ビッグモーターへの就職を教え子にすすめた元教師 「みんな車が大好きなのに」と責任を感じる

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7月25日の会見でビッグモーターの兼重宏行社長(当時)は、不正に関与した社員を刑事告発すると発言した。会見終盤にはみずから撤回したが、降格人事を繰り返すのがあたりまえになっていた風土が、よくあらわれていた。雇用と労働、社会問題について取材を続ける日野百草氏が、ビッグモーターで働くことについて、関わりのあった人たちに聞いた。
【写真】車検はビッグ * * *「ビッグモーターは有名企業で給料もよかった。うちの生徒もお世話になったが、こんなことになるとは思わなかった」

かつて首都圏の工業高校で教鞭をとっていた元教師が語る。ビッグモーターは生徒に人気の就職先だったのか。「自動車関係に勤めたい子には人気だった。大手の自動車関連工場や(自動車)ディーラーほどではないがテレビやラジオでCMの流れる有名企業だ。学校としてもイメージは悪くなかったように思う。採用担当者も熱心で(新卒の)枠も多かった」 中古車販売・買取大手のビッグモーターは2021年ごろから損害保険会社への水増し請求が疑われてきた。当初は「作業員のミス」としてきたが2023年に入り客のタイヤに穴を開ける行為の動画が流出、その後もゴルフボールを靴下に入れて車体を凹ませる、ヘッドライトを割る、車体を工具でひっかくなど故意に破損箇所を作り、損保会社に請求していた実態が明らかとなった。 その他にも無傷のボディを板金、使える部品を交換、高額の塗装と詐称するなど保険修理の4割で水増し請求の疑いがあるとされる。もちろん顧客の大事な車である。「報道でノルマが厳しかったと聞く。自動車が好きな子、整備士として羽ばたいた子がと思うと、責任を感じる」 報道によれば1台当たり14万円の収益ノルマがあったとされる。ビッグモーター側は組織的な圧力を否定するが、次から次へと現場からの現役、元社員問わずの内部告発が続いている。それでもオーナーの兼重宏行氏は「耳を疑った。もう、こんなことまでやるのかと、がく然としましたね」「大事な、お客様の車をお預かりして、これから修理する人間が傷をつけて水増し請求する、ありえんですよ」「本当に許しがたい、天地神明に誓って知りませんでした」「(告発は)私の耳には来ていません」「社員もやっていいことと悪いことがありますよね、やっぱりそれなりの償いはしてもらいたい」と語り、宏行氏や、その息子の宏一氏など「経営陣は知らなかった」とした。※7月25日記者会見より書き起こし、原文ママ。「誰が悪いかは知りませんが、現場はかわいそうだ。その中に私の教え子たちもいる。好きな車を傷つけたりしたのでしょうか。みんな車が大好きで、車を直すことに誇りと喜びを持っていたはずなのに」(前出の元教師) 顧客はビッグモーターを信頼して車を預けている。それが裏切られた格好だ。そしてビッグモーター側はその裏切りは元工場長、元本部長、そして現場の責任であり「それなりの償いをしてもらいたい」としている。「そういうことはわからない。しかし、そういう会社に就職したことに私も学校も絡んでいることは事実だ。パワハラも酷かったと聞く。知っていればと思うと、どうにもならないこととはいえ辛い」 彼の教え子ではないがビッグモーターに勤めた経験のある整備士の方が、新卒時のことを振り返る。「元ビッグモーター」の整備士は人手不足でも雇われないかも「有名な大手で給料がいい、中古車は色々な国の車も扱える。いずれ独立するつもりだったのでビッグモーターを選びました。高校の先生も『大手はいいぞ』と後押ししてくれました」 工業高校、彼の他にも数人が同期として入社したと話す。「仕事は正直きつかったですが、他を知らないのでこんなものか、と思ってました。でも私のころはそこまで酷いとは感じてません。その後に入った修理工場やカーショップも酷いものでしたから。整備士なんてそんなものです」 整備士もまた人手不足だ。1級整備士を持っていても手取り10万円台という待遇が当たり前のようにあり、それが報じられても一向に改善する気配がない。本旨でないため置くが、現場に金がまわらない、現場に押しつけられる、は日本の花形産業である自動車業界もまた同様である。「そういう業界でビッグモーターはがんばれば給料は上がるし、平均的にも高かったと思います。だからあれだけの人も集まったし、出店攻勢もできたのでしょう」 ビッグモーターの従業員数は約6000名、全国で300店舗を展開しているとされる。「私の父親はトラックドライバーなんです。ラジオでビッグモーターのCMが流れるから、よく知ってました。『こんなにCMを入れられるなんて大手だな』と感心してましたし、私の入社も喜んでくれました」 認知度もまた就職のひとつの鍵となる。とくに新卒はそうだ。なにしろビッグモーター、テレビCMはもちろんだがラジオCMが本当にすごかった。どの局も常に「ビッグモーター」の声が止むことはなかった。いまやビッグモーターはCMを自粛、ラジオはACジャパンの代替広告ばかりとなってしまった。「副社長(宏一氏)が経営に入ってから明らかに変わりました。私もそうですが、あのころ大勢辞めたと思います」 彼自身の話として、今回の不正に関しては「なかったとは言わない」とのこと。また各地のビッグモーター店舗前の街路樹が謎の枯れ方をした件については「わからない」とのことだった。大きな会社なので営業と整備、そして板金とで知っていること、知らないことの差も大きいのでは、とのこと。筆者のもとには多数の元社員のタレコミが届くが、いったいどれだけの現場が関与したのか、闇が深すぎる。「いま残っている社員も大変だと思う。しばらくは『元ビッグモーター』の整備士なんて人手不足でも雇わないかもしれない。私も冗談まじりにいまの会社で『お前、もしかしてやってた?』と言われることがある。自分も履歴書にこれからも『ビッグモーター』という社名が残ることは不安でならないし、消し去りたいくらいだ」 かつて重大な社会問題となり消滅した事業者金融(商工ローン)の元社員は「履歴書に入れ墨」と自嘲していた。そして小さな金融屋に勤めていた。「まともなところは無理」とも語っていた。それと同様のことが、ビッグモーターの社員の今後に待ち受けるかもしれない。 冒頭の教師は元教え子たちだけでなく、現場すべてに心を痛めているとしてこう語る。「お客だけでなく社員のためにも、現場のためにもオーナーとして責任は負うべきです」 1997年、山一證券の自主廃業が決まった会見で当時の社長、野澤正平氏は「(経営陣の)私らが悪いんであって、社員は悪くありません。どうか社員のみなさんを応援してやってください、お願いします。善良で、能力のある、本当に私と一緒になってやろうと誓った社員のみんな、申し訳なく思っています」(当時の会見より抄出)と頭を下げた。 この社長の会見のおかげで元山一の証券マンの多くが再就職に支障をきたさなかったとされる。申し訳ないが、先の宏行氏の会見とは対照的なように思う。 車を愛していたはずの現場がなぜこのようなことを繰り返したのか、社員は「一緒になってやろうと誓った」人々のはずなのに、ビッグモーターの経営計画書には「生殺与奪」とあった。顧客に対しての裏切りだけでなく、現場の社員はもちろん、新卒や転職で送り出した学校や家族に対する裏切りもまた、ビッグモーターの「罪」である。【プロフィール】日野百草(ひの・ひゃくそう)日本ペンクラブ会員。出版社勤務を経てフリーランス。社会問題、社会倫理のルポルタージュを手掛ける。
* * *「ビッグモーターは有名企業で給料もよかった。うちの生徒もお世話になったが、こんなことになるとは思わなかった」
かつて首都圏の工業高校で教鞭をとっていた元教師が語る。ビッグモーターは生徒に人気の就職先だったのか。
「自動車関係に勤めたい子には人気だった。大手の自動車関連工場や(自動車)ディーラーほどではないがテレビやラジオでCMの流れる有名企業だ。学校としてもイメージは悪くなかったように思う。採用担当者も熱心で(新卒の)枠も多かった」
中古車販売・買取大手のビッグモーターは2021年ごろから損害保険会社への水増し請求が疑われてきた。当初は「作業員のミス」としてきたが2023年に入り客のタイヤに穴を開ける行為の動画が流出、その後もゴルフボールを靴下に入れて車体を凹ませる、ヘッドライトを割る、車体を工具でひっかくなど故意に破損箇所を作り、損保会社に請求していた実態が明らかとなった。
その他にも無傷のボディを板金、使える部品を交換、高額の塗装と詐称するなど保険修理の4割で水増し請求の疑いがあるとされる。もちろん顧客の大事な車である。
「報道でノルマが厳しかったと聞く。自動車が好きな子、整備士として羽ばたいた子がと思うと、責任を感じる」
報道によれば1台当たり14万円の収益ノルマがあったとされる。ビッグモーター側は組織的な圧力を否定するが、次から次へと現場からの現役、元社員問わずの内部告発が続いている。それでもオーナーの兼重宏行氏は「耳を疑った。もう、こんなことまでやるのかと、がく然としましたね」「大事な、お客様の車をお預かりして、これから修理する人間が傷をつけて水増し請求する、ありえんですよ」「本当に許しがたい、天地神明に誓って知りませんでした」「(告発は)私の耳には来ていません」「社員もやっていいことと悪いことがありますよね、やっぱりそれなりの償いはしてもらいたい」と語り、宏行氏や、その息子の宏一氏など「経営陣は知らなかった」とした。※7月25日記者会見より書き起こし、原文ママ。
「誰が悪いかは知りませんが、現場はかわいそうだ。その中に私の教え子たちもいる。好きな車を傷つけたりしたのでしょうか。みんな車が大好きで、車を直すことに誇りと喜びを持っていたはずなのに」(前出の元教師)
顧客はビッグモーターを信頼して車を預けている。それが裏切られた格好だ。そしてビッグモーター側はその裏切りは元工場長、元本部長、そして現場の責任であり「それなりの償いをしてもらいたい」としている。
「そういうことはわからない。しかし、そういう会社に就職したことに私も学校も絡んでいることは事実だ。パワハラも酷かったと聞く。知っていればと思うと、どうにもならないこととはいえ辛い」
彼の教え子ではないがビッグモーターに勤めた経験のある整備士の方が、新卒時のことを振り返る。
「有名な大手で給料がいい、中古車は色々な国の車も扱える。いずれ独立するつもりだったのでビッグモーターを選びました。高校の先生も『大手はいいぞ』と後押ししてくれました」
工業高校、彼の他にも数人が同期として入社したと話す。
「仕事は正直きつかったですが、他を知らないのでこんなものか、と思ってました。でも私のころはそこまで酷いとは感じてません。その後に入った修理工場やカーショップも酷いものでしたから。整備士なんてそんなものです」
整備士もまた人手不足だ。1級整備士を持っていても手取り10万円台という待遇が当たり前のようにあり、それが報じられても一向に改善する気配がない。本旨でないため置くが、現場に金がまわらない、現場に押しつけられる、は日本の花形産業である自動車業界もまた同様である。
「そういう業界でビッグモーターはがんばれば給料は上がるし、平均的にも高かったと思います。だからあれだけの人も集まったし、出店攻勢もできたのでしょう」
ビッグモーターの従業員数は約6000名、全国で300店舗を展開しているとされる。
「私の父親はトラックドライバーなんです。ラジオでビッグモーターのCMが流れるから、よく知ってました。『こんなにCMを入れられるなんて大手だな』と感心してましたし、私の入社も喜んでくれました」
認知度もまた就職のひとつの鍵となる。とくに新卒はそうだ。なにしろビッグモーター、テレビCMはもちろんだがラジオCMが本当にすごかった。どの局も常に「ビッグモーター」の声が止むことはなかった。いまやビッグモーターはCMを自粛、ラジオはACジャパンの代替広告ばかりとなってしまった。
「副社長(宏一氏)が経営に入ってから明らかに変わりました。私もそうですが、あのころ大勢辞めたと思います」
彼自身の話として、今回の不正に関しては「なかったとは言わない」とのこと。また各地のビッグモーター店舗前の街路樹が謎の枯れ方をした件については「わからない」とのことだった。大きな会社なので営業と整備、そして板金とで知っていること、知らないことの差も大きいのでは、とのこと。筆者のもとには多数の元社員のタレコミが届くが、いったいどれだけの現場が関与したのか、闇が深すぎる。
「いま残っている社員も大変だと思う。しばらくは『元ビッグモーター』の整備士なんて人手不足でも雇わないかもしれない。私も冗談まじりにいまの会社で『お前、もしかしてやってた?』と言われることがある。自分も履歴書にこれからも『ビッグモーター』という社名が残ることは不安でならないし、消し去りたいくらいだ」
かつて重大な社会問題となり消滅した事業者金融(商工ローン)の元社員は「履歴書に入れ墨」と自嘲していた。そして小さな金融屋に勤めていた。「まともなところは無理」とも語っていた。それと同様のことが、ビッグモーターの社員の今後に待ち受けるかもしれない。
冒頭の教師は元教え子たちだけでなく、現場すべてに心を痛めているとしてこう語る。
「お客だけでなく社員のためにも、現場のためにもオーナーとして責任は負うべきです」
1997年、山一證券の自主廃業が決まった会見で当時の社長、野澤正平氏は「(経営陣の)私らが悪いんであって、社員は悪くありません。どうか社員のみなさんを応援してやってください、お願いします。善良で、能力のある、本当に私と一緒になってやろうと誓った社員のみんな、申し訳なく思っています」(当時の会見より抄出)と頭を下げた。
この社長の会見のおかげで元山一の証券マンの多くが再就職に支障をきたさなかったとされる。申し訳ないが、先の宏行氏の会見とは対照的なように思う。
車を愛していたはずの現場がなぜこのようなことを繰り返したのか、社員は「一緒になってやろうと誓った」人々のはずなのに、ビッグモーターの経営計画書には「生殺与奪」とあった。顧客に対しての裏切りだけでなく、現場の社員はもちろん、新卒や転職で送り出した学校や家族に対する裏切りもまた、ビッグモーターの「罪」である。
【プロフィール】日野百草(ひの・ひゃくそう)日本ペンクラブ会員。出版社勤務を経てフリーランス。社会問題、社会倫理のルポルタージュを手掛ける。

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