北関東出身の女子大生がAV出演に至った「父親の介護」と「往復5時間」

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筆者は本書と同時進行で歌舞伎町の取材に入っていたこともあり、自らの意思で“息を吸うように売春”するZ世代(おおむね1990年代後半~2010年代前半生まれ)の女性たちを目撃している。彼女たちは自分の意思で男性客を探し、合理的に稼げる方法を常に探していた。選択肢のひとつとして、新しい職業である「同人AV女優」という選択肢も入ってくる。 SDGs(持続可能な開発目標)やダイバーシティ(多様性)が叫ばれる中で、トラブルや争い、差別まがいが絶えないAV業界をめぐる議論や、合理的に稼ぐことを求めて裸になる女性たちは、落ちゆく日本の縮図である。
いまの日本にいったい何が起こっていて、これからどうなっていくのか、同人AV女優という職業に従事する女性たちから探っていこうと思う。
(本記事は中村淳彦著『同人AV女優 貧困女子とアダルト格差』(祥伝社)より、抜粋・編集したものです)
◆“クソみたいな実家の生活を逃れるため”
名越麻巳子(仮名)は“クソみたいな実家の生活を逃れるため”に、お金を稼ぎたくて大学4年のときにAV女優になっている。いったい何があったのだろうか。
北関東出身。東京多摩地区の大学まで、なんと片道2時間40分、往復5時間以上を費やして通学していた。理系大学だったのでゼミや授業は忙しく、時間的余裕のなさから精神的におかしくなっている。
◆忙しい大学生活で精神的に壊れた
「実家は北関東で父親と母親とお姉ちゃんの3人家族。父親が小学生の頃から職についてなくて、家に引きこもっている状態でした。母親は公務員で、一生懸命働いてくれて高校、大学まで行かせてもらったけど、私が大学3年のときに父親が当時原因不明の病気で体調が悪いってなった。
もともと、精神が安定していない人でしょうもないことで怒るし、昔から嫌いだった。父親が要介護状態になって、嫌いな父親の介護と往復5時間を超える通学、忙しい大学生活で精神的に壊れてしまいました」
◆父親の介護が嫌で実家を出た
父親は歩行器を使って、何とかトイレに行くという状態だった。ひとりでは生活ができなくなっていた。母、姉と3人で話して交代で介護をすることになった。通学は往復5時間で土日はバイト、授業は忙しく、どう考えても父親を介護する時間は作りようがなかった。
「父親の介護が始まって、とにかく家から離れたかった。当時付き合っていた男の子がいて、その子も実家が嫌いでアルバイトをして家を出た。お金があれば何とかなるって知って、それでAV女優の仕事を始めることになりました」
◆学内で自殺未遂騒動を…
「とにかく父親の介護が原因になって、いままでいい子でやってきたけどプツって糸が切れた。仲のよかった母と姉とも微妙な感じになって、もう私の味方はいない、申し訳ないけど家を出る準備をしよう、そのためにはお金が必要だってなった。賃貸を借りるにも何十万円も必要だから稼ぎたいなって。それで、高収入アルバイトを探して、レンタル彼女に応募した。そのの広告に引っかかってAVプロダクションに入ってしまった流れです」
家から逃げてAV女優を始めたが、当然、さらに時間的余裕はなくなった。
大学4年でゼミが始まり、担当教授から就職活動も要求される。時間がない上にAV女優になり、勉強も就職活動も成果が出なかった。成果が出ないことで担当教授からのアカハラ(アカデミックハラスメント)が始まって、最終的に学内で自殺未遂騒動を起こしてしまう。
◆ひさしぶりに「幸せだなって気分」に
「もう120パーセント頑張っているのに、これ以上何を頑張ればいいんだろうって自殺を図った。大学で騒ぎになって、『学校にとっても深刻な問題だし、あなたのメンタルもヤバいから心療内科を受診しなさい』って言われ、休学しました。休学中にAV女優と風俗をがっつりやって、精神が病んでいたのでお金しか信用できないみたいな状態になっていました。お金を稼いでも洋服とか遊びに使っちゃって、家を出ることはできたけど、あまり良い時間は過ごせてなかった」
精神がまともな状態に戻ったのは、フリー女優になって大学時代から仲がよかった彼氏と付き合うようになってから。プロダクションを辞めて、しばらくはガツガツと同人AVに出演したが、コロナをキッカケに一緒に暮らして生活費と買い物を減らすことができた。働く目的は実家から逃げることだったので、それは達成している。無理に働かなくていいことに気づいた。
いまは適正AVのエキストラと同人AVで週1~2日働き、あとは家でのんびりと暮らしている。心地よく幸せだなって気分になるのは、本当にひさしぶりだと思ったという。
文・中村淳彦

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