小学生が4時起き激務…近鉄の“ガチすぎる”駅長体験の狙いは

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芸能人をはじめ著名人が、1日駅長を務めることは珍しくない。これは著名人が1日駅長を務めることで、鉄道会社の知名度をあげて少しでも利用者増につなげようという意図がある。
【写真】「風情を一番感じる駅」 宿泊地となる大和上市駅 そして、近年は鉄道各社が小学生以下を対象に駅長や駅員の体験をコンテンツとして“販売”するようになった。 以前から、鉄道各社は多くの子供たちに親しみを持ってもらおうと車庫見学などの鉄道を間近に体験するツアーを実施してきた。そうした車庫見学などの体験ツアーは「幼い頃から鉄道に慣れ親しむことにより、新規需要を少しでも掘り起こす」という意図が込められている。

東京や大阪といった大都市に住んでいれば話は別だが、地方都市だと日常的に鉄道を使うことはない。小中高校まで鉄道を使わず、その後に自動車免許を取得してしまえば鉄道を使って出かけるという選択肢は存在しなくなる。今回の鉄道体験ツアーで宿泊地となる大和上市駅 地方都市では、そもそも鉄道を利用するというライフスタイルになっていない。これでは沿線に観光客を呼び込んだところで、鉄道を維持できる収益構造にはならない。 鉄道各社が駅長や駅員の体験をコンテンツとして“販売”するようになった理由は、コロナ禍によって大規模イベントを実施できなくなったことが大きい。コロナ禍で人を集められなくなった鉄道会社は方向転換せざるを得なくなり、人数を絞った企画へとシフトしていった。 鉄道各社は参加人数を絞る一方で、イベントの有料化も模索した。しかし、これまで無料で実施していたイベントを有料化するからには、それなりにプレミアムな体験を盛り込まなければならない。 有料化への工夫のひとつとして、各社は実際の駅に立ってきっぷの入鋏や駅構内放送といった1日駅員(駅長)の体験を積極的に売り出す。 それらの体験ツアーの内容は、各鉄道会社によって異なり参加料金も千差万別だが、近畿日本鉄道が夏休み特別企画と銘打って発表した「きんてつ 駅のお仕事体験2日間in大和上市駅」が異例の体験ツアーだと話題を呼んでいる。異例の体験ツアーの意図を近鉄に尋ねると 近鉄が売り出したツアーは名称だけを見ると、これまで鉄道各社が発売してきた駅業務を2日間にわたって体験する内容と思えるだろう。しかし、近鉄が発表した体験ツアーは1回目の実施日が7月29日から30日で、2回目の実施日が8月19日から20日。 体験ツアーは連続した2日間で実施されるわけだが、注目すべきは近鉄が発表したスケジュールにある。その行程は小学生が気軽に参加したいと親にせがむような内容になっていない。 まずスタートが近鉄吉野線の下市口駅に15時30分に集合。そこから改札・業務機器の説明・解放作業見学・給水・列車監視・清掃といった駅業務全般を体験していく。 かなり多くの業務を体験するが、ここまでの体験プログラムだったらさほど驚くことはない。近鉄の体験ツアーが従来と異なるのは、終業・始業点検という業務が盛り込まれている点にある。終業・始業の駅業務を体験するには、駅に宿直しなければいけないからだ。つまり、駅に宿泊することまでを含んだツアーになっているのだ。 体験ツアーの参加者が18歳以上の成人ならまだ驚かない。近鉄は小学4年生から6年生までを対象としたツアーと発表している。同ツアーは保護者も同伴できることになっているが、それでもかなり異例な体験ツアーといえるだろう。どんな経緯から発案されたのだろうか?「今回のツアーは企画担当者が、新聞に掲載されていた『こどもの頃みていた駅員さんの姿、終電を見送って、仮眠室で一人寝るのを想像し、楽しそう、自分も駅員になりたいと思った』という記事を読み、実現できないかと考えて企画しました。ツアーでは駅業務、駅舎での仮眠体験を通じて、鉄道業に愛着を持っていただきたいと考えています。体力面を考慮して、参加資格は小学4年生から6年生に限定させていただきました」 と説明するのは、近鉄広報部の担当者だ。小学4年生から6年生に限定しているとはいえ、終業・始業点検をこなすことを考慮すると、24時まで起きていなければならず、朝も4時には起床しなければならない。小学生高学年には短い睡眠時間であることは明白で、かなりの激務と想像できる。 そんな体験ツアーをリリースした近鉄は、大阪府・京都府・奈良県・三重県・愛知県の2府3県に路線を有する、国内最大の私鉄としても知られる。近鉄の路線は総延長が約501.1キロメートルにも及ぶ。当然ながら総駅数も286と日本一だ。数多くの駅がある中で、なぜ大和上市駅を宿泊駅に決めたのだろうか?「大和上市駅は巡回対応駅となり、現在は係員が常駐していません。しかし、係員を配置していた当時は複数名が仮眠しており、仮眠室も2部屋ありました。当時の設備は、現在も残っています。また、駅の外観など風情を一番感じる駅という理由もあります」(同)収益面ではプラスにならない この体験ツアーが激務だと思われる理由は、宿泊を伴うという部分だけではない。大和上市駅は、トンネルと橋梁の間に立地し、ホームが1つの単線駅。2022年における一日の平均乗降人員が349人。乗降客数は決して多いわけではないので、駅業務を忙しく感じることはないかもしれない。 しかし、「夏場には津風呂湖や大台ケ原、吉野川でキャンプを楽しまれる利用者でにぎわいます」と近鉄広報部担当者が説明するように、体験ツアーが実施予定日の7月29日から30日と8月19日から20日は同駅の繁忙期にあたる。 そんな激務の駅業務を体験するツアーだが、旅行代金は大人一人1万円、体験する子供1名3万円、ツアーに同伴するが体験しない子供は一人5000円。 同ツアーはプレミアムな体験ができることが評判になって、申し込み開始とともに両日とも1日1組限定の枠に30組以上の申し込みがあったという。そのため、キャンセル待ちも含めて申し込みは即日終了した。「夏休みでの実施として計画しましたので回数は限定されてますが、同体験ツアーを継続していければと考えております」と近鉄広報部の担当者も望外の反響に驚きを隠せないが、他方で「今回の体験ツアーは1日1組限定の募集なので収益面を考えればプラスになりません。あくまでも鉄道体験を通じて、鉄道業に興味を持ってもらうことが目的です」とも話す。各事業者に余裕はないが… 鉄道事業者はイベントのほかにも、さまざまな手法で鉄道業への理解を深めてもらおうと努めてきた。筆者は地方行政や鉄道事業を主に取材するライターだが、積極的に社会科見学で小学生を受け入れる傾向は、特に市営地下鉄や市電といった公営の鉄道事業者に強かった。それはコロナ禍で一変し、鉄道事業者が子供たちに鉄道業を身近に感じさせる機会は減った。 ようやくコロナ禍は収束したが、今度は鉄道事業者に収益を気にせずに企画を打ち出せるほどの余裕がなくなっている。 鉄道を身近に感じさせるという点においては、これまでの1日駅員(駅長)体験よりも宿泊を伴う体験ツアーの方が高い効果を発揮することは間違いないだろう。 今回、近鉄が実施する宿泊を伴う1日駅員(駅長)体験は宿泊設備の有無などが催行条件となる。そのほかにもクリアしなければならない課題があり、そのために他社は容易に模倣できないかもしれない。 それでも鉄道各社が工夫を凝らした取り組みを打ち出すことで、それまで鉄道と無縁だった人たちにも鉄道を身近に感じさせることができる。それは短期的には鉄道事業の収益として結びつかなくても、長期的に見れば鉄道需要の創出につながる。 今、鉄道各社はそんな長期的な取り組みができるほどの余裕はないのかもしれない。しかし、目先の利益だけ追ってもジリ貧になることは見えている。近鉄が実施する斬新な取り組みが他社からも打ち出されることを期待したい。小川裕夫/フリーランスライターデイリー新潮編集部
そして、近年は鉄道各社が小学生以下を対象に駅長や駅員の体験をコンテンツとして“販売”するようになった。
以前から、鉄道各社は多くの子供たちに親しみを持ってもらおうと車庫見学などの鉄道を間近に体験するツアーを実施してきた。そうした車庫見学などの体験ツアーは「幼い頃から鉄道に慣れ親しむことにより、新規需要を少しでも掘り起こす」という意図が込められている。
東京や大阪といった大都市に住んでいれば話は別だが、地方都市だと日常的に鉄道を使うことはない。小中高校まで鉄道を使わず、その後に自動車免許を取得してしまえば鉄道を使って出かけるという選択肢は存在しなくなる。
地方都市では、そもそも鉄道を利用するというライフスタイルになっていない。これでは沿線に観光客を呼び込んだところで、鉄道を維持できる収益構造にはならない。
鉄道各社が駅長や駅員の体験をコンテンツとして“販売”するようになった理由は、コロナ禍によって大規模イベントを実施できなくなったことが大きい。コロナ禍で人を集められなくなった鉄道会社は方向転換せざるを得なくなり、人数を絞った企画へとシフトしていった。
鉄道各社は参加人数を絞る一方で、イベントの有料化も模索した。しかし、これまで無料で実施していたイベントを有料化するからには、それなりにプレミアムな体験を盛り込まなければならない。
有料化への工夫のひとつとして、各社は実際の駅に立ってきっぷの入鋏や駅構内放送といった1日駅員(駅長)の体験を積極的に売り出す。
それらの体験ツアーの内容は、各鉄道会社によって異なり参加料金も千差万別だが、近畿日本鉄道が夏休み特別企画と銘打って発表した「きんてつ 駅のお仕事体験2日間in大和上市駅」が異例の体験ツアーだと話題を呼んでいる。
近鉄が売り出したツアーは名称だけを見ると、これまで鉄道各社が発売してきた駅業務を2日間にわたって体験する内容と思えるだろう。しかし、近鉄が発表した体験ツアーは1回目の実施日が7月29日から30日で、2回目の実施日が8月19日から20日。
体験ツアーは連続した2日間で実施されるわけだが、注目すべきは近鉄が発表したスケジュールにある。その行程は小学生が気軽に参加したいと親にせがむような内容になっていない。
まずスタートが近鉄吉野線の下市口駅に15時30分に集合。そこから改札・業務機器の説明・解放作業見学・給水・列車監視・清掃といった駅業務全般を体験していく。
かなり多くの業務を体験するが、ここまでの体験プログラムだったらさほど驚くことはない。近鉄の体験ツアーが従来と異なるのは、終業・始業点検という業務が盛り込まれている点にある。終業・始業の駅業務を体験するには、駅に宿直しなければいけないからだ。つまり、駅に宿泊することまでを含んだツアーになっているのだ。
体験ツアーの参加者が18歳以上の成人ならまだ驚かない。近鉄は小学4年生から6年生までを対象としたツアーと発表している。同ツアーは保護者も同伴できることになっているが、それでもかなり異例な体験ツアーといえるだろう。どんな経緯から発案されたのだろうか?
「今回のツアーは企画担当者が、新聞に掲載されていた『こどもの頃みていた駅員さんの姿、終電を見送って、仮眠室で一人寝るのを想像し、楽しそう、自分も駅員になりたいと思った』という記事を読み、実現できないかと考えて企画しました。ツアーでは駅業務、駅舎での仮眠体験を通じて、鉄道業に愛着を持っていただきたいと考えています。体力面を考慮して、参加資格は小学4年生から6年生に限定させていただきました」
と説明するのは、近鉄広報部の担当者だ。小学4年生から6年生に限定しているとはいえ、終業・始業点検をこなすことを考慮すると、24時まで起きていなければならず、朝も4時には起床しなければならない。小学生高学年には短い睡眠時間であることは明白で、かなりの激務と想像できる。
そんな体験ツアーをリリースした近鉄は、大阪府・京都府・奈良県・三重県・愛知県の2府3県に路線を有する、国内最大の私鉄としても知られる。近鉄の路線は総延長が約501.1キロメートルにも及ぶ。当然ながら総駅数も286と日本一だ。数多くの駅がある中で、なぜ大和上市駅を宿泊駅に決めたのだろうか?
「大和上市駅は巡回対応駅となり、現在は係員が常駐していません。しかし、係員を配置していた当時は複数名が仮眠しており、仮眠室も2部屋ありました。当時の設備は、現在も残っています。また、駅の外観など風情を一番感じる駅という理由もあります」(同)
この体験ツアーが激務だと思われる理由は、宿泊を伴うという部分だけではない。大和上市駅は、トンネルと橋梁の間に立地し、ホームが1つの単線駅。2022年における一日の平均乗降人員が349人。乗降客数は決して多いわけではないので、駅業務を忙しく感じることはないかもしれない。
しかし、「夏場には津風呂湖や大台ケ原、吉野川でキャンプを楽しまれる利用者でにぎわいます」と近鉄広報部担当者が説明するように、体験ツアーが実施予定日の7月29日から30日と8月19日から20日は同駅の繁忙期にあたる。
そんな激務の駅業務を体験するツアーだが、旅行代金は大人一人1万円、体験する子供1名3万円、ツアーに同伴するが体験しない子供は一人5000円。
同ツアーはプレミアムな体験ができることが評判になって、申し込み開始とともに両日とも1日1組限定の枠に30組以上の申し込みがあったという。そのため、キャンセル待ちも含めて申し込みは即日終了した。
「夏休みでの実施として計画しましたので回数は限定されてますが、同体験ツアーを継続していければと考えております」と近鉄広報部の担当者も望外の反響に驚きを隠せないが、他方で「今回の体験ツアーは1日1組限定の募集なので収益面を考えればプラスになりません。あくまでも鉄道体験を通じて、鉄道業に興味を持ってもらうことが目的です」とも話す。
鉄道事業者はイベントのほかにも、さまざまな手法で鉄道業への理解を深めてもらおうと努めてきた。筆者は地方行政や鉄道事業を主に取材するライターだが、積極的に社会科見学で小学生を受け入れる傾向は、特に市営地下鉄や市電といった公営の鉄道事業者に強かった。それはコロナ禍で一変し、鉄道事業者が子供たちに鉄道業を身近に感じさせる機会は減った。
ようやくコロナ禍は収束したが、今度は鉄道事業者に収益を気にせずに企画を打ち出せるほどの余裕がなくなっている。
鉄道を身近に感じさせるという点においては、これまでの1日駅員(駅長)体験よりも宿泊を伴う体験ツアーの方が高い効果を発揮することは間違いないだろう。
今回、近鉄が実施する宿泊を伴う1日駅員(駅長)体験は宿泊設備の有無などが催行条件となる。そのほかにもクリアしなければならない課題があり、そのために他社は容易に模倣できないかもしれない。
それでも鉄道各社が工夫を凝らした取り組みを打ち出すことで、それまで鉄道と無縁だった人たちにも鉄道を身近に感じさせることができる。それは短期的には鉄道事業の収益として結びつかなくても、長期的に見れば鉄道需要の創出につながる。
今、鉄道各社はそんな長期的な取り組みができるほどの余裕はないのかもしれない。しかし、目先の利益だけ追ってもジリ貧になることは見えている。近鉄が実施する斬新な取り組みが他社からも打ち出されることを期待したい。
小川裕夫/フリーランスライター
デイリー新潮編集部

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