廃虚旅館を「お化け屋敷」に再生 鳥取藩主の温泉郷に活気を

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江戸時代には鳥取藩主専用の湯が設けられた由緒ある温泉地でありながら、近年客足の落ち込みが続く鳥取市の吉岡温泉が今夏、廃虚となった元旅館を活用して温泉街の再生に乗り出した。
「デストピア(暗黒世界)吉岡」と名付け、元旅館1棟を丸ごとお化け屋敷に仕立てた。くすんだ外壁やこぼれ落ちる内壁、館内に充満するカビ臭さ。本来ならマイナスとなるこうした要因を逆手にとって恐怖を演出。2025年大阪・関西万博やアフターコロナのインバウンド誘客を見据えてにぎわいを取り戻すとしている。
10年前から「本物の廃虚」
お化け屋敷の屋号は「フクジュエン(福寿苑)」。
約10年前に廃業し、その後、放置状態となっている。幸福や長寿を連想させる縁起の良い名称とお化け屋敷のミスマッチが、かえって怖さを増幅させる。3階建てで、お化け屋敷として大浴場や大広間、一部の客室に仕掛けを施した。
「ここで昔、殺戮(さつりく)があった。そこに犯人がひそんでいるという情報が入った。館内には、新たな殺戮を防ぐためのキーワード5文字が隠されている。そのキーワードを解き明かせ」
入場者にはこんなミッションが与えられ、警備員に扮(ふん)して各部屋を巡回する-そんな設定だ。
お化け屋敷の運営にあたるのは、温泉街の活性化を目的に吉岡温泉の有志が設立した合同会社「TUGIHAGI(ツギハギ)」。昨年春から同温泉の活性化に取り組んでいる観光地域づくり法人「麒麟のまち観光局」(鳥取市)と連携して開設した。
同法人によると、世界的に大きな市場を有するホラーエンターテインメントは、吉岡温泉の古い街並みや廃虚となった旅館にマッチするという。同温泉では、廃業した旅館の活用が大きな課題となっており、お化け屋敷を現実的なアイデアととらえた。
発案したのは同法人の情報発信を担う企業で、同法人の田村正弘専務理事は「作り物ではない本物の廃虚を使ったお化け屋敷」と自信をみせる。
客の6割は関西圏から
吉岡温泉は平安時代の応和2(962)年に発見されたと伝わる。源泉の温度は53度と高めで、鳥取市中心部から車で20分ほどの場所に位置し「鳥取の奥座敷」とも呼ばれる。江戸時代には32万石の鳥取藩を治めた池田家が専用の休泊施設を設けた。昭和41年には国民保養温泉地に指定され、県内のほか大阪、神戸など関西一円から湯治客を集めた。
「吉岡温泉の歴史と文化」(伊藤康晴氏著、吉岡温泉町自治会発行)によると、戦後間もない昭和20年から24年までの間に、同温泉の「柊旅館」(現在は廃業)の宿泊客は地元の鳥取県3割に対し、大阪や兵庫、京都、岡山など京阪神を中心とした関西が6割強で、県外にも名の知れた温泉だったことを物語る。
最盛期は昭和45~50年ごろで、旅館数は20軒を超え、訪れる観光客は年間約18万人に達した。ところが、平成はじめのバブル経済崩壊ごろから落ち込みが顕著になり、平成27年には年間約2万6千人にまで減少したという。背景には、観光バスによる団体旅行から個人旅行へと旅行スタイルの変化があり、旅館は相次いで閉館に追い込まれ現在は10館と半減している。
日帰り入浴施設を建設
「地域活性化事業の第1弾として吉岡温泉を選んだ。やる気のある人がいたことと、新たな事業に自らお金を出す自立心があったことが理由だ」
田村専務理事はこう打ち明ける。同法人は、日本海に臨む鳥取市や兵庫県香美町など鳥取、兵庫両県7市町の観光の司令塔の役割を担っているが、地域を絞った活性化事業に取り組むのは今回が初めてで、吉岡温泉活性化の具体策としては廃旅館の活用とキャラクター活用による情報発信を打ち出している。事業規模は1850万円で、観光庁などからの補助金のほかに同法人と合同会社「ツギハギ」が資金を出している。
吉岡温泉では平成29年、近隣に高速道のインターチェンジができることを踏まえ、地元の自治会が「吉岡温泉グランドデザイン」を策定した。この計画に基づき、同自治会は再生に向けた第一弾として日帰り入浴が楽しめる温泉会館「一ノ湯」を建設した。鳥取藩主の湯壺の名称を引き継いで命名された湯で、その館長に就任したのが、のちに「ツギハギ」の代表社員となる松浦聡子さんだった。
松浦さんは同温泉町内に居住する男性と結婚。温泉旅館とは縁もゆかりもなかったが、自治会の会合に出たことをきっかけに、吉岡温泉の再生に携わることになり、今は同法人と連携した活性化の中心にいる。「大阪・関西万博、アフターコロナのインバウンド誘客もターゲット。吉岡の静かな環境は京阪神のお客さんからも人気があるようだ」と話す松浦さん。同温泉ではお化け屋敷に続き、地域内の散策ルートの整備などが進んでいる。
一方、同法人は、キャラクターとして「Vtuber(Vチューバー)」を活用した温泉グッズ作りなどを次の一手として構想しており、将来的には吉岡温泉で確立させた活性化手法を別の温泉地で展開することももくろむ。田村専務理事は「Vチューバーの名前は『すたれ娘』。地元は最初『廃れ』に抵抗はあったようだが、今は理解が得られている。すたれ娘と吉岡温泉の成長をともに実現させていきたい」と力を込めた。(松田則章)

お化け屋敷は9月末までの金曜から日曜の毎週末と祝日営業(料金は2千円)。

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