■不利な証拠無視、調書破棄…疑義数々
生物兵器の製造に転用可能な精密機械を不正に輸出したとして逮捕、勾留後に起訴が一転して取り消された会社社長らが、東京都と国に対して起こした国家賠償請求訴訟が異例の展開になっている。
捜査を担った警視庁公安部の警察官が法廷で事件を「捏造（ねつぞう）だ」と言及。捜査幹部や検察は賠償を課される違法行為はなかったと強調するが、法廷証言などからは数々の問題点が浮かび上がる。（杉本和真）
■国賠訴訟
「まあ、捏造ですね」
６月３０日に東京地裁で行われた証人尋問。原告側代理人の高田剛弁護士から「公安部が事件をでっち上げたのでは」と尋ねられた警部補はそう述べた。
警察官が自ら携わった事件を法廷で「でっち上げ」と認めるのは極めて珍しい。証言を引き出した高田弁護士も閉廷後、「あそこまで言うとは思わなかった」と驚きを隠さなかった。
この訴訟は横浜市の精密機械製造会社「大川原化工機」の大川原正明社長（７４）らが起こした。
大川原社長は２０２０年３月、経済産業省の許可を得ずに「スプレードライヤー（噴霧乾燥機）」と呼ばれる機械を不正輸出したとして、同社元取締役や元顧問とともに外為法違反容疑で公安部に逮捕され、東京地検によって起訴された。
だが、地検は初公判直前の２１年７月に起訴取り消しを申し立てる。その間、大川原社長と元取締役は約１１か月間勾留され、胃がんを患って勾留停止中だった元顧問は死亡。大川原社長らは「違法な捜査で精神的苦痛を受けた」として、５億円超の支払いを求めた。
■温度
問題の機械は霧状の液体をヒーターで乾かして粉末にするもので、インスタントコーヒーや粉ミルクなどの製造に使われる。国内の大手メーカーである同社は１９８０年代から海外にも輸出してきたが、経産省は２０１３年、滅菌・殺菌性能を持つ製品を輸出規制の対象とした。
有毒な菌の粉末を造った後に機械内部の残留物を無害化できれば、感染せずに粉末の大量生成が可能なためで、捜査では内部が菌を死滅させる高温に達するかが重要な焦点になっていた。
２１年１０月に始まった訴訟が大詰めを迎えた中での証人尋問。機械の性能実験を担当した警部補は「逮捕、勾留の必要もなかった」などとも証言し、「輸出には問題がなく、捜査員の個人的な欲で立件することになったと思う」と述べた。
桃崎剛裁判長から「捜査員の欲とは」と問われると、「客観的事実がないのに大変な捜査をした。自分がどこまで上がれるのかというのを意識したのでは」と、捜査の背景に幹部の「出世欲」があるとの見立てを披露した。
証人出廷した別の警部補も「同社社員が『機械には温度の上がりにくい場所がある』と主張していた」とし、「幹部がマイナス証拠をとりあげない姿勢だった。ちゃんと反証していれば、この事態は起きなかった」と言及。実際、問題の機械は弁護側や起訴後の検察側の実験で高温化しない場所の存在が確認され、起訴取り消しの要因になった。
■都・国「違法行為なし」
■正当性
国家賠償法は公務員が職務で違法に損害を与えた時は国や自治体が賠償すると定める。ただ、刑事事件の無罪や起訴取り消しだけで捜査側の違法が認定されるわけではない。「証拠資料などに基づき、逮捕や勾留、起訴の時点で嫌疑があれば適法だ」とする最高裁判例があるからだ。
訴訟で都と国は「有識者の意見聴取や機械の温度測定、経産省への照会などを経て捜査を進め、国賠法上の違法行為はなかった」と主張。公安部の警部として捜査を指揮した警視は証人尋問で警部補らの「告発」を否定し、「取り締まる必要性があった」と強調した。
だが、有識者の聴取などにも疑義は生じている。微生物学の専門家は聴取内容の記された捜査報告書の一部について、「捜査員の恣意（しい）的な作文だ」とする陳述書を原告側を通じて地裁に提出。この捜査員は別の調書をシュレッダーにかけたことも明かされた。
大川原社長らを起訴した検察官は７月５日の証人尋問で「当時、私が見聞きした証拠関係なら、今も同じ判断をする。判断に間違いがあったとは思わない」と述べ、正当性を強調。原告側からは「（警察に）不利な証拠がある可能性を確認すべきでは」と問われたが、「疑いを持てば確認するが、疑いは持たなかった」と言い切った。
「ストーリーありきの捜査が明らかになった。警察や検察は捜査のあり方を見つめ直すべきだ」。法廷で各証人の証言を聞いた大川原社長はそう批判を強める。訴訟は９月１５日の次回期日で結審する予定だ。ベテラン裁判官は「必ずしも法廷での証言が正しいとは限らない」とした上で、「地裁は膨大な証拠と証言を照らし合わせ、違法性の有無を慎重に判断するはずだ」と話す。