「チュウしよう? エッチしよう?」…31歳女性教師のトラウマに「教頭の性的暴行」悪夢の1時間

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

日本では毎月のように、学校の教員による性犯罪や性的暴行のニュースが報じられている。そのほとんどが男性教職員による子供、あるいは女性教職員に対する暴力だ。だが、それにどこまで適切な処分が下されているのかは疑わしい。
文部科学省が公表した「令和3年度公立学校教職員の人事行政状況調査について」によれば、この1年間に性犯罪・性暴力で処分を受けた教職員の数は、216人となっている。
これを多いと取るか少ないと取るかはそれぞれだが、驚くのは処分の内容だ。懲戒免職が119人に対し、停職が50人、減給が21人、戒告が2人となっており、処分対象者のうち半分は職場復帰が可能となっているのである。
一体、教員はどのような性犯罪、性暴力を行い、いかなる処分で済まされているのか。
九州で小学校教員をしていた時、教頭から性暴力を受けた坂岡彩香(仮名)は、次のように述べる。
「私は教頭の男性による性暴力によってPTSDを発症して、仕事ができなくなり、今なお苦しんでいます。それでも教頭は文書による注意だけで済み、同じ職場でずっと働いているのです。それが今の学校、教育委員会のあり方なのです」
彼女は後に述べるように裁判まで起こしたが、ねじ伏せられるように争うことをあきらめざるをえなくなった。その事件から、教員の性犯罪・性暴力と処分について考えてみたい。
事件が起きたのは、’16年3月のことだった。
当時、彩香(31)は九州の公立小学校で3年生~5年生の理科の非常勤務の講師として働いていた。
報酬は1コマ(45分授業)あたり2590円。月給にして15万円強。学校へ出勤すると、正規の教員ではないため、職員室に立ち寄って管理職に挨拶だけして、すぐに理科室へ向かい、担当の授業が終わると帰宅する日々だった。
講師としての契約期間は1年で、毎年1月頃に次年度の勤務を希望するかどうかを聞かれる。そこで希望を出し、正規の教員の人数が足りない場合のみ、新学期開始直前の3月20日前後に契約更新が行われるという不安定な立場だった。
3月半ばの雨の降る日曜日、彩香はまだ来年度の契約が決まらない状況だったにもかかわらず、次の年の授業の準備をしていた。携帯電話が鳴ったのは、日が沈みかけた夕方だった。電話の相手は、勤務先の小学校の教頭の二村正弘(仮名)からだった。
二村は言った。
「今日、焼き肉食べにいかん?」
二村は既婚の50代半ばで、彩香と同じ年代の子供が3人いたが、単身赴任で一人暮らしをしていた。地方の学校の管理職は、単身赴任で勤務先に通っていることが多く、休日でも教職員を食事に誘うことが常習化していた。
彩香は気が向かなかったが、日頃から目をかけてもらっていたこともあり、雨の中、焼き肉店へ向かった。
店に来ていたのは彩香だけだった。二村が言うには、声をかけた他の職員はみな都合が悪かったという。
食事を終えた後、二村はこう誘った。
「まだ早いっちゃね。もう一杯どう? 母親の作ったものがたくさんあって食べきれんから、うちで飲まん?」
彩香は、授業の準備があると言った。二村は畳みかけるように言う。
「教材もうちで作ればいいやん。店で教材広げる訳にもいかんし」
自分の家に来てくれたら、学校で使う教材づくりを手伝うと言われたのだ。彩香はそう言われたことで断ることができなくなり、渋々ついていくことにした。
午後9時に到着し、最初の1時間は教材作りをしていた。二村の態度が急変したのは10時頃だった。
「ちょっと抱っこさせて。おいで」
そう言うとにじり寄り、馬乗りになって体を押さえつけてきたのだ。二村は興奮した声で、「チュウしよう? エッチしよう? ダメと? じゃあ、お風呂入ろう?」などと言って彩香の体をまさぐりはじめた。
彩香は必死に抵抗するが、体を押さえられてうまく抜け出せない。その間も、二村は服の中に手を入れてきたり、彩香の手を自分の股間に導いたりする。
結局1時間近くも、二村は彩香の体をもてあそび、一旦引いたと思ったら、再び同じようなことを言って体を触ってきた。彩香は気を動転させながら、なんとか最後の一線だけは超えないように抵抗し続け、隙を見計らって「帰ります」と言い、二村の家を離れた。
この日の出来事は、彩香には大きなショックだった。ただ、二村の家から逃れたことで、すべては終わったかに思えた。
だが、二村自身は自分が完全に拒否されたとは受け取っておらず、むしろ脈があると考えたようだ。その日以降、彼はショートメールで次々と「会いたい」「ファンになりたい」「(会えなくて)眠れなかった」などといったことを伝えてきた。それは彩香には脅迫状のような恐ろしいメッセージだった。
さらに事件から3日後、彩香は校長に呼ばれ、次のように言われた。
「来年度も非常勤として働いてもらうことが決まりました。宜しくお願いいたします」
年始に来年度も継続して勤務をしたいという希望を出していた。よりによって、このタイミングでそれが決まったのだ。これでは来年も二村の下で働かなければならないことになる。
彩香はこの時の絶望を次のように語る。
「目の前が真っ暗になった気持ちでした。後々になって、なぜすぐに事件のことを校長に報告しなかったのかと指摘されたこともありましたが、パニックになってできないんです。ついていったのが悪かったと自分を責める気持ちがあったり、年度が終わる直前の学校を混乱させちゃいけないみたいな責任感があったりしたんです。
他の先生に相談することもできませんでした。私は非常勤なんで、他の先生方と話すことなんてほとんどありませんでした。普段相談に乗ってもらうのは、私を襲った教頭くらいでした。信頼できる同僚みたいな人がいなかったのです」
学校では若い非常勤の講師ほど弱い立場はない。彼女にしてみれば、教頭の二村くらいしか頼れる人がいなかったのだ。その二村から、契約更新が決まる直前に襲われれば、そのような気持ちになるのは仕方のないことだ。
校長から契約更新の話をされた時、彩香の脳裏をよぎったのは、かわいい生徒たちの顔だった。
もしこの場で断れば、新学期までに教員が見つかることはないだろう。そうなれば、生徒たちは理科の授業が受けられなくなるし、他の先生が一時的に代行するにしても混乱に陥るのは明らかだ。そんな迷惑をかければ、二度と教員として採用してもらえなくなるかもしれない。
彩香は苦渋の決断で答えた。
「わかりました。来年もやらせていただきます」
彩香の胸には、自分が我慢すればいいという気持ちがあった。だが、二村からの性的な誘いを暗示する不気味なショートメールはまだ送られつづけていた。
そしてこの決断によって、彩香は予想もしなかった悲劇に巻き込まれることになるのである。その詳細については【後編:教頭の強制わいせつ事件「学校の超甘処分」】をお読みいただきたい。
取材・文:石井光太’77年、東京都生まれ。ノンフィクション作家。国内外の文化、歴史、医療などをテーマに取材、執筆活動を行っている。著書に『絶対貧困』『遺体』『「鬼畜」の家』『43回の殺意』『本当の貧困の話をしよう』『格差と分断の社会地図』『ルポ 誰が国語力を殺すのか』などがある。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

SNSでもご購読できます。