駅から5分ほど歩いた静かな住宅街の一角に、異様な光景が広がっていた。家を囲むように組まれたパイプ。破れたビニールシートが建物に絡みつき、周囲にはゴミが散乱している。東京都練馬区内にある「悪質な地上げ現場」だ。
「昨年の夏ごろから黒いジャージを着た男たちがやってきて、嫌がらせをするようになりました。なぜ私がこんな目に遭うのか、納得がいきません」
こう語るのは住民女性Aさん(75)だ。
現在、都心を中心に「地上げによる嫌がらせ」が横行している。首都圏のマンションの平均価格は、過去最高の1億4360万円を記録。23区内では、2億円超えの高騰をみせているためだ。
「不動産業者の中には、土地に借地権や地上権が設定された『底地(そこち)』の買い取りに力を入れているところがあります。広い土地を地主から買い取り、借地人を追い出しマンション用地として転売すれば、大きな利益を生みますから。そのため、コンプライアンスに厳しい令和の時代とはとても思えない、酷(ひど)い嫌がらせが起きているんです」(全国紙経済部記者)
冒頭で紹介した練馬区の土地も、転売目的で地上げの対象になっているのだ。大阪の中堅不動産業者N社が、Aさん宅を含む約900屬療效呂鮹麓腓ら購入し始めたのは’19年4月。N社は土地内にあった8軒のうち6軒の住民を立ち退かせて建物を解体し、残った2軒に嫌がらせの矛先を向けた。Aさんが話す。
「家の周囲に屋根の高さまでパイプを組んで、日当たりを悪くするために青や白のビニールシートで覆ったのです。裏手へ抜ける私道には工事用のフェンスを張り巡らし、人がようやく一人歩ける狭さにされました。N社の社員を名乗る男たちは、隣の空き地に『なにわナンバー』の黒いワゴン車など数台の車を停め、私たちを監視しています。買い物に出かけると自転車で尾行され、息子は職場までついて来られたこともあるそうです」
Aさん宅に接する空き地には、カップ麺の容器やペットボトル、ビールの空き缶など大量のゴミが捨てられている。Aさんがゴミを片付けようとすると、男たちから「これは大事なものだ。捨てるな!」と脅されたという。
「暴力だー!」
男たちが突然騒ぎ出したこともある。Aさんが家の前を掃除していると、たまたま箒(ほうき)が男の一人の脚に当たってしまった。男たちは「傷害罪だ」と言って110番通報。警察を呼んだのだ。
「彼らは事情聴取のために私がパトカーに乗せられる様子を撮影し、写真を大きく引き伸ばして家の前の道に建てたフェンスに貼りつけたんです。この時は公道ということで役所に連絡して撤去してもらいましたが、今でも隣の空き地には写真が貼ってあります」(Aさん)
嫌がらせはエスカレートしていった。
「夏の暑い時期には、家の裏手の空き地にソファーやテーブル、投光器を持ち込んでバーベキューを始めました。音楽を大音量で鳴らして一晩中騒ぎ続けた。発電機の音もうるさくて眠れません。冬になると『クリスマスデコレーションをする』と言いながら、家の周りのパイプに電飾を飾り付けます。夜中も煌々(こうこう)と照らし続け、睡眠不足になりました」(同前)
Aさんはこの場所に60年近く住み続け、以前の地主とは2036年までの借地契約を交わし合法的に住んでいる。N社から具体的な立ち退き料の提示もあったが、引っ越すつもりはないという。
「嫌がらせは、N社が昨年7月に買い取った港区内の一等地のビルでも起きています。建物の入り口に生魚や肉を吊るすなどして、ビルの入居者全員を立ち退かせたんです。ビルは今年3月に別の不動産業者に転売されました」(前出・記者)
N社にこうした地上げ行為について尋ねると「特にお答えすることはありません」とだけ回答した。
「ブラック地主・家主対策弁護団」の種田和敏弁護士が指摘する。
「悪質な地上げ業者は、警察や宅地建物取引業法を所管する国土交通省が動けないギリギリの線で嫌がらせをします。警察が取り締まらないため、住民は立ち退かざるを得なくなる。同じ被害を繰り返さないためにも、法改正をして地上げの規制を強化することが必要です」
土地やマンション価格高騰にともない、悪質な地上げの被害は増え続けている。
『FRIDAY』2023年5月12・19日号より
取材・文:形山昌由(ジャーナリスト)