赤ちゃんの「予防接種」動画、撮影には法的リスク 病院側は「お断り」掲示も

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

予防接種を受ける赤ちゃんの動画がSNSで人気を集めている。注射を打たれた途端に大きな声で泣き出す赤ちゃんの様子が「可愛い」と話題で、インスタグラムでは「#予防接種デビュー」というハッシュタグと共に投稿された写真や動画が5万件以上にのぼる。
1歳の娘がいる30代男性も、はじめての予防接種を前に撮影を考えた一人だ。ただ、実際には「そんな雰囲気ではなかった」こともあり、取りやめたという。
「コロナの影響で診察室に入れる親は1人に限られ、泣きわめく子どもが動かないように押さえる必要があります。片手での撮影も考えましたが、医師や看護師の手前、スマホを出すことははばかられ、結局あきらめました」
我が子の頑張る姿を記録におさめたいと思う親たちも多いだろう。ただ、病院内での撮影やSNS投稿について、HPなどで「お断り」を掲げる病院も多数ある。
Twitterでは2022年3月、「診察中に動画撮影するのやめやがれください」という小児科医のツイートが話題となった。「撮影を禁止するのは、意図せず個人情報が入ってしまう可能性があることと職員のプライバシーを守るためです。ちなみにほとんどが無断撮影です」と投稿している。
弁護士ドットコムにも医療機関に勤める職員から「診察風景を患者家族が写真撮影するのは合法でしょうか?」という質問が寄せられている。
相談者によると、小児科での健診や予防接種などで、子どもの両親が成長の記録として、診察現場で写真を撮ることが多くなっているという。
「こちらとしては医師や看護師も写るため、SNSでの拡散などを危惧して、写真撮影をお断りしたいのですが、肖像権の侵害など法的にはいかがなものでしょうか。お断りしてもいいものでしょうか」
病院側は患者側から撮影を希望された場合、法的に拒むことはできるのだろうか。鈴木沙良夢弁護士に聞いた。
–記念として撮影する保護者も多いようですが、病院側からは困惑の声も聞かれます。
YouTubeやInstagramなどに載せたいという理由で、子どもや自分自身への診察の様子を撮影したいと希望される方は増えています。しかし、医療機関としては撮影を好まない傾向がありますので、撮影の可否をめぐって患者さんとトラブルになることもあります。
–病院内での撮影や録音、SNS投稿には、どのような法的リスクがありますか。
医療機関側としては、いろいろな法的リスクがありますが、一番大きいのは個人情報とプライバシーの点だと思います。
医療機関は、人の病気というデリケートな問題を扱っていますから、個人情報とプライバシーについては特に厳格な取り扱いを必要とします。
個人情報保護委員会・厚生労働省が出している「医療・介護関係事業者における個人情報の適切な取り扱いのためのガイダンス」という医療機関における個人情報の取り扱いについてのガイドラインでも、医療分野は特に適正な取扱いの厳格な実施を確保する必要がある分野の一つである、とされています。
撮影された動画等に、映像や音声の形で他の患者さんの個人情報が入り込んでしまう可能性は残りますし、アップロードされた時点で全世界に公開されることになりますので、動画撮影を認めることのリスクは高いといえます。
他にも、動画サイトへの掲載を望まない医療機関の職員が動画に映り込むなどして、職員のプライバシー権やいわゆる肖像権を侵害する可能性も考えられます。
動画撮影を希望される方からは、「自分の子どもしか映さないから大丈夫」、「写り込んでいる部分はモザイクで消す」、「事前に病院に動画の内容を確認してもらってからアップロードするのであれば問題がないはず」というような申し出がされることもあるのですが、やはり何かが入り込んでそれが公開されてしまうリスクをゼロにすることはできませんので、動画撮影とアップロードを認めることのリスクは大きいと思います。
そのため、特に今回のような、「我が子の頑張る姿を記録におさめたい」というような理由での動画撮影については、許可をしない医療機関が多いのではないでしょうか。
–病院側はどのように断るのが良いでしょうか。
医療機関での録画や録音を禁止するような直接的な法律はありません。ただ、医療機関には施設管理権という権利があり、これによってその医療機関ごとの基準・判断で撮影・録音等の制限をすることができると考えられています。
施設管理権とは、ある施設が、どういう人を施設内に立ち入らせるか、施設内に入った人がどのように振る舞うべきかといったことを決めることができ、施設の秩序維持に反する行為を行った人に対しては、施設側が中止や退去を求めることができる、という権利のことをいいます。
医療機関は、この施設管理権に基づいて医療機関内での撮影・録音等を制限するのですが、自院が撮影・録音等を禁止していることについては患者さんやその保護者にも事前にわかっておいてもらうことが大事です。
そのため、院内の目につきやすい場所に、「当院の許可のない動画、録音はお断りしております」というような張り紙をして周知しておくのがよいでしょう。診察券や問診票に「院内無許可撮影・録音等禁止」の一文を盛り込んでいる医療機関もあります。
その上で、「主治医からの病状説明の際に、その場に来ることができない家族のために録音をしておきたい」というような申し出があった場合には、医療機関内で許可を出すかどうかを事案ごとに個別に検討すればよいかと思います。
【取材協力弁護士】鈴木 沙良夢(すずき・さらむ)弁護士早稲田大学法学部卒業後、大東文化大学法科大学院を経て2006年に司法試験合格。2012年、鈴木沙良夢法律事務所開設。病院・医療法人のための法律問題解決サイト【医療法人.net】を運営。事務所名:鈴木沙良夢法律事務所事務所URL:https://www.iryou-houjin.net

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

SNSでもご購読できます。