「公判翌日もゴルフ」「法廷でニヤけて…」猪苗代ボート事故 遺族が語る「佐藤被告のあり得ない行状」

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

’20年9月6日、一家で猪苗代湖(福島県)に遊びにきていた豊田瑛大(えいた)君(当時8歳)が、航行する大型プレジャーボートに巻き込まれて死亡。近くにいた母親も両足の膝から下を切断する大怪我を負うという痛ましい事故があった。
「船を操縦していた福島県いわき市の元会社役員・佐藤剛被告(45)は、『注意義務は果たしていた』と無罪を主張していましたが、福島地方裁判所は禁錮2年の実刑判決を言い渡しました。『あれだけの大事故を起こしておいて、たったの禁固2年か』という声も上がっていますが、現在の法律ではこれが精いっぱいの刑なのです」(全国紙記者)
豊田さん一家は現在、首都圏にある閑静な住宅街に暮らしている。事故から約2年半、瑛大くんの両親が重たい口を開き、事故当日の様子を本誌に明かした。
「ボートが瑛大を轢くのを、目の前で見ていました。ボートが去った後の水面には切断された身体の一部、臓器のようなものが浮いていて…。身体の断面がハッキリと見えて、息子は一瞬で死んでしまったのだとわかりました。轢かれた瞬間、私自身も全身に電気が走るような痛みを感じて、急に右脚が重くなったんです。触ってみたらほぼ切断されていて、切られた脚がプランプランと水の流れに揺られていて、気持ち悪かったです。目の前には瑛大の遺体、近くにいた長男が泣き叫ぶ声が波の音に混じって聞こえてきて…朦朧とする意識の中、自分の足が湖底に沈まないよう必死で押さえていました」(瑛大くんの母)
豊田さん一家は友人家族らと猪苗代湖に来ており、交代で水上バイクに乗って沖に出ていた。事故当時、少し離れた場所にいた瑛大君の父は母子が轢かれたことに気付き、すぐに救助へと向かった。
「事故現場の周囲には他の家族連れもチラホラいて、瑛大の身体の一部がポーンと吹き飛ばされるのを目撃した人もいました。少し離れた場所にいたので急いで戻ったのですが、水面に浮かぶ妻の顔が真っ青になっているのが遠目にもわかりました。妻を水上バイクに引き上げると、足の断面が見えた。1~2个糧蕕任靴繋がっていませんでした。切断された脚は血を出しきっていたのかすでに青白かったです。もう片方の足も深い切り傷でズタズタ。妻は出血多量で呼吸も浅くなり、かなり衰弱していました」(瑛大くんの父)
母親は福島県内の病院へ搬送されて即入院。切断面から大量の菌が体内に入り込み、感染症のリスクが高まっていたという。担当医師は彼女の足を残そうと7回にも渡って手術を行ったが、最終的には両足義足の生活を送ることとなった。1年かけて義足にも少しづつ慣れてきた’21年9月14日、会津若松署は佐藤剛被告を業務上過失致死の疑いで逮捕した。
「‘20年の年末くらいから佐藤の暮らしぶりは把握していました。驚いたのは事故後も彼が同じような生活を続け、それをインスタグラムで発信していたことです」(前出・瑛大君の母)
豊田夫妻が目にしたのは、ボート遊びや高級料理店での食事に興じる佐藤被告の姿だった。
「佐藤は’21年12月末に保釈された後もアウントを変えて投稿を続けていました。裁判のこともありますから見ていたのですが、そこで連日アップされる豪勢な生活と、女性と遊ぶ楽し気な様子の佐藤……。知り合いのボートに乗せてもらい、花火を見る姿などもありました」
また遺族は、公判中の佐藤の言葉とSNSに投稿している生活ぶりの差に不信感を覚えたという。
「被告人質問の際、佐藤に対してプロフィール文を読み上げてこれが佐藤のアカウントなのか確認したら、認めました。公判中に、月々13万円の小遣いを親からもらって細々と生活していると話していましたが、インスタグラムではレクサスなどの高級車を注文したことを報告しています。人をバカにするのもいい加減にしろと腹が立ちます」(前出・瑛大くんの父)
また、’21年12月末から始まった公判でも、佐藤被告の態度は理解に苦しむものだったという。
「何度もニヤついていたんです。一度、佐藤側の弁護士が『なんで笑ってんだ!』と叱責する場面もありました。たった1回、初公判の際、形式的に謝罪の言葉を口にしただけで、あとは私たちには見向きもしませんでした。私たちに対して申し訳ないとか反省する気持ちがあるとは思えません。
証人尋問の前日、佐藤は証人と高級料理店で焼き鳥を食べてSNSに投稿。証人尋問の翌日には、証人と朝からゴルフへ出かけていました。一緒にいた証人も、公判終わりに『任務完了!』とInstagramに投稿していたり、周囲の人間の対応を含めてもうめちゃくちゃですよ。怒りを通り越して、呆れてしまいました。子供を失って、妻は脚も失った。私たちは一体誰と戦ってるんだろうと虚無感に苛(さいな)まれています」(同前)
禁錮2年の判決を受けて、佐藤は即日控訴した。一方の瑛大くん遺族は、事故の日から欠かさず、瑛大くんの月命日の墓参りを続けている。心が晴れる日は来るのか。遺族の心は猪苗代湖の底に沈んだままだ――。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

SNSでもご購読できます。