がんの宣告を受けた父に、最初で最後と我儘を言った。「バージンロードを歩いてほしい」1分も満たない時間だが、十分だった

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がんと告知された時の不安、がんと共にきる決意、そしてがんの経験を通して変化したきなど、葉だけでは伝えきれない想いを絵画・写真・絵紙で表現する「場」があります。がんサバイバーの方の思いが詰まった作品を紹介します。
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父ががん宣告をされてから数年後、私は父に最初で最後の我儘を言った。「バージンロードを歩いてほしい」
父は目立つことを嫌い、自分のペースを崩されることを嫌う人だった。母と結婚する時、両家顔合わせの空気に耐えられず逃げ出した父。家族旅行の時、こちらの様子お構いなしに一人で先に行き「遅い!」と不機嫌になった父。小学生の時、キャッチボールをした帰り道、父と手を繋ごうと隣へ駆け寄った私を「歩きにくいから」と制し、私の前を黙々と歩いた父。
そんな背中を追いかけて過ごした二十数年間。言葉数少なく、干渉せず、この距離感が私たち親子なのだと自分に言い聞かせてきた。だけど一度くらい親子らしく父と並んで歩きたい、そう思った。
その日は11月にしては暖かい日だった。おかげで父の体調もいつもより良く、無事結婚式に出席することができた。緊張でお互い言葉を発しないまま、ついにその時が来た。チャペルの扉が開き、パイプオルガンの音色が聴こえてくる。骨ばった父の腕に手を添え、一歩、また一歩足を進めるごとに私は心の中で父に語りかけた。
「お父さん、緊張してる?」「みんなに注目されるの嫌だったかな」「私の我儘につきあってくれてありがとね」「こうして隣を歩くの初めてなんだよ」「お父さんの腕、こんなに細くなってたんだね」「今ふらついたね、大丈夫?」「ああ、もうすぐ終わりだね」時間にすれば1分にも満たない短い時間だったが、十分だった。
次の日改めて父にお礼のメールをすると、「バージンロードを歩かせてくれてありがとう」と返ってきた。
我儘を言ってよかった気持ちを知ることができてよかった隣を歩けてよかったお父さんの子でよかった
第13回 リリー・オンコロジー・オン・キャンバスがんと生きる、わたしの物語。コンテスト 受賞作品一覧
・絵画部門最優秀賞『きらきらゆらゆら悔いなく自分らしく』・絵画部門優秀賞『おかあさん ありがとう』・絵画部門入選『再生した私』・絵画部門入選『また逢う日まで』・写真部門最優秀賞『焼きおむすび』

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