「赤彗星(シャア)」と名付けられた息子の告白 名前を嫌だと思ったことはないのか?

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個性的な“読み”の名前が珍しくなくなっているが、当事者の親子はどのような思いを抱いているのか。徳島の名門・池田高校で甲子園を目指す一人の球児。名前は「赤彗星」と書いて「しゃあ」と読む。名を付けた父、そして名付けられた息子に、ノンフィクションライターの柳川悠二氏が話を聞いた。【前後編の後編。前編から読む】
【写真7枚】池田高校で捕手としてプレーする赤彗星(シャア)くん。父・唯さんのガンダムコレクションの数々も。
* * * 世に生を受けた者が最初に与えられるプレゼントが「名前」だ。
ところが、読みを連想することが難しいようなキラキラネームを与えられては、その後の人生に少なからず苦労が伴うこともあるだろう。役所や病院、あるいは学校で、幾度も名前を呼び間違えられる人生を送るのだ。その度に訂正を余儀なくされるのだから、それなりのストレスがあって当然である。
長女「光宇宙(ララァ、20)」、次女「風光雲(フラウ、18)」、長男「赤彗星(シャア、16)」という關口家の三姉弟はそれぞれ名前を好意的に受け止めているのだろうか。父の唯さん(44)は、「名前に対する不満を聞いたことはありません」と言う。
「息子が小学校に入学する時に、いじめられたりしないか、少し不安はありました。ところが、同じクラスに『ジオン』くんという子がおった(笑)。赤彗星のクラスに(シャアが属する軍の名である)ジオンくんがいるなら、問題はないやろ、と。みんな気に入ってくれている。風光雲なんかは、『どうしたらこんな名前が思いつくん? 私に子供が生まれたらパパに名付けて欲しいから、今から考えておってね』と言ってくれています」
もちろん、子供たちの側がどう受け止めているかを尋ねる必要もあるだろう。そこで、風光雲さんにも話を聞いた。
「私は人と同じであることがあんまり好きじゃなくて、同じ名前の人と出会ったことのない風光雲という名前はめっちゃ気に入っています。漢字の並びも、可愛らしいというよりかっこいい感じですよね。確かに正しく名前を呼ばれたことはありませんが、それがむしろ普通じゃなくていいな、と思っています。苦労というと、テストの時なんかに、名前の画数がとても多くて、人よりも答案用紙の記入が出遅れてしまうことぐらいでした……。名字にある『關』も旧字で、めっちゃ画数ありますから(笑)」
本人が希望すれば、改名できることは風光雲さんも知っている。
「はい。だけど、一度も考えたことはありません」
父親である唯さんは元高校球児で、長女の光宇宙さんも高校時代はソフトボールに励んでいた。そして、風光雲さんは女子校高校野球の名門校に在籍したことがある。高校を卒業した今後は中学時代に弟と一緒に練習した全播磨硬式野球団でコーチを務めたりしながら、将来を考えていくという。
「これからの女子野球を背負っていく野球少女たちのコーチになって、女子野球をもっと広めていくお手伝いをしたい」(風光雲さん)
風光雲さんはアルバイトで得た給料の一部を両親に渡し、今後、専門学校や大学への進学を考えたとしても、学費はすべて自分の力でまかなうと決めている。
「私が野球に打ち込めたのも、姉が一生懸命アルバイトをして、両親を助けてくれたから。今まで尽くしてくれた姉には自由になってもらって、今度は私が家にお金を入れたり、弟に野球道具を買ってあげたりしたいんです」
唯さんは毎週末、妻と一緒に兵庫から車を運転して徳島に行き、池田高校の練習試合にもほとんど足を運ぶ。自宅から池田までは高速を使って2時間半の距離だが、高速代を節約するため下道を利用し、4時間半をかけて向かうという。
いま、關口家にとって大きな希望が、長男・赤彗星くんだ。新2年生ながら徳島の古豪・池田高校の主力として期待される、強肩・強打の捕手だ。その名前のインパクトもあって、県内では注目の選手となっている。赤彗星くんが話す。
「僕も赤彗星という名前が嫌だと思ったことは一度もないですし、ガンダムのキャラクターからとった名前を恥ずかしいと思ったこともない。部内でも、『シャア』と呼ばれています」
1974年春に名将・蔦文也監督(故人)がわずか11人の“さわやかイレブン”を率いて準優勝を果たし、1982年夏と1983年春の夏春連覇を含む、計3度の甲子園制覇を誇る池田高校も、夏は1992年、春は2014年を最後に聖地にたどり着けていない。
赤彗星くんには夢がある。もし、甲子園に出場できたならば、池田高校のアルプス席で奏でてもらいたい曲があるのだ。それは『機動戦士ガンダム』の劇中歌である『シャアが来る』――。
「『シャア、シャア、シャア』と連呼するあの曲で打席に入って、甲子園全体が僕の名前を呼んでくれたら、これほど最高なことはないと思います。ただそのためにはもっと自分が成長しないといけない。自分のセールスポイントは、芯を食えばスタンドに運ぶことができるパワーですね。捕手としてはワンバウンドのブロッキングに自信がある。課題はというと、二塁送球などのコントロールとバッティングにおけるミート率ですね。絶対に残りのチャンスで甲子園に出場し、勝利して池田高校の校歌を歌いたい」(赤彗星くん)
アニメ『機動戦士ガンダム』でシャア・アズナブルの声を務める声優は池田秀一さんである。思わぬ“池田つながり”にも、赤彗星くんは不思議な縁を感じている。
既に長女と次女が成人を迎え、再来年3月には長男の赤彗星くんも高校卒業となる。唯さんは言う。
「今後もし誰かが『改名したい』と言いだすようなことがあれば、それは子供の権利ですから、私がとやかく言うことはない。だけど、みんな気に入ってくれていますから、そんなことを言い出す子はおらんのとちゃうかな」
名前という最も個人的なものをどう受け止めるかは、当然ながら人それぞれなのだろう。今の關口家は、甲子園の夢を全員が共有しているように見えた。
(了。前編から読む)

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