勘違いの「ジェンダーレストイレ」が犯罪を生む…世界一危ない日本のトイレ

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渋谷区の公共トイレ、東急歌舞伎町タワーなど、「ジェンダーレストイレ」が話題になっている。どちらもトイレの入り口は1ヵ所で、中に個室が並んでいる。
「このようなトイレは犯罪を誘発するようなもの。そもそも日本のトイレはグローバルスタンダードに基づいて作られていない。世界一危険なトイレと言ってもいいぐらいなんです」
こう憤るのは、犯罪学者の小宮信夫氏。
日本の公共トイレは、「中央に入り口が1つ、男子トイレと女子トイレが左右にあり、中央に多目的トイレ」というタイプが多い。これでは、後ろから誰かについてこられても、本人も周りの人たちも違和感を感じにくく、そのまま個室に引っ張り込まれてしまう。
一方、海外では男子トイレと女子トイレの入り口を離して設置することは常識になっている。
「法務省が行った『犯罪被害実態調査』によると、性被害は警察が把握した事件の7倍発生していることになります。調査対象になっているのは16歳以上なので、それ以下の子どもを含めると、20~30倍になるのではないかと思われます。トイレは犯罪の温床と言われているように、性被害の多くはトイレで起きているかもしれません。まずこの現状をなんとかしなくてはなりません」
つまり、男性も女性も同じ入り口から入るような「ジェンダーレストイレ」など、もってのほかだというのだ。
「世界経済フォーラムが先月、各国のデータをもとに男女格差の現状を評価した“ジェンダー・ギャップ指数”を発表しました。それによると、日本は146ヵ国中125位。去年の116位からさらにダウンしたんです。女性の立場にたって考える視点が欠落している。だから、“勘違い”なジェンダーレストイレが作られてしまうんです」
小宮氏によると、海外では犯罪を防ぐために「犯罪機会論」に基づいて街づくりや建物の設計をすることが基本だという。「犯罪機会論」とは、犯罪者に犯罪をあきらめさせる工夫を盛り込み、犯罪が起きにくい場所をつくるための手法。犯罪機会論の観点から考えると、今、話題になっているようなジェンダーレストイレはあり得ないのだ。
「日本では、介助が必要な人、人工肛門を使う人、子連れの利用者などに対応できるように“だれでもトイレ”ができました。体が不自由であっても性別はありますから男子トイレ、女子トイレ、男性用のだれでもトイレ、女性用のだれでもトイレ、この4つを作るのが基本です」
でもそれでは、生まれたときに割り当てられた性別のトイレを利用することに抵抗があるトランスジェンダーの人たちは利用しにくい。
「だったら、男子トイレ、女子トイレ以外に“だれでもトイレ”を作ればいい。社会のリクエストに応じて、増やしていけばいいんです」
でも、独立した“だれでもトイレ”はすでにある。
「そうです。それがすなわちジェンダーレストイレでしょう。ジェンダーレストイレなどと名付けて、最先端の雰囲気を出すのがカッコいいと思う人は、どこの国にもいるんです」
実際、イギリスでも一時、女子トイレをなくして、ジェンダーレストイレを設ける動きがあったとか。
「しかし、’22年7月に、新しく建設する公的建造物には男女別のトイレを設けることを義務づけました。
そもそもイギリスでは、’98年に『犯罪及び秩序違反法』という法律を作り、地方自治体に、ありとあらゆることに犯罪防止を考慮することを義務づけています。建物を建てるときも、都市開発するときも、必ず犯罪機会論の専門家が入ります。
防止策をおろそかにしたために犯罪が起きたら、自治体は莫大な賠償金を被害者に支払わなければならない。だから、自治体は必死で犯罪防止策を考えます。損害賠償請求訴訟では、犯罪機会論が過失の有無の基準になるわけです」
海外では当たり前のように犯罪機会論をもとに環境づくりが行われている。たとえばアメリカ生まれのコンビニも、この考え方のもと、デザインされている。道路側を全面ガラス張りにしているのは店内を外からも見えやすくして、強盗や万引きなどを防ぐためだ。同時に、店から道路への自然な視線を確保して、歩行者が犯罪に遭う確率を減らす狙いもある。
「海外では、ほとんどの大学に犯罪学科がありますが、日本には、犯罪学科のある大学がありません。だから、なんのためにガラス張りにしているかを知る機会もないのです」
その結果、窓ガラスに大きなポスターを貼ったり、本棚を置いたりして、中を見えにくくしてしまっている。
「犯罪トライアングルという考え方があります。犯罪が起こる3つの要素は、“加害者”、“被害者”、そして“加害者と被害者が接触する場所”です。
ところが日本では”場所”という考え方がない。
そのため、犯罪が起きたとき、“加害者”と“被害者”だけに焦点が当たります。どうして犯罪を犯したのか、被害はどれほど悲惨なのか……などということばかりが話題になる。しかし、犯罪を誘発した“場所”に関しては無関心です。これでは犯罪を防げません。
日本は、同調圧力や組織の締め付け、あるいは道徳によって、“加害者”が生まれにくい社会でした。しかし、その前提が大きく崩れてきています。であれば、“場所”というアプローチから犯罪を防ぐしかないのではないでしょうか」
日本は安全な国だという神話が犯罪学をないがしろにしているのだろうか。
しかし、昨今頻発する事件を見ても、もはや日本は安全ではない。女子トイレをなくして、ジェンダーレストイレを作っていることにも、さまざまな疑問の声が上がっている。
流行にのって、女子トイレをなくした自治体や企業が訴えられる日も近いかもしれない。
小宮信夫 立正大学教授。社会学博士。日本人として初めてケンブリッジ大学大学院犯罪学研究科を修了。国連アジア極東犯罪防止研修所、法務省などを経て現職。警察庁の安全・安心まちづくり調査研究会座長、東京都の非行防止・被害防止教育委員会座長などを歴任。代表的著作は、『写真でわかる世界の防犯 ――遺跡・デザイン・まちづくり』(小学館)。テレビへの出演、新聞の取材、全国各地での講演も多数。

取材・文:中川いづみ

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