「子どもは作らない」と決めて結婚した2人の本心

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失敗は成功のもとというけれど、結婚では?(イラスト:堀江篤史)
失敗は成功のもとという格言があるが、結婚に関して言えば「失敗は成長のもと」だと言える。
失敗の代表格は離婚だ。一度は愛し合って祝福されたはずの2人が離れる過程はあまりにも苦しかったり悲しかったりするので、次の相手選びと家庭における自らの言動に改善が見られたりする。
失敗を恐れずに行動するけれど、まったく同じ失敗は繰り返さない。人はそうやって成長していくのだと思う。
ある日の土曜日、東京都心まで通勤圏内の千葉県にある自宅に筆者を招いてくれたのは加藤順一さん(仮名、52歳)と広子さん(仮名、44歳)。それぞれに離婚歴があり、1年半前に結婚したばかり。ともに「晩婚さん」にして「再婚さん」の新婚夫婦だ。
細身で若々しい外見の順一さんは内面も若い。自分の体験を話したくて仕方ない様子で、本題とは関係のない転職や起業の体験を事細かく教えてくれる。サービス精神旺盛である。
一方の広子さんは伝統的な大企業で長く役員秘書を経験し、その場にいる人を立てることを基本姿勢にしているような美人だ。寂しがりを公言する順一さんが優しげな広子さんに惚れ込んでいる構図はご自宅訪問5分後ぐらいで伝わってきた。
「若い頃はいろんな女性と付き合ったけれど長続きはしませんでした。でも、28歳で結婚すると周りに言っていたんです。一人前になるには結婚が不可欠だと思っていたから。結婚相手には専業主婦でいてほしいと思っていて、実際に家庭的で女性らしいと感じた人と28歳のときに結婚しました」
外資系コンサルティング会社勤務だったという20代を振り返る順一さん。エネルギッシュで優秀だけど、当時は若くちょっと考えが浅かったのだろう。「家庭的」だと思った女性は母親と依存関係にあり、出産後も夫婦喧嘩の内容をすべて報告。順一さんはそのたびに義母から怒鳴り込まれていた。そして、起業を見据えて転職をするタイミングで不仲が決定的になった。
「1100万円ほどあった年収が下がるのは明らかで、『私たちの生活はどうなるの!』と言われました。でも、当時の僕は自信があったし、そんな風に反対されたくはありません。別れることになりました」
順一さんが31歳のときだ。妻は幼い娘とともに去り、順一さんは養育費を支払いながら転職と起業を実行。しかし、ビジネスパートナーの裏切りに遭って全財産を失ってしまう。
「そのときに助けてくれたのが当時付き合っていた彼女です。お金も貸してくれました。その恩もあって結婚したんです。本当は好きじゃなかったのかって? はい、その通りです!」
不必要なほど率直な順一さん。その本心は相手にも伝わってしまっていたはずだ。妊娠して子どもを産んでからは人が変わったように順一さんに憎しみをぶつけるようになったという。
「あるとき赤ん坊を連れて実家に帰ってしまい、子どもにろくに会わせてもくれなくなったのです。あまりにも理不尽な仕打ちに僕は体を壊してしまいました。別居しながら親権を争うつもりでしたが、父が他界したことをきっかけにして人生をやり直すことに。離婚が成立したのは48歳のときです」
妻子との二度にわたる別離、起業の失敗、裏切り、全財産の喪失、体調不良、父親の他界……。手痛い失敗やショッキングな出来事が続き、順一さんは1つの真実と向き合うことになる。
「自分は大した人間ではない。こうあってほしいと思うことが実現するとは限らない」である。
「最初の結婚のことを思い返しました。転職に反対されたぐらいで離婚するのは無責任だったかもしれません。妻とはいえ他人なのだから自分とは感覚が違うのが当たり前、という前提に立たなくちゃいけないんですね」
内省モードになった順一さんは初めて気づいた。一度きりの人生で誰かを幸せにしたいのに、自分は結婚を2回も失敗し、社長としても周囲を喜ばせることはできなかった。サラリーマンとして出直しつつ、誰か1人ぐらいは幸せにしたい――。
必死の思いで婚活をして、あるお見合いパーティーで知り合ったのが広子さんだった。順一さんは一目惚れだったと明言する。
「キレイなのに周囲に気遣いができて輝いて見えました。第一印象で(気持ちが)爆上がりでしたね。僕は見た目の好みはありません。タヌキ顔だろうがキツネ顔だろうが、話してみてキレイだと感じたら好きになります。あ、でも1つだけ条件がありました。くびれがあることです!」
「爆上がり」やら「くびれ」やらを楽しそうに連呼する順一さん、あまり懲りない性分のようだ。
ただし、広子さんのほうも異性との出会いから交際に至るまでの「軽さ」は似たり寄ったりである。24歳のときに結婚した相手は在日フランス人。なんと路上でナンパされたのがきっかけだったという。
「実家から勤め先の病院まで自転車通勤をしていました。いきなり呼び止められて、『一目惚れした』と言われました。最初は無視したのですが、通勤路を覚えられてしまって……。何度も声をかけられて付き合うことになりました」
広子さんは自信家を惹きつけやすい体質なのかもしれない。結婚した翌年には娘が生まれたが、起業を志していた夫との生活は安定しない。「女の子大好き」な彼の浮気は黙認していたが、経済的な逼迫には耐えきれなくなった。
「実家に戻らせてもらうために、父から出された条件が離婚でした。もともと外国人との結婚には反対でしたし、彼のお金遣いの荒さのせいで娘の私と孫が苦労していることに激怒していたようです」
離婚して実家に戻って両親と子どもと4人暮らしを始めた広子さん。その後、前夫との関係について相談していた男友だちから「付き合おう」と言われて交際に発展。再婚を視野に入れていたが、子どもを作るか否かで折り合いがつかず、8年後に別れることになってしまった。
「彼は子どもを欲しがり、私は子どもはもう欲しくありませんでした。子育てをしながら働くのは本当に大変ですし、かといって仕事を辞めて自分の収入がなくなることは怖いと思ったからです」
感じも良くて美しい独身者が結婚願望を明らかにしている場合、周囲が放っておくことはあまりない。秘書をしていた広子さんの上司にあたる役員が張り切り始め、社内の「後輩」を次々と紹介してくれた。
「後輩といっても全員が部長クラスです(笑)。私より一回り年上のすてきな男性もいたのですが、『僕はモテるから』と自ら言っていましたし、社内での出会いで、結婚したら家庭でも秘書として見られるのは疲れてしまうと思いました」
そんなときにお見合いパーティーで出会い、すかさずアプローチしてきたのが順一さんだ。実は同じ企業グループに所属していることがわかったが、同じ会社ではない。お互いに堅い勤め人だという安心感と職場は異なるという良き距離感。広子さんにとっては結婚相手として申し分のない条件である。
「改めて2人で会ったときにすごく誠実な印象を受けました。この人と付き合うしかない!と思ったんです」
慎重そうに見えて実は大胆な広子さん。最初のデートで1軒目の店を出るときに自分から順一さんと腕を組んだという。フランス人仕込みなのかもしれない。
同じぐらい性急な順一さんは広子さんの好意を確信。2軒目を出てからキスをしたと赤裸々に語る。この2人、実はかなり似た者夫婦なのだと思う。
現在、大学生の娘は広子さんの両親と3人暮らし。広子さんと順一さんは千葉県内のマンションで新婚生活を送っている。母親の再婚に娘は何を思ったのだろうか。
「賛成も反対もなく、『ママの勝手にどうぞ』という反応でした。彼女はもう大人なのでそれが普通なのだと思います」
順一さんのほうも「僕も大学生になったら一人暮らしをして親から大人扱いをされました。妻の娘と会いたくないわけではありませんが、今さらパパにはなれません」と淡々とした対応。
コロナ禍の影響もあって、広子さんの両親とも数えるほどしか会っていない。それでも彼らからの評価は「すごくいい」とのこと。
「1人で実家に寄ることがあると、親から『順一さんによろしくね』と帰りがけに必ず言われます」
前夫への評価が最低に近かったため、順一さんは特に何もしなくても相対的な好評価を得られるのだ。離婚経験がある人と結婚するメリットの1つだと言える。
今、順一さんは在宅勤務が中心で月に一度程度しか出社していない。広子さんは平日は毎日会社に通っていることもあり、家事の大半を順一さんが担っている。最初の結婚では考えられなかったような夫ぶりだ。そのことは広子さんも見抜いている。
「今のタイミングで結婚したからこそ、順一さんは積極的に家事をしてくれているのだと思います。いろいろ経験する前の彼だったら何もしなかったはずです」
共同財布への出資額は1:4にさせてもらいつつ、娘の学費を払い続けている広子さん。今後も2人で豊かに暮らすためには本業に加えて副業を始めて稼ぎたいぐらいだ。仕事を辞めるという選択肢はない。
一度財産を失った経験がある順一さんの最終目標は、自分が死んだときに愛する広子さんにいくばくかの財産を遺すこと。だから、2人とも「子どもは作らない」で意見が一致している。
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「順一さんとの子どもだったら顔を見たかった気はします。でも、私は子どもに集中してしまって旦那さんに関心が向かなくなるタイプです。よく考えるとひどい話ですよね……。だから、今の2人暮らしを続けられることが私の幸せです」
若い頃の失敗を今さら訂正することはできない。しかし、その苦い経験を糧にして成長し、今度は適切な人間関係を築けることもある。
良くも悪くも軽さのある順一さんと広子さんの場合は、合わせて4度目の結婚によって有終の美を飾れるのかもしれない。
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(大宮 冬洋 : ライター)

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