元小沢ガールズの田中美絵子氏が石川県議選でトップ当選 “不倫路チュー”払拭で「金沢市長も狙える」の声も

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地道にコツコツ。民主党政権時代、“小沢ガールズ”の一員だった田中美絵子氏(47)が、地方議員として力をつけてきた。国政選挙で3回連続落選の憂き目に遭うも、2019年に金沢市議選に鞍替え出馬してトップ当選。そして今回、石川県議選に再鞍替えし、金沢市選挙区でまたもやトップ当選を果たしたのである。「ゆくゆくは金沢市長を狙えるのでは」と地元で囁かれ始めている。
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【写真】民主党政権末期、世間に衝撃を与えた田中美絵子氏と国交省キャリア官僚との「駅中路チュー」写真森喜朗氏への“刺客”から始まった 政治家としてのはじまりは、09年、石川2区の森喜朗元首相への“刺客”として民主党から送り込まれた衆議院議員選挙だった。小選挙区で森氏に約4000票差まで迫る惜敗で、比例復活して代議士になった。当時、まだ33歳である。

4月9日に投開票された石川県議選の金沢市選挙区でトップ当選した田中美絵子氏(本人のInstagramより) 振り返れば、あの頃“小沢ガールズ”と呼ばれた人たちは多士済々だった。自殺した元フジテレビ社員の三宅雪子氏、柔道オリンピック金メダリストの“ヤワラちゃん”こと谷亮子氏、不倫報道で世間を騒がせた菅野(旧姓・山尾)志桜里氏……。あのメンバーの一員として、田中氏も与党・民主党を支えていたのである。 だが、民主党政権の瓦解より先に田中氏自身の人生が暗転する。きっかけは、彼女がまだ国会議員だった12年6月に、「週刊新潮」がスクープした“駅中不倫キス事件”だった。田中氏は妻子ある55歳の国交省キャリアと人気のないJR大崎駅の構内でキス。決定的証拠を押さえられながらも「事実無根です」と言ったのだった。国会議員と婚約するも1カ月で破談に その後、国政選挙へ挑戦し続けるも結果は散々たるもので、「まず12年、『柿沢王国』東京15区に国替えして、柿沢未途氏に挑むも落選。14年には石川1区に再国替えして馳浩氏に挑み2度目の落選。そして、17年に『希望の党』候補として馳氏に再挑戦するもダメだった。毎回ドブ板選挙を繰り広げただけあって本人も意気消沈。しばらく実家の金沢に引っ込んでいたんです」(地元支援者) この間、プライベートでまたもや騒動を起こす。15年4月に衆議院議員の同期だった小山展弘氏と婚約したが、1カ月も経たずに婚約解消を発表したのだ。あれはいったい何だったのかーー。「本人いわく、テレビ番組で『婚約届を持ってきた人と結婚する』と発言したら、その気になった小山氏が本当に持ってきたため、そういう流れになってしまった、と。『手すらつないでいない』とのことですが、真相は藪の中です」(同)郵便局の夜勤アルバイトを経て市議に 7年に及んだ浪人時代の最後は、実家で暮らしながら郵便局の夜勤アルバイトをしていたという田中氏。だが、ここから巻き返していく。19年、「最後の挑戦」と宣言して金沢市議選に出馬、1万票も獲得するトップ当選で政治家にカムバックした。「ジジ殺しなところがあって、地元有力者にかわいがられた。何よりも無所属となって旧民主党色を消し去ったことが功を奏しました」(地元記者) そして今回、県議選に鞍替えし、激戦区の金沢市選挙区で2位に3000票以上の差をつけるぶっちぎりでまたもやトップ当選したのだ。中央ではほとんど報道されていないが、21年には9歳年上の金沢でフィットネスクラブなどを経営する男性と結婚。浪人時代にフィットネスクラブに通い詰めていたことが縁だったという。 公私ともに絶好調。この勢いで国政復帰も目指せる?「3度も落選して、そんな山っ気はもう残っていなさそうですがね。ただ、地元では『金沢市長あたりは狙えるんじゃないか』と言われ始めています」(前出の支援者) 県議会では、森氏の側近でいまは知事となった馳氏と相まみえることになる。数少ない小沢ガールズの生き残りとしてこれからも頑張っていただきたい。デイリー新潮編集部
政治家としてのはじまりは、09年、石川2区の森喜朗元首相への“刺客”として民主党から送り込まれた衆議院議員選挙だった。小選挙区で森氏に約4000票差まで迫る惜敗で、比例復活して代議士になった。当時、まだ33歳である。
振り返れば、あの頃“小沢ガールズ”と呼ばれた人たちは多士済々だった。自殺した元フジテレビ社員の三宅雪子氏、柔道オリンピック金メダリストの“ヤワラちゃん”こと谷亮子氏、不倫報道で世間を騒がせた菅野(旧姓・山尾)志桜里氏……。あのメンバーの一員として、田中氏も与党・民主党を支えていたのである。
だが、民主党政権の瓦解より先に田中氏自身の人生が暗転する。きっかけは、彼女がまだ国会議員だった12年6月に、「週刊新潮」がスクープした“駅中不倫キス事件”だった。田中氏は妻子ある55歳の国交省キャリアと人気のないJR大崎駅の構内でキス。決定的証拠を押さえられながらも「事実無根です」と言ったのだった。
その後、国政選挙へ挑戦し続けるも結果は散々たるもので、
「まず12年、『柿沢王国』東京15区に国替えして、柿沢未途氏に挑むも落選。14年には石川1区に再国替えして馳浩氏に挑み2度目の落選。そして、17年に『希望の党』候補として馳氏に再挑戦するもダメだった。毎回ドブ板選挙を繰り広げただけあって本人も意気消沈。しばらく実家の金沢に引っ込んでいたんです」(地元支援者)
この間、プライベートでまたもや騒動を起こす。15年4月に衆議院議員の同期だった小山展弘氏と婚約したが、1カ月も経たずに婚約解消を発表したのだ。あれはいったい何だったのかーー。
「本人いわく、テレビ番組で『婚約届を持ってきた人と結婚する』と発言したら、その気になった小山氏が本当に持ってきたため、そういう流れになってしまった、と。『手すらつないでいない』とのことですが、真相は藪の中です」(同)
7年に及んだ浪人時代の最後は、実家で暮らしながら郵便局の夜勤アルバイトをしていたという田中氏。だが、ここから巻き返していく。19年、「最後の挑戦」と宣言して金沢市議選に出馬、1万票も獲得するトップ当選で政治家にカムバックした。
「ジジ殺しなところがあって、地元有力者にかわいがられた。何よりも無所属となって旧民主党色を消し去ったことが功を奏しました」(地元記者)
そして今回、県議選に鞍替えし、激戦区の金沢市選挙区で2位に3000票以上の差をつけるぶっちぎりでまたもやトップ当選したのだ。中央ではほとんど報道されていないが、21年には9歳年上の金沢でフィットネスクラブなどを経営する男性と結婚。浪人時代にフィットネスクラブに通い詰めていたことが縁だったという。
公私ともに絶好調。この勢いで国政復帰も目指せる?
「3度も落選して、そんな山っ気はもう残っていなさそうですがね。ただ、地元では『金沢市長あたりは狙えるんじゃないか』と言われ始めています」(前出の支援者)
県議会では、森氏の側近でいまは知事となった馳氏と相まみえることになる。数少ない小沢ガールズの生き残りとしてこれからも頑張っていただきたい。
デイリー新潮編集部

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