「この店は客をコロナ扱いするのか!?」マスク着用をお願いしただけで30分怒鳴り続ける60代も…「悪質クレーマー」を放置し続ける日本のヤバさ から続く
土下座や金品を要求するだけでおさまらず、時には店員に暴行を加えるケースも……。近年、社会問題化している「カスハラ」(カスタマーハラスメント。顧客による理不尽なクレームや言動を指す)の壮絶な実態とは?
【マンガ】「お客様は神様などではありません」
犯罪心理学者として長年カスハラにかかわってきた桐生正幸氏の新刊『カスハラの犯罪心理学』より一部抜粋してお届けする。(全2回の2回目/前編を読む)
いくら謝罪しても許してくれない「モンスター客」の心理とは? 写真はイメージ getty
◆◆◆
2013年10月、札幌市内に住む当時40代の女性が「強要」の疑いで逮捕された。
逮捕の1カ月前、女性は午後6時ごろに札幌市東区の衣料品店にやってきた。その手には前日にその店で購入したタオルケットが握られている。女性はパートの従業員を見つけると、凄まじい剣幕で詰め寄った。
「この店で買ったタオルケットに穴が空いていた!」
従業員はタオルの穴を確認すると謝罪して、返品を受けつけることにした。購入金額を返金したが、それでも女性の怒りは収まらない。
「店に来るのに使った交通費を返せ!」
なんと、女性はさらに金を要求してきたのだ。
クレームにはきちんと対応しているため、これは過度の要求になる。店長代理も加わって対応し、店の規定で払うことはできないと2人は女性に説明した。要求を突っぱねられ、女性はますます怒り狂うと、怯える従業員2人を怒鳴りつけ、なんと土下座を要求した。
2人は驚いたが、女性は本気のようだ。さらに詰め寄られ、怒鳴られる。他のお客も怯えている。これ以上長引かせては業務にも差し障るし、タオルケット代では済まない被害が出るかもしれない。2人は膝を折り、地べたに震えながら手をついた。土下座をする頭上では、写真を撮るシャッター音が鳴り響いた。
女性は、2人の名前を確認すると、その画像とともに店の悪評をSNSに投稿。さらに、自宅まで謝罪に来るよう要求した。
従業員たちが警察に被害届を出したことにより、この女性は逮捕された[「週刊現代」2013年10月26日号]。
土下座させて写真を撮り、さらなる謝罪を要求する。反社会的勢力を思わせるやり口だが、これはカスハラの事例である。
幸いにも、この被害に遭った2人は加害者宅へ訪問することなく通報した。だが、もし被害届を出さず、女性宅を訪問していればどうなっていただろう? 何時間も軟禁され、さらなる要求に直面していたはずだ。
タオルケット1枚の穴一つで、従業員を土下座させ、さらにはその写真を撮ってインターネット上で拡散させる。その非道さに震え上がった読者もいれば、「バカなの?」と驚いた読者もいるだろう。SNS上での話題性を狙ったかは定かではないが、この女性が罪の意識もなくSNSに投稿したのは「正しい自分に世論も味方する」という安易な思いがあったのだろうか。
ちなみに、こうしたカスハラ行為は「強要罪(刑法第223条第1項)」にあたり、逮捕される。これは、次のような場合に成立する罪状だ。
(1)生命・身体・自由・名誉・財産に対して害を加える旨を告知して脅迫した場合(2)暴行を用いて人に義務のないことをおこなわせ、または権利の行使を妨害した場合(3)親族に対して同じことをして脅迫・妨害した場合
罰則には罰金刑はなく、3年以下の懲役が課される。「2年以下の懲役又は30万円以下の罰金」が罰則となっている脅迫罪と比べると、強要の方が重い罪なのがわかる。金を要求したが得られなかった「未遂」のケースであっても、罰せられる可能性は十分にある。
この事件のあとにも、よく似た事件が多発している。2014年9月、場所は大阪府茨木市のコンビニだった。
ことの発端は、一人の女性がコンビニの店長らとの間に起こしたトラブルだった。トラブルを知った知人の男性2名がその後に来店。店長らに土下座をさせ、女性の娘がその様子を撮影し、動画をSNSに投稿した。オーナー、エリアマネージャー、エリアの営業所長まで呼びつけられる事態となった。
「手ぶらで行きまんのか、オタク、謝りに行くとき」
男性らは反社会的な言葉を口にし、2万6700円相当のたばこ6カートンを脅し取った。
この2人はカスハラの常習者で、過去にも似たような手口を繰り返していたことも、あとで明らかになっている。うち一人は自身も営業職として働いていた際、クレーム客に菓子折りを差し出し、土下座をして謝ってきた。そのため、「謝る際には土下座をし、財物を渡すのが普通だと思っていた」という。
ところが、このカスハラ事件はここで終わらない。女性は、別の知人男性にも連絡をして、トラブルについて話し、土下座動画を共有した。この男性も過去にクレームで現金を受け取った経験があったことから、コンビニの営業所長に7度にわたって電話をかけた。
「たばこと携帯代では話になりませんわ」「誠意っていうのはお金のことですわ」「信用ガタ落ちになりますよ」
そんな脅し文句を繰り返し、現金を脅し取ろうとしたのだ。
結果、この事件では男性3人、女性1人の全員が逮捕されることになった。女性の娘は少年院に送致された[産経ニュース 2014年12月24日]。
仲間がいることを匂わせて、従業員を脅して土下座をさせる事件は他にもある。同じく2014年12月、北海道釧路市のコンビニで起きた事件では、20~30代の男女4人が店員を脅し、土下座をさせたとして「強要」の疑いで逮捕された。10代の女性店員が言いがかりをつけられ、「若いやつ何十人も連れてくる」と脅されたうえ、約25分にわたって土下座を強要された[J-CASTニュース 2014年12月30日]。
同月、滋賀県のボウリング場でも同じ事件が起きている。一緒にいた未成年の少女2人に対し、店員が年齢確認をしたことに20代男性が腹を立て、「前に来たときはそんなこと聞かれんかった」「土下座せえへんかったら、店のもん壊す」と店員に約45分間も土下座をさせた。
少女らがSNSに投稿した土下座画像が滋賀県警に通報され、被害に遭った店員も警察に被害届を出したことで、3人は強要容疑で逮捕されている[産経ニュース 2015年5月9日]。
さらには、傷害事件も起きている。
2015年4月、滋賀県守山市で飲食店員に土下座をさせたあげく後頭部を足で蹴って軽傷を負わせたとして、20代男性が逮捕されている。男性は、知人2人と共にドライブスルー型の飲食店に来店。注文した際、商品が足りないとクレームを入れた。その後、店を出て知人宅に戻ったのだが、男性は店に電話をかけ、店員の帽子のつばが顔に当たったのを謝罪しろと、店員を知人宅に呼びつけていたのだ[産経ニュース 2015年6月9日]。
クレームへの謝罪や適切な対応を受けてもなお、キレた“お客様”たちは納得しない。執拗に相手を傷つけ、過度な要求をエスカレートさせていく点で、これらの事件は共通している。
大阪府茨木市コンビニ土下座事件で逮捕された男性は、裁判の席で「謝罪に納得できずに怒りが勝ってしまった」と説明した。それに対し、「相手が土下座してまで謝っているのに、どこまで謝れば気が済んだのか合理的に説明してください!」と語気を荒らげた裁判官の言葉には、誰もが頷くだろう[産経ニュース 2014年12月24日]。
バカバカしい理由と理不尽な行為ではあるが、犯罪心理学の視点から見ると、加害者たちのほとんどは「利益を最大化するように合理的な選択をした」とも言える。 2013年の衣料品店土下座事件のケースで言えば、穴の空いたタオルケットを持って、店を再訪する手間も時間もかけている。それ以上の心理的な見返りを手に入れるために「土下座の要求」や「SNS投稿」をおこなったのだろう。 大阪府茨木市のコンビニ土下座事件の加害者女性も、搾り取れるだけ搾り取ろうと、自分の人脈を利用している。しかも、カスハラ成功体験を持つ仲間の心理を熟知して、うまく動かしている。トラブルの現場にいなかった男性たちが義憤を覚え、わざわざ乗り込んで無償で脅迫行為に加担したり、7回も電話をかけたりしている。 しかし、こうした犯罪者の惜しまぬ努力を向けられた店は堪ったものではない。ターゲットにされた店は、いずれも人だかりができるような場所でも高級店でもない。手ごろな商品やサービスを売る日常的な店だ。接客をしているのも一般人がほとんどだ。犯行は容易だっただろう。 トラブルのあとに店を一度去り、時間をおいて店に戻ってくる、あるいは従業員を呼びつけるなどの時差があるのも特徴だ。その間に、加害者たちは不満を募らせるのと同時に、利益と不利益を天秤にかける時間があったとも考えられる。 理不尽極まりないカスハラも、他の犯罪と同じように、加害者は合理的な選択をして事に及んでいるのだ。“お客様”のその後 残念ながら、カスハラ加害者の身勝手さは、社会的制裁を受けても直らないケースもある。 2014年9月、兵庫県加古川市の50代男性職員が、コンビニの女性従業員にセクハラ行為をおこない、停職6カ月の処分を市から受けた。ところが、男性職員は、この懲戒処分は重過ぎると不服を申し立て、市を訴えたのだ。訴訟の上告審判決で、裁判長は懲戒処分は「著しく妥当を欠くものであるとまではいえない」として男性職員側の請求を退けた。カスハラ加害者が、自身の加害行為を正当化する一方で自分の不利益には過敏であることを物語る事例だ[弁護士ドットコムニュース 2019年2月14日]。 なかには、殺人事件に至ってしまったカスハラもある。 2004年、東京都墨田区で30代の会社員男性が刺殺される事件が起きた。逮捕されたのは当時20代の牛丼店の店長だ。被害者の会社員男性は以前からたびたび店でクレームをつけ、店長との間でトラブルが続いていた。男性に現金を支払っても納得してもらえず、業務に支障が出ると考えて店長は殺人を犯してしまったのだ[毎日新聞 2004年12月12日]。 クレームに対する謝罪と対応があってもなお、キレる“お客様”が矛を収めないケースは多い。こうした終わりの見えない理不尽さを、現場の人員だけで解決することがいかに容易でないか、数々の事件は示している。(#1を読む)【出典】・「週刊現代」 2013年10月26日号「『しまむら』店員を土下座させて逮捕 クレーマー主婦をブタ箱に入れた『強要罪』はこんなに怖い」・産経ニュース 2014年12月24日「『誠意ってお金のことですわ』コンビニ土下座事件…モンスタークレーマーが法廷で言い放った信じがたき“常識” ついに裁判官もキレた!?」・J -CASTニュース 2014年12月30日「コンビニ店員に『土下座強要』、今度は北海道で 男女4人逮捕」・産経ニュース 2015年5月9日「『くそおもろい笑』で炎上、ボウリング場で『土下座強要』させた学習能力ゼロの男女3人組」・産経ニュース 2015年6月9日「クレーム謝罪、土下座しても店員の頭蹴る…傷害容疑で男逮捕 滋賀県警」・弁護士ドットコムニュース 2019年2月14日「コンビニ店員にセクハラ、笑顔対応は『同意』じゃない 市職員が逆転敗訴」・毎日新聞 2004年12月12日「東京・向島の刺殺:牛丼店長『クレームしつこく殺した』会社員殺害容疑で逮捕」(桐生 正幸/Webオリジナル(外部転載))
バカバカしい理由と理不尽な行為ではあるが、犯罪心理学の視点から見ると、加害者たちのほとんどは「利益を最大化するように合理的な選択をした」とも言える。
2013年の衣料品店土下座事件のケースで言えば、穴の空いたタオルケットを持って、店を再訪する手間も時間もかけている。それ以上の心理的な見返りを手に入れるために「土下座の要求」や「SNS投稿」をおこなったのだろう。
大阪府茨木市のコンビニ土下座事件の加害者女性も、搾り取れるだけ搾り取ろうと、自分の人脈を利用している。しかも、カスハラ成功体験を持つ仲間の心理を熟知して、うまく動かしている。トラブルの現場にいなかった男性たちが義憤を覚え、わざわざ乗り込んで無償で脅迫行為に加担したり、7回も電話をかけたりしている。
しかし、こうした犯罪者の惜しまぬ努力を向けられた店は堪ったものではない。ターゲットにされた店は、いずれも人だかりができるような場所でも高級店でもない。手ごろな商品やサービスを売る日常的な店だ。接客をしているのも一般人がほとんどだ。犯行は容易だっただろう。
トラブルのあとに店を一度去り、時間をおいて店に戻ってくる、あるいは従業員を呼びつけるなどの時差があるのも特徴だ。その間に、加害者たちは不満を募らせるのと同時に、利益と不利益を天秤にかける時間があったとも考えられる。
理不尽極まりないカスハラも、他の犯罪と同じように、加害者は合理的な選択をして事に及んでいるのだ。
残念ながら、カスハラ加害者の身勝手さは、社会的制裁を受けても直らないケースもある。
2014年9月、兵庫県加古川市の50代男性職員が、コンビニの女性従業員にセクハラ行為をおこない、停職6カ月の処分を市から受けた。ところが、男性職員は、この懲戒処分は重過ぎると不服を申し立て、市を訴えたのだ。訴訟の上告審判決で、裁判長は懲戒処分は「著しく妥当を欠くものであるとまではいえない」として男性職員側の請求を退けた。カスハラ加害者が、自身の加害行為を正当化する一方で自分の不利益には過敏であることを物語る事例だ[弁護士ドットコムニュース 2019年2月14日]。
なかには、殺人事件に至ってしまったカスハラもある。
2004年、東京都墨田区で30代の会社員男性が刺殺される事件が起きた。逮捕されたのは当時20代の牛丼店の店長だ。被害者の会社員男性は以前からたびたび店でクレームをつけ、店長との間でトラブルが続いていた。男性に現金を支払っても納得してもらえず、業務に支障が出ると考えて店長は殺人を犯してしまったのだ[毎日新聞 2004年12月12日]。
クレームに対する謝罪と対応があってもなお、キレる“お客様”が矛を収めないケースは多い。こうした終わりの見えない理不尽さを、現場の人員だけで解決することがいかに容易でないか、数々の事件は示している。(#1を読む)
【出典】・「週刊現代」 2013年10月26日号「『しまむら』店員を土下座させて逮捕 クレーマー主婦をブタ箱に入れた『強要罪』はこんなに怖い」・産経ニュース 2014年12月24日「『誠意ってお金のことですわ』コンビニ土下座事件…モンスタークレーマーが法廷で言い放った信じがたき“常識” ついに裁判官もキレた!?」・J -CASTニュース 2014年12月30日「コンビニ店員に『土下座強要』、今度は北海道で 男女4人逮捕」・産経ニュース 2015年5月9日「『くそおもろい笑』で炎上、ボウリング場で『土下座強要』させた学習能力ゼロの男女3人組」・産経ニュース 2015年6月9日「クレーム謝罪、土下座しても店員の頭蹴る…傷害容疑で男逮捕 滋賀県警」・弁護士ドットコムニュース 2019年2月14日「コンビニ店員にセクハラ、笑顔対応は『同意』じゃない 市職員が逆転敗訴」・毎日新聞 2004年12月12日「東京・向島の刺殺:牛丼店長『クレームしつこく殺した』会社員殺害容疑で逮捕」
(桐生 正幸/Webオリジナル(外部転載))