「カトマンズの病院に直行。聴診器の診察ではやはり肺水腫。次にレントゲン、CTと検査が続き、両方の肺には水は確認できず。」「しかし、両サイドとも真っ白。つまり肺炎。血液検査の結果、炎症反応、白血球の数値が異常に高く『敗血症に近い状況ではないか』と。それから抗生剤の点滴を5日間、打つことに。」と、報告。続けて「そして昨日になり、炎症反応や白血球の異常だった数値が落ち始めました。『敗血症までには至らず』とそんな説明だったかと思います。」「担当医も『あなたは直ぐにヘリコプターに乗れてラッキーだった。直ぐにレスキューされなければ危なかった』と。」と、綴りました。野口さんは「峠は越えましたので、ただ、依然、両サイドの肺は肺炎。話すと咳が止まらなくなるので、寡黙なアルピニストは今日も寡黙に窓からカトマンズの空を眺めています。」「退院の目処がたっていませんので、帰国はいつの日になるか分かりませんが、もう、ジタバタしても仕方がありませんので、じっくりと体を休めます。」と、記しました。そして「あ~マナスル。8月からエベレスト山域で約3週間の高所トレーニングをして、足もいい感じに仕上がり、そしてあのマナスルが奇跡の晴天続き。『これはやれる。4度目の正直なるか』と思った矢先のアクシデント。マナスルは… もうマナスルはやめよう。たぶん、相性というものがあるのだと思う。もちろん、ぼくの力不足なのですが。もう、マナスルはやめにします。 」「まずは、体を治します。お騒がせ致しました。」「そして今日からアタック体制に入ったAG隊の皆様の登頂と無事を願っております。」と、その思いを明かしています。【担当:芸能情報ステーション】
野口さんは、入院初日の姿として、マスクを付けた写真をアップし「キャンプ2の下山中から異変がドカンと現れ、ヘロヘロになりながら夕方にキャンプ1へ。もう疲れたからキャンプ1で寝ようかなと思いながら血中酸素濃度を測ったら50パーセント台。これはヤバいとヘッドランプをつけてベースキャンプへ。」と綴ると「真っ暗闇の中、あのクレバス地帯をふらつきながら降るのは大変でした。最後は這いつくばるような、もう、そんな感じでした。」と投稿。

そして「ベースキャンプについて数時間後、容態は更に悪化し、酸素ボンベをテントに持ち込む。毎分2~3リッターで酸素吸入するものの咳が止まらずその勢いで吐いてしまう。マスクの掃除が大変でした。『テントの中で溺死してしまう』のではないかという苦しみに恐怖。テント内は修羅場と化してました。」と、明かしました。続けて「シェルパ達が体をさすってくれたり。涙を流すシェルパもいて、もう、本当に申し訳なかった…。シェルパたちに本当に助けられました。」と、綴りました野口さんは「以前、敗血症の経験があるので、あの時の症状に似ているなと。横になると咳が酷くなるので朝方まで正座しながらの酸素吸入。呼吸をしている時に肺からシュワシュワと泡が溶けて行く時のような音が聞こえてくる。」と投稿。そして「医学的知識はゼロですが、前回の敗血症の時に感じたあの容赦なく迫ってくる生命の危機というのかな、同じものを感じ、これは一回「脱出せねば」とシェルパに伝えたのが午前5時半。」「ちょうど中国隊の荷物をサマ村に下ろすヘリが6時過ぎからか、何度もピストンしていたので、そこに乗せて頂きサマ村へ。」「しかし、容態は然程変わらず。サマ村にいたインド隊の医師に診察して頂き『肺から水の音がする。肺水腫だろう』と。」「サマからカトマンズまでのヘリの確保もままならず、ただ、エイシアントレッキング(登山隊やトレッキングを手配するエージェント)が素早く動いてくれて、なんとかひと席を確保。」「詳細はいずれ書きますが、何か一つでもダメだったならばあの日のレスキューは実現しなかった。あの日にレスキューされなければ、おそらくアウトだっただろう。」と、当時の壮絶な状況を明かしました。野口さんは「カトマンズの病院に直行。聴診器の診察ではやはり肺水腫。次にレントゲン、CTと検査が続き、両方の肺には水は確認できず。」「しかし、両サイドとも真っ白。つまり肺炎。血液検査の結果、炎症反応、白血球の数値が異常に高く『敗血症に近い状況ではないか』と。それから抗生剤の点滴を5日間、打つことに。」と、報告。続けて「そして昨日になり、炎症反応や白血球の異常だった数値が落ち始めました。『敗血症までには至らず』とそんな説明だったかと思います。」「担当医も『あなたは直ぐにヘリコプターに乗れてラッキーだった。直ぐにレスキューされなければ危なかった』と。」と、綴りました。野口さんは「峠は越えましたので、ただ、依然、両サイドの肺は肺炎。話すと咳が止まらなくなるので、寡黙なアルピニストは今日も寡黙に窓からカトマンズの空を眺めています。」「退院の目処がたっていませんので、帰国はいつの日になるか分かりませんが、もう、ジタバタしても仕方がありませんので、じっくりと体を休めます。」と、記しました。そして「あ~マナスル。8月からエベレスト山域で約3週間の高所トレーニングをして、足もいい感じに仕上がり、そしてあのマナスルが奇跡の晴天続き。『これはやれる。4度目の正直なるか』と思った矢先のアクシデント。マナスルは… もうマナスルはやめよう。たぶん、相性というものがあるのだと思う。もちろん、ぼくの力不足なのですが。もう、マナスルはやめにします。 」「まずは、体を治します。お騒がせ致しました。」「そして今日からアタック体制に入ったAG隊の皆様の登頂と無事を願っております。」と、その思いを明かしています。【担当:芸能情報ステーション】
野口さんは、入院初日の姿として、マスクを付けた写真をアップし「キャンプ2の下山中から異変がドカンと現れ、ヘロヘロになりながら夕方にキャンプ1へ。もう疲れたからキャンプ1で寝ようかなと思いながら血中酸素濃度を測ったら50パーセント台。これはヤバいとヘッドランプをつけてベースキャンプへ。」と綴ると「真っ暗闇の中、あのクレバス地帯をふらつきながら降るのは大変でした。最後は這いつくばるような、もう、そんな感じでした。」と投稿。
そして「ベースキャンプについて数時間後、容態は更に悪化し、酸素ボンベをテントに持ち込む。毎分2~3リッターで酸素吸入するものの咳が止まらずその勢いで吐いてしまう。マスクの掃除が大変でした。『テントの中で溺死してしまう』のではないかという苦しみに恐怖。テント内は修羅場と化してました。」と、明かしました。続けて「シェルパ達が体をさすってくれたり。涙を流すシェルパもいて、もう、本当に申し訳なかった…。シェルパたちに本当に助けられました。」と、綴りました野口さんは「以前、敗血症の経験があるので、あの時の症状に似ているなと。横になると咳が酷くなるので朝方まで正座しながらの酸素吸入。呼吸をしている時に肺からシュワシュワと泡が溶けて行く時のような音が聞こえてくる。」と投稿。そして「医学的知識はゼロですが、前回の敗血症の時に感じたあの容赦なく迫ってくる生命の危機というのかな、同じものを感じ、これは一回「脱出せねば」とシェルパに伝えたのが午前5時半。」「ちょうど中国隊の荷物をサマ村に下ろすヘリが6時過ぎからか、何度もピストンしていたので、そこに乗せて頂きサマ村へ。」「しかし、容態は然程変わらず。サマ村にいたインド隊の医師に診察して頂き『肺から水の音がする。肺水腫だろう』と。」「サマからカトマンズまでのヘリの確保もままならず、ただ、エイシアントレッキング(登山隊やトレッキングを手配するエージェント)が素早く動いてくれて、なんとかひと席を確保。」「詳細はいずれ書きますが、何か一つでもダメだったならばあの日のレスキューは実現しなかった。あの日にレスキューされなければ、おそらくアウトだっただろう。」と、当時の壮絶な状況を明かしました。野口さんは「カトマンズの病院に直行。聴診器の診察ではやはり肺水腫。次にレントゲン、CTと検査が続き、両方の肺には水は確認できず。」「しかし、両サイドとも真っ白。つまり肺炎。血液検査の結果、炎症反応、白血球の数値が異常に高く『敗血症に近い状況ではないか』と。それから抗生剤の点滴を5日間、打つことに。」と、報告。続けて「そして昨日になり、炎症反応や白血球の異常だった数値が落ち始めました。『敗血症までには至らず』とそんな説明だったかと思います。」「担当医も『あなたは直ぐにヘリコプターに乗れてラッキーだった。直ぐにレスキューされなければ危なかった』と。」と、綴りました。野口さんは「峠は越えましたので、ただ、依然、両サイドの肺は肺炎。話すと咳が止まらなくなるので、寡黙なアルピニストは今日も寡黙に窓からカトマンズの空を眺めています。」「退院の目処がたっていませんので、帰国はいつの日になるか分かりませんが、もう、ジタバタしても仕方がありませんので、じっくりと体を休めます。」と、記しました。そして「あ~マナスル。8月からエベレスト山域で約3週間の高所トレーニングをして、足もいい感じに仕上がり、そしてあのマナスルが奇跡の晴天続き。『これはやれる。4度目の正直なるか』と思った矢先のアクシデント。マナスルは… もうマナスルはやめよう。たぶん、相性というものがあるのだと思う。もちろん、ぼくの力不足なのですが。もう、マナスルはやめにします。 」「まずは、体を治します。お騒がせ致しました。」「そして今日からアタック体制に入ったAG隊の皆様の登頂と無事を願っております。」と、その思いを明かしています。【担当:芸能情報ステーション】
そして「ベースキャンプについて数時間後、容態は更に悪化し、酸素ボンベをテントに持ち込む。毎分2~3リッターで酸素吸入するものの咳が止まらずその勢いで吐いてしまう。マスクの掃除が大変でした。『テントの中で溺死してしまう』のではないかという苦しみに恐怖。テント内は修羅場と化してました。」と、明かしました。
続けて「シェルパ達が体をさすってくれたり。涙を流すシェルパもいて、もう、本当に申し訳なかった…。シェルパたちに本当に助けられました。」と、綴りました
野口さんは「以前、敗血症の経験があるので、あの時の症状に似ているなと。横になると咳が酷くなるので朝方まで正座しながらの酸素吸入。呼吸をしている時に肺からシュワシュワと泡が溶けて行く時のような音が聞こえてくる。」と投稿。

そして「医学的知識はゼロですが、前回の敗血症の時に感じたあの容赦なく迫ってくる生命の危機というのかな、同じものを感じ、これは一回「脱出せねば」とシェルパに伝えたのが午前5時半。」「ちょうど中国隊の荷物をサマ村に下ろすヘリが6時過ぎからか、何度もピストンしていたので、そこに乗せて頂きサマ村へ。」「しかし、容態は然程変わらず。サマ村にいたインド隊の医師に診察して頂き『肺から水の音がする。肺水腫だろう』と。」「サマからカトマンズまでのヘリの確保もままならず、ただ、エイシアントレッキング(登山隊やトレッキングを手配するエージェント)が素早く動いてくれて、なんとかひと席を確保。」「詳細はいずれ書きますが、何か一つでもダメだったならばあの日のレスキューは実現しなかった。あの日にレスキューされなければ、おそらくアウトだっただろう。」と、当時の壮絶な状況を明かしました。野口さんは「カトマンズの病院に直行。聴診器の診察ではやはり肺水腫。次にレントゲン、CTと検査が続き、両方の肺には水は確認できず。」「しかし、両サイドとも真っ白。つまり肺炎。血液検査の結果、炎症反応、白血球の数値が異常に高く『敗血症に近い状況ではないか』と。それから抗生剤の点滴を5日間、打つことに。」と、報告。続けて「そして昨日になり、炎症反応や白血球の異常だった数値が落ち始めました。『敗血症までには至らず』とそんな説明だったかと思います。」「担当医も『あなたは直ぐにヘリコプターに乗れてラッキーだった。直ぐにレスキューされなければ危なかった』と。」と、綴りました。野口さんは「峠は越えましたので、ただ、依然、両サイドの肺は肺炎。話すと咳が止まらなくなるので、寡黙なアルピニストは今日も寡黙に窓からカトマンズの空を眺めています。」「退院の目処がたっていませんので、帰国はいつの日になるか分かりませんが、もう、ジタバタしても仕方がありませんので、じっくりと体を休めます。」と、記しました。そして「あ~マナスル。8月からエベレスト山域で約3週間の高所トレーニングをして、足もいい感じに仕上がり、そしてあのマナスルが奇跡の晴天続き。『これはやれる。4度目の正直なるか』と思った矢先のアクシデント。マナスルは… もうマナスルはやめよう。たぶん、相性というものがあるのだと思う。もちろん、ぼくの力不足なのですが。もう、マナスルはやめにします。 」「まずは、体を治します。お騒がせ致しました。」「そして今日からアタック体制に入ったAG隊の皆様の登頂と無事を願っております。」と、その思いを明かしています。【担当:芸能情報ステーション】
そして「医学的知識はゼロですが、前回の敗血症の時に感じたあの容赦なく迫ってくる生命の危機というのかな、同じものを感じ、これは一回「脱出せねば」とシェルパに伝えたのが午前5時半。」「ちょうど中国隊の荷物をサマ村に下ろすヘリが6時過ぎからか、何度もピストンしていたので、そこに乗せて頂きサマ村へ。」「しかし、容態は然程変わらず。サマ村にいたインド隊の医師に診察して頂き『肺から水の音がする。肺水腫だろう』と。」「サマからカトマンズまでのヘリの確保もままならず、ただ、エイシアントレッキング(登山隊やトレッキングを手配するエージェント)が素早く動いてくれて、なんとかひと席を確保。」「詳細はいずれ書きますが、何か一つでもダメだったならばあの日のレスキューは実現しなかった。あの日にレスキューされなければ、おそらくアウトだっただろう。」と、当時の壮絶な状況を明かしました。
野口さんは「カトマンズの病院に直行。聴診器の診察ではやはり肺水腫。次にレントゲン、CTと検査が続き、両方の肺には水は確認できず。」「しかし、両サイドとも真っ白。つまり肺炎。血液検査の結果、炎症反応、白血球の数値が異常に高く『敗血症に近い状況ではないか』と。それから抗生剤の点滴を5日間、打つことに。」と、報告。続けて「そして昨日になり、炎症反応や白血球の異常だった数値が落ち始めました。『敗血症までには至らず』とそんな説明だったかと思います。」「担当医も『あなたは直ぐにヘリコプターに乗れてラッキーだった。直ぐにレスキューされなければ危なかった』と。」と、綴りました。野口さんは「峠は越えましたので、ただ、依然、両サイドの肺は肺炎。話すと咳が止まらなくなるので、寡黙なアルピニストは今日も寡黙に窓からカトマンズの空を眺めています。」「退院の目処がたっていませんので、帰国はいつの日になるか分かりませんが、もう、ジタバタしても仕方がありませんので、じっくりと体を休めます。」と、記しました。そして「あ~マナスル。8月からエベレスト山域で約3週間の高所トレーニングをして、足もいい感じに仕上がり、そしてあのマナスルが奇跡の晴天続き。『これはやれる。4度目の正直なるか』と思った矢先のアクシデント。マナスルは… もうマナスルはやめよう。たぶん、相性というものがあるのだと思う。もちろん、ぼくの力不足なのですが。もう、マナスルはやめにします。 」「まずは、体を治します。お騒がせ致しました。」「そして今日からアタック体制に入ったAG隊の皆様の登頂と無事を願っております。」と、その思いを明かしています。【担当:芸能情報ステーション】
野口さんは「カトマンズの病院に直行。聴診器の診察ではやはり肺水腫。次にレントゲン、CTと検査が続き、両方の肺には水は確認できず。」「しかし、両サイドとも真っ白。つまり肺炎。血液検査の結果、炎症反応、白血球の数値が異常に高く『敗血症に近い状況ではないか』と。それから抗生剤の点滴を5日間、打つことに。」と、報告。
続けて「そして昨日になり、炎症反応や白血球の異常だった数値が落ち始めました。『敗血症までには至らず』とそんな説明だったかと思います。」「担当医も『あなたは直ぐにヘリコプターに乗れてラッキーだった。直ぐにレスキューされなければ危なかった』と。」と、綴りました。
野口さんは「峠は越えましたので、ただ、依然、両サイドの肺は肺炎。話すと咳が止まらなくなるので、寡黙なアルピニストは今日も寡黙に窓からカトマンズの空を眺めています。」「退院の目処がたっていませんので、帰国はいつの日になるか分かりませんが、もう、ジタバタしても仕方がありませんので、じっくりと体を休めます。」と、記しました。そして「あ~マナスル。8月からエベレスト山域で約3週間の高所トレーニングをして、足もいい感じに仕上がり、そしてあのマナスルが奇跡の晴天続き。『これはやれる。4度目の正直なるか』と思った矢先のアクシデント。マナスルは… もうマナスルはやめよう。たぶん、相性というものがあるのだと思う。もちろん、ぼくの力不足なのですが。もう、マナスルはやめにします。 」「まずは、体を治します。お騒がせ致しました。」「そして今日からアタック体制に入ったAG隊の皆様の登頂と無事を願っております。」と、その思いを明かしています。【担当:芸能情報ステーション】
野口さんは「峠は越えましたので、ただ、依然、両サイドの肺は肺炎。話すと咳が止まらなくなるので、寡黙なアルピニストは今日も寡黙に窓からカトマンズの空を眺めています。」「退院の目処がたっていませんので、帰国はいつの日になるか分かりませんが、もう、ジタバタしても仕方がありませんので、じっくりと体を休めます。」と、記しました。
そして「あ~マナスル。8月からエベレスト山域で約3週間の高所トレーニングをして、足もいい感じに仕上がり、そしてあのマナスルが奇跡の晴天続き。『これはやれる。4度目の正直なるか』と思った矢先のアクシデント。マナスルは… もうマナスルはやめよう。たぶん、相性というものがあるのだと思う。もちろん、ぼくの力不足なのですが。もう、マナスルはやめにします。 」「まずは、体を治します。お騒がせ致しました。」「そして今日からアタック体制に入ったAG隊の皆様の登頂と無事を願っております。」と、その思いを明かしています。【担当:芸能情報ステーション】
そして「あ~マナスル。8月からエベレスト山域で約3週間の高所トレーニングをして、足もいい感じに仕上がり、そしてあのマナスルが奇跡の晴天続き。『これはやれる。4度目の正直なるか』と思った矢先のアクシデント。マナスルは… もうマナスルはやめよう。たぶん、相性というものがあるのだと思う。もちろん、ぼくの力不足なのですが。もう、マナスルはやめにします。 」「まずは、体を治します。お騒がせ致しました。」「そして今日からアタック体制に入ったAG隊の皆様の登頂と無事を願っております。」と、その思いを明かしています。

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