芸能人の子どもは親の不倫が世間に露呈してしまうと、おそらく子どもながらに非常に肩身が狭い思いをするだろう。では一般人の場合はどうなのだろう。身内以外にバレないとも限らない。
親の不倫を経験した、子どもたち(当時)の気持ちを聞いてみた。
子ども相手にぶしつけに聞いてくる人もいた「僕は地方の小さな町に生まれ育ちました。ほとんどが農業もしくは兼業農家。僕は3人きょうだいの長男でした。10歳のころだったかな、僕の母親と近所のおじさんとの間が怪しいと隣近所で噂になったんです」
そう言うのはタカヒトさん(35歳)だ。畑でふたりがいちゃいちゃしていたとか、おじさんの車で街のはずれのホテルに入って行ったとか、噂にしては具体的だった。
「どうやらふたりは本当に付き合っていたみたいです。当時、母親は今の僕と同い年。若いですよね。父方の祖母と6人暮らしだったけど、子どもの僕から見てもおばあちゃんは母をいびっていたし、それを父は見て見ぬふりをしてた。母が浮気くらいしてもしかたがないような状況だったんです」
母の不倫がバレたころ、父が大声で怒鳴って母が泣いているのを深夜、こっそり見てしまったこともある。
「おまえは出て行け。先祖の顔に泥を塗りやがってと祖母が叫んでいるのも聞きました。町の噂にもなったから、母の不倫相手のほうがいづらくなったんですかね。数カ月後にひっそりと越していきました」
母は、タカヒトさんはじめ、子どもたちにはごく普通に振る舞っていた。いつものように家事と畑仕事に精を出していたが、あるとき彼は畑仕事を手伝いながら、「おかあさん、家を出て行かないでね」と言った。「不倫」ということがよくわかっていなかった彼は、母がいなくなるのを恐れていたのだという。
「母はニコッと笑って、『大丈夫』と僕の頭を撫でた。父はいつも仏頂面をしていましたが、表面上は何ごともなかったかのように暮らしていました。学校では『おまえのかあちゃん、浮気したんだってな』と言ってくる友だちもいたけど、いじめられるというほどのことはなかった。
ただ、友だちの母親たちがこそこそ僕のほうを見て話したり、『かわいそうにねえ』と涙ぐみながら声をかけてくる人もいましたね」
その後、祖母が倒れ、「あの女にだけは看病してほしくない」と泣きわめいたため、父は祖母を施設に入れた。父は母を許しているようには見えなかったが、母が祖母にいびられているのは知っていた。だからこそ、母に負担をかけまいとしたのかもしれないと、今になってタカヒトさんは思っている。
「高校生くらいのときかな、僕は急に母の不倫を思い出して許せない気持ちになったことがあるんです。反抗期もあいまって、母親に『おかあさんは不潔だ』と言ったこともある。母は悲しそうな顔をしていました。母を傷つけたことで自分も傷ついた」
大学入学のため上京してからは、数年に一度しか実家に近寄らなくなった。母の不倫が、彼の気持ちの中でわだかまっていたのは事実だった。
偶然に見かけた両親の“意外すぎる”姿不仲に見えた両親だが、5年前、父が定年退職してからはふたりで畑仕事をするようになっている。一度、帰ったときにふたりが声を掛け合って寄り添っている姿を見た。
「父が腰が痛いと言ったら、夕飯後に母が腰を揉んであげている。その後、『悪いな。おまえは肩が凝るって言ってたな』と今度は父が母の肩をさすっていた。なんだこれ、と思いましたよ。冷戦状態だと思っていたから、これから年をとってどうするんだろうと心配していた。なのにふたりは案外、仲良くやっている」
どこか親に裏切られたような、自分だけがわだかまりをもっていたことが滑稽だったような、ヘンな気分だったと彼は言う。
「あの一件から四半世紀たった。僕にはまだ生々しい気がするけど、両親にとってはもう『昔のこと』なのかもしれません。僕と両親とでは時間の流れが違う。60代だから、まだ老いているというほどではないけど、以前に比べると両親は年をとったなと思います。お互いに相手を許容できるようになったのかもしれません」
タカヒトさんは30歳を越えても独身だった。結婚して妻に不倫されるのはごめんだと思っていた。だが、彼は今、一緒に住んでいる女性がいる。
「両親を見て気が抜けたというか、いつかあんなふうに寄り添って生きるためには、長年、夫婦関係を続けなければいけないんじゃないか、信じられるときも不信感を覚えるときもあるかもしれないけど、一緒に生きることを恐れてはいけないと思うようになって。
今の彼女と付き合ってしばらくたったとき、母の不倫の件を話したんですよ。すると彼女が『お母さんにもきっと言い分はあると思うよ』と言ったんです。不倫に追いやった父が悪いとも、不倫に走った母が悪いとも言わなかった。それがいいなと思って彼女に心を許すようになっていきました」
子どもができたら結婚するつもりだと彼は言う。自分が子どもをもつのは怖い気もするが、彼女とならやっていけると感じている。もうじき両親にも紹介するつもりだ。
長い年月かかったが、彼は母親の不倫という呪縛から抜け出した。
母親の不倫に対する息子の気持ちは、娘より複雑なのかもしれない。高校生時代、母親の不倫に気づいて母を殴ってしまったと言った男性もいる。母は泣き崩れて謝ったというが、彼は40代になった今も、その母を心から許すことはできないとつぶやいた。
男の子にとって、母は初めて接する異性だし、なにもかも受け入れてくれる女性だから、どうしても美化しやすい。だからこそ母の不倫は男の子の心に傷を残す。女性観に影響を及ぼすこともあるだろう。「母親の恋」は、息子にとっては自然に受け入れることなどできないことが多いのだ。