誰にも打ち明けられぬまま、3カ月以上遺体とともに過ごした-。
大阪市東淀川区の文化住宅で昨年7月、95歳の女性が遺体で見つかった。死体遺棄容疑で逮捕されたのは、この女性を一人で介護していた同居の長女(69)。生活保護を受給し、ケースワーカーの家庭訪問を受けるなど行政との接点を持ちながら、なぜ母親の死を一人で抱え込んだのか。専門家は「実質的には社会的に孤立した状態だった」と分析する。
荒れた室内に不安を抱き…
「私が虐待していたと思われるんじゃないか、と思い通報できなかった」
昨年10月、大阪地裁。死体遺棄罪に問われ法廷に立った長女はそう語った。
公判によると、母親が死亡したのは3月下旬のことだった。長女が買い物から帰宅すると、1カ月ほど前から寝たきりの状態だった母親が布団の上で動かなくなっていた。体を触っても顔をたたいても反応がない。息絶えていることはすぐに分かった。
95歳という高齢で病気も抱えていた母親の死は不自然ではない。だが、認知症の症状がみられた母親が水や洗剤をまき散らし、畳やふすまが傷んだ室内が、通報をためらわせた。
荒れた室内を虐待と結びつけられるのではないか。悩んでいるうちに遺体は少しずつ腐敗していく。腐臭を隠すため防虫剤をまき、受給していた生活保護の打ち切りを申し出て、ケースワーカーの訪問を避けた。
担当者の訪問をかたくなに拒むことを不審に思った東淀川区が7月28日に警察に通報。遺体が見つかり、事件が発覚した。母親が死亡してから、3カ月以上の月日が流れていた。
「100歳まで生きていたと思う」
母娘は約5年前から文化住宅で2人で暮らしていたが、近隣との交流はほとんどなかった。長女は公判で、昨年2月ごろから母親に認知症の症状が表れるようになったと説明。「介護施設には入れんといてね」という希望を受け入れ、食事や排泄(はいせつ)の世話を一人で担っていた。
長女は公判で「私がちゃんと面倒をみれば、100歳まで生きていたと思います」と述べたが、自身も当時69歳。母親の年金15万円と自身に支給される生活保護費6万円を生活費にした「老老介護」だった。
同区によると、生活保護受給者には、担当ケースワーカーが半年に一度、自宅を訪ねることになっている。生活実態や同居の家族を含めた近況や体調の変化などを聞き取り、異変があれば関係機関で連携して対応にあたるが、新型コロナウイルスの感染拡大以降は、訪問を玄関先で済ませることが多くなっていた。
母娘は、年金と生活保護費を合わせると生活に十分な金額を受け取っていたと判断されたことなどから、区や社会福祉協議会(社協)の重点見守りの対象からも外れていた。自宅で誰にも頼らずに介護をしていたため介護保険の利用もなく、結果的に一人で介護をしていることも、母親が寝たきりになり負担がさらに大きくなっていることも、区に伝わることはなかった。担当者は「実態を把握できれば、社協につなげるなど別の支援もできたかもしれない」と悔やむ。
深刻な人手不足
「本来なら一番身近な相談相手であるケースワーカーが、十分な関係を構築できていなかった」
佛教大の新井康友准教授(高齢者福祉論)はこう指摘する。背景には深刻な人手不足がある。厚生労働省が示すケースワーカー1人が担当する生活保護受給者数の目安は80世帯。しかし、同区では1人あたり約100~140世帯を担当する状態が続いている。
金銭面以外の深刻な問題を抱えている受給者もおり、ある自治体関係者は「介護保険の利用もなく、金銭的にも一定程度の支給を受けている家庭の優先順位が下がってしまうのは仕方ない」と明かす。
新井氏は「国が主導してケースワーカーを増やして各家庭と関わらないと同じことが起きる」とし、「今回は複合的な問題が社会的孤立を招いたが、氷山の一角に過ぎない。地域の実情にあった仕組みを作り、『制度のはざま』にいる人たちを救い上げることが重要だ」と話す。
昨年11月4日、大阪地裁は長女に懲役1年、執行猶予3年(求刑懲役1年)の判決を言い渡した。裁判官が、火葬するなどして母親を弔わなければならなかったことを強調した上で「お母さんのことを忘れないでください」と説諭すると、長女は小さくうなずいた。
長女も検察側も控訴せずに判決は確定。長女は母親と過ごした文化住宅を離れ、区のサポートを受けて救護施設で生活している。(中井芳野、小川恵理子)