妻はいきいき、一方で。53歳会社員「僕の願いはただひとつ。妻と会話をしたい、それだけなんです」

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離婚件数はこのところ横ばいが続いているが、同居20年以上の夫婦の離婚だけが微増している。
20年も連れ添ったら、今まで通りの生活が続くだけでいいと思う人がいる一方、やはり人生100年時代、より充実感を求める人もいるのだろう。
生き生きと楽しそうな妻、なのに僕は。「僕の願いはただひとつ。妻と会話をしたい。それだけなんです」
悲壮な雰囲気でそう言うのは、セイタさん(53歳)だ。結婚して24年、もうじき大学を卒業する息子と、大学2年生になる娘がいる。長男は就職が決まり、この春には家を出ていく。娘は同居しているが、学業にアルバイトにと忙しいようで、ほとんど顔を合わせることはない。
「妻は数年前からパートに出るようになり、週末のほうが時給がいいからと働いている。趣味の教室などで友人もできて、連休などは旅行に出かけることが増えました。一方で僕は趣味といえるものもなく、友人もいない。週末は、ほとんど家でひとり、ゴロゴロしているんです」
仕事を続けて30年。思ったように出世もできず、最近、子会社に出向させられた。年齢的に更年期でもあるのだろう、体調もメンタルもすっきりしない。だが、妻子は常に生き生きと楽しそうだ。
「子どもはわかるんですけどね、同い年の妻が年とともに若返っていくというか、いろいろなことを始めてやたらと明るい。以前、ピアノを習おうと思うんだと妻が言ったことがあって、『今さらやって何になる。やめとけやめとけ』と言ったんですよ。そのとき、妻が恨めしそうな顔で見たので、それ以上言えなくなった。
そうしたら妻、僕の制止を振り切って習っていたみたいで、先日発表会に出たそうです。息子と娘が聞きに行ったそうで、『いくつになっても頑張ればできるって、おかあさんに教わった。すごく上手だったよ』って。発表会があるなんて僕は聞いてなかったと言ったら、妻が『あなたはピアノを習うことに大反対したから。どうせ聞きにこないでしょ』と。復讐されたなと思いました」
復讐というのは大げさだろう。どうせ興味も関心も抱いてくれないのだから言うだけムダだと妻は感じていたのだ。発表会があると聞いていなかったと落ち込むのは筋が違う。
謝って、やり直したいと伝えたがセイタさんは、さすがに自分が悪かったと思ったようだ。妻にはそのことを謝った。頑張って練習したことも知らなかったから、今度は聞かせてほしいとも頼んだ。
「あなたがいないときしかピアノには触れていないの。文句を言われたり下手だと揶揄されたりしたら気分が悪いから、と言うんです。そんなひどいことは言わないよと言ったら、『あのとき、今さらやって何になるって言ったじゃない』と。だから悪かったと言ってるじゃないか、とまた険悪になりまして……」
妻は、夫に対して相当ストレスを抱えているようだ。結婚してから子育て時期にかけて、夫はまったく耳を貸そうとしなかったのではないだろうか。
「仕事が忙しかったから……」
口ごもるセイタさん。あなたはすぐに仕事に逃げていたと妻にも言われたらしい。
妻が生き生きしているなら、セイタさんも何か新しく趣味を始めてみればいいのではないだろうか。社外に友人ができれば、また別の楽しみも生まれる。
「そうなんですけどね……。僕はあまり人付き合いがいいほうではないし、知らない人の中に入るのも苦手で」
だったらひとりでできる趣味でもいい。何か楽しみを見つけなければ、妻に置いていかれるばかりだ。楽しいことを見つければ、妻と会話も弾むようになるかもしれない。
「妻が陶芸をやってみたいというから、僕もやりたいと言ったら、『どうぞ。あなたとは違う教室に行くから、どこに通うか教えてね』と言われました」
思わず噴き出しそうになった。妻はもはや自立していて、夫とともに時間を過ごそうとは思っていないのかもしれない。
「どうしたら妻と会話ができるようになるだろうと考えるんですが、いいアイデアがなくて」
週末に夕食を作って妻の帰りを待つのはどうだろうと提案してみた。週末、パートに行くと妻は惣菜を買ってくるらしいが、今日は僕が作っておくよと言ってみたら……。
「料理なんてしたことがないから」と後ろ向きだったセイタさんだが、その状況が続くと、それこそ熟年離婚になっても不思議はない。この場合、夫が変わらないと、夫婦関係は何も変わらない。
数週間後、セイタさんから料理の写真が送られてきた。
「青椒肉絲と、妻の好きな茶碗蒸しを作りました」と書いてある。今はスマホでいくらでも調理方法が検索できる時代。料理を作ろうと思えば誰でもチャレンジしやすいはずだ。
「妻は、茶碗蒸しをおいしいと言ってくれました。妻の仕事のことも少し話してくれました。否定するような言葉はいっさい言わず、黙って聞きました」
もし妻が、長年の恨みを夫に抱いているならこの程度で改善するとは思えないが、夫が歩み寄ろうとしていることは感じるはず。熟年夫婦の再構築は小さな一歩から始まるのかもしれない。

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