交際している若者たちの間で起きる「デートDV」を軽視してはいけない。恋心ゆえのたわいもない「束縛」だと思っていたことが、恐ろしい事件につながることもあるのだから。
【写真を見る】「デートDVチェッカー」日本語版には23の項目が 株式会社TENGAヘルスケアが、無料配布を始めた暴力チェックメーター「デートDVチェッカー」(日本語版)は、恋人の自分に対する行為が、“愛”なのか、“暴力”なのかを、客観的にチェックできるツールだ。 基になっているのは、フランスのパリ市が2019年に開発し、現地で中高生に無料配布されているもの。性教育が進んでいるフランスは性にオープンであるため、“下ネタ”という概念はなく、個人の尊厳が重視される。その分、性暴力を含め、それを蹂躙する罪に対する刑罰は日本より重い。それでもDVの被害は後を絶たないのだ。
恋心ゆえのたわいもない「束縛」だと思っていたことが… パリ市では、DV被害者のうち18歳から25歳の女性たちが年長者の約2倍に上る。だが、そんな若い彼女らは支援を受けられる行政サービスを利用していなかった。 その理由を行政側は、「自分の受けていることを“暴力”だと思っていないのではないか」と仮定。暴力だと気づかせるためには、自分とパートナーの関係性を客観的に確認することができるツールの開発が必要とし、フランス語版を作った。相当な被害を受けながらも迷う若者たち 状況は日本も変わらない。TENGAヘルスケアは、日本語版のリリースに先んじて中高生を中心とした10代向け性教育サイト「セイシル」(https://seicil.com/)を立ち上げた。「10代の若者が抱える性のモヤモヤ」に、正しい知識を持つ専門家が答えるというものだ。実際に寄せられた悩みをみてみよう。「彼氏のDV的な言動や行動に耐えられず、別れを告げたところ、とても愛しているので嫌だと言われ聞いてくれません。他に彼氏がいてもかまわないと言われたのですが……」(中学3年生)「彼氏にコンドームなしでむりやり挿入されそうになった。泣いても叩いても止めてくれず、大暴れしたところでやっと止まった。身の危険を感じ、別れを切り出したのですが……」(高校3年生)「付き合って2年になる彼氏。お互い社会人で同棲中だったが、1か月前に彼氏が仕事を辞め、ヒモ状態に。自分がすべてを支えなければならず、アダルト系の仕事に転職してまかなっている。生活費を平等に払ってほしいし、払えないなら別々に暮らしたいと言っても聞いてくれない。これは経済的なDVになるのでしょうか?」(社会人) 問題なのは、「これだけの被害を受けていながら『DVと呼んでいいのか?』と迷っていることです」とTENGAヘルスケア広報担当の原田樹氏はいう。「そもそも相談者さんに、自分のされていることが暴力だという認識がないんです。『セックスを強要する』のはもちろん、『経済的に相手を利用する』のも、『別れてくれない』のも、『言うことをきかないと、脅したり、非難したりする』のも、程度の差こそあれ暴力です。相談者さんはそれらを愛情ゆえの行為と勘違いし、暴力として認識せず、我慢してしまう」(原田氏、以下同) 内閣府の統計では、女性の5人に1人、男性の10人に1人が、デート中にDVを受けたことがあり、その50%は誰にも相談できず、さらに25%は心身の不調を訴えているという。しかしこれは氷山の一角なのではないか。そんな思いが、「デートDVチェッカー」日本語版のリリースを促した。「良好な関係」から「危険な状況」までの23項目「デートDVチェッカー」は、誤った認識をあぶり出し、客観化させ、暴力だと明文化させるものだ。記載された23の項目は緑から赤に塗り分けられ、赤くなるほど危険とされている。段階1:楽しんで!(良好な関係)「あなたがしたいことを大切にする」「あなたが自由にしていることを喜んでいる」など段階2:警戒領域、ストップ!(これは暴力)「あなたのことをバカにする」「あなたの交友関係や服装に文句をつける」「あなたを友達や家族と距離を置かせる」など段階3:助けを求めて身を守って(危険な状況)「気に入らないことがあるとキレる」「同意なくあなたの体を触る」「セックスを強要する」など 原田氏は、デートDVチェッカーを「自分たちの状態を客観的に理解することや、性教育の現場での話し合いのきっかけに活用していただけたらと考えている」と語る。「デートDVチェッカーは、上部の緑色のところに該当していれば概ね『良い関係』で、黄色以降は『警戒領域』です。この警戒領域にある項目に該当したなら、速やかに自分の身を守ることを考えて、相手から離れることをおすすめします。身体的暴力はすぐに命にかかわる危険性をはらみますが、精神的暴力がもたらす苦痛も同様。精神的暴力が引き起こしたPTSDに、生涯悩まされることもあります」教育現場はデートDVの指導に手探り…保護者も価値観の更新を こうしたTENGAヘルスケアの一連の取り組みの背景には、今年4月より政府が本格的に開始した、子どもたちを性暴力の被害者、加害者、傍観者にさせないための「生命の安全教育」がある。幼児から高校生まで年齢に応じて、「プライベートゾーン」、「他者との適切な距離感」、「性暴力の被害にあった際の適切な対応」などを学び、「デートDVの危険性」についての指導も行われる。 ただし、これまで学校には、デートDVについて学ぶカリキュラムなどなく、同様に教員の養成課程にも“性教育”に特化した必修科目は存在しなかった。にもかかわらず、指導せざるを得ない学校は混乱しているという。「現場は現在も手探りで、文部科学省から教材や手引きが公開されているものの、具体的な教材や教える側のノウハウは足りていない状態。性教育を行う医師や専門家などの外部講師を派遣してほしいと都教育委員会に要望する学校は、79%にのぼったそうです」 東京都が実施した「性教育の実施状況の意識調査」によると、教育の現場から「生殖機能に関する内容だけではなく、性に関する教育は生命尊重、人権尊重の教育であるという認識が薄い」、「情報が大量に溢れている中で正しい知識を指導することが必要であるが、具体的な指導ができない」、「生徒の成育環境の個人差が大きいことへの対応が難しい」などといった課題が寄せられているという。「子どもは親の影響を受け、真似をして成長していくもの。幼少期に『間違った男女の役割』の刷り込みがあった場合、大人になったとき、それを悪いこととは思わずに、同じことを繰り返してしまう可能性が高いのです。子どもにとって両親は一番身近なジェンダーロール。『自分たちは正しい』と頑なになることなく、このチェッカーを使って、デートDVに当たることを受け入れてしまっていないか、関係性などを見つめ直していただく機会を持っていただければと思います」 子どもたちが最初に相談するのは親ではなく友人、という調査結果も出ている。「相手から束縛されている」という悩みに、「愛されている証拠」と友人が返し、被害が拡大してしまうケースも想定される。そうした状況を踏まえて、大人は「性のことはちょっと……」と尻込みせず、自身の価値観を更新しつつ、「正しい情報を得られる場所がある」と若者に伝えることが大切だ。関口裕子(せきぐち・ゆうこ)映画ライター、編集者。1990年、株式会社キネマ旬報社に入社。00年、取締役編集長に就任。07年からは、米エンタテインメント業界紙「VARIETY」の日本版編集長に就任。19年からはフリーに。主に映画関係の編集と、評論、コラム、インタビュー、記事を執筆。趣味は、落語、歌舞伎、江戸文化。デイリー新潮編集部
株式会社TENGAヘルスケアが、無料配布を始めた暴力チェックメーター「デートDVチェッカー」(日本語版)は、恋人の自分に対する行為が、“愛”なのか、“暴力”なのかを、客観的にチェックできるツールだ。
基になっているのは、フランスのパリ市が2019年に開発し、現地で中高生に無料配布されているもの。性教育が進んでいるフランスは性にオープンであるため、“下ネタ”という概念はなく、個人の尊厳が重視される。その分、性暴力を含め、それを蹂躙する罪に対する刑罰は日本より重い。それでもDVの被害は後を絶たないのだ。
パリ市では、DV被害者のうち18歳から25歳の女性たちが年長者の約2倍に上る。だが、そんな若い彼女らは支援を受けられる行政サービスを利用していなかった。
その理由を行政側は、「自分の受けていることを“暴力”だと思っていないのではないか」と仮定。暴力だと気づかせるためには、自分とパートナーの関係性を客観的に確認することができるツールの開発が必要とし、フランス語版を作った。
状況は日本も変わらない。TENGAヘルスケアは、日本語版のリリースに先んじて中高生を中心とした10代向け性教育サイト「セイシル」(https://seicil.com/)を立ち上げた。「10代の若者が抱える性のモヤモヤ」に、正しい知識を持つ専門家が答えるというものだ。実際に寄せられた悩みをみてみよう。
「彼氏のDV的な言動や行動に耐えられず、別れを告げたところ、とても愛しているので嫌だと言われ聞いてくれません。他に彼氏がいてもかまわないと言われたのですが……」(中学3年生)
「彼氏にコンドームなしでむりやり挿入されそうになった。泣いても叩いても止めてくれず、大暴れしたところでやっと止まった。身の危険を感じ、別れを切り出したのですが……」(高校3年生)
「付き合って2年になる彼氏。お互い社会人で同棲中だったが、1か月前に彼氏が仕事を辞め、ヒモ状態に。自分がすべてを支えなければならず、アダルト系の仕事に転職してまかなっている。生活費を平等に払ってほしいし、払えないなら別々に暮らしたいと言っても聞いてくれない。これは経済的なDVになるのでしょうか?」(社会人)
問題なのは、「これだけの被害を受けていながら『DVと呼んでいいのか?』と迷っていることです」とTENGAヘルスケア広報担当の原田樹氏はいう。
「そもそも相談者さんに、自分のされていることが暴力だという認識がないんです。『セックスを強要する』のはもちろん、『経済的に相手を利用する』のも、『別れてくれない』のも、『言うことをきかないと、脅したり、非難したりする』のも、程度の差こそあれ暴力です。相談者さんはそれらを愛情ゆえの行為と勘違いし、暴力として認識せず、我慢してしまう」(原田氏、以下同)
内閣府の統計では、女性の5人に1人、男性の10人に1人が、デート中にDVを受けたことがあり、その50%は誰にも相談できず、さらに25%は心身の不調を訴えているという。しかしこれは氷山の一角なのではないか。そんな思いが、「デートDVチェッカー」日本語版のリリースを促した。
「デートDVチェッカー」は、誤った認識をあぶり出し、客観化させ、暴力だと明文化させるものだ。記載された23の項目は緑から赤に塗り分けられ、赤くなるほど危険とされている。
段階1:楽しんで!(良好な関係)「あなたがしたいことを大切にする」「あなたが自由にしていることを喜んでいる」など
段階2:警戒領域、ストップ!(これは暴力)「あなたのことをバカにする」「あなたの交友関係や服装に文句をつける」「あなたを友達や家族と距離を置かせる」など
段階3:助けを求めて身を守って(危険な状況)「気に入らないことがあるとキレる」「同意なくあなたの体を触る」「セックスを強要する」など
原田氏は、デートDVチェッカーを「自分たちの状態を客観的に理解することや、性教育の現場での話し合いのきっかけに活用していただけたらと考えている」と語る。
「デートDVチェッカーは、上部の緑色のところに該当していれば概ね『良い関係』で、黄色以降は『警戒領域』です。この警戒領域にある項目に該当したなら、速やかに自分の身を守ることを考えて、相手から離れることをおすすめします。身体的暴力はすぐに命にかかわる危険性をはらみますが、精神的暴力がもたらす苦痛も同様。精神的暴力が引き起こしたPTSDに、生涯悩まされることもあります」
こうしたTENGAヘルスケアの一連の取り組みの背景には、今年4月より政府が本格的に開始した、子どもたちを性暴力の被害者、加害者、傍観者にさせないための「生命の安全教育」がある。幼児から高校生まで年齢に応じて、「プライベートゾーン」、「他者との適切な距離感」、「性暴力の被害にあった際の適切な対応」などを学び、「デートDVの危険性」についての指導も行われる。
ただし、これまで学校には、デートDVについて学ぶカリキュラムなどなく、同様に教員の養成課程にも“性教育”に特化した必修科目は存在しなかった。にもかかわらず、指導せざるを得ない学校は混乱しているという。
「現場は現在も手探りで、文部科学省から教材や手引きが公開されているものの、具体的な教材や教える側のノウハウは足りていない状態。性教育を行う医師や専門家などの外部講師を派遣してほしいと都教育委員会に要望する学校は、79%にのぼったそうです」
東京都が実施した「性教育の実施状況の意識調査」によると、教育の現場から「生殖機能に関する内容だけではなく、性に関する教育は生命尊重、人権尊重の教育であるという認識が薄い」、「情報が大量に溢れている中で正しい知識を指導することが必要であるが、具体的な指導ができない」、「生徒の成育環境の個人差が大きいことへの対応が難しい」などといった課題が寄せられているという。
「子どもは親の影響を受け、真似をして成長していくもの。幼少期に『間違った男女の役割』の刷り込みがあった場合、大人になったとき、それを悪いこととは思わずに、同じことを繰り返してしまう可能性が高いのです。子どもにとって両親は一番身近なジェンダーロール。『自分たちは正しい』と頑なになることなく、このチェッカーを使って、デートDVに当たることを受け入れてしまっていないか、関係性などを見つめ直していただく機会を持っていただければと思います」
子どもたちが最初に相談するのは親ではなく友人、という調査結果も出ている。「相手から束縛されている」という悩みに、「愛されている証拠」と友人が返し、被害が拡大してしまうケースも想定される。そうした状況を踏まえて、大人は「性のことはちょっと……」と尻込みせず、自身の価値観を更新しつつ、「正しい情報を得られる場所がある」と若者に伝えることが大切だ。
関口裕子(せきぐち・ゆうこ)映画ライター、編集者。1990年、株式会社キネマ旬報社に入社。00年、取締役編集長に就任。07年からは、米エンタテインメント業界紙「VARIETY」の日本版編集長に就任。19年からはフリーに。主に映画関係の編集と、評論、コラム、インタビュー、記事を執筆。趣味は、落語、歌舞伎、江戸文化。
デイリー新潮編集部