長く一緒に暮らしてきたとしても、配偶者のことを何もかも知っているわけではない。
だが想像以上に、自分の知っている相手と、新たに知った相手との間にギャップがあれば、「これまでの生活は何だったのか」と思うだろう。ショックを受けて相手との関係にひびが入ることになるのか、もう一度関係を前向きに見直すか。夫婦としての岐路に立たされたといえるのかもしれない。
妻は「おとなしいタイプ」だと思っていた3歳年下の女性と結婚して10年たつタクトさん(43歳)。8歳と5歳の子がいる。妻はパートで仕事をしているので、タクトさんもなるべく家事育児を率先してやるようにしてきた。
「週末と平日1日、少なくとも週3日は僕が料理を作っているし、洗濯もしています。妻がストレスをためると家庭はどうしても雰囲気が悪くなるので、いつでも妻が明るく楽しく過ごせるように、僕も頑張ってきたつもりなんですけどね……」
子どもたちが小さいころ、彼はふたりを連れて日曜日によく出かけた。妻がひとりで羽を伸ばせるようにという配慮からだ。それを同僚女性に話したところ、「うちの夫はまったくそんなことをしてくれない。説教してほしい」と言われたこともある。
「いい夫かどうかはわかりませんが、少なくとも僕は気遣いしてきたと自信を持って言える。そして僕自身は、それに応えて明るくふるまってくれた妻に感謝もしてきました。僕は妻のことが大好きだったんですよ」
それなのに……と彼は苦しそうに話を続けた。
「最近、いろいろなところから妻に対する噂を立て続けに聞いたんです。最初は子どもが通っている歯医者から。僕も治療の必要があって、その歯科医に行ったら、受付の女性が『奥様、大丈夫でしたか』と言う。どういう意味かわからず、曖昧にうなずいていたら、帰りにまた『奥様によろしく』と言われた。
なんだかおかしな雰囲気だったので詳細を聞こうとしたら、あちらが言葉を濁す。無理やり聞き出したら、前回、子どもを連れてきた妻が、治療の順番をめぐってキレたらしいんです。
たまたま激痛で来ているお子さんがいたので、先に診たところ、順番がおかしいと妻がクレームをつけた。事情を話したら、『だったらなぜ先にそう断りを入れないんだ』と受付のテーブルをバンと叩き、対応した女性は恐怖で泣いてしまったそうなんです」
それを聞いたタクトさんは、女性の様子から妻がかなり激しいクレームをつけたと想像することができた。だから「申し訳ありません」と謝るしかなかった。
何が妻をそうさせたのかもちろん、妻の言い分は正しいのだ。あとから来た子が激痛で苦しんでいるなら、もちろん譲る気持ちはあるだろう。だが何も言わずに自分の子をあと回しにされるのはおかしいのではないか。そう思ったに違いない。
「だけど、物は言いようなんですよね。言われた人が傷ついてしまったら言った意味がなくなる。あとから妻に聞いたら、『あなた、そんなことも伝えられないなら、受付の仕事なんかやめなさい』と怒鳴ったらしいんです。妻にそんなこと言う権利はないし、言われた人がどう思うのかも想像していない。でも妻は自分が間違っているとは思っていない。どうしたらいいんだろうと僕も考え込みました」
ところがそれは妻の日常の一端だった。他の人に聞いたり、子どもに探りを入れたりしてみると、妻はあちこちで「やらかして」いた。子どもの友だちの母親たちが別の母親の噂話をしているとき、「くだらないこと言ってるあなたたちのほうがバカみたい」と切り捨てたらしい。それもまた、“正論”ではあるのだ。だが、そんなふうに言われた相手は傷つくだろうし、言った妻を恨むだろう。そういう配慮が足りないとタクトさんは感じた。
「妻はもともとやさしいタイプなんですよ。家では暴言を吐いたこともないし、子どもたちにキツイ言葉をぶつけているのも見たことがない。でも外ではそうやって自分が思ったことを怒りに任せて吐き出してしまうみたいなんです。
何か僕や家庭への不満があるのではないかと思ったので、妻に聞いてみたんです。そうしたら妻は『私は間違ったことが許せないだけ。ストレートに言ったほうが伝わると思う』と。細かく話を聞いていくと、とにかくカッとなると黙っていられないみたいだし、オブラートに包んだ言い方は意味がないと考えているんですよね」
パート仲間とはどうやって付き合っているのかと尋ねると、「別に付き合ってないもの。職場は仕事だけすればいい場所でしょ」と。それはそうだけど、とタクトさんは言葉を継ぐことができなかったという。
「ある意味では裸の王様みたいになっているんじゃないかと不安になりました。そういう人間だと思っていなかった自分の甘さも痛感しましたね。きっと妻はどこでも明るく優しくふるまっているに違いないと無意識に決めつけていた。でもそれは、僕自身がそうあってほしいと感じているだけだったのかもしれない」
タクトさんは、自分が実際目にしていない事柄ばかりなので、正しい評価を妻に下せずにいる。妻には妻の言い分もあるだろうとも考えている。だが、どうやら妻があちこちでキレているのは確かなのだから、カウンセラーの手も借りながらなんとかしなければと思うと真摯な表情で語った。