カスハラの7割以上が男性、年代は中高年が大半 コロナ禍で急増した原因は?

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社会問題化している「カスタマーハラスメント」被害が、コロナ禍とSNSの隆盛でより広がっているという。背景には「お・も・て・な・し」文化に代表される「お客様中心主義」の過剰な追求が。お客様は本当に神様か? ライター・橋本愛喜氏がレポートする。
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【写真を見る】「お客様は神様です」の名言を生んだ三波春夫 国民的歌手、三波春夫が生前残した言葉、「お客様は神様です」。この言葉、「お客様は神様だから徹底的に大事にしなさい。我慢して尽くしなさい」という、サービス業のイロハともいうべき意味に解釈されているが、当の三波自身の本意はそれとは全く違った点にあったのはご存じだろうか。

彼の意図したところは、「神前で祈るときのように、雑念を払ってまっさらな、澄み切った心で歌う」という志を示したものだったが、この「おもてなし大国」において、それが「神である客は何をしても許される」と曲解されてしまったのだ。コロナとSNSでクレーマー被害増加 日本の、自らをへりくだることで人に敬意を表す文化的土壌は、客と店員の間にある上下関係に見事にマッチし、世界でもまれに見る顧客至上主義を生み出した。日本の「お・も・て・な・し」精神は世界に冠たる文化といわれている。しかし、スマイルを0円で売り、無料でもない送料を無料と言って客にお得感を演出する。こうして労働者を度外視しながら顧客満足度を追求した結果、立場の優位性を盾に悪質な要求や理不尽なクレームをつける顧客や取引先が急増。「カスタマーハラスメント」、通称「カスハラ」として、昨今社会問題化しているのもまた事実である。「ライスの量が数グラム違う」と説教 2020年、流通・製造業や小売業など、さまざまな業種の労組で組織される労働組合「UAゼンセン(全国繊維化学食品流通サービス一般労働組合同盟)」が行った大規模なアンケートでは、2年以内に客からの迷惑行為に遭ったサービス業従事者の割合は、56.7%と半数を上回る結果に。また、この2年で迷惑行為が増えていると感じている人は46.5%と、こちらも半数近くに及んだ。実際、同アンケートには、「レジ袋有料化に納得されず、購入されたパンをちぎって投げつけられた」(食品販売系)「ライスの量が数グラム違うと言われ、長々と説教。全商品をキャンセルされた」(レストラン)「保険証を持参していなかったので10割負担になる旨をご案内したら、“こっちは医師から言われて診察と検査に来ている。10割負担になるなら検査なんかしなかった。金は払わない。交通費もよこせ”と大声と威圧的な態度で“口撃”された」(病院受付) といったケースが報告されている。 あるいは、「半額シールが付いたお弁当を客が過失で落とし販売不可能な状態になったが、他の商品を半額にしろと要求。再度、商品を落として“これを売れ!”と店内で騒ぎ続けた」(スーパー)「洋服のお直しをして、来店を待つが来ず、半年経ったので許可を得て配送した。しかし、手元に届き試着して“キツイ。入らない”とクレーム。“太って着られなくなった服は要らない!”と電話で怒鳴り散らし返金を求められた」(百貨店) という例も。深刻化が進む物流業界 これまで「頭脳労働」と「肉体労働」に大別されていた“労働”の概念に加えて、近年新たな概念として注目され始めているのが「感情労働」だ。自身の感情をコントロールすることで相手の期待に応え、報酬につなげる労働のことで、スーパーなどの店員、ホテルスタッフ、キャビンアテンダントなどの接客を伴うサービス業のほか、医療、介護、教育に携わる職業など、「人」とのコミュニケーションを要する業界周辺が大きくこれに該当する。 しかし「顧客至上主義」の風潮が出始めると、あらゆる業界でサービスの質向上が求められるようになり、この感情労働を強いられる労働者は増えつつある。 そんな中でもカスハラが深刻化しているのが物流現場だ。運ぶ過程が客に見えず、サービスもカタチに残らないため、トラックドライバーたちの仕事は総じて軽視されやすい。「ろくに勉強もしてないからトラックドライバーなんかやってるんだろ」 かつて工場を経営し、トラックで日本各地を回っていた筆者のもとには、毎日のように現場の窮状を訴える知らせが届く。 宅配を担う配達業者たちからは、「17~19時の時間帯指定の荷物を17時に届けに行ったら“なんでこんなに早く来るんだ、この時間帯指定なら18時以降に来るのが常識だろ”と罵倒された」「“子どもがようやく寝たところでベルを鳴らされ起きた”という苦情が入った」「夏のクール便では、外気温との差で生じた表面の水滴を見て“溶けているじゃないか”と、執拗に返品を主張された」 という声。企業間輸送をするトラックドライバーたちからも、「荷主先で“ろくに勉強もしてないからトラックドライバーなんかやってるんだろ”と罵倒された」「燃料代の高騰でサーチャージ制の導入を打診したところ“代わり(の運送業者)なら他にいくらでもいる”と脅された」「中身が無傷でも、梱包材の段ボールに少しでも傷が付いていたら弁償。中には弁償しても商品を返してもらえないケースもある」 といった苦悩がひっきりなしに聞こえてくる。 カスハラはなぜ起きるのか。同問題を研究する関西大学社会学部の池内裕美教授に心理的・社会的要因と、カスハラ対策を聞いた。要因の一つは「世の中が豊かになったこと」 池内氏は、カスハラが起きる社会的要因の一つとして「世の中が豊かになったこと」を挙げる。「1960年代の高度経済成長期まで、日本では『作れば売れた時代』でした。しかし、世の中にモノが溢れてくるようになると、その勢いは徐々に失速。顧客獲得のため、競合他社に負けぬようマーケティングを行い、顧客のニーズに合わせた商品やサービスを提供するように。その結果、顧客優位の買い手市場が構築されました」 こうして企業は顧客満足度獲得のため、常に新たな商品やサービスを生み出そうとするのだが、皮肉なことにそれがまた新たなクレームを生み、現場を疲弊させる原因にもなる。「物流業界では、コロナ禍に非接触型の配達方法である『置き配』が導入されました。EC(ネット商取引)需要の急増や、世間の『感染防止対策』における要望として始めたサービスでしたが、“置き方が悪い”“荷物のせいでドアが開かなかった”“荷物を盗られた”といった今までになかったクレームが発生。良かれと思って始めたサービスが、結局自分たちの首を絞めることにつながっている」(池内氏) このような消費者の地位向上と権利意識の高まりは、消費者保護のための環境が段階的に構築されたことにも起因するという。「近年では95年の製造物責任法(PL法)の施行や、2004年の消費者基本法の制定、さらには09年の消費者庁の設置などがそれにあたる。これらによって消費者側が権利を主張しやすくなり、過剰な要求や暴言を吐くなどの言動が増えたといえるでしょう」迷惑行為の7割以上が男性 先のゼンセン調査では、迷惑行為をしていた客のうち74.8%が男性。推定年代では、50代が30.8%、60代が28.0%、70代以上が11.5%と、中高年が7割を占める。10代の0.2%、20代の2.0%と比べると、その傾向は顕著だ。池内氏は、この要因に「筋論(すじろん)クレーマー」の存在を指摘する。「カスハラは、客が上から目線で“指導”したつもりの時に起きることがあります。社会的地位が高く財力のある中高年の男性は、このケースに該当しやすい。聞いてもいないのに自分の地位をひけらかし、“自分は○○(企業名)で営業部長をしていたが、オマエのところの商品はなんだ”と指導という名のクレームをするのが目立ちます」 とりわけ高齢者の場合、定年退職してもまだまだ自分は元気で社会とつながっていたい、社会のために貢献したい、という思いが強く、筋論クレーマーに転じてしまうことがあるという。 また高齢者は、この筋論クレーマーとは別に、社会の利便性から取り残されたゆえに起こる「ストレス発散型クレーマー」になるケースも少なくない。「このコロナ禍で世の中は一気にデジタル化。感染防止対策や人件費削減として電子マネー、セルフレジなど、さまざまな業界でIT化が進みました。しかし、これらの新しいサービスを使いこなせない情報弱者にとって、世の中の急な変化はいら立ちのタネになる」 こうしてたまったいら立ちを向けられるのが、店に立つ店員となる。実際、ゼンセンの調査においても、回答者の約3人に1人(33.1%)が、ストレスのはけ口にされていると答えているのだ。マスク絡みのトラブルが増加 コロナ禍によるこの「ストレス発散型のクレーマー」の傾向は顕著だ。世の中が自粛要請でストレスをため込んでいる中、人との接触があるサービス業は、やはりそのはけ口になりやすい。ゼンセン調査でも、新型コロナウイルス感染症の影響で迷惑行為を受けたとする割合は35.9%。「マスクを外したまま会計に来て、“コロナだ”と言ってそのまま退店」(居酒屋)「“入店時にマスクを着用していない客は入店拒否しろ”と要求され、陽性患者が出たら裁判沙汰にすると威圧的な態度ですごまれた」(ショッピングモール)「レジで商品をスキャンする際、ペットボトルのフタ部分を持ったところ、“どこ触ってんだ! 汚い手で触るんじゃねえ!”と怒鳴られた」(ドラッグストア) といった声もあるという。 池内氏は、これらの要因として「社会全体の疲労と不寛容社会の到来」を指摘する。「割と普通な人が、些細なことで怒り出すようになる。スーパーでは釣銭の渡し方が悪い、マスクをしたくないのに強要される、逆にマスクをしていない人がいるので注意しろ、などのクレームが増えているようです」無言で除菌スプレーをかけられ… 店員も客もマスク越しなうえ、透明フィルムなどがあるため声が聞き取りづらく、何度も聞き返したことで憤慨。あるコンビニでは、外国人の店員が「そもそも発音が悪いから何を言っているか分からないんだ。日本人の店員を呼んで来い」という罵声を浴びたケースも。 一方、コロナ禍で世の中から“激励”を受けたのがトラックドライバーたちだ。これまで空気のように扱われていた彼らだったが、医療従事者と並び「エッセンシャルワーカー」とされ、「社会インフラを支えてくれるトラックドライバーの皆さん、ありがとう」と言われるように。が、そんな聞こえがいいネーミングとは裏腹に、現場からは悲痛な声ばかりが聞こえてくる。「無言で除菌スプレーを掛けられた」「インターホンで“何軒も家回って来てるんだろ、荷物にコロナが付いているんじゃないか。ちゃんと拭いて届けてるのか”と言われ、いつまでもドアを開けてくれないことがあった」「コロナの感染が拡大している地域のナンバープレートに気付いた取引先から“コロナ運ぶな”と言われた」 彼らからはいつしかこんな声が届くようになるだろう。「なにがエッセンシャルワーカーだ」と。土下座動画 企業のカスハラ被害を大きくしているものがある。それが「スマホ」と「SNS」の存在だ。 2013年、衣料品チェーンストアの「ファッションセンターしまむら」で、不良品に激高した客が店員に土下座させ、その様子を撮影。自身のTwitterアカウントにその画像を上げるとまたたく間に拡散され、大きな物議を醸した。客はのちに強要の疑いで逮捕された。 14年には、コンビニ「ファミリーマート」でも、迷惑行為を注意された客が店員に土下座させ、その様子を撮影し、動画がネット上で拡散する事件が発生。さらに客は、そのおわびとしてたばこ6カートン(2万6700円相当)を脅し取るなど恐喝行為に及び、のちに逮捕されている。 が、拡散されるのが「店員の土下座」ではなく、自社の不良品そのものだと、企業側のダメージはより深刻になる。 14年、即席めんの「ペヤング」にゴキブリが混入していたとして、ある消費者がTwitterに画像を投稿。これにより1日約40万食を生産していたラインが長期間停止に追いやられた。「10年代半ばごろから、クレームがお客様相談室や店舗に直接訴えられるのではなく、SNSで画像や動画を拡散し、社会全体に共有されるケースが目立つように。クレームの様相が変わってきました」(池内氏)企業にとって悩みのタネに こうしたSNS拡散型のトラブルは、昨今も頻繁に起きている。 今年4月、Amazonの配達員が、指定時間に2度続けて不在だった受取人に激怒。不在票に「時間指定しとるなら家におれや」などと書き込んだ。受取人はTwitterにその画像を投稿。これには1.6万件の「いいね」が付き、9千件近くリツイートされた。同件は配達員の間でも議論となり、「この言い方はない」、「再配達を繰り返す方が悪い」と意見が二分。Amazonヘルプの公式Twitterが受取人に謝罪する事態となった。 SNSでの拡散は、本来知らなくてもいい人や、直接その件に関係のない人たちの耳や目に触れることになる。そうなれば社会的影響は避けられず、企業にとっては大きな悩みのタネになっている。「いいね」で満足するケースも「若者の中には、直接企業に苦情を訴えるのではなく、SNSで第三者に『いいね』をもらうことで話題の中心になり満足しようとするケースがみられる。企業のクレーム対応は初動が命とされる中、電話や対面ではなくSNSでクレームを公開されると気付くのに遅れ、損失が大きくなる」 こうした瞬時のSNS拡散を可能にしたのが「スマホ」の普及だ。店に対する不満や店員のわずかな不手際があれば、誰もがすぐに録音・撮影し、即拡散できる環境にある。 さらに池内氏は、直接クレームを言う場合においても、かつての電話とスマホでは、「落ち着ける時間」に差があると指摘する。「黒電話の時代、ダイヤルを回している間に心を落ち着かせることができた。固定電話でも電話番号を調べ、ボタンをプッシュする時間があるが、スマホの場合、その場で企業の電話番号を検索して、すぐにコールできる」国も対策に乗り出しているが… 深刻化するカスハラには、国も対策に乗り出している。19年に「パワハラ防止法」が成立。それを踏まえて翌年には厚労省が事業主に対し、顧客からの迷惑行為への対応に取り組むよう指針を出した。更に同省は、今年2月に「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」を策定し、事前の準備、実際に起こった際の対応など、カスハラ対策の基本的な枠組みを企業向けに啓発している。また今年度は、自民、公明、国民民主の三党が、悪質なクレームや不当な要求といったカスハラに関する協議体を設置することで合意している。 しかし現状、セクハラやパワハラなど、他のハラスメントが世間に認知されている一方で、このカスハラについてはまだまだ浸透していないと池内氏は言う。「お客様対応されている企業や労働者の中では『感情労働』含め、カスハラに対する意識は高いですが、基調講演などでは聴衆の3割しか知らないことも。世の中の不寛容化が進む中、対策は急務といえるでしょう」 日本の、恵まれた「お客様中心主義」の実態は、外国と比較するとよくわかる。アメリカでは再配達は時間通りにこない かつて筆者が暮らしていたアメリカでは、外箱の8つ角すべてがとがった宅配荷物を受け取ったことがほとんどない。日本の郵便局にあたる「USPS」では、指定した通りの日時に再配達がやってきたことも一度もなく、毎度最寄りの郵便局に向かっては、長蛇の列に1時間以上並び、気だるそうに働く局員に対峙。「再配達が来なかった」と訴えても「私の仕事ではない」「あなたが当日留守にしてたからでしょ」と返ってくるだけだった。 戸建ての場合、玄関前に野ざらしのまま放置されることも少なくない中、荷物に玄関マットや、玄関に敷き詰められた砂利を被せていく配達員は、「雨にぬれずに済んだ」「盗まれずに済んだ」と感謝すらされる。 こうしたスタッフ対応の差は宅配業に限ったことではない。日本にある某ファストフード店において「スマイルが0円」なのは有名な話だが、同店発祥の地であるアメリカの店員に「スマイル」を注文したところ、笑顔どころかそれまで以上に眉間にしわが寄った顔が返ってくる結果に。「それでも強要するなら、チップを求める」 しかし、こうした対応についてアメリカ人の友人らは「注文したものが手に入ればそれでいいじゃないか」と口をそろえる。「自分が店員だったとしても、客の前で終始笑顔でいろとか、段ボールを傷つけるなとか言われたら仕事にならない。それでも強要するなら、チップを求めるね。どんなサービスでも無料なものなんてないよ」 かくも大きい彼我の差。日本がいかに特異な環境にあるのかがよくわかる。 当世はやりの「働き方改革」の主軸は、長時間労働の是正にあるが、現場からは「長時間労働という体力的な負担よりも、パワハラ、カスハラといった精神的負担のほうがキツい」という声が聞こえてくる。「お客様は神様です」。 しかし、神様の中には風変りな神もいる……。ゆがんだ「上から目線」で店員に一方的に負担を強いる客は、もはやただの「疫病神」。当たり前に受け入れられてきた「お客様中心主義」について、今一歩引いて考え直してみるべき時が近づいているのかもしれない。橋本愛喜(はしもとあいき)ライター。大阪府出身。大学卒業間際、父の病をきっかけに実家の金型研磨工場を引き継ぐ。大型自動車1種免許取得後、トラックで200社以上の製造業の現場へ。日本語教師を務めた後、NYに拠点を移し、報道の現場に身を置く。現在は、ブルーカラーの人権・労働に関する問題などを各媒体に執筆中。著書に『トラックドライバーにも言わせて』(新潮新書)。「週刊新潮」2022年9月8日号 掲載
国民的歌手、三波春夫が生前残した言葉、「お客様は神様です」。この言葉、「お客様は神様だから徹底的に大事にしなさい。我慢して尽くしなさい」という、サービス業のイロハともいうべき意味に解釈されているが、当の三波自身の本意はそれとは全く違った点にあったのはご存じだろうか。
彼の意図したところは、「神前で祈るときのように、雑念を払ってまっさらな、澄み切った心で歌う」という志を示したものだったが、この「おもてなし大国」において、それが「神である客は何をしても許される」と曲解されてしまったのだ。
日本の、自らをへりくだることで人に敬意を表す文化的土壌は、客と店員の間にある上下関係に見事にマッチし、世界でもまれに見る顧客至上主義を生み出した。日本の「お・も・て・な・し」精神は世界に冠たる文化といわれている。しかし、スマイルを0円で売り、無料でもない送料を無料と言って客にお得感を演出する。こうして労働者を度外視しながら顧客満足度を追求した結果、立場の優位性を盾に悪質な要求や理不尽なクレームをつける顧客や取引先が急増。「カスタマーハラスメント」、通称「カスハラ」として、昨今社会問題化しているのもまた事実である。
2020年、流通・製造業や小売業など、さまざまな業種の労組で組織される労働組合「UAゼンセン(全国繊維化学食品流通サービス一般労働組合同盟)」が行った大規模なアンケートでは、2年以内に客からの迷惑行為に遭ったサービス業従事者の割合は、56.7%と半数を上回る結果に。また、この2年で迷惑行為が増えていると感じている人は46.5%と、こちらも半数近くに及んだ。実際、同アンケートには、
「レジ袋有料化に納得されず、購入されたパンをちぎって投げつけられた」(食品販売系)
「ライスの量が数グラム違うと言われ、長々と説教。全商品をキャンセルされた」(レストラン)
「保険証を持参していなかったので10割負担になる旨をご案内したら、“こっちは医師から言われて診察と検査に来ている。10割負担になるなら検査なんかしなかった。金は払わない。交通費もよこせ”と大声と威圧的な態度で“口撃”された」(病院受付)
といったケースが報告されている。
あるいは、
「半額シールが付いたお弁当を客が過失で落とし販売不可能な状態になったが、他の商品を半額にしろと要求。再度、商品を落として“これを売れ!”と店内で騒ぎ続けた」(スーパー)
「洋服のお直しをして、来店を待つが来ず、半年経ったので許可を得て配送した。しかし、手元に届き試着して“キツイ。入らない”とクレーム。“太って着られなくなった服は要らない!”と電話で怒鳴り散らし返金を求められた」(百貨店)
という例も。
これまで「頭脳労働」と「肉体労働」に大別されていた“労働”の概念に加えて、近年新たな概念として注目され始めているのが「感情労働」だ。自身の感情をコントロールすることで相手の期待に応え、報酬につなげる労働のことで、スーパーなどの店員、ホテルスタッフ、キャビンアテンダントなどの接客を伴うサービス業のほか、医療、介護、教育に携わる職業など、「人」とのコミュニケーションを要する業界周辺が大きくこれに該当する。
しかし「顧客至上主義」の風潮が出始めると、あらゆる業界でサービスの質向上が求められるようになり、この感情労働を強いられる労働者は増えつつある。
そんな中でもカスハラが深刻化しているのが物流現場だ。運ぶ過程が客に見えず、サービスもカタチに残らないため、トラックドライバーたちの仕事は総じて軽視されやすい。
かつて工場を経営し、トラックで日本各地を回っていた筆者のもとには、毎日のように現場の窮状を訴える知らせが届く。
宅配を担う配達業者たちからは、
「17~19時の時間帯指定の荷物を17時に届けに行ったら“なんでこんなに早く来るんだ、この時間帯指定なら18時以降に来るのが常識だろ”と罵倒された」
「“子どもがようやく寝たところでベルを鳴らされ起きた”という苦情が入った」
「夏のクール便では、外気温との差で生じた表面の水滴を見て“溶けているじゃないか”と、執拗に返品を主張された」
という声。企業間輸送をするトラックドライバーたちからも、
「荷主先で“ろくに勉強もしてないからトラックドライバーなんかやってるんだろ”と罵倒された」
「燃料代の高騰でサーチャージ制の導入を打診したところ“代わり(の運送業者)なら他にいくらでもいる”と脅された」
「中身が無傷でも、梱包材の段ボールに少しでも傷が付いていたら弁償。中には弁償しても商品を返してもらえないケースもある」
といった苦悩がひっきりなしに聞こえてくる。
カスハラはなぜ起きるのか。同問題を研究する関西大学社会学部の池内裕美教授に心理的・社会的要因と、カスハラ対策を聞いた。
池内氏は、カスハラが起きる社会的要因の一つとして「世の中が豊かになったこと」を挙げる。
「1960年代の高度経済成長期まで、日本では『作れば売れた時代』でした。しかし、世の中にモノが溢れてくるようになると、その勢いは徐々に失速。顧客獲得のため、競合他社に負けぬようマーケティングを行い、顧客のニーズに合わせた商品やサービスを提供するように。その結果、顧客優位の買い手市場が構築されました」
こうして企業は顧客満足度獲得のため、常に新たな商品やサービスを生み出そうとするのだが、皮肉なことにそれがまた新たなクレームを生み、現場を疲弊させる原因にもなる。
「物流業界では、コロナ禍に非接触型の配達方法である『置き配』が導入されました。EC(ネット商取引)需要の急増や、世間の『感染防止対策』における要望として始めたサービスでしたが、“置き方が悪い”“荷物のせいでドアが開かなかった”“荷物を盗られた”といった今までになかったクレームが発生。良かれと思って始めたサービスが、結局自分たちの首を絞めることにつながっている」(池内氏)
このような消費者の地位向上と権利意識の高まりは、消費者保護のための環境が段階的に構築されたことにも起因するという。
「近年では95年の製造物責任法(PL法)の施行や、2004年の消費者基本法の制定、さらには09年の消費者庁の設置などがそれにあたる。これらによって消費者側が権利を主張しやすくなり、過剰な要求や暴言を吐くなどの言動が増えたといえるでしょう」
先のゼンセン調査では、迷惑行為をしていた客のうち74.8%が男性。推定年代では、50代が30.8%、60代が28.0%、70代以上が11.5%と、中高年が7割を占める。10代の0.2%、20代の2.0%と比べると、その傾向は顕著だ。池内氏は、この要因に「筋論(すじろん)クレーマー」の存在を指摘する。
「カスハラは、客が上から目線で“指導”したつもりの時に起きることがあります。社会的地位が高く財力のある中高年の男性は、このケースに該当しやすい。聞いてもいないのに自分の地位をひけらかし、“自分は○○(企業名)で営業部長をしていたが、オマエのところの商品はなんだ”と指導という名のクレームをするのが目立ちます」
とりわけ高齢者の場合、定年退職してもまだまだ自分は元気で社会とつながっていたい、社会のために貢献したい、という思いが強く、筋論クレーマーに転じてしまうことがあるという。
また高齢者は、この筋論クレーマーとは別に、社会の利便性から取り残されたゆえに起こる「ストレス発散型クレーマー」になるケースも少なくない。
「このコロナ禍で世の中は一気にデジタル化。感染防止対策や人件費削減として電子マネー、セルフレジなど、さまざまな業界でIT化が進みました。しかし、これらの新しいサービスを使いこなせない情報弱者にとって、世の中の急な変化はいら立ちのタネになる」
こうしてたまったいら立ちを向けられるのが、店に立つ店員となる。実際、ゼンセンの調査においても、回答者の約3人に1人(33.1%)が、ストレスのはけ口にされていると答えているのだ。
コロナ禍によるこの「ストレス発散型のクレーマー」の傾向は顕著だ。世の中が自粛要請でストレスをため込んでいる中、人との接触があるサービス業は、やはりそのはけ口になりやすい。ゼンセン調査でも、新型コロナウイルス感染症の影響で迷惑行為を受けたとする割合は35.9%。
「マスクを外したまま会計に来て、“コロナだ”と言ってそのまま退店」(居酒屋)
「“入店時にマスクを着用していない客は入店拒否しろ”と要求され、陽性患者が出たら裁判沙汰にすると威圧的な態度ですごまれた」(ショッピングモール)
「レジで商品をスキャンする際、ペットボトルのフタ部分を持ったところ、“どこ触ってんだ! 汚い手で触るんじゃねえ!”と怒鳴られた」(ドラッグストア)
といった声もあるという。
池内氏は、これらの要因として「社会全体の疲労と不寛容社会の到来」を指摘する。
「割と普通な人が、些細なことで怒り出すようになる。スーパーでは釣銭の渡し方が悪い、マスクをしたくないのに強要される、逆にマスクをしていない人がいるので注意しろ、などのクレームが増えているようです」
店員も客もマスク越しなうえ、透明フィルムなどがあるため声が聞き取りづらく、何度も聞き返したことで憤慨。あるコンビニでは、外国人の店員が「そもそも発音が悪いから何を言っているか分からないんだ。日本人の店員を呼んで来い」という罵声を浴びたケースも。
一方、コロナ禍で世の中から“激励”を受けたのがトラックドライバーたちだ。これまで空気のように扱われていた彼らだったが、医療従事者と並び「エッセンシャルワーカー」とされ、「社会インフラを支えてくれるトラックドライバーの皆さん、ありがとう」と言われるように。が、そんな聞こえがいいネーミングとは裏腹に、現場からは悲痛な声ばかりが聞こえてくる。
「無言で除菌スプレーを掛けられた」
「インターホンで“何軒も家回って来てるんだろ、荷物にコロナが付いているんじゃないか。ちゃんと拭いて届けてるのか”と言われ、いつまでもドアを開けてくれないことがあった」
「コロナの感染が拡大している地域のナンバープレートに気付いた取引先から“コロナ運ぶな”と言われた」
彼らからはいつしかこんな声が届くようになるだろう。「なにがエッセンシャルワーカーだ」と。
企業のカスハラ被害を大きくしているものがある。それが「スマホ」と「SNS」の存在だ。
2013年、衣料品チェーンストアの「ファッションセンターしまむら」で、不良品に激高した客が店員に土下座させ、その様子を撮影。自身のTwitterアカウントにその画像を上げるとまたたく間に拡散され、大きな物議を醸した。客はのちに強要の疑いで逮捕された。
14年には、コンビニ「ファミリーマート」でも、迷惑行為を注意された客が店員に土下座させ、その様子を撮影し、動画がネット上で拡散する事件が発生。さらに客は、そのおわびとしてたばこ6カートン(2万6700円相当)を脅し取るなど恐喝行為に及び、のちに逮捕されている。
が、拡散されるのが「店員の土下座」ではなく、自社の不良品そのものだと、企業側のダメージはより深刻になる。
14年、即席めんの「ペヤング」にゴキブリが混入していたとして、ある消費者がTwitterに画像を投稿。これにより1日約40万食を生産していたラインが長期間停止に追いやられた。
「10年代半ばごろから、クレームがお客様相談室や店舗に直接訴えられるのではなく、SNSで画像や動画を拡散し、社会全体に共有されるケースが目立つように。クレームの様相が変わってきました」(池内氏)
こうしたSNS拡散型のトラブルは、昨今も頻繁に起きている。
今年4月、Amazonの配達員が、指定時間に2度続けて不在だった受取人に激怒。不在票に「時間指定しとるなら家におれや」などと書き込んだ。受取人はTwitterにその画像を投稿。これには1.6万件の「いいね」が付き、9千件近くリツイートされた。同件は配達員の間でも議論となり、「この言い方はない」、「再配達を繰り返す方が悪い」と意見が二分。Amazonヘルプの公式Twitterが受取人に謝罪する事態となった。
SNSでの拡散は、本来知らなくてもいい人や、直接その件に関係のない人たちの耳や目に触れることになる。そうなれば社会的影響は避けられず、企業にとっては大きな悩みのタネになっている。
「若者の中には、直接企業に苦情を訴えるのではなく、SNSで第三者に『いいね』をもらうことで話題の中心になり満足しようとするケースがみられる。企業のクレーム対応は初動が命とされる中、電話や対面ではなくSNSでクレームを公開されると気付くのに遅れ、損失が大きくなる」
こうした瞬時のSNS拡散を可能にしたのが「スマホ」の普及だ。店に対する不満や店員のわずかな不手際があれば、誰もがすぐに録音・撮影し、即拡散できる環境にある。
さらに池内氏は、直接クレームを言う場合においても、かつての電話とスマホでは、「落ち着ける時間」に差があると指摘する。
「黒電話の時代、ダイヤルを回している間に心を落ち着かせることができた。固定電話でも電話番号を調べ、ボタンをプッシュする時間があるが、スマホの場合、その場で企業の電話番号を検索して、すぐにコールできる」
深刻化するカスハラには、国も対策に乗り出している。19年に「パワハラ防止法」が成立。それを踏まえて翌年には厚労省が事業主に対し、顧客からの迷惑行為への対応に取り組むよう指針を出した。更に同省は、今年2月に「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」を策定し、事前の準備、実際に起こった際の対応など、カスハラ対策の基本的な枠組みを企業向けに啓発している。また今年度は、自民、公明、国民民主の三党が、悪質なクレームや不当な要求といったカスハラに関する協議体を設置することで合意している。
しかし現状、セクハラやパワハラなど、他のハラスメントが世間に認知されている一方で、このカスハラについてはまだまだ浸透していないと池内氏は言う。
「お客様対応されている企業や労働者の中では『感情労働』含め、カスハラに対する意識は高いですが、基調講演などでは聴衆の3割しか知らないことも。世の中の不寛容化が進む中、対策は急務といえるでしょう」
日本の、恵まれた「お客様中心主義」の実態は、外国と比較するとよくわかる。
かつて筆者が暮らしていたアメリカでは、外箱の8つ角すべてがとがった宅配荷物を受け取ったことがほとんどない。日本の郵便局にあたる「USPS」では、指定した通りの日時に再配達がやってきたことも一度もなく、毎度最寄りの郵便局に向かっては、長蛇の列に1時間以上並び、気だるそうに働く局員に対峙。「再配達が来なかった」と訴えても「私の仕事ではない」「あなたが当日留守にしてたからでしょ」と返ってくるだけだった。
戸建ての場合、玄関前に野ざらしのまま放置されることも少なくない中、荷物に玄関マットや、玄関に敷き詰められた砂利を被せていく配達員は、「雨にぬれずに済んだ」「盗まれずに済んだ」と感謝すらされる。
こうしたスタッフ対応の差は宅配業に限ったことではない。日本にある某ファストフード店において「スマイルが0円」なのは有名な話だが、同店発祥の地であるアメリカの店員に「スマイル」を注文したところ、笑顔どころかそれまで以上に眉間にしわが寄った顔が返ってくる結果に。
しかし、こうした対応についてアメリカ人の友人らは「注文したものが手に入ればそれでいいじゃないか」と口をそろえる。
「自分が店員だったとしても、客の前で終始笑顔でいろとか、段ボールを傷つけるなとか言われたら仕事にならない。それでも強要するなら、チップを求めるね。どんなサービスでも無料なものなんてないよ」
かくも大きい彼我の差。日本がいかに特異な環境にあるのかがよくわかる。
当世はやりの「働き方改革」の主軸は、長時間労働の是正にあるが、現場からは「長時間労働という体力的な負担よりも、パワハラ、カスハラといった精神的負担のほうがキツい」という声が聞こえてくる。
「お客様は神様です」。
しかし、神様の中には風変りな神もいる……。ゆがんだ「上から目線」で店員に一方的に負担を強いる客は、もはやただの「疫病神」。当たり前に受け入れられてきた「お客様中心主義」について、今一歩引いて考え直してみるべき時が近づいているのかもしれない。
橋本愛喜(はしもとあいき)ライター。大阪府出身。大学卒業間際、父の病をきっかけに実家の金型研磨工場を引き継ぐ。大型自動車1種免許取得後、トラックで200社以上の製造業の現場へ。日本語教師を務めた後、NYに拠点を移し、報道の現場に身を置く。現在は、ブルーカラーの人権・労働に関する問題などを各媒体に執筆中。著書に『トラックドライバーにも言わせて』(新潮新書)。
「週刊新潮」2022年9月8日号 掲載

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