劇的なビフォーアフター写真がたびたびネットで話題になる人物がいる。ボディビルダーの“しらぴょん”こと、白石進氏(52)だ。
【画像】52歳とは思えない肉体…しらぴょんさんの写真をすべて見る(37枚) 2014年から本格的にトレーニングを始めたという彼に、離婚後の荒んだ生活、筋トレに没頭するきっかけ、コンテストが導いた再婚について、話を聞いた。(全2回の1回/2回目を読む)しらぴょんさん◆ ◆ ◆「ガタイのいい人」のつもりでいたものの…ーー実際にお会いして、写真で見るよりもがっしりしていて驚きました。ネットによくアップされている「ビフォー写真」のような体型になったのは、いつ頃ですか。
しらぴょん 社会人になってからですね。いちばん最初に働いた会社が外食チェーンの会社で、辞めるまでの2年間はプライベートな時間がほとんどなかったんです。転職して事務機器の営業周りを始めたら時間に余裕ができて、いままで忙しすぎた反動で飲むようになったんですね。そこから、どんどん運動しなくなっていって。 2001年に31歳で結婚して、それからは飲みに行く回数はだいぶ減りましたけど。ーーどちらかというと、飲むほうがお好きだった?しらぴょん 食べるのも大好きですね。奥さんにちゃんとしたご飯も作ってもらっていたので、酷い食生活を送っていたわけではなかったんです。ただ、運動していないのに、昔と同じようなものを食べていた。それが一番いけなかったと思いますね。 大学でアメフトをやっていて、その頃は夜中にラーメンを食べてもお菓子を食べてもぜんぜん太らなかったんです。逆に太りたかったくらいだったんですよ。いくら食べても、体重がちっとも増えなかったので。ーーでは、その頃のマインドで食べていたわけですね。しらぴょん そうです。食べたいものを、食べたい時に、食べたいだけ食べる。食生活を変えないまま運動量を減らしたら、どんどんと。ーーふくよかに。しらぴょん ただ、当時はふくよかになったとも小太りだとも思っていませんでしたね。私は身長が172cmなんですけど、当時の体重は83kgまでなっていて。それでも、昔スポーツをやっていたガタイのいい人のつもりでいたので。髪の毛もヘンテコリンだったけど、自分のなかではいい感じに仕上がっていると思ってましたから。ーー薄毛も社会人になってから進行した感じでしょうか?しらぴょん いや、社会人になってからではなくて大学時代。大学の時に頭頂部が薄くなっていたみたいで。自分ではわかってなかったんですけど、まわりは「危ない、危ない」って。まさか本当に危なくなるとは(笑)。 転職してから自分でも少し気になり出して、オールバックにして隠していたんですけど、固めすぎてよけいに目立っていましたね。で、結婚したあたりで、ちょっと短めにして。ーー現在のように剃り上げるのは、営業というお仕事ゆえに厳しかった?しらぴょん 家族の希望もあって、坊主にはしなかったんですよね。鏡を見て「あれ?」ーーいろいろと気になるところを「変えたいな」と思い立ったのは、離婚されてからですか。しらぴょん 44歳で離婚をして、そこから8ヶ月ぐらい飲むようになって。ちょっと、同僚たちに「アル中じゃないか」と心配される状態になっちゃったんですよね。朝、出社したらすこし酒くさかったこともあって、上司に怪訝な顔をされたり。 その時ですね。ふと体を見てみたら、自分が思っているような体じゃないなというのに気づいて。ーーちなみに酒量というのは、どれぐらい?しらぴょん どれぐらいだろう。1日3軒とか回ったりしてましたかね。仕事が終わって家に帰って、とりあえず車を置いて、飲みに行く。夕飯で1軒か2軒で、最後にもう1軒寄って家に帰るというルーティン。ビール換算で、毎日10杯ぐらい飲んでいたんじゃないですかね。 おつまみ程度とはいえ、3軒回ったら3軒それぞれでなにかしら食べて。家でひとり、飲んでは吐くようなこともしていたので。ーー離婚のショックを和らげたいがゆえの深酒だったのですか。しらぴょん 自分に考える時間を一切与えないために飲んでました。時間があると「ああすればよかった、こうすればよかった」とか「もっとなにか方法があったのか」とか「なんで俺は、いまひとりなんだろう」とか、そういうことばっかり考えちゃうので。 もう、自分のことは全否定というか。仕事もプライベートもダメな人間になっちゃったなと思って。そこまで仕事もできるほうじゃなかったけど、これでプライベートもダメなら本当にダメダメだなと。ーーそうしたなかで「自分が思っているような体じゃないな」とハッとされた。しらぴょん 飲んで帰って、次の日の朝なんかに鏡を見て「ちょっと体が違ってきてるな……」と。時々でしたけど、ジムには通っていたんですよ。で、ジムで「ベストボディ・ジャパン」というボディコンテストのポスターを目にしたら、18歳から29歳、30代、40代と年代別に分かれてコンテストをやると書いてあって。「40代なら自分もいけるんじゃないか」と。 けど、改めてポスターの人たちと自分を見比べたら、あまりにも違いすぎて「こりゃ駄目だ」と。ーーそれでもあきらめなかったということですよね。しらぴょん 書類選考を通ってステージに上がりたいなという気持ちが出てきて、3ヶ月掛けて体を作って応募しました。時期的な話をすると、ポスターを見たのが2014年の12月頃で、大会が2015年の5月。2015年の2月か3月までに書類を出さなきゃいけないので、まず2ヶ月で12kg落として。 書類は通って、自分でもいけると思っていたんですけど、あえなく予選落ちしました。2ヶ月で12kgを減量した方法ーー2ヶ月で12kg減を可能にしたトレーニングは、どういったメニューを。しらぴょん ベンチプレスとか腹筋運動とか、自分がわかる範囲のものを。正直、名前も知らないけど「こういうフォームでやるヤツあったよな」みたいなノリで。 大学が体育学科だったので、ある程度の知識はないことはなかったんですけど、トレーニングについてはしっかりと勉強してなかったので完全に我流でしたね。ーージムへ通っていた頻度は。しらぴょん その頃はお酒を飲む回数は減らしてはないんですけど、日にビール10杯だったのを、3杯とか4杯までに量を減らして。ジムには、いきなり週に5~6回は行くようになってました。1回につき、トレーニングは2時間以内というのを目安に。それ以上やると、飲みに行く時間がなくなっちゃうので。ーーあくまで飲みがベースで。しらぴょん そうそう(笑)。いまでも飲むのは好きで、700mlのウイスキーを買ってきては、それを1週間持たそうと頑張ったりしてます。ーー食事量も減らしましたか?しらぴょん 一気に減らしましたね。食事についても、なんの知識もなかったので、最初はただ減らすだけ。痩せようとして炭水化物を減らす方って多いじゃないですか。それをそのままやっていて、本当に野菜と鶏肉だけを食べる生活をしていました。あまりにもフラフラしてきて、さすがにこれはダメだと1日1個ぐらいおにぎりを食べるようにしたんですけど。ーー炭水化物は筋トレするうえでも大事と言われていますよね。しらぴょん 摂らないと筋肉は大きくならないと、自分では思っています。それは私も筋トレを始めて2年以上経ってから気づいたんですけど。だから、当時はジムへ週5~6回といっても、ただ単に痩せただけ。無駄なぜい肉をそぎ落としてみたら、普通の人ぐらいにはなってきた、みたいな。 ただ単に痩せたいんだったら炭水化物を減らすのもいいとは思いますけど、ストレスはたまりますし、筋肉はつかないですね。私はできるだけ、食べる米の量は1日2合以下にはしないように気を付けています。いまはコンテストに向けて体脂肪を減らしていますけど、それでも1日に米を1.5合は食べているので。会社で飛び出した“整形疑惑”ーーひたすら負荷を掛けるようなトレーニングも、よくある勘違いになるのでしょうか。しらぴょん 「やれるだけやったほうがいい」とかは、よくある勘違いですね。3時間、4時間やったりするのは間違いかもしれないです。 たぶん、3時間も集中できないと思うんです。2時間過ぎたあたりから、「疲れた~」みたいになって集中してやってられなくなりますから。ーートレーニングや食事に関しては、コンテストに出るようになって知り合った方々から教わったりして身につけていった感じですか。しらぴょん コンテストに出るうちに友達ができて、どういうトレーニングをしているのか、なにを食べているのかを聞いて、それをどんどん自分で試してみて、合っていたら取り入れて、合ってなかったらすぐにやめて。ーー2ヶ月で12kg落として、そこからどんどん体が変わっていったとなると、会社でも騒がれたのでは。しらぴょん やっぱり、痩せると顔から来るので、顔がかなりスッキリしたんですね。そうすると、目は大きく見えるし、頭全体がひと回りちっちゃくなるので、“白石整形疑惑”みたいなのは出てましたね。再婚する気はまったくなかったーー離婚されて、肉体改造に打ち込み出したのが44歳。どこかで再婚したい気持ちはありましたか?しらぴょん いや、その頃は結婚するのは絶対に嫌だなって。また、こんな悲しい思いをするのだけは勘弁だと、結婚する気は一切なかったです。 あと、飲み歩いているうち調布にあるバーやスペインバルに行き着いて、そこに通い詰めるのが非常に楽しくなっちゃって。こういう生活もありだなって、考えるようにもなっていたので。そこへコンテストや合コンで知り合った女性をお連れして、一緒に食事とお酒を楽しんでいたという。ーーそれも離婚を忘れるためであったと。しらぴょん 自分に考える時間を与えない、できるだけ楽しい時間を過ごす。合コンではしゃいで、飲んで、そこで知り合った女性と「いいお店あるんだけど、今度一緒に行こうよ」と誘って、また楽しい時間を過ごすと。 この頃のことは、いまの妻にもちゃんと伝えてあります。彼女と付き合う時に「合コンがあと3件残ってるんですけど、どうしましょう」と聞いたら「行ってきなさい」と言ってくれたので、行かせてもらって。最後の合コンで「これを最後に、僕は合コンしないおじちゃんに戻ります!」って宣言しました(笑)。妻との電撃的な出会いーー奥様はパーソナルトレーナーをされている白石千賀子さんですが、やはり出会いはコンテストで?しらぴょん ベストボディジャパンで知り合いました。集団面接のなかに妻と私がいて、彼女も離婚していたんですね。そこで私が「離婚して別れた子供に、かっこいいお父さんだと思われたい」とベストボディに出た理由を話したら、それを覚えてくれていたらしいんです。 で、次の大会で彼女が知り合いの応援をしている時に私の写真を撮ってくれていて、ダイレクトメールで送ってくれたのをきっかけにやりとりするようになったと。2016年からお付き合いを始めて、2017年12月24日に結婚しました。ーーこりごりだった結婚を再び決意させたものって?しらぴょん それだけ素晴らしい女性だったので(笑)。ーー結婚式は挙げられたのですか?しらぴょん 式は挙げず、披露宴を。コンテスト仲間ばかり来たので筋肉だらけになりましたね。あと、ボディハッカーというマッチョの派遣会社を友達が経営していて、そこから上半身裸で蝶ネクタイとカフスだけを着けたお姫様抱っこ隊を呼んだりして。そうなると脱ぐ人もいましたし、私も脱ぎましたね。脱がされたというか。 さらに妻はディズニーランドのダンサーもしていたので、その仲間たちがダンスを披露してくれて非常に楽しかったですね。写真=三宅史郎/文藝春秋「70キロ切ると夜中に寝れなくなる」45歳で筋トレ開始…52歳男性が語る、“過酷すぎる”トレーニング生活〈妻もボディビルダー〉 へ続く(平田 裕介)
2014年から本格的にトレーニングを始めたという彼に、離婚後の荒んだ生活、筋トレに没頭するきっかけ、コンテストが導いた再婚について、話を聞いた。(全2回の1回/2回目を読む)
しらぴょんさん
◆ ◆ ◆
ーー実際にお会いして、写真で見るよりもがっしりしていて驚きました。ネットによくアップされている「ビフォー写真」のような体型になったのは、いつ頃ですか。
しらぴょん 社会人になってからですね。いちばん最初に働いた会社が外食チェーンの会社で、辞めるまでの2年間はプライベートな時間がほとんどなかったんです。転職して事務機器の営業周りを始めたら時間に余裕ができて、いままで忙しすぎた反動で飲むようになったんですね。そこから、どんどん運動しなくなっていって。
2001年に31歳で結婚して、それからは飲みに行く回数はだいぶ減りましたけど。
ーーどちらかというと、飲むほうがお好きだった?しらぴょん 食べるのも大好きですね。奥さんにちゃんとしたご飯も作ってもらっていたので、酷い食生活を送っていたわけではなかったんです。ただ、運動していないのに、昔と同じようなものを食べていた。それが一番いけなかったと思いますね。 大学でアメフトをやっていて、その頃は夜中にラーメンを食べてもお菓子を食べてもぜんぜん太らなかったんです。逆に太りたかったくらいだったんですよ。いくら食べても、体重がちっとも増えなかったので。ーーでは、その頃のマインドで食べていたわけですね。しらぴょん そうです。食べたいものを、食べたい時に、食べたいだけ食べる。食生活を変えないまま運動量を減らしたら、どんどんと。ーーふくよかに。しらぴょん ただ、当時はふくよかになったとも小太りだとも思っていませんでしたね。私は身長が172cmなんですけど、当時の体重は83kgまでなっていて。それでも、昔スポーツをやっていたガタイのいい人のつもりでいたので。髪の毛もヘンテコリンだったけど、自分のなかではいい感じに仕上がっていると思ってましたから。ーー薄毛も社会人になってから進行した感じでしょうか?しらぴょん いや、社会人になってからではなくて大学時代。大学の時に頭頂部が薄くなっていたみたいで。自分ではわかってなかったんですけど、まわりは「危ない、危ない」って。まさか本当に危なくなるとは(笑)。 転職してから自分でも少し気になり出して、オールバックにして隠していたんですけど、固めすぎてよけいに目立っていましたね。で、結婚したあたりで、ちょっと短めにして。ーー現在のように剃り上げるのは、営業というお仕事ゆえに厳しかった?しらぴょん 家族の希望もあって、坊主にはしなかったんですよね。鏡を見て「あれ?」ーーいろいろと気になるところを「変えたいな」と思い立ったのは、離婚されてからですか。しらぴょん 44歳で離婚をして、そこから8ヶ月ぐらい飲むようになって。ちょっと、同僚たちに「アル中じゃないか」と心配される状態になっちゃったんですよね。朝、出社したらすこし酒くさかったこともあって、上司に怪訝な顔をされたり。 その時ですね。ふと体を見てみたら、自分が思っているような体じゃないなというのに気づいて。ーーちなみに酒量というのは、どれぐらい?しらぴょん どれぐらいだろう。1日3軒とか回ったりしてましたかね。仕事が終わって家に帰って、とりあえず車を置いて、飲みに行く。夕飯で1軒か2軒で、最後にもう1軒寄って家に帰るというルーティン。ビール換算で、毎日10杯ぐらい飲んでいたんじゃないですかね。 おつまみ程度とはいえ、3軒回ったら3軒それぞれでなにかしら食べて。家でひとり、飲んでは吐くようなこともしていたので。ーー離婚のショックを和らげたいがゆえの深酒だったのですか。しらぴょん 自分に考える時間を一切与えないために飲んでました。時間があると「ああすればよかった、こうすればよかった」とか「もっとなにか方法があったのか」とか「なんで俺は、いまひとりなんだろう」とか、そういうことばっかり考えちゃうので。 もう、自分のことは全否定というか。仕事もプライベートもダメな人間になっちゃったなと思って。そこまで仕事もできるほうじゃなかったけど、これでプライベートもダメなら本当にダメダメだなと。ーーそうしたなかで「自分が思っているような体じゃないな」とハッとされた。しらぴょん 飲んで帰って、次の日の朝なんかに鏡を見て「ちょっと体が違ってきてるな……」と。時々でしたけど、ジムには通っていたんですよ。で、ジムで「ベストボディ・ジャパン」というボディコンテストのポスターを目にしたら、18歳から29歳、30代、40代と年代別に分かれてコンテストをやると書いてあって。「40代なら自分もいけるんじゃないか」と。 けど、改めてポスターの人たちと自分を見比べたら、あまりにも違いすぎて「こりゃ駄目だ」と。ーーそれでもあきらめなかったということですよね。しらぴょん 書類選考を通ってステージに上がりたいなという気持ちが出てきて、3ヶ月掛けて体を作って応募しました。時期的な話をすると、ポスターを見たのが2014年の12月頃で、大会が2015年の5月。2015年の2月か3月までに書類を出さなきゃいけないので、まず2ヶ月で12kg落として。 書類は通って、自分でもいけると思っていたんですけど、あえなく予選落ちしました。2ヶ月で12kgを減量した方法ーー2ヶ月で12kg減を可能にしたトレーニングは、どういったメニューを。しらぴょん ベンチプレスとか腹筋運動とか、自分がわかる範囲のものを。正直、名前も知らないけど「こういうフォームでやるヤツあったよな」みたいなノリで。 大学が体育学科だったので、ある程度の知識はないことはなかったんですけど、トレーニングについてはしっかりと勉強してなかったので完全に我流でしたね。ーージムへ通っていた頻度は。しらぴょん その頃はお酒を飲む回数は減らしてはないんですけど、日にビール10杯だったのを、3杯とか4杯までに量を減らして。ジムには、いきなり週に5~6回は行くようになってました。1回につき、トレーニングは2時間以内というのを目安に。それ以上やると、飲みに行く時間がなくなっちゃうので。ーーあくまで飲みがベースで。しらぴょん そうそう(笑)。いまでも飲むのは好きで、700mlのウイスキーを買ってきては、それを1週間持たそうと頑張ったりしてます。ーー食事量も減らしましたか?しらぴょん 一気に減らしましたね。食事についても、なんの知識もなかったので、最初はただ減らすだけ。痩せようとして炭水化物を減らす方って多いじゃないですか。それをそのままやっていて、本当に野菜と鶏肉だけを食べる生活をしていました。あまりにもフラフラしてきて、さすがにこれはダメだと1日1個ぐらいおにぎりを食べるようにしたんですけど。ーー炭水化物は筋トレするうえでも大事と言われていますよね。しらぴょん 摂らないと筋肉は大きくならないと、自分では思っています。それは私も筋トレを始めて2年以上経ってから気づいたんですけど。だから、当時はジムへ週5~6回といっても、ただ単に痩せただけ。無駄なぜい肉をそぎ落としてみたら、普通の人ぐらいにはなってきた、みたいな。 ただ単に痩せたいんだったら炭水化物を減らすのもいいとは思いますけど、ストレスはたまりますし、筋肉はつかないですね。私はできるだけ、食べる米の量は1日2合以下にはしないように気を付けています。いまはコンテストに向けて体脂肪を減らしていますけど、それでも1日に米を1.5合は食べているので。会社で飛び出した“整形疑惑”ーーひたすら負荷を掛けるようなトレーニングも、よくある勘違いになるのでしょうか。しらぴょん 「やれるだけやったほうがいい」とかは、よくある勘違いですね。3時間、4時間やったりするのは間違いかもしれないです。 たぶん、3時間も集中できないと思うんです。2時間過ぎたあたりから、「疲れた~」みたいになって集中してやってられなくなりますから。ーートレーニングや食事に関しては、コンテストに出るようになって知り合った方々から教わったりして身につけていった感じですか。しらぴょん コンテストに出るうちに友達ができて、どういうトレーニングをしているのか、なにを食べているのかを聞いて、それをどんどん自分で試してみて、合っていたら取り入れて、合ってなかったらすぐにやめて。ーー2ヶ月で12kg落として、そこからどんどん体が変わっていったとなると、会社でも騒がれたのでは。しらぴょん やっぱり、痩せると顔から来るので、顔がかなりスッキリしたんですね。そうすると、目は大きく見えるし、頭全体がひと回りちっちゃくなるので、“白石整形疑惑”みたいなのは出てましたね。再婚する気はまったくなかったーー離婚されて、肉体改造に打ち込み出したのが44歳。どこかで再婚したい気持ちはありましたか?しらぴょん いや、その頃は結婚するのは絶対に嫌だなって。また、こんな悲しい思いをするのだけは勘弁だと、結婚する気は一切なかったです。 あと、飲み歩いているうち調布にあるバーやスペインバルに行き着いて、そこに通い詰めるのが非常に楽しくなっちゃって。こういう生活もありだなって、考えるようにもなっていたので。そこへコンテストや合コンで知り合った女性をお連れして、一緒に食事とお酒を楽しんでいたという。ーーそれも離婚を忘れるためであったと。しらぴょん 自分に考える時間を与えない、できるだけ楽しい時間を過ごす。合コンではしゃいで、飲んで、そこで知り合った女性と「いいお店あるんだけど、今度一緒に行こうよ」と誘って、また楽しい時間を過ごすと。 この頃のことは、いまの妻にもちゃんと伝えてあります。彼女と付き合う時に「合コンがあと3件残ってるんですけど、どうしましょう」と聞いたら「行ってきなさい」と言ってくれたので、行かせてもらって。最後の合コンで「これを最後に、僕は合コンしないおじちゃんに戻ります!」って宣言しました(笑)。妻との電撃的な出会いーー奥様はパーソナルトレーナーをされている白石千賀子さんですが、やはり出会いはコンテストで?しらぴょん ベストボディジャパンで知り合いました。集団面接のなかに妻と私がいて、彼女も離婚していたんですね。そこで私が「離婚して別れた子供に、かっこいいお父さんだと思われたい」とベストボディに出た理由を話したら、それを覚えてくれていたらしいんです。 で、次の大会で彼女が知り合いの応援をしている時に私の写真を撮ってくれていて、ダイレクトメールで送ってくれたのをきっかけにやりとりするようになったと。2016年からお付き合いを始めて、2017年12月24日に結婚しました。ーーこりごりだった結婚を再び決意させたものって?しらぴょん それだけ素晴らしい女性だったので(笑)。ーー結婚式は挙げられたのですか?しらぴょん 式は挙げず、披露宴を。コンテスト仲間ばかり来たので筋肉だらけになりましたね。あと、ボディハッカーというマッチョの派遣会社を友達が経営していて、そこから上半身裸で蝶ネクタイとカフスだけを着けたお姫様抱っこ隊を呼んだりして。そうなると脱ぐ人もいましたし、私も脱ぎましたね。脱がされたというか。 さらに妻はディズニーランドのダンサーもしていたので、その仲間たちがダンスを披露してくれて非常に楽しかったですね。写真=三宅史郎/文藝春秋「70キロ切ると夜中に寝れなくなる」45歳で筋トレ開始…52歳男性が語る、“過酷すぎる”トレーニング生活〈妻もボディビルダー〉 へ続く(平田 裕介)
ーーどちらかというと、飲むほうがお好きだった?
しらぴょん 食べるのも大好きですね。奥さんにちゃんとしたご飯も作ってもらっていたので、酷い食生活を送っていたわけではなかったんです。ただ、運動していないのに、昔と同じようなものを食べていた。それが一番いけなかったと思いますね。
大学でアメフトをやっていて、その頃は夜中にラーメンを食べてもお菓子を食べてもぜんぜん太らなかったんです。逆に太りたかったくらいだったんですよ。いくら食べても、体重がちっとも増えなかったので。
ーーでは、その頃のマインドで食べていたわけですね。
しらぴょん そうです。食べたいものを、食べたい時に、食べたいだけ食べる。食生活を変えないまま運動量を減らしたら、どんどんと。
ーーふくよかに。しらぴょん ただ、当時はふくよかになったとも小太りだとも思っていませんでしたね。私は身長が172cmなんですけど、当時の体重は83kgまでなっていて。それでも、昔スポーツをやっていたガタイのいい人のつもりでいたので。髪の毛もヘンテコリンだったけど、自分のなかではいい感じに仕上がっていると思ってましたから。ーー薄毛も社会人になってから進行した感じでしょうか?しらぴょん いや、社会人になってからではなくて大学時代。大学の時に頭頂部が薄くなっていたみたいで。自分ではわかってなかったんですけど、まわりは「危ない、危ない」って。まさか本当に危なくなるとは(笑)。 転職してから自分でも少し気になり出して、オールバックにして隠していたんですけど、固めすぎてよけいに目立っていましたね。で、結婚したあたりで、ちょっと短めにして。ーー現在のように剃り上げるのは、営業というお仕事ゆえに厳しかった?しらぴょん 家族の希望もあって、坊主にはしなかったんですよね。鏡を見て「あれ?」ーーいろいろと気になるところを「変えたいな」と思い立ったのは、離婚されてからですか。しらぴょん 44歳で離婚をして、そこから8ヶ月ぐらい飲むようになって。ちょっと、同僚たちに「アル中じゃないか」と心配される状態になっちゃったんですよね。朝、出社したらすこし酒くさかったこともあって、上司に怪訝な顔をされたり。 その時ですね。ふと体を見てみたら、自分が思っているような体じゃないなというのに気づいて。ーーちなみに酒量というのは、どれぐらい?しらぴょん どれぐらいだろう。1日3軒とか回ったりしてましたかね。仕事が終わって家に帰って、とりあえず車を置いて、飲みに行く。夕飯で1軒か2軒で、最後にもう1軒寄って家に帰るというルーティン。ビール換算で、毎日10杯ぐらい飲んでいたんじゃないですかね。 おつまみ程度とはいえ、3軒回ったら3軒それぞれでなにかしら食べて。家でひとり、飲んでは吐くようなこともしていたので。ーー離婚のショックを和らげたいがゆえの深酒だったのですか。しらぴょん 自分に考える時間を一切与えないために飲んでました。時間があると「ああすればよかった、こうすればよかった」とか「もっとなにか方法があったのか」とか「なんで俺は、いまひとりなんだろう」とか、そういうことばっかり考えちゃうので。 もう、自分のことは全否定というか。仕事もプライベートもダメな人間になっちゃったなと思って。そこまで仕事もできるほうじゃなかったけど、これでプライベートもダメなら本当にダメダメだなと。ーーそうしたなかで「自分が思っているような体じゃないな」とハッとされた。しらぴょん 飲んで帰って、次の日の朝なんかに鏡を見て「ちょっと体が違ってきてるな……」と。時々でしたけど、ジムには通っていたんですよ。で、ジムで「ベストボディ・ジャパン」というボディコンテストのポスターを目にしたら、18歳から29歳、30代、40代と年代別に分かれてコンテストをやると書いてあって。「40代なら自分もいけるんじゃないか」と。 けど、改めてポスターの人たちと自分を見比べたら、あまりにも違いすぎて「こりゃ駄目だ」と。ーーそれでもあきらめなかったということですよね。しらぴょん 書類選考を通ってステージに上がりたいなという気持ちが出てきて、3ヶ月掛けて体を作って応募しました。時期的な話をすると、ポスターを見たのが2014年の12月頃で、大会が2015年の5月。2015年の2月か3月までに書類を出さなきゃいけないので、まず2ヶ月で12kg落として。 書類は通って、自分でもいけると思っていたんですけど、あえなく予選落ちしました。2ヶ月で12kgを減量した方法ーー2ヶ月で12kg減を可能にしたトレーニングは、どういったメニューを。しらぴょん ベンチプレスとか腹筋運動とか、自分がわかる範囲のものを。正直、名前も知らないけど「こういうフォームでやるヤツあったよな」みたいなノリで。 大学が体育学科だったので、ある程度の知識はないことはなかったんですけど、トレーニングについてはしっかりと勉強してなかったので完全に我流でしたね。ーージムへ通っていた頻度は。しらぴょん その頃はお酒を飲む回数は減らしてはないんですけど、日にビール10杯だったのを、3杯とか4杯までに量を減らして。ジムには、いきなり週に5~6回は行くようになってました。1回につき、トレーニングは2時間以内というのを目安に。それ以上やると、飲みに行く時間がなくなっちゃうので。ーーあくまで飲みがベースで。しらぴょん そうそう(笑)。いまでも飲むのは好きで、700mlのウイスキーを買ってきては、それを1週間持たそうと頑張ったりしてます。ーー食事量も減らしましたか?しらぴょん 一気に減らしましたね。食事についても、なんの知識もなかったので、最初はただ減らすだけ。痩せようとして炭水化物を減らす方って多いじゃないですか。それをそのままやっていて、本当に野菜と鶏肉だけを食べる生活をしていました。あまりにもフラフラしてきて、さすがにこれはダメだと1日1個ぐらいおにぎりを食べるようにしたんですけど。ーー炭水化物は筋トレするうえでも大事と言われていますよね。しらぴょん 摂らないと筋肉は大きくならないと、自分では思っています。それは私も筋トレを始めて2年以上経ってから気づいたんですけど。だから、当時はジムへ週5~6回といっても、ただ単に痩せただけ。無駄なぜい肉をそぎ落としてみたら、普通の人ぐらいにはなってきた、みたいな。 ただ単に痩せたいんだったら炭水化物を減らすのもいいとは思いますけど、ストレスはたまりますし、筋肉はつかないですね。私はできるだけ、食べる米の量は1日2合以下にはしないように気を付けています。いまはコンテストに向けて体脂肪を減らしていますけど、それでも1日に米を1.5合は食べているので。会社で飛び出した“整形疑惑”ーーひたすら負荷を掛けるようなトレーニングも、よくある勘違いになるのでしょうか。しらぴょん 「やれるだけやったほうがいい」とかは、よくある勘違いですね。3時間、4時間やったりするのは間違いかもしれないです。 たぶん、3時間も集中できないと思うんです。2時間過ぎたあたりから、「疲れた~」みたいになって集中してやってられなくなりますから。ーートレーニングや食事に関しては、コンテストに出るようになって知り合った方々から教わったりして身につけていった感じですか。しらぴょん コンテストに出るうちに友達ができて、どういうトレーニングをしているのか、なにを食べているのかを聞いて、それをどんどん自分で試してみて、合っていたら取り入れて、合ってなかったらすぐにやめて。ーー2ヶ月で12kg落として、そこからどんどん体が変わっていったとなると、会社でも騒がれたのでは。しらぴょん やっぱり、痩せると顔から来るので、顔がかなりスッキリしたんですね。そうすると、目は大きく見えるし、頭全体がひと回りちっちゃくなるので、“白石整形疑惑”みたいなのは出てましたね。再婚する気はまったくなかったーー離婚されて、肉体改造に打ち込み出したのが44歳。どこかで再婚したい気持ちはありましたか?しらぴょん いや、その頃は結婚するのは絶対に嫌だなって。また、こんな悲しい思いをするのだけは勘弁だと、結婚する気は一切なかったです。 あと、飲み歩いているうち調布にあるバーやスペインバルに行き着いて、そこに通い詰めるのが非常に楽しくなっちゃって。こういう生活もありだなって、考えるようにもなっていたので。そこへコンテストや合コンで知り合った女性をお連れして、一緒に食事とお酒を楽しんでいたという。ーーそれも離婚を忘れるためであったと。しらぴょん 自分に考える時間を与えない、できるだけ楽しい時間を過ごす。合コンではしゃいで、飲んで、そこで知り合った女性と「いいお店あるんだけど、今度一緒に行こうよ」と誘って、また楽しい時間を過ごすと。 この頃のことは、いまの妻にもちゃんと伝えてあります。彼女と付き合う時に「合コンがあと3件残ってるんですけど、どうしましょう」と聞いたら「行ってきなさい」と言ってくれたので、行かせてもらって。最後の合コンで「これを最後に、僕は合コンしないおじちゃんに戻ります!」って宣言しました(笑)。妻との電撃的な出会いーー奥様はパーソナルトレーナーをされている白石千賀子さんですが、やはり出会いはコンテストで?しらぴょん ベストボディジャパンで知り合いました。集団面接のなかに妻と私がいて、彼女も離婚していたんですね。そこで私が「離婚して別れた子供に、かっこいいお父さんだと思われたい」とベストボディに出た理由を話したら、それを覚えてくれていたらしいんです。 で、次の大会で彼女が知り合いの応援をしている時に私の写真を撮ってくれていて、ダイレクトメールで送ってくれたのをきっかけにやりとりするようになったと。2016年からお付き合いを始めて、2017年12月24日に結婚しました。ーーこりごりだった結婚を再び決意させたものって?しらぴょん それだけ素晴らしい女性だったので(笑)。ーー結婚式は挙げられたのですか?しらぴょん 式は挙げず、披露宴を。コンテスト仲間ばかり来たので筋肉だらけになりましたね。あと、ボディハッカーというマッチョの派遣会社を友達が経営していて、そこから上半身裸で蝶ネクタイとカフスだけを着けたお姫様抱っこ隊を呼んだりして。そうなると脱ぐ人もいましたし、私も脱ぎましたね。脱がされたというか。 さらに妻はディズニーランドのダンサーもしていたので、その仲間たちがダンスを披露してくれて非常に楽しかったですね。写真=三宅史郎/文藝春秋「70キロ切ると夜中に寝れなくなる」45歳で筋トレ開始…52歳男性が語る、“過酷すぎる”トレーニング生活〈妻もボディビルダー〉 へ続く(平田 裕介)
ーーふくよかに。
しらぴょん ただ、当時はふくよかになったとも小太りだとも思っていませんでしたね。私は身長が172cmなんですけど、当時の体重は83kgまでなっていて。それでも、昔スポーツをやっていたガタイのいい人のつもりでいたので。髪の毛もヘンテコリンだったけど、自分のなかではいい感じに仕上がっていると思ってましたから。
ーー薄毛も社会人になってから進行した感じでしょうか?
しらぴょん いや、社会人になってからではなくて大学時代。大学の時に頭頂部が薄くなっていたみたいで。自分ではわかってなかったんですけど、まわりは「危ない、危ない」って。まさか本当に危なくなるとは(笑)。
転職してから自分でも少し気になり出して、オールバックにして隠していたんですけど、固めすぎてよけいに目立っていましたね。で、結婚したあたりで、ちょっと短めにして。
ーー現在のように剃り上げるのは、営業というお仕事ゆえに厳しかった?
しらぴょん 家族の希望もあって、坊主にはしなかったんですよね。
ーーいろいろと気になるところを「変えたいな」と思い立ったのは、離婚されてからですか。
しらぴょん 44歳で離婚をして、そこから8ヶ月ぐらい飲むようになって。ちょっと、同僚たちに「アル中じゃないか」と心配される状態になっちゃったんですよね。朝、出社したらすこし酒くさかったこともあって、上司に怪訝な顔をされたり。
その時ですね。ふと体を見てみたら、自分が思っているような体じゃないなというのに気づいて。
ーーちなみに酒量というのは、どれぐらい?
しらぴょん どれぐらいだろう。1日3軒とか回ったりしてましたかね。仕事が終わって家に帰って、とりあえず車を置いて、飲みに行く。夕飯で1軒か2軒で、最後にもう1軒寄って家に帰るというルーティン。ビール換算で、毎日10杯ぐらい飲んでいたんじゃないですかね。
おつまみ程度とはいえ、3軒回ったら3軒それぞれでなにかしら食べて。家でひとり、飲んでは吐くようなこともしていたので。
ーー離婚のショックを和らげたいがゆえの深酒だったのですか。しらぴょん 自分に考える時間を一切与えないために飲んでました。時間があると「ああすればよかった、こうすればよかった」とか「もっとなにか方法があったのか」とか「なんで俺は、いまひとりなんだろう」とか、そういうことばっかり考えちゃうので。 もう、自分のことは全否定というか。仕事もプライベートもダメな人間になっちゃったなと思って。そこまで仕事もできるほうじゃなかったけど、これでプライベートもダメなら本当にダメダメだなと。ーーそうしたなかで「自分が思っているような体じゃないな」とハッとされた。しらぴょん 飲んで帰って、次の日の朝なんかに鏡を見て「ちょっと体が違ってきてるな……」と。時々でしたけど、ジムには通っていたんですよ。で、ジムで「ベストボディ・ジャパン」というボディコンテストのポスターを目にしたら、18歳から29歳、30代、40代と年代別に分かれてコンテストをやると書いてあって。「40代なら自分もいけるんじゃないか」と。 けど、改めてポスターの人たちと自分を見比べたら、あまりにも違いすぎて「こりゃ駄目だ」と。ーーそれでもあきらめなかったということですよね。しらぴょん 書類選考を通ってステージに上がりたいなという気持ちが出てきて、3ヶ月掛けて体を作って応募しました。時期的な話をすると、ポスターを見たのが2014年の12月頃で、大会が2015年の5月。2015年の2月か3月までに書類を出さなきゃいけないので、まず2ヶ月で12kg落として。 書類は通って、自分でもいけると思っていたんですけど、あえなく予選落ちしました。2ヶ月で12kgを減量した方法ーー2ヶ月で12kg減を可能にしたトレーニングは、どういったメニューを。しらぴょん ベンチプレスとか腹筋運動とか、自分がわかる範囲のものを。正直、名前も知らないけど「こういうフォームでやるヤツあったよな」みたいなノリで。 大学が体育学科だったので、ある程度の知識はないことはなかったんですけど、トレーニングについてはしっかりと勉強してなかったので完全に我流でしたね。ーージムへ通っていた頻度は。しらぴょん その頃はお酒を飲む回数は減らしてはないんですけど、日にビール10杯だったのを、3杯とか4杯までに量を減らして。ジムには、いきなり週に5~6回は行くようになってました。1回につき、トレーニングは2時間以内というのを目安に。それ以上やると、飲みに行く時間がなくなっちゃうので。ーーあくまで飲みがベースで。しらぴょん そうそう(笑)。いまでも飲むのは好きで、700mlのウイスキーを買ってきては、それを1週間持たそうと頑張ったりしてます。ーー食事量も減らしましたか?しらぴょん 一気に減らしましたね。食事についても、なんの知識もなかったので、最初はただ減らすだけ。痩せようとして炭水化物を減らす方って多いじゃないですか。それをそのままやっていて、本当に野菜と鶏肉だけを食べる生活をしていました。あまりにもフラフラしてきて、さすがにこれはダメだと1日1個ぐらいおにぎりを食べるようにしたんですけど。ーー炭水化物は筋トレするうえでも大事と言われていますよね。しらぴょん 摂らないと筋肉は大きくならないと、自分では思っています。それは私も筋トレを始めて2年以上経ってから気づいたんですけど。だから、当時はジムへ週5~6回といっても、ただ単に痩せただけ。無駄なぜい肉をそぎ落としてみたら、普通の人ぐらいにはなってきた、みたいな。 ただ単に痩せたいんだったら炭水化物を減らすのもいいとは思いますけど、ストレスはたまりますし、筋肉はつかないですね。私はできるだけ、食べる米の量は1日2合以下にはしないように気を付けています。いまはコンテストに向けて体脂肪を減らしていますけど、それでも1日に米を1.5合は食べているので。会社で飛び出した“整形疑惑”ーーひたすら負荷を掛けるようなトレーニングも、よくある勘違いになるのでしょうか。しらぴょん 「やれるだけやったほうがいい」とかは、よくある勘違いですね。3時間、4時間やったりするのは間違いかもしれないです。 たぶん、3時間も集中できないと思うんです。2時間過ぎたあたりから、「疲れた~」みたいになって集中してやってられなくなりますから。ーートレーニングや食事に関しては、コンテストに出るようになって知り合った方々から教わったりして身につけていった感じですか。しらぴょん コンテストに出るうちに友達ができて、どういうトレーニングをしているのか、なにを食べているのかを聞いて、それをどんどん自分で試してみて、合っていたら取り入れて、合ってなかったらすぐにやめて。ーー2ヶ月で12kg落として、そこからどんどん体が変わっていったとなると、会社でも騒がれたのでは。しらぴょん やっぱり、痩せると顔から来るので、顔がかなりスッキリしたんですね。そうすると、目は大きく見えるし、頭全体がひと回りちっちゃくなるので、“白石整形疑惑”みたいなのは出てましたね。再婚する気はまったくなかったーー離婚されて、肉体改造に打ち込み出したのが44歳。どこかで再婚したい気持ちはありましたか?しらぴょん いや、その頃は結婚するのは絶対に嫌だなって。また、こんな悲しい思いをするのだけは勘弁だと、結婚する気は一切なかったです。 あと、飲み歩いているうち調布にあるバーやスペインバルに行き着いて、そこに通い詰めるのが非常に楽しくなっちゃって。こういう生活もありだなって、考えるようにもなっていたので。そこへコンテストや合コンで知り合った女性をお連れして、一緒に食事とお酒を楽しんでいたという。ーーそれも離婚を忘れるためであったと。しらぴょん 自分に考える時間を与えない、できるだけ楽しい時間を過ごす。合コンではしゃいで、飲んで、そこで知り合った女性と「いいお店あるんだけど、今度一緒に行こうよ」と誘って、また楽しい時間を過ごすと。 この頃のことは、いまの妻にもちゃんと伝えてあります。彼女と付き合う時に「合コンがあと3件残ってるんですけど、どうしましょう」と聞いたら「行ってきなさい」と言ってくれたので、行かせてもらって。最後の合コンで「これを最後に、僕は合コンしないおじちゃんに戻ります!」って宣言しました(笑)。妻との電撃的な出会いーー奥様はパーソナルトレーナーをされている白石千賀子さんですが、やはり出会いはコンテストで?しらぴょん ベストボディジャパンで知り合いました。集団面接のなかに妻と私がいて、彼女も離婚していたんですね。そこで私が「離婚して別れた子供に、かっこいいお父さんだと思われたい」とベストボディに出た理由を話したら、それを覚えてくれていたらしいんです。 で、次の大会で彼女が知り合いの応援をしている時に私の写真を撮ってくれていて、ダイレクトメールで送ってくれたのをきっかけにやりとりするようになったと。2016年からお付き合いを始めて、2017年12月24日に結婚しました。ーーこりごりだった結婚を再び決意させたものって?しらぴょん それだけ素晴らしい女性だったので(笑)。ーー結婚式は挙げられたのですか?しらぴょん 式は挙げず、披露宴を。コンテスト仲間ばかり来たので筋肉だらけになりましたね。あと、ボディハッカーというマッチョの派遣会社を友達が経営していて、そこから上半身裸で蝶ネクタイとカフスだけを着けたお姫様抱っこ隊を呼んだりして。そうなると脱ぐ人もいましたし、私も脱ぎましたね。脱がされたというか。 さらに妻はディズニーランドのダンサーもしていたので、その仲間たちがダンスを披露してくれて非常に楽しかったですね。写真=三宅史郎/文藝春秋「70キロ切ると夜中に寝れなくなる」45歳で筋トレ開始…52歳男性が語る、“過酷すぎる”トレーニング生活〈妻もボディビルダー〉 へ続く(平田 裕介)
ーー離婚のショックを和らげたいがゆえの深酒だったのですか。
しらぴょん 自分に考える時間を一切与えないために飲んでました。時間があると「ああすればよかった、こうすればよかった」とか「もっとなにか方法があったのか」とか「なんで俺は、いまひとりなんだろう」とか、そういうことばっかり考えちゃうので。
もう、自分のことは全否定というか。仕事もプライベートもダメな人間になっちゃったなと思って。そこまで仕事もできるほうじゃなかったけど、これでプライベートもダメなら本当にダメダメだなと。
ーーそうしたなかで「自分が思っているような体じゃないな」とハッとされた。
しらぴょん 飲んで帰って、次の日の朝なんかに鏡を見て「ちょっと体が違ってきてるな……」と。時々でしたけど、ジムには通っていたんですよ。で、ジムで「ベストボディ・ジャパン」というボディコンテストのポスターを目にしたら、18歳から29歳、30代、40代と年代別に分かれてコンテストをやると書いてあって。「40代なら自分もいけるんじゃないか」と。
けど、改めてポスターの人たちと自分を見比べたら、あまりにも違いすぎて「こりゃ駄目だ」と。
ーーそれでもあきらめなかったということですよね。
しらぴょん 書類選考を通ってステージに上がりたいなという気持ちが出てきて、3ヶ月掛けて体を作って応募しました。時期的な話をすると、ポスターを見たのが2014年の12月頃で、大会が2015年の5月。2015年の2月か3月までに書類を出さなきゃいけないので、まず2ヶ月で12kg落として。
書類は通って、自分でもいけると思っていたんですけど、あえなく予選落ちしました。
ーー2ヶ月で12kg減を可能にしたトレーニングは、どういったメニューを。
しらぴょん ベンチプレスとか腹筋運動とか、自分がわかる範囲のものを。正直、名前も知らないけど「こういうフォームでやるヤツあったよな」みたいなノリで。
大学が体育学科だったので、ある程度の知識はないことはなかったんですけど、トレーニングについてはしっかりと勉強してなかったので完全に我流でしたね。ーージムへ通っていた頻度は。しらぴょん その頃はお酒を飲む回数は減らしてはないんですけど、日にビール10杯だったのを、3杯とか4杯までに量を減らして。ジムには、いきなり週に5~6回は行くようになってました。1回につき、トレーニングは2時間以内というのを目安に。それ以上やると、飲みに行く時間がなくなっちゃうので。ーーあくまで飲みがベースで。しらぴょん そうそう(笑)。いまでも飲むのは好きで、700mlのウイスキーを買ってきては、それを1週間持たそうと頑張ったりしてます。ーー食事量も減らしましたか?しらぴょん 一気に減らしましたね。食事についても、なんの知識もなかったので、最初はただ減らすだけ。痩せようとして炭水化物を減らす方って多いじゃないですか。それをそのままやっていて、本当に野菜と鶏肉だけを食べる生活をしていました。あまりにもフラフラしてきて、さすがにこれはダメだと1日1個ぐらいおにぎりを食べるようにしたんですけど。ーー炭水化物は筋トレするうえでも大事と言われていますよね。しらぴょん 摂らないと筋肉は大きくならないと、自分では思っています。それは私も筋トレを始めて2年以上経ってから気づいたんですけど。だから、当時はジムへ週5~6回といっても、ただ単に痩せただけ。無駄なぜい肉をそぎ落としてみたら、普通の人ぐらいにはなってきた、みたいな。 ただ単に痩せたいんだったら炭水化物を減らすのもいいとは思いますけど、ストレスはたまりますし、筋肉はつかないですね。私はできるだけ、食べる米の量は1日2合以下にはしないように気を付けています。いまはコンテストに向けて体脂肪を減らしていますけど、それでも1日に米を1.5合は食べているので。会社で飛び出した“整形疑惑”ーーひたすら負荷を掛けるようなトレーニングも、よくある勘違いになるのでしょうか。しらぴょん 「やれるだけやったほうがいい」とかは、よくある勘違いですね。3時間、4時間やったりするのは間違いかもしれないです。 たぶん、3時間も集中できないと思うんです。2時間過ぎたあたりから、「疲れた~」みたいになって集中してやってられなくなりますから。ーートレーニングや食事に関しては、コンテストに出るようになって知り合った方々から教わったりして身につけていった感じですか。しらぴょん コンテストに出るうちに友達ができて、どういうトレーニングをしているのか、なにを食べているのかを聞いて、それをどんどん自分で試してみて、合っていたら取り入れて、合ってなかったらすぐにやめて。ーー2ヶ月で12kg落として、そこからどんどん体が変わっていったとなると、会社でも騒がれたのでは。しらぴょん やっぱり、痩せると顔から来るので、顔がかなりスッキリしたんですね。そうすると、目は大きく見えるし、頭全体がひと回りちっちゃくなるので、“白石整形疑惑”みたいなのは出てましたね。再婚する気はまったくなかったーー離婚されて、肉体改造に打ち込み出したのが44歳。どこかで再婚したい気持ちはありましたか?しらぴょん いや、その頃は結婚するのは絶対に嫌だなって。また、こんな悲しい思いをするのだけは勘弁だと、結婚する気は一切なかったです。 あと、飲み歩いているうち調布にあるバーやスペインバルに行き着いて、そこに通い詰めるのが非常に楽しくなっちゃって。こういう生活もありだなって、考えるようにもなっていたので。そこへコンテストや合コンで知り合った女性をお連れして、一緒に食事とお酒を楽しんでいたという。ーーそれも離婚を忘れるためであったと。しらぴょん 自分に考える時間を与えない、できるだけ楽しい時間を過ごす。合コンではしゃいで、飲んで、そこで知り合った女性と「いいお店あるんだけど、今度一緒に行こうよ」と誘って、また楽しい時間を過ごすと。 この頃のことは、いまの妻にもちゃんと伝えてあります。彼女と付き合う時に「合コンがあと3件残ってるんですけど、どうしましょう」と聞いたら「行ってきなさい」と言ってくれたので、行かせてもらって。最後の合コンで「これを最後に、僕は合コンしないおじちゃんに戻ります!」って宣言しました(笑)。妻との電撃的な出会いーー奥様はパーソナルトレーナーをされている白石千賀子さんですが、やはり出会いはコンテストで?しらぴょん ベストボディジャパンで知り合いました。集団面接のなかに妻と私がいて、彼女も離婚していたんですね。そこで私が「離婚して別れた子供に、かっこいいお父さんだと思われたい」とベストボディに出た理由を話したら、それを覚えてくれていたらしいんです。 で、次の大会で彼女が知り合いの応援をしている時に私の写真を撮ってくれていて、ダイレクトメールで送ってくれたのをきっかけにやりとりするようになったと。2016年からお付き合いを始めて、2017年12月24日に結婚しました。ーーこりごりだった結婚を再び決意させたものって?しらぴょん それだけ素晴らしい女性だったので(笑)。ーー結婚式は挙げられたのですか?しらぴょん 式は挙げず、披露宴を。コンテスト仲間ばかり来たので筋肉だらけになりましたね。あと、ボディハッカーというマッチョの派遣会社を友達が経営していて、そこから上半身裸で蝶ネクタイとカフスだけを着けたお姫様抱っこ隊を呼んだりして。そうなると脱ぐ人もいましたし、私も脱ぎましたね。脱がされたというか。 さらに妻はディズニーランドのダンサーもしていたので、その仲間たちがダンスを披露してくれて非常に楽しかったですね。写真=三宅史郎/文藝春秋「70キロ切ると夜中に寝れなくなる」45歳で筋トレ開始…52歳男性が語る、“過酷すぎる”トレーニング生活〈妻もボディビルダー〉 へ続く(平田 裕介)
大学が体育学科だったので、ある程度の知識はないことはなかったんですけど、トレーニングについてはしっかりと勉強してなかったので完全に我流でしたね。
ーージムへ通っていた頻度は。
しらぴょん その頃はお酒を飲む回数は減らしてはないんですけど、日にビール10杯だったのを、3杯とか4杯までに量を減らして。ジムには、いきなり週に5~6回は行くようになってました。1回につき、トレーニングは2時間以内というのを目安に。それ以上やると、飲みに行く時間がなくなっちゃうので。
ーーあくまで飲みがベースで。
しらぴょん そうそう(笑)。いまでも飲むのは好きで、700mlのウイスキーを買ってきては、それを1週間持たそうと頑張ったりしてます。
ーー食事量も減らしましたか?
しらぴょん 一気に減らしましたね。食事についても、なんの知識もなかったので、最初はただ減らすだけ。痩せようとして炭水化物を減らす方って多いじゃないですか。それをそのままやっていて、本当に野菜と鶏肉だけを食べる生活をしていました。あまりにもフラフラしてきて、さすがにこれはダメだと1日1個ぐらいおにぎりを食べるようにしたんですけど。
ーー炭水化物は筋トレするうえでも大事と言われていますよね。
しらぴょん 摂らないと筋肉は大きくならないと、自分では思っています。それは私も筋トレを始めて2年以上経ってから気づいたんですけど。だから、当時はジムへ週5~6回といっても、ただ単に痩せただけ。無駄なぜい肉をそぎ落としてみたら、普通の人ぐらいにはなってきた、みたいな。
ただ単に痩せたいんだったら炭水化物を減らすのもいいとは思いますけど、ストレスはたまりますし、筋肉はつかないですね。私はできるだけ、食べる米の量は1日2合以下にはしないように気を付けています。いまはコンテストに向けて体脂肪を減らしていますけど、それでも1日に米を1.5合は食べているので。会社で飛び出した“整形疑惑”ーーひたすら負荷を掛けるようなトレーニングも、よくある勘違いになるのでしょうか。しらぴょん 「やれるだけやったほうがいい」とかは、よくある勘違いですね。3時間、4時間やったりするのは間違いかもしれないです。 たぶん、3時間も集中できないと思うんです。2時間過ぎたあたりから、「疲れた~」みたいになって集中してやってられなくなりますから。ーートレーニングや食事に関しては、コンテストに出るようになって知り合った方々から教わったりして身につけていった感じですか。しらぴょん コンテストに出るうちに友達ができて、どういうトレーニングをしているのか、なにを食べているのかを聞いて、それをどんどん自分で試してみて、合っていたら取り入れて、合ってなかったらすぐにやめて。ーー2ヶ月で12kg落として、そこからどんどん体が変わっていったとなると、会社でも騒がれたのでは。しらぴょん やっぱり、痩せると顔から来るので、顔がかなりスッキリしたんですね。そうすると、目は大きく見えるし、頭全体がひと回りちっちゃくなるので、“白石整形疑惑”みたいなのは出てましたね。再婚する気はまったくなかったーー離婚されて、肉体改造に打ち込み出したのが44歳。どこかで再婚したい気持ちはありましたか?しらぴょん いや、その頃は結婚するのは絶対に嫌だなって。また、こんな悲しい思いをするのだけは勘弁だと、結婚する気は一切なかったです。 あと、飲み歩いているうち調布にあるバーやスペインバルに行き着いて、そこに通い詰めるのが非常に楽しくなっちゃって。こういう生活もありだなって、考えるようにもなっていたので。そこへコンテストや合コンで知り合った女性をお連れして、一緒に食事とお酒を楽しんでいたという。ーーそれも離婚を忘れるためであったと。しらぴょん 自分に考える時間を与えない、できるだけ楽しい時間を過ごす。合コンではしゃいで、飲んで、そこで知り合った女性と「いいお店あるんだけど、今度一緒に行こうよ」と誘って、また楽しい時間を過ごすと。 この頃のことは、いまの妻にもちゃんと伝えてあります。彼女と付き合う時に「合コンがあと3件残ってるんですけど、どうしましょう」と聞いたら「行ってきなさい」と言ってくれたので、行かせてもらって。最後の合コンで「これを最後に、僕は合コンしないおじちゃんに戻ります!」って宣言しました(笑)。妻との電撃的な出会いーー奥様はパーソナルトレーナーをされている白石千賀子さんですが、やはり出会いはコンテストで?しらぴょん ベストボディジャパンで知り合いました。集団面接のなかに妻と私がいて、彼女も離婚していたんですね。そこで私が「離婚して別れた子供に、かっこいいお父さんだと思われたい」とベストボディに出た理由を話したら、それを覚えてくれていたらしいんです。 で、次の大会で彼女が知り合いの応援をしている時に私の写真を撮ってくれていて、ダイレクトメールで送ってくれたのをきっかけにやりとりするようになったと。2016年からお付き合いを始めて、2017年12月24日に結婚しました。ーーこりごりだった結婚を再び決意させたものって?しらぴょん それだけ素晴らしい女性だったので(笑)。ーー結婚式は挙げられたのですか?しらぴょん 式は挙げず、披露宴を。コンテスト仲間ばかり来たので筋肉だらけになりましたね。あと、ボディハッカーというマッチョの派遣会社を友達が経営していて、そこから上半身裸で蝶ネクタイとカフスだけを着けたお姫様抱っこ隊を呼んだりして。そうなると脱ぐ人もいましたし、私も脱ぎましたね。脱がされたというか。 さらに妻はディズニーランドのダンサーもしていたので、その仲間たちがダンスを披露してくれて非常に楽しかったですね。写真=三宅史郎/文藝春秋「70キロ切ると夜中に寝れなくなる」45歳で筋トレ開始…52歳男性が語る、“過酷すぎる”トレーニング生活〈妻もボディビルダー〉 へ続く(平田 裕介)
ただ単に痩せたいんだったら炭水化物を減らすのもいいとは思いますけど、ストレスはたまりますし、筋肉はつかないですね。私はできるだけ、食べる米の量は1日2合以下にはしないように気を付けています。いまはコンテストに向けて体脂肪を減らしていますけど、それでも1日に米を1.5合は食べているので。
ーーひたすら負荷を掛けるようなトレーニングも、よくある勘違いになるのでしょうか。
しらぴょん 「やれるだけやったほうがいい」とかは、よくある勘違いですね。3時間、4時間やったりするのは間違いかもしれないです。
たぶん、3時間も集中できないと思うんです。2時間過ぎたあたりから、「疲れた~」みたいになって集中してやってられなくなりますから。
ーートレーニングや食事に関しては、コンテストに出るようになって知り合った方々から教わったりして身につけていった感じですか。
しらぴょん コンテストに出るうちに友達ができて、どういうトレーニングをしているのか、なにを食べているのかを聞いて、それをどんどん自分で試してみて、合っていたら取り入れて、合ってなかったらすぐにやめて。
ーー2ヶ月で12kg落として、そこからどんどん体が変わっていったとなると、会社でも騒がれたのでは。
しらぴょん やっぱり、痩せると顔から来るので、顔がかなりスッキリしたんですね。そうすると、目は大きく見えるし、頭全体がひと回りちっちゃくなるので、“白石整形疑惑”みたいなのは出てましたね。
再婚する気はまったくなかったーー離婚されて、肉体改造に打ち込み出したのが44歳。どこかで再婚したい気持ちはありましたか?しらぴょん いや、その頃は結婚するのは絶対に嫌だなって。また、こんな悲しい思いをするのだけは勘弁だと、結婚する気は一切なかったです。 あと、飲み歩いているうち調布にあるバーやスペインバルに行き着いて、そこに通い詰めるのが非常に楽しくなっちゃって。こういう生活もありだなって、考えるようにもなっていたので。そこへコンテストや合コンで知り合った女性をお連れして、一緒に食事とお酒を楽しんでいたという。ーーそれも離婚を忘れるためであったと。しらぴょん 自分に考える時間を与えない、できるだけ楽しい時間を過ごす。合コンではしゃいで、飲んで、そこで知り合った女性と「いいお店あるんだけど、今度一緒に行こうよ」と誘って、また楽しい時間を過ごすと。 この頃のことは、いまの妻にもちゃんと伝えてあります。彼女と付き合う時に「合コンがあと3件残ってるんですけど、どうしましょう」と聞いたら「行ってきなさい」と言ってくれたので、行かせてもらって。最後の合コンで「これを最後に、僕は合コンしないおじちゃんに戻ります!」って宣言しました(笑)。妻との電撃的な出会いーー奥様はパーソナルトレーナーをされている白石千賀子さんですが、やはり出会いはコンテストで?しらぴょん ベストボディジャパンで知り合いました。集団面接のなかに妻と私がいて、彼女も離婚していたんですね。そこで私が「離婚して別れた子供に、かっこいいお父さんだと思われたい」とベストボディに出た理由を話したら、それを覚えてくれていたらしいんです。 で、次の大会で彼女が知り合いの応援をしている時に私の写真を撮ってくれていて、ダイレクトメールで送ってくれたのをきっかけにやりとりするようになったと。2016年からお付き合いを始めて、2017年12月24日に結婚しました。ーーこりごりだった結婚を再び決意させたものって?しらぴょん それだけ素晴らしい女性だったので(笑)。ーー結婚式は挙げられたのですか?しらぴょん 式は挙げず、披露宴を。コンテスト仲間ばかり来たので筋肉だらけになりましたね。あと、ボディハッカーというマッチョの派遣会社を友達が経営していて、そこから上半身裸で蝶ネクタイとカフスだけを着けたお姫様抱っこ隊を呼んだりして。そうなると脱ぐ人もいましたし、私も脱ぎましたね。脱がされたというか。 さらに妻はディズニーランドのダンサーもしていたので、その仲間たちがダンスを披露してくれて非常に楽しかったですね。写真=三宅史郎/文藝春秋「70キロ切ると夜中に寝れなくなる」45歳で筋トレ開始…52歳男性が語る、“過酷すぎる”トレーニング生活〈妻もボディビルダー〉 へ続く(平田 裕介)
ーー離婚されて、肉体改造に打ち込み出したのが44歳。どこかで再婚したい気持ちはありましたか?
しらぴょん いや、その頃は結婚するのは絶対に嫌だなって。また、こんな悲しい思いをするのだけは勘弁だと、結婚する気は一切なかったです。
あと、飲み歩いているうち調布にあるバーやスペインバルに行き着いて、そこに通い詰めるのが非常に楽しくなっちゃって。こういう生活もありだなって、考えるようにもなっていたので。そこへコンテストや合コンで知り合った女性をお連れして、一緒に食事とお酒を楽しんでいたという。
ーーそれも離婚を忘れるためであったと。
しらぴょん 自分に考える時間を与えない、できるだけ楽しい時間を過ごす。合コンではしゃいで、飲んで、そこで知り合った女性と「いいお店あるんだけど、今度一緒に行こうよ」と誘って、また楽しい時間を過ごすと。
この頃のことは、いまの妻にもちゃんと伝えてあります。彼女と付き合う時に「合コンがあと3件残ってるんですけど、どうしましょう」と聞いたら「行ってきなさい」と言ってくれたので、行かせてもらって。最後の合コンで「これを最後に、僕は合コンしないおじちゃんに戻ります!」って宣言しました(笑)。
妻との電撃的な出会いーー奥様はパーソナルトレーナーをされている白石千賀子さんですが、やはり出会いはコンテストで?しらぴょん ベストボディジャパンで知り合いました。集団面接のなかに妻と私がいて、彼女も離婚していたんですね。そこで私が「離婚して別れた子供に、かっこいいお父さんだと思われたい」とベストボディに出た理由を話したら、それを覚えてくれていたらしいんです。 で、次の大会で彼女が知り合いの応援をしている時に私の写真を撮ってくれていて、ダイレクトメールで送ってくれたのをきっかけにやりとりするようになったと。2016年からお付き合いを始めて、2017年12月24日に結婚しました。ーーこりごりだった結婚を再び決意させたものって?しらぴょん それだけ素晴らしい女性だったので(笑)。ーー結婚式は挙げられたのですか?しらぴょん 式は挙げず、披露宴を。コンテスト仲間ばかり来たので筋肉だらけになりましたね。あと、ボディハッカーというマッチョの派遣会社を友達が経営していて、そこから上半身裸で蝶ネクタイとカフスだけを着けたお姫様抱っこ隊を呼んだりして。そうなると脱ぐ人もいましたし、私も脱ぎましたね。脱がされたというか。 さらに妻はディズニーランドのダンサーもしていたので、その仲間たちがダンスを披露してくれて非常に楽しかったですね。写真=三宅史郎/文藝春秋「70キロ切ると夜中に寝れなくなる」45歳で筋トレ開始…52歳男性が語る、“過酷すぎる”トレーニング生活〈妻もボディビルダー〉 へ続く(平田 裕介)
ーー奥様はパーソナルトレーナーをされている白石千賀子さんですが、やはり出会いはコンテストで?
しらぴょん ベストボディジャパンで知り合いました。集団面接のなかに妻と私がいて、彼女も離婚していたんですね。そこで私が「離婚して別れた子供に、かっこいいお父さんだと思われたい」とベストボディに出た理由を話したら、それを覚えてくれていたらしいんです。
で、次の大会で彼女が知り合いの応援をしている時に私の写真を撮ってくれていて、ダイレクトメールで送ってくれたのをきっかけにやりとりするようになったと。2016年からお付き合いを始めて、2017年12月24日に結婚しました。
ーーこりごりだった結婚を再び決意させたものって?
しらぴょん それだけ素晴らしい女性だったので(笑)。
ーー結婚式は挙げられたのですか?しらぴょん 式は挙げず、披露宴を。コンテスト仲間ばかり来たので筋肉だらけになりましたね。あと、ボディハッカーというマッチョの派遣会社を友達が経営していて、そこから上半身裸で蝶ネクタイとカフスだけを着けたお姫様抱っこ隊を呼んだりして。そうなると脱ぐ人もいましたし、私も脱ぎましたね。脱がされたというか。 さらに妻はディズニーランドのダンサーもしていたので、その仲間たちがダンスを披露してくれて非常に楽しかったですね。写真=三宅史郎/文藝春秋「70キロ切ると夜中に寝れなくなる」45歳で筋トレ開始…52歳男性が語る、“過酷すぎる”トレーニング生活〈妻もボディビルダー〉 へ続く(平田 裕介)
ーー結婚式は挙げられたのですか?
しらぴょん 式は挙げず、披露宴を。コンテスト仲間ばかり来たので筋肉だらけになりましたね。あと、ボディハッカーというマッチョの派遣会社を友達が経営していて、そこから上半身裸で蝶ネクタイとカフスだけを着けたお姫様抱っこ隊を呼んだりして。そうなると脱ぐ人もいましたし、私も脱ぎましたね。脱がされたというか。
さらに妻はディズニーランドのダンサーもしていたので、その仲間たちがダンスを披露してくれて非常に楽しかったですね。写真=三宅史郎/文藝春秋「70キロ切ると夜中に寝れなくなる」45歳で筋トレ開始…52歳男性が語る、“過酷すぎる”トレーニング生活〈妻もボディビルダー〉 へ続く(平田 裕介)
さらに妻はディズニーランドのダンサーもしていたので、その仲間たちがダンスを披露してくれて非常に楽しかったですね。
写真=三宅史郎/文藝春秋「70キロ切ると夜中に寝れなくなる」45歳で筋トレ開始…52歳男性が語る、“過酷すぎる”トレーニング生活〈妻もボディビルダー〉 へ続く(平田 裕介)
「70キロ切ると夜中に寝れなくなる」45歳で筋トレ開始…52歳男性が語る、“過酷すぎる”トレーニング生活〈妻もボディビルダー〉 へ続く
(平田 裕介)