じつは「年収1000万以上の中高年」に多い「カスハラ」おじさんという大問題 うまく対応するには?

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客商売をしている人間なら、顧客が企業に対して理不尽なクレーム・言動をする「カスタマーハラスメント」(カスハラ)にまったく遭ったことがない人の方が少ないだろう。しかしカスハラをするのはどんな人なのか、どう対策すればいいのかに関する知識は、それほど一般的なものとは言えない。ある調査によると、なんと約2人に1人がカスハラをしたことがあると自己申告しているという。被害を最小限にするためにも、また、加害者にならないためにも知っておきたいことについて、『カスハラの犯罪心理学』(集英社インターナショナル新書)を著した犯罪心理学者の桐生正幸・東洋大学社会学部社会心理学科教授に訊いた。
――欧米では女性従業員に対する性的嫌がらせや人種差別的な言動をするカスハラ客を野放しにすると店のオーナーや企業経営者側がバッシングを受けるそうですが、日本のカスハラ対応とはだいぶ違う印象を受けます。
桐生 日本は過度なおもてなしが当たり前になってしまっています。外国に行って買い物すればわかりますが、店員が無愛想であったり、おしゃべりしていたりするのは珍しくありません。日本は接客のベースが丁寧すぎる。だからお客さん側も「自分はもてなされて当然だ」と思い、それが横柄な態度や無茶な要求につながる。
もちろん、どの国であっても店のサービスや対応が悪ければお客さんは苦情を言います。そして店と客で主張が折り合わなければ、場合によっては裁判で争う。日本のように「店側が基本的に譲歩すべき」という考えはなく、対等な関係です。過度なクレームに対しては毅然とした対応を取る。ドライといえばドライかもしれません。
しかし日本ではお店側、企業側がそもそも「過度なクレーム」と捉えていないことがよくあります。もちろん、お店が出した食べものに髪の毛が入っていないのに「入っていた」とウソを付いて金品をせしめようとするケースは犯罪ですから、既存の法律で対応できます。問題は、現行法では罪に問えないけれども従業員や企業にダメージを与えるグレーゾーンのボリュームが日本で多いと考えられることです。
欧米ではカスハラを罰する法律がありますが、日本はこれまで消極的でした。「お客様は神様です」という考えが根底にあり、そうしなければ顧客をつなぎ止められないと思ってきたからです。
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――グレーゾーンなカスハラ対応に対して、日本では学術的な研究も少ないそうですね。
桐生 クレーマー研究は行動経済学などに基づく企業対応のハウトゥ、あるいは法的な面での対応は論じられてきたと思いますが、カスハラをする方に対する心理学による根本的なアプローチは長らく進んできませんでした。これも日本企業が表立って問題視してこなかったことが要因のひとつだと思います。私も「『クレーマー』とは言いたくないんです」と企業の方が話されることをよく聞きました。カスハラという行為、現象自体は昔から存在していたけれども、それを「問題」としては認識してこなかった。だから過度なクレームに対して金品を渡して対処するとか、あるいはうまく対応したスタッフを賞賛し、逆にうまく対応できずに傷付いたスタッフが辞めていくといったことが繰り返されてきました。つまりクレーム対応は「従業員個人の力量の問題」だと思われてきた。しかし近年になって「これはハラスメントじゃないか」と意識が変わってきたことで、今は研究者の関心が増えつつあると思っています。
――『カスハラの犯罪心理学』ではカスハラ加害者の5つのタイプとして
1.思い込み・勘違いタイプ2.歪んだ正義感タイプ(「アドバイス」と称したカスハラ)3.ストレス発散タイプ(個人をターゲットにしたカスハラ)4.攻撃的タイプ5.執着の強いタイプ(精神状態からくるカスハラ)
と分けています。また、攻撃性の4タイプとして
1.回避・防衛としての攻撃(自分が危害を加えられていると言う被害意識を持つ傾向が強い)2.影響・強制としての攻撃(自分の意見を通すための戦略的な攻撃行動)3.制裁・報復としての攻撃(自分が正義で、責任は相手にあると信じての攻撃)4.同一性・自己呈示としての攻撃(名誉や信用を守る、自分のイメージを良くするための攻撃)
と整理されています。これくらいはパターンとして覚えておいたほうが対処しやすい? あるいは、対処の仕方を間違うと余計こじれたりするのでしょうか。
桐生 「この人はなぜこんなに怒っているのか」の検討が付かないと、いきなり攻撃の標的になった現場の店員さんは動揺します。しかし、たとえば攻撃行動には4つパターンがあることを知っていれば「この人は話を聞いてもらいたい人なのかな、バカにされたくない人なのかな」と予想が付きますから、それだけでも心の余裕ができ、カスハラ対応のストレスが軽減される。また、組織的な対応もしやすくなります。
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――桐生先生が学生にカスハラ被害体験をレポートで書いてもらい、それを分析したところ
1.クレームのきっかけが店や従業員の過失や手違い、説明不足2.若い/店内の立場が低い/女性である店員と客との上下関係がカスハラの原因になっていること3.カスハラ被害を受けた店員は、カスハラ客を悪意ある者/攻撃性が高い者/なんらかの劣等感を持つ者/社会的立場の優位性を保ちたい者といった印象で捉えていたこと
という3つの傾向があったそうですが、被害者が認識している加害者像と、実際の加害者像との間に乖離はありますか。
桐生 その後、加害者に対するウェブ調査も行いましたが、意外と違いはありませんでした。もちろん、積極的に「やったことがある」と答えてくれる人は正直な方であり、自覚がある方ですから、カスハラしたという自覚がなく繰り返しているような人の生のデータは集めにくいという限界はあります。ただ、カスハラ加害経験に関するウェブ調査では、驚くべきことに全体の約45%が「悪質なクレームをしたことがある」と答えています。これに加えて自覚がない人が暗数として存在していると考えられますから、「誰でもカスハラしたことがある/する可能性がある」くらいに考えても間違いではないのではないでしょうか。
加害者の属性別の傾向としては、女性は30~40代で商品の欠陥を理由に淡々とクレームを述べ、商品や商品代を受け取るタイプ、男性は50~60代が店員のミスや手続不備などを理由に高圧的な態度を取り、上層部からの謝罪を受けるタイプがおそらく多いです。男性は身体的、女性は言語的と、攻撃のタイプが異なります。男性は世帯年収1000万円以上になると割合が増えます。これをどう解釈するかは様々ですが、おそらくこういう層の方には自分が良い企業にいる(いた)とか稼いでいる(いた)といった自負があり、それにふさわしい(と本人が考える)対応が得られないと、自己顕示欲や承認欲求が発動して攻撃行動に出るのではないでしょうか。
大学生に対する被害体験調査でも「お前、俺をバカにしているのか」と言ってくるおじさんがいるとの声がありました。たとえばお酒やタバコを買う際にコンビニなどでは成人かどうか購買者側がディスプレイにタッチして確認することになっていますが、バイトしている学生が接客マニュアルに則って「タッチをお願いします」と言ったら「なんで俺が押さなきゃいけないんだ。どう見ても大人だろう」と言って怒る人がいる、と。昭和世代と令和世代で接客の常識、価値観が異なるというジェネレーションギャップによる軋轢もありそうです。
――カスハラ被害/加害を減らし、現場の方のストレスを軽減していくためには、どんな取り組みが必要でしょうか。
桐生 私たちが立ち上げた日本カスタマーハラスメント対応協会では、生協から研究費をいただき、カスハラ対応の4分類などをわかりやすく記したカードを作り、顧客担当者に配付して時間があるときに見てもらい、カスハラが起きた際にどんな対応ができるのかの実証実験を始めています。このようにエッセンシャルワーカー向けの実践的なツールの開発・普及を進めることがまず重要です。
それからイオンなどが加盟するUAゼンセンをはじめ、政界に働きかける動きがあり、遅くとも数年以内に日本でもカスハラ規制法案ができ、ハラスメントに対する罰則が定められると思われます。そうすると現場でも悪質なクレームに対して「犯罪ですよ」と言いやすくなり、対応も進むはずです。
カスハラ加害抑制という点で私がぜひみなさんに知ってもらいたいのは、加害経験者に「クレームをおこなったあと、あなたの心身の状態になにか変化がありましたか?」と尋ねた調査では、カスハラしてすっきりしたという人は少なく、むしろ嫌な気持ちを引きずっている割合の方が多いということです。接客に対して時にはイラッとくることもあるかもしれませんが、怒って店員さんを攻撃しても、ネガティブな状態は必ずしも解消されません。だったら落ち着いてお互い気持ちのいい解決の仕方を考えましょう、と。
また、企業は「お客様は神様」という認識から脱し、先導して「良き消費者の姿」を示してこれからの消費者を育てる、消費者教育に力を入れていくことで、カスハラ抑制につなげてもらいたいと思っています。

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